曾根崎心中 角田光代 (リトルモア)

February 28 [Tue], 2012, 16:49


「本書は近松門左衛門作『曾根崎心中』を翻案したものです」
と最後のページにある。人形浄瑠璃の古典演目として有名である
が、私は角田さんのおかげで初めて物語を知った。

「この世の名残、夜も名残、死にに行く身をたとふれば、あだしが
原の道の霜、一足づつに消えて行く、夢の夢こそあはれなれ。あ
れ数ふれば暁の、七つの時が六つ鳴りて、残る一つが今生の、鐘
の響きの聞き納め、寂滅為楽と響くなりー」


上の文章は『曾根崎心中』「お初・徳兵衛」道行の原文である。 
二人が手に手をとって死出の旅に向かう冒頭の部分。七五調の
名調子が続く。

「ねえ徳さま、来世で会うたとき、どないしたらわかるやろか」
「どないとせんかてわかる、あ、お初やとわかるに決まってる」
「せやけど、もしわからなんだら。何か決めごとしまひょ」
「ほな耳をこう、いらう」
「耳がかゆいんかて思うだけかも」
・・・・・・・
「だいじょうぶや。すぐわかる。きっとわかる」徳兵衛が言い、初はう
なずく
。(本書より)

角田さんは、関西の出ではないようですが、会話はすべて上方言
葉で、私はこの言葉の温かさに心がとろけそうになった。心中とい
う結果になった恋物語に300年前の大阪人か狂喜したように、今
もまた、私たちの心を掻き立てる。この世で出会った運命の人とは
来世でも必ず出会えるという希望は、誰の心の中にも、そっと潜ん
でいるものだろう。

地上の飯 皿めぐり航海記 中村和恵 (平凡社)

February 26 [Sun], 2012, 16:58


著者は詩人で比較文学者。父はロシア文学者の中村健之介氏。
子供時代は札幌。その後、家族がモスクワに住み、モスクワ日本
人学校に通う。高校はオーストラリアに留学。 お茶の水女子大学
英文科卒、東京大学総合文化研究科比較文学比較文化専攻
修士。まさにグローバルな経歴の著者のエッセイはドミニカからロシ
アまで、七つの海を越えて綴られる奇妙奇天烈御馳走奇譚である。

2011年3月11日以降の日本で、おいしいお皿の話を書いた本
を出す、ということには一種特別な困難がつきまとっています。
それをするにはひとつの態度をもってしなくてはならないと思います。   
・・・・・・・・・
なにがあろうが変わらないのは人間がごはんを食べるということで
あります。
土地の食べ物の背後には古い物語と驚嘆すべき知恵があり、
食卓の食べ物のまわりにはつねに個人の記憶があり、
海を越えてもたらされた食べ物には驚くようなエピソードや思いが
けない思惑が隠され、
火を囲む人々の楽しみは香ばしい食べ物の匂いと繰り返される物
語で、
旅人は一皿の親切を与えてくれる見知らぬ方の厚意に頼って見慣
れぬ土地を横切っていきます。

(「食いしん坊であることについての言明」より)

インドの蒸しパンから始まって、南の島のマンゴー、ドミニカ島で食
した魚汁、パンの実、ロシアのホットケーキ、芋虫、クジラ、スシから
食人まで、度肝を抜かれるほどバラエティに富んだ食の話題。
国境なき食欲。そしてしばしば、「おかわりしてもいいかな」
という言葉に私も幸せになる。 

あの人がいた 矢崎泰久 (街から舎)

February 24 [Fri], 2012, 16:28


矢崎泰久さんは私の青春ともいうべき雑誌「話の特集」の編集長
であった。創刊は1965年。何回も休刊したり倒産しながら雑誌は
30年間続いた。当時私は仕事が忙しくて本屋に行く暇もない生
活だったので、ずっと定期購読していた。矢崎さんは常に定期購
読者の数を増やしたいと編集後記に書いていた。会社が火の車の
ようであった。いつもは1年分を払っていたが、応援しようと2年分
の代金を払って間もなく(1995年3月)この雑誌は休刊してしまっ
た。今までも何回も倒産していたからきっとまた復活すると思って
いたけれど、もう復活しなかった。

休刊後あるとき編集長から手紙が来た。「申し訳ない。代金のお
返しは今はできないけれども、どうしても、返してもらいたいと思って
いたら、連絡してください。いつかお返しいたします」とあった。私は
何の連絡もしなかった。けれども、それから10年後に「話の特集
 創刊40周年記念」(本日の本、2005.02.12.)が出て、これがお
返しだと知った。ちょっと胸が熱くなる記念号だった。さらに新潮社
からは「「話の特集」と仲間たち」(本日の本、2005.02.08)も出版
された。

本書は再び「話の特集」時代に私を連れ戻してくれた。ちなみにわ
が家の本棚には完全ではないが、「話の特集」がずらりとおよそ25
年分は並んでいる。

前置きが長くなってしまった。本書の目次を書き出しておこう。
夢配達人の置き土産―草森紳一
テレビに翻弄された晩年―筑紫哲也
天衣無縫なマエストロの真実―岩城宏之
オール・オア・ナッシング伝―色川武大・阿佐田哲也
妖精の永遠の眠り―岸田今日子
生涯、社会部記者の誇り―本田靖春
完璧主義の天才の悲劇―伊丹十三
心やさしき反逆者―山下勇三
フーテンの寅さんの素顔―渥美清
我が愛しの遅筆堂―井上ひさし
最後のTVレポーター ―ばばこういち
類稀なダンディズムの地平―吉行淳之介
悠久なつれしょん人生―深沢七郎
天才バカボンのこれでいいのだ!―赤塚不二夫
多芸多才な遊撃旗手へのオマージュ―寺山修二
「ナンセンスの神様」に祝福を!―長新太

新潮45 2012年3月号(新潮社)

February 21 [Tue], 2012, 21:21


特集 震災から一年 「停滞をぶち破れ」
特集「言論のホットスポット」

特に印象に残ったのは以下の3つの記事であった。
◆新連載「日本八策」 茂木健一郎
◆「橋下現象」のイヤな感じ・反・幸福論 佐伯啓志
◆「リーダーなんていらない」 古市憲寿

日本は、確かに危機を迎えている。しかし、日本という国が「終わ
って」しまったわけではない。・・・・・・・・・
日本は、ふたたび甦る。しかし、そのためにも、道を誤らないために
も、今私たちを襲っている「危機」の本質を、まずは見極めなけれ
ばならない。・・・・・・・・
幕末の日本を騒がせたのは、ペリー提督が乗ってきた「黒船」だっ
た。・・・・・・・
現代の「黒船」の正体。それはずばり「インターネット」と「グローバ
ル化」である。・・・・・・・
私たちに今必要なのは、日本は必ず再生できるという「根拠のな
い自信」と、「それを裏付ける努力」である。日本の危機の本質の
真摯なる検討と、未来への明るい希望をもって「日本八策」の模
索をはじめよう。

(茂木健一郎「日本八策」再生への処方箋、「序」日本が直面す
る「危機の本質」より)

佐伯啓思さんの「橋下現象のイヤな感じ」と古市憲寿さんの
「リーダーなんていらない」はこの頃の日本の政治的な動きを不気
味に感じていた私の胸にすとんと落ちた。今のような閉塞感や危
機感を突破する強いリーダーを求める大衆に気分にのって、選挙
を繰り返し、大衆の信任を背景に独裁政治が台頭するのではない
だろうかという不安をしばらく前から私は強く感じていた。これが杞
憂ではないということ。民主主義を大義にすることの落とし穴につ
いて、この2つの論文はやさしく解き明かしている。

眺望絶佳 中島京子(角川書店)

February 19 [Sun], 2012, 19:57


「小さいおうち」(本日の本、2010.06.21)を読んで以来、私は中
島京子さんのファンになった。本書で5冊目である。中島さんは戦
前から戦後の昭和を描くことが多かった。さて、本書はどんな時代
であろうか

書き留めておきたい。もうどこにもない東京の風景を。 昭和33年、
東京タワーが立ったあの頃から遠くここまで来てしまった。それでも
わたしたちは立っていなければならない。スカイツリーのように。 も
の悲しくも優雅な、東京タワーとスカイツリーの往復書簡。 

(帯より)

本書は短篇集である。冒頭は「眺望良し」スカイツリーからの往信。
そして最後は「眺望良し」東京タワーからの復信である。
その間に8つの短篇が挟まっている。それは東京タワーとスカイツ
リーの見える街に住む人々の物語である。一生懸命にちょっと変
わった生き方をする人々をスカイツリーがじっと見ているようである。
そして最後の東京タワーの復信を読むと、しんみりする。

あなたは計画され、建築が始まり、わたしの背を追い越して行きま
した。・・・・・あなたのお話を聞いていると、若かりしころを思い出し
ます。目に映る何もかもが珍しくて、楽しかった時代を思うのです。
あなたも気づいているように、下の世界では毎日交通事故が起こ
ります。もうすぐ気づくと思いますが、強盗や詐欺や殺人も起こって
います。わたしは高層マンションのベランダに子供が出ているとひ
やひやします。虐待ではないかと心配になるからです。
・・・・・・・・・・・・
そしてそれを見たとしても、わたしたちにはなにをすることもできま
せん。・・・・・・・・・・・
立つこと以外に我々にできることはないもありません。
それでももう一度、あなたに言いたい。
あなたとわたしは、立っていなければなりません。・・・・・
立ってさえいれば人々はわたしたちを見上げて安心し、明日を生きる
活力を身に蘇らせることができるのです

(「「眺望良し」東京タワーより」より)

のこされた動物たち 福島第一原発20キロ圏内の記録 太田康介 (飛鳥新社)

February 17 [Fri], 2012, 15:46


20キロ圏内で、動物保護のボランティアをするカメラマンが撮
りためた、3か月に及ぶ記録。

原発から20キロ圏内の車がほとんど通らない交差点に、一
匹の犬がいました。私に気づくと、彼は自ら近づいて来ました。
誰かに飼われていたのでしょう。首輪もしっかりしています。持
参したドッグフードを差し出すと、食べるには食べますが、人恋
しいのでしょう。それよりもスキンシップを求めてくるのです。
「ほらほら、こっちはいいから早くご飯をお食べ」
そう言って器を差し出しても、人間の方がいいのです。嬉しそ
うに耳をぺたんと寝かせてなでてなでて、と目で訴えかけてき
ます。この犬だけではありませんでした。取り残された犬たちは、
まず人間の方に近づいて来るのです。ついこの間まで、どこか
の家族の一員だった犬たち。食事を終えてもずっと車の周り
から離れなくて。胸がつまって、どうしていいのかわからなくて。
ただ、ごめんよ、ごめんよ、と謝るしかありませんでした。

(「きてくれた」より)

どの写真も長く見ていると、つらくてたまらなくなる。さっと
ページを進めてしまうのもある。ところが上の文章の哀しい目を
した犬の顔を私はじっと見つめ続けた。哀しい目というのはあ
るのだ。この犬は私の家で長く飼っていた犬と似ている。黙っ
て著者の顔を見ている。この後、著者は動物保護のボランテ
ィア団体と一緒に犬や猫を保護したり、飼い主さんに連絡した
り、新しい飼い主が見つかるまで預かったり、という活動をして
いく。

さらに悲惨なのは牛、豚、馬、鶏たちであった。

私は、ごめんよ、ごめんよ、と謝りながら写真を撮りました。私にで
きることは、写真を撮り、今起こっている現実を多くの人に知っても
らうこと。それしかできないのです。やがて怒りが沸いてきて、チク
ショー、チクショーと呻きながらシャッターを切りました。

(「牛たち」より)

尼さんはつらいよ 勝本華蓮 (新潮新書)

February 16 [Thu], 2012, 21:09
   

「尼さん」の素顔を赤裸々につづった勝本華蓮さんは現役の尼僧
である。出家する前は、企画デザインの会社を経営する、バリバリ
のキャリアウーマンだった。 在家の生まれで、社会人になってか
ら仏道を志し、33歳で会社をたたんだ。そして1991年、36歳の
時に比叡山行院で修行を終えた後、尼寺に入った。ところが入っ
た尼寺では本堂での勧行は住職一人が行うだけで、真言を唱え
る時間は一日に賞味10分。一日中掃除や炊事などの家事に追
いやられた。師や先輩は反面教師ばかりで、清く、正しく、美し
く・・・そんな尼さんのイメージは幻想に過ぎなかった。
結局、尼寺と縁をきり、尼僧から仏教研究者になろうと、京都大学
大学院で初期仏教の聖典に使われたパーリ語学んだ。

尼寺は、縁切り寺とか、駆け込み寺、という呼び名があるように、
男とひと悶着を起こした女や、夫や愛人から逃げたり捨てられたり
した女の終着駅。言わば、吹き溜まりである。西洋でも「尼寺へ行
きゃれ」の尼寺は、売春宿をさす隠語だそうである。・・・・・・・
世間の人の尼さんのイメージが完全に誤解ならいいのだが、じつ
はある面で当たっているから始末が悪い。街中でたまに衣を着た
尼さんを見かけると(ほとんど年配者)、「ああ、不幸が衣を着てる」
「意地悪そう」「なんかワケがありっぽい」と条件反射的にそう思っ
てしまう(自分も尼の一人なのに)。

(「まえがき、尼さんは歩く文化遺産」より)

勝本さんの文章は面白い。かざりっけがなく、ずばずばと言う。
読んでいて気持ちがいい。

誠実な詐欺師 トーベ・ヤンソン 冨原眞弓(訳) (筑摩書房)

February 14 [Tue], 2012, 14:08
 

ムーミンシリーズで有名なフィンランドの作家トーベ・ヤンソンは、児
童文学の他にも多くの長短編小説を書いていて、筑摩書房から
「トーベ・ヤンソン・コレクション」として8巻本のシリーズが翻訳され
ており、本書は2巻にある。

ムーミン谷の住民もしばしばとても哲学的な会話をするけれど、こ
の物語も心の分析が得意なトーベ・ヤンソンらしい物語である。し
かし、とことん心の底を掘り下げ過ぎると、誠実と嘘が逆転してしまい、
人を信じることができなくなる。
つまり優しい、誠実な心の中に嘘や詐欺師という逆説的な心が内
在しているということを、この物語はえぐりだししていく。

舞台はフィンランドの村。トーベ・ヤンソンと思われる、世界的に有
名な童話画家アンナが深い森の中に一人で住んでいる。両親の
遺産や印税による収入で暮らす老婦人の「兎屋敷」には村人が手
紙や食糧を運んでくれる。アンナの絵にはいつもウサギが登場する。
もう一人の主人公はカトリ。カトリは村一番の知恵者で、どんな計
算も一瞬にできて、どんなごまかしも見破るという。カトリには一つ
の企てがあった。それはアンナの「兎屋敷」に住むこと。カトリの目
的はいったいどのようなものなのか。そして、その企みはどういう結
末を迎えるのか。結末は読んでのお楽しみ。ただし、童話とちがっ
て、読み終わってからも、この登場人物と一匹のシェパードがその
後、幸せに暮らしたのかどうか、見当がつかない。

旅人は死なない リシャール・コラス, 堀内ゆかり (訳) (集英社)

February 11 [Sat], 2012, 21:21


著者は18歳の時日本を初めて訪れ日本に恋した。その後パリ大
学で日本語を学び、フランス大使館勤務を経てフランスの化粧品
ブランドの日本支社へ。'85年にシャネル社に入社し、'95年から
はシャネル日本法人代表取締役社長でもある。本書は彼の4冊
目の著書である。

日本で暮らすことを選択する。それはぼくのようにモロッコ南部の
何もない静かな土地――そこでは気づかぬうちにゆっくり時が流
れている――で育った人間にとって逆説である。日本はどこを向
いても雑踏、騒音、喧噪ばかりだ。日本人はみな絶え間なく動き
回り、自然を前にして瞑想する感覚――ぼくはそれを砂漠のベドウ
ィン族から学んだ――を持っていないか、あるいは失ってしまった
のだ。
・・・・・・・・・・
そしてぼくは理解したのだった。日本で受けるプレッシャーに屈して
爆発したくなければ、今こそ自分の源流に立ち戻り、空虚や沈黙、
絶対的なものでぼく自身を満タンにすべき時なのだと。
・・・・・・・・
「そんなふうにひとりで旅するなんて、寂しくないのかい?」この計画
を話した時、日本人の友人は尋ねた。
「まさにそれこそが一人旅の幸せなんだよ。胸が締めつけられるよ
うな寂しさ。自分がどれほどちっぽけで,脆い存在かを感じること
が!」
(「ボワイヤージュ、ボワイヤージュ」より)

冒頭の「ボワイヤージュ、ボワイヤージュ」はモロッコ南部で育った
「ぼく」が慌ただしい日本に住み、猛然と働いた。そしてある時休暇
の必要を感じて、アメリカの荒野の先住民の住まいを訪ねる話である。
本書は時代も国籍も異なる主人公が登場するがいずれも孤独を
求めて、日常から脱出して不思議な旅をする19の短篇から構成
されている。あとがきを読むと、著者の実体験に基づいているもの
が多い。
人の一生を旅に例えることが多い。人は孤独を怖れるとともに孤
独を求めて生きるものなのではなかろうか。

小澤征爾さんと、音楽について話をする 小澤征爾X村上春樹 (新潮社)

February 04 [Sat], 2012, 14:38


「そういえば、俺これまで、こういう話をきちんとしたことなかったね
え」というのが、出来上がった原稿を読んだマエストロの第一声だ
った。「でも俺って、物の言い方がずいぶん乱暴だなあ。読む人に
意味がわかるのかな?」
たしかに小澤さんには「小澤語」みたいなものがあって、それを日
本語の文章に換えていくのはなかなか簡単ではない。大きな身振
り手振りがあり、多くの思想は歌のかたちで表出される。しかしその
気持ちは「言葉の壁」を越えて――いくぶんの「乱暴さ」を通して―
―ひしひしと素直に伝わってくる。

(「始めに――小澤征爾さんと過ごした午後のひととき―― 村上
春樹」より) 

ベートーヴェン・ピアノ協奏曲第三番、復活のカーネギー・ホール、
60年代の軌跡、そして次代の演奏家達へ。「良き音楽」を求め
耳を澄ませる小説家に、マエストロは率直に自らの言葉を語った。
東京・ハワイ・スイスで、村上春樹が問い、書き起こした。ま
さに指揮者はタクトを振るように語り、小説家は心の響きを聴くよう
に書きとめた一年に及ぶロング・インタビューである。

お二人の求道者のような仕事に対する喜び、どこまでも追及した
いという情熱、生き生きとした語り。音楽を知らない私にとっては、
分からないこと、知らないことがいっぱいあるけれど、とても楽しい
対談である。