おしまいのデート 瀬尾まいこ (集英社) 

May 09 [Wed], 2012, 14:32


私は瀬尾さんの初期の作品からずっと読んできた。中学の教
員採用試験になかなか合格できなかった頃の作品には、合格
できない先生を励ます生徒がよく登場していた。先生をしな
がら小説を書いて、9年後にやっと教員採用試験に合格した。
2005年だった。ところが、2011年に退職とあった。今まで
よく頑張ったなぁ。

本書は「小説すばる」に2003年から 2005年に発表した短
編5話。勿論まだ国語の先生の時代の作品である。

表題の『おしまいのデート』は両親の離婚後、月に一度外で
二人だけで会っている孫と父方のじいちゃんの話である。

ところが、中学生になってしばらくしたある日、いつもの待
ち合わせ場所に行くと父さんではなくじいちゃんが立って
いた。
「いやあ・・・・、悪いんだけど、今日からじいちゃんが来
ることになった」
じいちゃんは照れくさそうに頭を掻いた。
「どうして?」
「ほら、父さん再婚したから」
・・・・・・・・
「新しい奥さんに馴染まないといけないのに、彗子に会って
たらなかなかうまくいかないだろ?」


(そして、近々母も再婚することになったため、二人のデー
トも今日で終わりにすることになった。でも別れるとき・・・・・・)

「またな」
じいちゃんが言った。
「またな?」
「生きてればどんなことにも次はある」

(「おしまいのデート」より)

他の4篇もちょっと変わったデートである。元不良の教え子と
定年間近と老教師、ほとんど話したことがない同じクラスの男子
同士、捨て犬を見つけてしまったOLと男子学生。保育士と手の
かかる園児、そしてその父親。人と人のつながりを軽やかに描き、
いつまでも心に温かさの残る作品である。

紙の月 角田光代(角川春樹事務所) 

May 07 [Mon], 2012, 16:03


人がひとり、世界から姿を消すことなんてかんたんなのでは
ないか。
タイのチェンマイに着いて数日後、梅澤梨花は漠然と考える
ようにになった。
姿を消す、といっても死ぬのではない。完璧に行方をくらま
す、ということだ
。(「プロローグ」より)

この長編小説の冒頭を読んで、私はたちまち角田さんのマジ
ックに捉えられた。4年前に読んだ「八日目の蝉」(本日の本、
2008.01.12.)を思い出した。不倫相手の家に忍び込み、
生後6ヵ月の娘を誘拐した主人公希和子は子供に薫と名づ
け、愛情をそそぎ転々と逃走を続ける。社会的許されない
行為であると分かっていても、角田さんのマジックにかかる
と、私は主人公に共感してしまい、私も希和子と一緒に逃げ
切ろうとする。

本書では、わかば銀行の契約社員、梅澤梨花(41歳)が1
億円を横領した。梨花は発覚する前に、海外へ逃亡する。梨
花は果たして逃げ切れるのか?

1億円横領は些細なことから始った。高価な化粧品を衝動買
いしたとき、手持ちの金がなく集金した顧客の金が鞄に入っ
ていたので、それで買い物をしたのだった。立て替えただけ。
すぐ返しておいたので何の問題もないと思った。けれども、
この簡単な方法がきっかけだったと、彼女は回想している。

もしも子づくりがうまくいっていたら、言葉の端々に優越感
を妻に示そうとする夫の言葉がなかったら、梨花は銀行のパ
ートタイムをはじめなかったかもしれない。そして、もしも
貧乏な大学生・光太と出会っていなければ、何も起こらなか
ったかもしれない。さらに、梨花の友人や昔の恋人の視点か
ら、この犯罪に迫っている。

このまま100歳までおいしゅうございます 岸朝子 (東京書籍) 

April 29 [Sun], 2012, 22:27


「おいしゅうございます」の表題と顔を見て、私はフジテレビ
の「料理の鉄人」を思い出した。この品のある言葉づかい
の人が「料理の鉄人」の判定人の岸朝子さんである。88歳
の今でも仕事を続ける著者は「命は食にあり」の信念で生き
てきた。

本書は岸さんの辿った道を振り返っている。3人の子どもが
いて、さらに出産を控えた大きなおなかで主婦の友社の求人
に応募し、採用されたという有能ぶり。主婦の友社で記者と
しての実力を磨き、その後出身校の女子栄養大学で「栄養と
料理」誌の編集長として働いた。忙しい毎日、子どもに手伝
わせ、お手伝いさんに助けてもらい、家族のご飯を手抜きせ
ずに作った。こういうところを読むと、私はとてもうれしく
なる。女の人が男の人と対等に働いて当然という時代ではな
かったからこそ、働く女の人は仕事も主婦業も頑張ったのだ
と思う。家族の協力がなかったら、やり通せなかっただろう。

本文中に昨年暮れに受けた血液検査結果が出ている。すべて
正常である。酒もたばこもたしなむ88歳で、何も問題がな
いとは、驚きである。 
本書は岸さんの個人史というよりは、昭和史、女性史として
も、貴重な記録である。

驚きの介護民俗学 六車由実 (医学書院)  

April 25 [Wed], 2012, 23:47


著者は「神、人を喰う―人身御供の民俗学」で2003年サン
トリー学芸賞を受賞した気鋭の民俗学者である。あるとき、
大学教員をやめ、現在は郷里で特養内のディサービスに介護
職員として勤務している。「大きな存在をいくつも失い、絶
望のなかでさ迷い歩いた末にたどり着いた先、それが介護現
場だった。」とある。
民俗学者が介護現場をフィールドとして聞き書きをした記
録が本書である。老人ホームは「民俗学の宝庫」だという。

ここに登場する老人の話がとにかく面白い。著者が今までフ
ィールドで出会ったムラの老人よりも、はるかに年齢が高い。
ということは、今まで聞いたこともない昔話を聞くことがで
きるわけである。ほとんどの人が食事、排泄、入浴、などに
介護のいる人であり、認知症を患っている。私たちの親の年
代の人たちである。新しいことは記憶するのが困難であって
も、昔のことは実に鮮明に覚えている。青春時代は戦争で、
さんざん苦労をし、命からがら生き延び、子どもを育てたひ
とたちである。

デイサービス利用者の坂井さんの話が面白い。坂井さんは日
本の植民地下の台湾で生まれ育った。激戦地に送られて、生
き延びて日本に帰ってきた。濃密な聞き書きの時間であった。
しかし、これで終了ではなかった。坂井さんはもっと話した
い。それは台湾での日本資本の製糖会社で働いていたことで
あった。サトウキビから砂糖を精製して結晶にする工程を話
すのだが、著者は化学が苦手で理解ができず、受け答えがで
きなくなった。これではだめだと、本を調べ、勉強し、次の
時にもう一度、教えてくださいと頼んだ。こうなると、介護
される方が先生になる。なんとうれしいことではないだろう
か。介護する人と介護される人の優劣のある立場が逆転する
のである。どんなにか語る人の心を豊かに明るくすることだ
ろう。

この「聞き書き」が成功するためには、語る人の言葉に常に
驚くという感性が必要になる。そのためには知的好奇心
を持ち続けなくてはならない。介護の現場はものすごく忙し
くて、利用者の話をゆっくり聞く時間がほとんどない。驚き
は利用者と対等に向き合うために絶対に必要であり、驚き続
けること、それが「介護民俗学」を支える一番のエネルギー
であると著者は言う。

私の話になるが、義母も介護施設やデイサービスのお世話に
なった。入所者の中には過去の中で暮らしている人が何人も
いた。小学校の先生だった女性は私が義母に会いに行くと、
いつも「おたくのお子さんは運動会の練習をしないので困る」
と言う。義母は彼女の生徒になっていた。私は義母の保護者
になっていた。そこには他にも学校の先生だった男性がいて、
職員はいつもその方を「先生」と呼んでいた。

私が経験した「先生」と呼ばれた人でも、著者のように相手
と対等に向き合い、心と耳を傾けて話を聞くならば、きっと面
白い昔話が沢山聞けたのだろうと思う。

恐山 死者のいる場所 南直哉 (新潮新書) 

April 23 [Mon], 2012, 23:19


南直哉さんは青森県下北半島にある霊場、恐山の住職代理の
僧侶である。第一章は「恐山夜話」。

みなさまがどのような話を期待されているのか、世間事に疎
いわたしでさえ、そのあたりわからないでもない。夏場のテ
レビや雑誌で毎年お馴染みの怪談話を、ひょっとしたら期待
されているかもしれません。
・・・・・・・・・
ゴツゴツとした岩がむき出しのままいくつかの丘をなし、そ
の裂け目からはモクモクと煙が噴き出ている。
・・・・・・・
まさにこの世の果て、ほかに類のない異形の風景に心を奪わ
れることでしょう。・・・・・・
恐山といっても、そのような山が実際にあるわけではなく、
正確には、火口にできた土地のことをさします。つまりカル
デラなのです、
・・・・・・・
「恐山のイタコ」というものは元来存在しない、ということ
です。
つまり、恐山がイタコを管理しているわけでも、イタコが恐
山に所属しているわけでもないのです。

(第一章「恐山夜話」より)

恐山には死別と追憶がむき出しのまま横たわっています。そ
こに我々お坊さんは介入することができません。それが恐山
に来てつかんだ実感です。・・・・・・・・
おそらく、人間には拝むものが必要なのです・・・・・。
ただ、むき出しの死者に対して拝むことはできません。それ
は恐いことです。死者を拝むためには、死者の輪郭をはっき
りさせて、自分との距離を作ってくれるものが必要になって
きます。それが宗教の仕掛けなのです。お墓でも、仏像でも、
位牌でも、イタコでもいい。
・・・・・・・・
死者に会いに行ける場所であると同時に、それぞれがそれぞ
れのやり方で自分たちと死者との適切な距離を作ることが
できる場所でもある。
それゆえに人々はひきつけられる。
恐山とは、そのような場所なのです。

(「第4章 弔いの意味」より)

南直哉さんは禅宗のお坊さんである。しかし本書の中には阿
弥陀様の話も浄土の話も出てこない。人は死んだらどこへゆ
く、という問いに、南さんの修業時代の老僧はこう言ったと
いう。「その人が愛したもののところへ行く」と。この言葉
に私は大きな喜びを感じた。人は死んだら阿弥陀様の所に行
くというより、どれほど大きな安心を与えてくれることだろ
う。

なみだふるはな 石牟礼道子、藤原新也 (河出書房新社) 

April 21 [Sat], 2012, 21:15


冒頭は藤原信也さんの「ふたつの歴史にかかる橋」である。

一九五〇年代を発端とするミナマタ。 
そして二〇一一年のフクシマ。
このふたつの東西の土地は六十年の時を経ていま、共
震している。

非人道的な企業管理と運営のはての破局。
その結果、長年に渡って危機にさらされる普通の人々
の生活と命。
まるで互いが申し合わせるかのように情報を隠蔽し、
さらに国民を危機に陥れようとする政府と企業。
そして、罪なき動物たちの犠牲。
やがて、母なる海の汚染。

歴史は繰り返す、という言葉をこれほど鮮明に再現し
た例は稀有だろう。
そのふたつの歴史にかかる橋をミナマタの証言者
石牟礼道子さんと渡ってみたいと思った。

(「ふたつの歴史にかかる橋 藤原新也」より)

次は藤原さんの見開きの写真、水俣2011年12月が8枚、福
島2011年4〜6月が7枚。
次は石牟礼道子さんが震災直後に書いた「花を奉る」である。

春風萌(きざ)すといえども われら人類の劫塵
いまや累(かさ)なりて 三界いわん方なく昏し
まなこを沈めてわずかに日々を忍ぶに なにに誘(い
ざな)わるるにや
虚空はるかに 一連の花 まさに咲(ひら)かんとす
るを聴く
・・・・・・・・・
かの一輪を拝受して 寄る辺なき今日の魂に奉らんとす
花や何 ひとそれぞれの 涙のしずくに洗われて 咲
きいずるなり
花やまた何 亡き人を偲ぶよすがを探さんとするに
声に出(いだ)せぬ胸底の想いあり
・・・・・・・・・・・
現生はいよいよ 地獄とやいわん 
虚無とやいわん
ただ滅亡のせまるを待つのみか 
ここにおいてわれらなお
地上に開く一輪の花の力を念じて 合掌す
     2011年 4月 大震災の翌月に

(「花を奉る 石牟礼道子」より)

藤原さんは2011年6月13日から3日間、熊本の石
牟礼宅を訪ねた。
この対談は素晴らしいの一言である。怒りをむき出し
にしない穏やかな話し方の石牟礼さん。藤原さんはよ
く共鳴する音叉のようにいつまでも響きあった。とて
も心地よい。私も地獄のこの世を生きる覚悟というか、
希望を抱いた。
対談の最後に藤原さんは石牟礼さんをこう語っている。

長年のうちに培われた諦観と熟成と、なによりいかな
る過酷な状況の中でも見失わない希望が、その言葉の
端々に見られるからだと思う。そしてその希望とはつ
まり”人間愛“だと臆面もなくこの場を借りて申し上
げておきたい。

(「あとがき――石牟礼道子の歌声)より)

とりあたまJAPAN: 日はまた昇る!編 西原理恵子・ 佐藤 優 (新潮社)  

April 17 [Tue], 2012, 22:27


正論?暴論?マンガとコラムで世界がわかる。笑って学べる、
現代の教科書
。(帯より)

週刊新潮で連載中の「まさる&りえこの週刊鳥頭ニュース」
が本になった。私は佐藤優さんの「国家の罠 外務省のラス
プーチンと呼ばれて」(本日の本、2006.04.18.)を読んで
以来、彼の発言に注目するようになった。本書では見開き
の右側に佐藤優さんのコラム、左側に西原理恵子さんのマン
ガで構成されてる。

2011年はろくでもない年になりそうだ。国会は、当事者に
とって深刻な意味があるのだろうが、国民と関係のない権力
闘争に明け暮れる。民主党が「ウンコ味のカレー」ならば自
民党は「カレー味のウンコ」のようなものだ。国民はウンコ
以外のメニューを欲しがっているので、政治的不満は一層高
まるだろう。しかし、政治には何も期待していないので、案
外、民主党政権は安泰かもしれない。

(2011 「11年の大予言」より)

上は2011年の冒頭のコラムからで、まだ3.11は起こってい
ない。この予言は3.11後の現在の国会でも全く同じである。
民主党が「ウンコ味のカレー」ならば自民党は「カレー味の
ウンコ」とは、よくぞ言ってくれた。3.11で起こった福島
原発事故の結果をふまえ、安全基準を作るとか、議論が始ま
ったばかりで、どこに安全な原発があるというのだろう。こ
の2,3日は大飯原発の再稼働に民主党はなりふり構わず
OKを出そうとしている。もう政府を信じる気がしない。ほ
んとにウンコだらけの国会なのだ。
暴論が正論であると、つくづく思う。

「考える人」2012年春号 [特集] 東北 日本の「根っこ」 (新潮社) 

April 16 [Mon], 2012, 23:07



グラフィック 「写真家が見た東北」
木村伊兵衛,小島一郎、浦田穂一、岡本太郎、内藤正敏、森
山大道、小栗昌子、川内倫子鈴木理策、田附勝、橋本裕貴。
素晴らしい写真はカメラが切り取った東北である。共通して
いるのは美しすぎて泣きたくなるような風景と、その土地の
人の穏やかな威厳である。

池澤夏樹さんの「東北の土地の精霊」はこの特集の中でも一
際重厚なエッセイである。
3.11の半年後に出版された「春を恨んだりはしない」 
(本日の本、2011.09.27)では震災以来何度も現地に足を
運び、人と会い、自らも物資を届ける支援活動のなかで、池
澤さんが考えたことのすべてが詰まっていた。「特集」のこ
のエッセイではもっと広い意味で東北という土地のことを
考えている。

このエッセイには沢山の地名が出てくる。池澤さんが地名に
初めてであったのは、四歳か五歳の時に自分の住んでいる町
が帯広であると、認識したことから始まったという。その後
六歳で汽車に乗って明け方に窓から見たのが東北の風景だ
った。東北は東京に行くとき、北海道に戻るときに通過する
ところであったという。人と同じように土地にも名前がある
ことを知ったのもその頃だった。それ以来、土地の名前に興
味をもつようになったという。

八戸、鮫、小子内、久慈、羅賀、田の浜、遠野、多賀城……。
『おくのほそ道』や『遠野物語』を引き合いに出しながら、
また宮澤賢治や柳田国男らの旅した地を訪ねながら、池澤さ
んは古来の歌枕や地名の由来について考察する。

ずっと地名を気にしているのは、歌枕と言えばわかるとおり、
地名には霊が宿っているからだ。人名は人間の願望が入りす
ぎていて美しくないが、本来地名というものは半分までは自
然に由来するものだから限りなく美しい。それを唱えるだけ
で神々は喜ばれるだろう。三陸の空にぎっしりと居並ぶ死者
たちの魂が慰められるわけでもないのだが、それでも行けば
彼らと向き合うことになる。自分たちはあなたを忘れていな
いと伝えることになる。生前は会ったこともないあなたを忘
れないというとができるならば。


池澤さんにとって、この旅は土地に生きる死者たちの魂と向
き合う旅でもあった。 文中にはさまれるのは「春を恨んだり
はしない」と同じ写真家・鷲尾和彦さんによる、震災後の
東北の海岸線の写真である。

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い ジョナサン・サフラン・フォア (著) 近藤隆文 (訳) (NHK出版) 

April 11 [Wed], 2012, 22:08


9・11 同時多発テロで父親を亡くした少年オスカーはある日、
父の遺品である花瓶の中からどっしりとした鍵と、赤いペン
で書かれた「ブラック」という文字を発見する。これは何の
カギだろう?  父親のことを知りたい一心から、オスカー
はその鍵にぴったりの錠前を求めてニューヨーク中の「ブラ
ック」姓を持つ人物を手当たりしだいに訪問する計画を立て
る。その鍵の謎は解けるのか? そしてオスカーは父親の死
を受け容れることができるのだろうか?

本書は最愛の父を失ったオスカーの喪失と再生の物語を軸
にして、祖父から息子(オスカーの父親)への手紙と、祖母
からオスカーへの手紙が交互に挿入されている。祖父は第二
次世界大戦のドレスデン爆撃で愛する人を失った。その喪失
の悲劇が9.11の悲劇と重ねあわされる。

本書はおよそ500ページで、読みごたえがある分厚さであ
る。しかしところどころに挿入された図版や視覚的な仕掛け
が、とても興味深い。これをヴィジュアル・ライティングの
手法というらしい。全米でハードカバー、ペーパーバックあ
わせて60万部を記録したという。まだ映画化されている。

飼い喰い 三匹の豚とわたし 内澤旬子 (岩波書店)  

April 04 [Wed], 2012, 22:36


2007年1月に上梓した『世界屠畜紀行』(現在角川文庫)
を書くにあたり、およそ10年間、国内外の屠畜場を取材し
て回ってきた。死んで肉となっていく家畜を、牛、豚、山羊、
馬、羊、時にはラクダなどを、合計1万頭近く眺めてきただ
ろう。しかし屠畜場に送られてくる前の段階で家畜たちがど
うしてきたかについて私は何一つ知らないままなのであっ
た。どうやって生まれるのか、どんな餌をどれだけ食べてき
たのか、出荷体重まで育てるのに農家は毎日何をしているの
か。見当すらつかないまま、運ばれてきては、屠畜される家
畜の姿をひたすら追ってきた。
それではあまりにもバランスを欠いているのではないだろ
うか。
著書の刊行からしばらく経ったある日、ふと、畜産農家を取
材してみようと思った。

(「見切り発車 豚の一生を知りたい」より)

5年前に著者の「世界屠畜紀行」(本日の本、2007.01.24.)
を読んで以来、私は内澤旬子さんのファンである。 

内澤さんは養豚が盛んな千葉県旭市に廃屋を借り,豚小屋を
作り,「軒先豚飼い」を始めた。それも一人で。受精から立
ち会った品種の違う三匹の子豚を貰い名前を付けた。ペット
ではないのだから、名前をつけることに躊躇したが,やっぱ
り、名前をつけた。そしておよそ半年間育て上げた。そして
この三匹を屠畜場へ送った。そして食べた。本書はここまで
のルポルタージュである.内澤さんの細密画のイラストつき。
このイラストが面白くて、読みだしたら、止まらなくなる。
三匹との愛と葛藤と労働の日々に加え、「軒先豚飼い」を通
じて現代の大規模養豚、畜産の本質に迫る力作である。