京女(きょうおんな)の嘘(うそ)  井上章一 (PHP研究所)  

January 22 [Sun], 2017, 22:54


『京都ぎらい』(本日の本、2016.03.06)の著者の新刊である。
「なぜ京都ぎらいなひとでも、京女のことは好きなのか?」
という疑問について語るエピソードは私には身に染みてお
かしい。私は東京から京都に移り住んで、半世紀近いけれど、
京女の言葉の意味にはまだまだ確信が持てない。

第一章の「京都弁の女たち」の中で京都の魅力は女でもって
いると語っている。
登場するのは著者が働く大学の研究所の東京出身の某研究
者である。その方はなにかの事務手続きのミスを事務の若い
女性にたぶん文句を言ったのだ。そして著者は次のような言
葉を聞く。

「センセ、今回のことは、かんにんね」
・・・・・・・
また、「かんにん」と言われた先生のほうにも、怒っている
気配はうかがえなかった。見れば、笑みすらうかべている。
・・・・・・

「このあいださ、京都の娘さんから「かんにん」って言われ
ちゃたんだよ。ほんと、こまっちゃうよね。もう、かえす言
葉がなくなったよ。なんてったって、「かんにん」だから
ね・・・・」
自分は、京都の女性に、「かんにん」とあやまられた。京女
に、「かんにん」と言わせた。先生はそれを、東京の友人た
ちに、自慢していたのである。

(「かんにん」は男をまいあがらせる)より)

私も最初の頃「かんにんね〜」と言われてとまどった。
大阪弁だと「ほんま、 かんにんな〜」だ。東京弁では「ほ
んとに、ごめんね〜」だと思う。
東京のセンセは「かんにんね」を許してくださいという意味
にとったのだと思う。
京都弁では「あっ、ごめん!」くらいの間柄で「かんにんね」
を普通に使うようだけれど、私は一度も使ったことがない。
怒らないでね、許してね、ゴメンね、が一緒になったニュア
ンスであって、センセに対して言うのも変だとも思う。
つまりいつまでたっても私は京都弁に近づかない。

晩年様式集 大江健三郎 (講談社文庫) 

January 18 [Wed], 2017, 15:30


本書は2011年3月11日後の緊迫した状況を背景に2年近く
にわたって「群像」に連載された。主人公の小説家、長江氏
(大江健三郎)は自分の文学の世界を今まで語られてこなか
った角度から徹底的に掘り起こす。新しい物語というより、
過去の作品の細部を振り返り批評したり深めたりする。

私は、最近の作品をあまり読んでこなかった。読んだのは初
期のものが多く、ここで語られる作品の登場人物をすべて知
っているわけではない。さらに海外の親しかった作家の引用
なども多くて、難解な部分も多かった。

冒頭から最後まで、流れている空気は原発事故に対する絶望
感と老年の苦境である。私も戦前に生まれ、子ども時代を空
腹で過ごし、同じ希望をもって生きてきた。
最後まで読みとおすことを促す力に満ちた作品である。

小説を締めくくる最後の詩は「形見の歌」  

気がついてみると、
私はまさに老年の窮境にあり、
気難しく孤立している。
否定の感情こそが親しい。
自分の世紀が積みあげた、
世界破壊の装置についてなら、
否定して不思議はないが、
その解体への 大方の試みにも、
疑いを抱いている。
自分の想像力の仕事など、
なにほどのものだったか、と
グラグラする地面にうずくまっている。
あの日、「自分の木」の下に
来るのが遅れた老人は。
今の私だ。
少年に答える言葉は見つからぬまま・・・・・・

誕生から一年たった
孫に、私がかいま見たはずの
老年の姿は、ミジンもない。
張りつめた皮膚に光をたたえて
私をみかえす。
その脇にうずくまる、私の
老年の窮境。
それは打ち砕くことも
乗り超えることもできないが、
深めることはできる。
友人は、未完の本にそう書いていた。
私も、老年の
否定の感情を深めてゆくならぱ、
不確かな地面から
高みに伸ばす手は、
何ものかにさわる
ことが あるのではないか?
否定性の確立とは、
なまなかの希望に対してはもとより、
いかなる絶望にも
同調せぬことだ……


・・・・・・・・・・

小さなものらに、老人は答えたい。
私は生き直すことができない。しかし
私らは生き直すことができる
(「形見の歌」より)

自殺 末井昭 (朝日出版社)  

January 10 [Tue], 2017, 21:59


母親のダイナマイト心中から約60年――
伝説の編集者が、ひょうひょうと丸裸でつづる、大人気連載、
ついに書籍化。
(帯より)

小学校1年生のとき、母親は隣に住む若い男とダイナマイト
で爆発した。そんな著者の幼少時代から現在までの人生と出
会ってきた人たちのことを、淡々と赤裸々に描いた本書は第
30回(2014年)講談社エッセイ賞受賞した。

読むのを止めたいと思いながら、どうしても読んでしまう本
である。思い出したくないことや、忘れていることが、目の
前に出てくるような恐怖を感じながら・・・

悲しすぎておかしい、笑わないと生きられないという法則が
あるのか、末井さんは自分を笑い、私を笑わせる。

「考える人」 2016年 冬号 [特集] ことばの危機、ことばの未来(新潮社) 

January 08 [Sun], 2017, 22:49


特集の巻頭を飾るのは、作家・池澤夏樹さんのロングインタ
ビュー「ことばは変わるからこそおもしろい」はとても面白い。
このインタビューで「保育園落ちた日本死ね!!!」について、
全文を毎日新聞は載せたけれど、国会で議論されたときに、
議員は全文を読んでいないことが分かったという。
「全体を読むと非常にアピール力を持った文体で、反発を買
うけれども、反発を買うのを承知で挑発したのだから、非常
に効き目があった。言葉の使い方として見事である」と語っている。

私も全文を読んでいなかったので、読んだのだが、とても共
感した。子どもを保育園に入れて働き続けた40年前と今と
で、日本は変わっていないと思う。「女性が輝く社会」を目
指すと言いながら、いかに女性が社会で活躍できないか、今
では世界的にも問題化されているほどだ。

一番感動したのはスペシャルインタビュー 「ユヴァル・ノ
ア・ハラリ ホモ・サピエンスと言葉」だ。

アフリカで細々と暮らしていたホモ・サピエンスがネアンデ
ルタール人をはじめとするその他の人種を抑えて食物連鎖
の頂点に立ち、文明を築くことができたのはなぜか。・・・・
ホモ・サピエンスが習得した「ことば」がどれほどユニークで
重要なものだったか・・・・・
人間がユニークなのは、見ず知らずの関係であっても大人数
で柔軟に協力し合えることです。


今まで考えもしなかった言葉と物語の関係。
人は物語を信じて行動してしまう。国家が戦争をすると国民が
傷つくように、言葉と現実が乖離して世界が動いている。
なぜ、もっと良い社会をもてる物語を作ることができないのだろうか。
初めて解き明かされる「言葉」と「物語」と「わたし」の関係。

世界的ベストセラー『サピエンス全史(上・下)』の著者ユヴァル・ノア・
ハラリ氏の写真も素晴らしい。なんと美しい。

浮遊霊ブラジル 津村記久子 (文藝春秋)  

December 27 [Tue], 2016, 20:33


津村記久子さんの単行本を読んだのは初めてである。期待通
りに面白い。津村さんは物語を書くために生まれてきた人で
ある。子どもの時から沢山の物語を作ってその中に埋もれて
生きてきたそうである。本書は7篇からなる短篇集である。
どの短篇も人の意表を突くような展開の連続である。

「地獄」のテーマは物語を消費しすぎて地獄に落ちた女性小
説家の修行である。鬼や周りの人間観察があまりにもリアル
なために、生きている時と同じだなと愉快になる。

「浮遊霊ブラジル」では生まれて初めての海外旅行でアラン
諸島に行く前に死んでしまった私が幽霊となって念願の地
をめざす物語である。電車や飛行機には意外にも幽霊は乗れ
ないのである。やはり飛行機は私をすり抜けてしまうのであ
る。結局死んでからも生きていた間にうろうろ歩いていた範
囲くらいしか移動できないとは、初耳である。ちょっと残念
だなと思ったら、意外な展開が起こって、私は新しい移動手
段を発見する。とても愉快。なんて不思議な物語だろう。

ごはんの時間: 井上ひさしがいた風景 井上都 (新潮社)  

December 24 [Sat], 2016, 11:06


あのごはん、このおかずの中に、かけがえのない思い出が蘇る。
井上ひさしの長女である著者が、懐かしい記憶とともに綴る
エッセイ集。四季折々、101日分のごはんの時間。
(帯より)

都さんは1987年の両親の離婚により父、井上ひさしさん自
らがつくった劇団「こまつ座」の代表を母の代わりに2001
年まで務めた。親子の間に何かが起こって、父ひさしさんは
都さんを突然代表から降ろした。以後2人は“絶縁”したま
ま2010年、父は他界した。

エッセイで親子げんかのいきさつが語られるわけではない。
しかし全体に流れる悲しみは取り戻すことのできない父の
いた風景である。
懐かしい味は、その時、確かにそこにあった家族をくっきり
と描いている。天才的な劇作家でありながら、不器用で一生
懸命すぎる父親と、どこかが似ている娘の姿が目に浮かぶ。
エッセイは2014年4月から2年間にわたり毎日新聞金曜日
夕刊に連載された。

冒頭のエッセイは「鯵の押し寿し」。父親のお墓参りに命日
を外した日に行く。誰にも会わずに怖くなって10分もいら
れなかった。帰りに鎌倉駅で「鯵の押し寿し」を買った。父
は都内に出てくるときには必ずこの寿司を手土産に持ってきた。

けんか別れしたまま父を失った痛手から、娘はゆっくりと立ち直って
いく。懐かしい味とともに。

夢の花、咲く  梶よう子 (文藝春秋)  

December 17 [Sat], 2016, 23:24


本書は松本清張賞を受賞した「一朝の夢」(本日の本、
2016.11.08)の5年前に遡る物語である。それ故に
「一朝の夢」の続編ではなく姉妹編と呼ばれている。

主人公は同じく北町奉行所の同心の中根興三郎である。
冒頭は二度目の見合いで断られたことを父の代から奉公し
ている藤吉に伝える。

「・・・ぼっちゃんだって、まあまあの見栄えなんでやんす。
だから、あれほどあの話はしちゃいけねぇと、あっしは言った
はずですがね。お忘れになりやしたか?」
27になった興三郎に、早く嫁を、中根家に跡取りを、と望
んでいる藤吉は口を尖らせた。
「ぼっちゃんはやめろといっているだろう」
興三郎が焦げたいわしに箸をつけながらいいかえしたのはそれだけだ。
藤吉のいうあの話とは、朝顔栽培のことである。


急に私は江戸時代に生きている心地がする。なにしろ
まだ琉球朝顔の余熱が残った状態で暮らしている私は、朝顔
のことだったら、平成であろうが一っ跳びで江戸時代である。
朝顔はほんとに不思議な植物である。人の心をつかんで離さ
ないものがある。

お見合いの時に無口な興三郎が朝顔のことになると、人が変
わったようにいくらでも話が続くというのはよく分かる。
葉の形、花の色や形に様々な性質があり、メンデルの法則を
知らない時代であっても、交雑すると葉と花に予想以上に
色々な変化が起こることを経験から知っていた。それは驚き
であり、発見であった。江戸時代はとても勤勉な時代で、科
学の分野でも独自の発展をしている。

この変化朝顔のブームは植木屋ばかりでなく、庶民や役人まで
広がり花の品評会とか闘花会とか、熱狂したあげくに、お金を使
い果たし、財産を失ったり、犯罪がおこったりした。

さらに江戸を襲った大地震はまるで03.11後の日本を見るよう
である。
被災者がお救い小屋に収容されるのは、仮設住宅である。
建設特需に乗じて大儲けする材木商の話は震災復興を忘れて
オリンピックの建設にお金を使う今と同じだ。

もしも私が江戸時代に生きていたなら、きっと変化朝顔作り
に夢中になっていただろうなと思いながら読んだ。
物語はどんどん変化して、私はその魅力に取りつかれた。
朝顔を中心にしてこんな物語を紡いだ梶よう子さん、すごいです。

橋を渡る 吉田修一 (文藝春秋)  

December 11 [Sun], 2016, 21:47


 物語は「春」から「冬」の4部構成である。三章までは、
別々の人物を中心に物語が進む。どこにでもいる夫婦であり
家族でありカップルが描かれている。彼らにそれぞれ大なり
小なりの事件が起こり、不安が残ったまま、最終章「冬」で
はいきなり70年後。それはSF小説の世界だ。

吉田修一さんの作品は今まで10冊あまり読んだけれど、
SFの世界は初めてである。70年後は近くの未来であるが
想像のおよばない世界である。しかしエピローグで語られる
登場人物たちの行動が圧倒的な説得力をもって迫ってくる。

読み終わって、実は簡単には分からない何かが残っている。
それは今生きる私たちが知りえない未来のことである。「橋
を渡る」ということは人生の中で選択を迫られることかもし
れない。自分の決断は正しかったかどうか、分からないこと
も多い。自分を信じることしかないだろう。しかし決断する
前に、一線を越えてしまうとか、あの世に行くこともあるだ
ろう。いずれにしても先は闇である。

バラカ 桐野夏生 (集英社) 

December 07 [Wed], 2016, 14:46



桐野夏生さんの長編小説『バラカ』は東日本大震災の発生後
から、危機的な日本と並行してリアルタイムに「小説すばる」
に連載された(2011年8月号〜2015年5月号)。
本書は震災から5年を前に書籍化されたものである。 

警戒区域にあるうち捨てられた納屋に、放置された犬たち
と一緒にその少女はいた。何を聞かれても、こう言うだけ。
「ばらか」。この謎の少女バラカを発見したのは、放置され
た動物を保護するボランティアの老人決死隊であった。この
少女を中心に物語は展開する。

バラカは身元が分からなかった。結局バラカを発見した豊田
さんが自分の家に連れて帰った。そして同じボランティアの
仲間の家を点々と移動してバラカを育てた。国籍もわからず、
戸籍もないまま・・・

「私は77歳ですが、100まで生きるつもりです。あと23
年あるから、この子は成人できるでしょう。では私が連れて
行きましょうか」
「どうせ両親が現れますよ」
「いや、警戒区域だから、誰も来ないと思って、捨てられた
んじゃないですか。犬と同じ運命というのはそういう意味ですよ」
「しかし、まだおむつも取れていない子供をあんなところに
放置するかな。鬼だね」

(「プロローグ)より)

あの日の震災で、福島第一原発がすべて爆発した。東京は避
難勧告地域に指定されて住民は西に逃げた。首都機能は大阪
に移り、天皇も京都御所に移住した。2020年のオリンピ
ックは大阪に開催地が変更された。
小説の世界では日本という国家自体が西日本と東日本に事
実上分断されている。西日本は大阪を首都として震災前の
国家を維持しているのに対して、東日本は震災で別の国家の
ようになった。

ここには震災後も東京一極集中が強まり、東京でオリンピッ
クまで開かれようとしている現在の日本に対する強烈な批
判が込められている。

私はこの小説が震災直後から同時進行で書かれたことに驚
いた。さらに震災8年後の東京の描写には背筋が凍った。
「ありえたかもしれない日本」に目をつぶって、原発を再稼
働することにやっきとなり、外国に原発を売ろうとしている今
の政府に、もう騙されたくないと思う人は沢山いるのだ。

「MONKEY」 Vol.9 「特集・短編小説のつくり方」 (Switch Publishing) 

November 30 [Wed], 2016, 22:19


「MONKEY」は、大翻訳家の柴田元幸さんが編集責任をしてい
る1年に3回発行される文芸誌である。

「短編小説のつくり方」という題をごらんになって、「短編
小説をどう書いたらいいのか、教えてもらえるんだな」と期
待をされた方もいらっしゃるかもしれません。ごめんなさい、
そういう建設的な話ではなく「不思議な短編小説のつくり方
をする人が、この世にはいるもんだなあ」という思いを形に
したら、この特集になりました。
・・・・・・・・・・・ 猿


ブルーの万年筆の手書きの前書きがとてもしゃれていて、こ
の雑誌の雰囲気が柴田元幸さんそのものである。

今回の中心となるのは、グレイス・ペイリー。村上春樹が訳
した5本の短篇とエッセイ、インタビュー。そして柴田さん
が聞き手となった、短篇小説にまつわる村上春樹自身へのイ
ンタビュー。

後半の日本人作家の作品も好きだ。

小説がうまれるところ
岸本佐知子 多摩川前半
片岡義男 多摩川後半


川上弘美 目薬
写真―野口里佳

宮澤賢治リミックス
古川日出男 風の又三郎たち
絵―秋山花

死ぬまでに行きたい海
岸本佐知子 YRP野比

翻訳家という人は面白い人が多い。岸本佐知子さんって
なんという面白さだろう。