不時着する流星たち 小川洋子 (KADOKAWA)  

March 19 [Sun], 2017, 22:14


もしかしたら私はちゃんと物語を分かっているのだろうか
と戻って読み直すほど不思議な短編集である。各篇の最後に
はそれぞれのストーリーを書く上で触発された実在の人物
の記憶が紹介されている。これがとても楽しみで、問題の解
答を先に見てしまうような後ろめたさを感じながら、つい先
に読んでしまう。この文があることで、空想の物語は現実の
世界とつながっている。大好きな小川ワールドの秘密をここ
で知る。

第十話の「十三人きょうだい」がとても印象的であった。
第九話までは触発された人物は全部外国人であったが第十
話ではなんと尊敬する植物学者・牧野富太郎さんであった。
寿衛(すえ)夫人との間に13人の子どもをもうけた。夫人の没後、
その名にちなみ新種のササを「スエコザサ」と命名したエピ
ソードにヒントを得たファンタジーである。

少女には大好きな叔父さんがいる。叔父さんは13人きょう
だいの末っ子である。だが、子だくさんの祖父母は叔父に名
をつけ忘れ、誰もその悲劇に気づかないままという設定であ
る。少女は「サー叔父さん」と呼んでいる。

〈名前がないなんて、かわいそう〉
〈この世にあるものは何だって、神様が創った時には別に名
前なんてないんだ。でも人間は神様ほど頭が良くないから、
区別をつけるのに便利なように名前をつけているだけさ〉
〈木陰に笹が生えてる。スエコザサだ。初めて発見した植物
学者が、病気の奥さんの名前をつけたんだ〉

(第十話の「十三人きょうだい」より)

私は散歩して見つける植物の写真を撮っている。名前を調べ
て、学名の最後に,Makinoとついているととてもうれしい。
そして雑草の名前の和名にも牧野さんの名づけたものがす
ごく多い。沢山の植物の名づけ親になった牧野さんは13人
の子どもの父親であったことを初めて知った。

茨木のり子の献立帖 茨木のり子 (平凡社 コロナ・ブックス)  

March 13 [Mon], 2017, 22:59


表紙の割烹着姿の写真がとても素敵だ。
自筆の料理レシピ、メモ、日記、台所などの貴重な
写真が収録されている。

茨木さんのプライベートな詩情が料理となって並ん
でいる。編集室で揃えたという器もまるで茨木さん
のコレクションかと思うほど雰囲気がある。
夫への愛情と自らの楽しみにあふれた一皿である。

日々の家事はあっという間に一日を飲み込む。
誰もが思うように、今日はこれとあれをしただけで
終わってしまったと。
そんな焦りも垣間見える日記を読んで、胸がつまる。
夫を失った喪失感を抱えてハングルを勉強したのだと、
本書の最後の年譜を見て知った。

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編:第2部 遷ろうメタファー編  村上 春樹 (新潮社)  

March 11 [Sat], 2017, 23:31


1Q8以来の長編小説である。1Q84 BOOK3を読む時にはBOOK1、
BOOK2の記憶が薄れていて、物語を思い出すのに大変だった
けれど。本書は2冊(合わせて1050頁)を一気に読めた。
おかげで、まだ物語の余韻がフワフワ私の周りに漂っている。

「今日、短い午睡から目覚めたとき、<顔のない男>が私の
前にいた」。
プロローグからいきなり村上ワールドである。
顏のない男が自画像を描いてもらうために自室に突然現れる。
私は36歳の肖像画家である。
描ききることがないまま、顔のない男は姿を消した。

第2部を読み終えて、プロローグの顔のない男に気がつく。
そうだペンギンのお守りもあった。物語はループを作ってい
るのに気づく

村上ワールドにどっぷりと浸かると、何が起こっても驚かない
免疫力がついてしまい、時間空間を自由に行き来して、こ
の世でもあの世でもなく、この壁からあの壁へ、この穴から
あの穴へというように、きっと生きて帰って来るに違いない
と私は不安を打ち消しながら物語の「私」と奮闘する。

村上春樹さんはご自分の創作を井戸掘りにも例えるように、
深く穴を掘ることと物語を作ることを並べている。深く考え
ることを掘り下げると言うように。この物語ではとても大き
な穴と、通り抜けなければならないのに、体が入らない穴が
でてくる。村上ワールドへどうぞ!

きみがぼくを見つける  サラ ボーム、 加藤洋子 (訳) (ポプラ社)  

March 01 [Wed], 2017, 17:17


海辺にひとり暮らす「ぼく」は、雑貨店の貼り紙で見つけた
犬を連れ、奇妙な逃避行を開始する。なぜ「ぼく」は「きみ
(犬)」を求めたのか? 圧倒的な孤独の底から浮かび上がる、
胸揺さぶる驚くべき秘密――。2015年ヘネシー・アイルランド
新人作家賞受賞作品。
(帯より)

朝日新聞の書評委員、中村和恵さんが選んだ「今年(2016)の3点」
はいずれも驚愕の作品だった。
(1)野良ビトたちの燃え上がる肖像(木村友祐、新潮社)
(2)きみがぼくを見つける(サラ・ボーム、加藤洋子訳、ポプラ社)
(3)i アイ(西加奈子、ポプラ社)

中村さんの詩を読んだことはないのだが、「地上の飯 皿めぐり航海記」
(本日の本、2012.02.26)からこの方の勧める本は絶対に面白いはずだ
と思った。予想どおりだった。

本書の舞台のアイルランドというと侘しく色のない風の強
い荒涼とした大地をイメージする。「嵐が丘」の影響である。
とりわけ印象に残るのは自然描写だ。主人公が片目の犬、ワ
ンアイに語りかける形で描写される、アイルランドの美しい
自然。そこに生きる動植物の名前。私はこの中の沢山の植物
をいつも散歩する音羽川の河川敷で見ているので、まるで私の
知っている土地のような気がする。

ハリエンジュの木、ハリエニシダ、サンザシ,野ぼろギク、タンポポ、
ハコベ、刺草(イラクサ)、ギシギシ、姫風露(ヒメフウロ)、灯台草、
唐草華鬘(カラクサケマン)などなど。

犬と「ぼく」だけの世界が寂しくて哀しい。

夜のファーストフード店でトイレを借り客のいない店の空
いたテーブルに座りポテトチップスができるのを待つ。
・・・・・・
通りに面したガラス越しに、駐まっているぼくたちの車が見える。
きみの頭と耳と首の輪郭が見え、ダッシュボードに休ませた、
きみの濁ったベルベットみたいな前足と、首輪の名札の煌き
と、きみの蛆虫鼻の煌きと、きみのひとつだけの覗き穴の煌
きが見える。店の通りに面したガラスと車のフロントガラス
越しに、自分の家族すべてを一瞬にして見ることができる。
どこもかしこも煌いている。不意にきみがとても小さく、遠
くに見える。もう何週間も、ぼくたちはずっと一緒だった。
離れ離れになったのはほんの短時間だった。秋のはじめ、ド
ライブをはじめたときからずっと。


i (アイ)  西加奈子 (ポプラ社)  

February 21 [Tue], 2017, 22:09


西加奈子さんの作品では直木賞を受賞した『サラバ! 』(「本
日の本」2015.02.10)が忘れられない。それから2年後の本
書である。

『サラバ! 』と『i』は成長する子どもの悲しみと苦しみを
テーマにしている共通点がある。どちらも西さんが投影され
ている部分があると思う。

西さんは1977年父の海外赴任先、イラン・テヘランで生
まれた。「サラバ!」の主人公、歩も同じ経歴を持つ。テヘ
ランで生まれ、カイロに渡り、大阪で暮らし、年齢も西さん
と同じだ。

本書の主人公の名前はワイルド曽田アイ。アイは、シリア人
である。養父はアメリカ人、養母は日本人で、幼少期はアメ
リカで過ごし、小学校6年から日本で暮らしている。

物語の冒頭は、「この世界にアイは存在しません。」という
言葉で始まる。入学式の翌日、数学教師が言った言葉である。
この言葉は、アイに衝撃を与えた。

「2乗して−1になる、そのような数はこの世界に存在しないんです」。
存在しない数はiと呼ばれた。
アイはこの世界に存在しない。

iは虚数で、実数の範囲ではiは存在しない。虚数のこ
とをもっと知りたい。アイは大学で数学科に進み、なぜi
は存在しないのか考える。

アイはシリアで死んでいたかもしれないのに、ここにいる。
自分が幸せになるために誰かが死んだのだと思う。
幸せであることは罪悪感につながってしまう。

本書の中でアイを救った本がある。それは
「テヘランでロリータを読む」 アーザル・ナフィーシー、
市川恵里(訳)(白水社)である。
私も読んでいた。その時の感動を思い出した。(本日の本、
2006.12.06)

生きていることが奇跡である。
あまりにも素敵なラストシーンに、言葉を失ってしまった。
西加奈子さん、素晴らしいです。

花の日本語  山下景子  (幻冬舎文庫)  

February 15 [Wed], 2017, 22:07


山下景子さんの作品は初めてである。この本を私に送って下
さったY子さん、どうもありがとう。

本は最初の数行を読んで、「この本は好き」と思ったことは
必ず当たる。

言葉とは、心の入れ物だと思っています。単なる音の中に、
人はさまざまな思いをこめてきました。
感情や意思を表現する言葉だけではなく、物の名前にも、名
づけた人々の思いがこめられています。
・・・・・・・・
今でも、私たちの身近にあるたくさんの植物・・・・・・・。
「もう一度、友として、師として、話しかけてみたい」「そ
の名前や姿を、見つめ直してみたい」・・・・・そんなふう
に思える草花の名前を集めてみました。・・・
(「はじめに」より)

退職してもう10年以上私は植物を見る楽しみに浸っている。
散歩の狭い地域の植物なのに、まだ名前が分からないものが
山ほどある。写真を撮って、インターネットの植物図鑑と比
べてやっとこの頃少しは名前を覚えたつもりでも、問題は私
の記憶力の衰えにある。苦労して名前が分かって、もう忘れ
ないぞと覚えたはずの名前が、ポロリと消えてしまう。
英名で覚えていたり、和名で覚えていたり、一番確実なのは
漢字で覚えるのがよさそうである。

例えばこれから咲く「レンギョウ」はとっさに出てこないこ
とがあるが「Golden bells」は花のとおりだ。  

第1章 旅する草花
第2章 恋する草花
第3章 瓜ふたつの草花
第4章 暮らしの中の草花
第5章 自然にちなんだ草花
第6章 夢見る草花
第7章 時を告げる草花

手のひらに乗る文庫本なのに、四季折々の111種が収録さ
れている。小さなカットはカラーではないけれど、小さくて
可愛らしくて、ありありと目に浮かぶ。

老人が徘徊すると世間は言うけれど、植物の生えている自分
だけの地図を頼りに散歩という徘徊をしている。
本書はこんな私にありがたい本だ。

野良ビトたちの燃え上がる肖像  木村友祐 (新潮社)  

February 12 [Sun], 2017, 17:05


この小説は、もしかしたら、進行中の物語ではないだろうか。
とてもリアリティーがあって怖い。二年後に東京世界スポー
ツ祭典(東京オリンピックのこと)を控えて、関東の風景は
激変しつつある。神奈川県境の河川敷で猫と暮らす路上生活
者の柳さんは、ある日「野良ビトに缶を与えないでください」
と書かれた看板を見つける。「野良猫に餌を与えないでくだ
さい」と同じ調子の看板である。河川敷住人の多くはアルミ
缶拾いをして生計を立てており、その缶をやるな、というの
である。それは国家と大企業による「野良ビト=野宿者」た
ちの大規模駆除の始まりだった。

住人らの抱える事情はそれぞれでも、日本経済のしわ寄せを
もろに受けている点では共通する。本作の背景にあるのは、
「大企業が儲かれば社会全体が潤うと宣伝して政府が推し
進めた経済政策」の失敗だ。中小企業は倒産、ホームレスが
増大した。さらに怖いことに、景気を口実にして政権批判が
できないよう、「景気が悪いことを言うと罪になる『不景気
煽動罪』」が立法化されようとしている。・・・というよう
に、この社会のちょっと先を行っている。読んでいるうちに、
そんなことはもう起こっているに違いないと思う。

最終章はショッキングな物語である。過去にもあったし、こ
れからも起こりそうな怖さである。「アメリカ第一主義」も
その延長線上にあるのではないか。世界全体に「不寛容」が
蔓延していると思った。

ドナウの叫び―ワグナー・ナンドール物語 下村徹 (幻冬舎)  

February 08 [Wed], 2017, 0:13


ハンガリーの彫刻家、ワグナー・ナンドールは1956年の
ハンガリー革命運動の最高指導者12人のうちの1人であった。
スウェーデンに亡命し、日本人女性・千代さんと巡り合いその後、
栃木県益子に住むことになり、1975年日本に帰化した。

波瀾万丈の物語は息をもつかさぬ面白さである。下村徹
さんは、「次郎物語」の作者である下村湖人のご子息と知り、
やはり人をひきつける文章力は遺伝するのだと思った。

日本はハンガリーのような激しい民族間の対立や紛争を、ほ
とんど経験したことがない。また、戦後の日本が比較的早く
自由な社会を手に入れたのに対して、共産国ハンガリーか
ら命を狙われる危ない目に合いながら、やっと1989年、
祖国ハンガリーはソ連の衛星国から離れ民主国家とな
り、2年後にワグナーは祖国を訪れることができた。

序章には「日本人」のつくった「ハンガリーの希望」
と「哲学の庭」がそれぞれハンガリーの古都の中央公
園と首都ブタペストのゲレルトの丘に建立されたとあ
る。実は、ブダペストにある「哲学の庭」と同じものが、
2009年中野区の哲学堂公園に建立されている。

世界の歴史は戦争と難民の移動の繰り返しである。トランプ
大統領の数々の大統領令の中にイスラム7か国や難民の入
国規制がある。戦争で逃げなければ殺される人々は自分たち
であり、自分たちの祖先であったということを忘れていない
ヨーロッパの人々がこの大統領令に反対するのは当然である。

序章にあるとおり、ワグナー・ナンドールを知る日本人はまだ少ない。
私も知らなかった。こんなに純粋な正義感の固まりのような人が生き
ていたのは奇跡のように思った。


屋根裏の仏さま ジュリー・オオツカ(Julie Otsuka), 岩本正恵,小竹由美子(訳) (新潮クレスト・ブックス)  

January 31 [Tue], 2017, 23:14


ジュリー・オオツカさんは膨大な日系移民の体験談から本書の
着想を得たという。オオツカさん自身、日系アメリカ人である。
2002年の処女作『天皇が神だったころ』に続く2011年の『屋
根裏の仏さま』は、PEN/フォークナー賞、フランスのフェ
ミナ賞外国小説賞ほかを受賞した。

物語はこんな風に始まる。

船のわたしたちは、ほとんどが処女だった。黒くて長い髪、
幅の広い平らな足、背はあまり高くなかった。子どものころ
から薄い粥しか食べたことがなく、がに股気味の者もいた。
14歳で、まだほんの少女のものもいた。多くは田舎の出で、
船では何年も着古した着物を着ていた。
・・・・・・・・
船でわたしたちは、最初に、—――気が合うか合わないか判
断する前に、おたがいの名前さえ覚える前に—――夫となる
人の写真を見せあった。彼らはハンサムな若者で、瞳は黒く、
髪は豊かで、肌はなめらかで傷ひとつなかった。

(「来たれ、日本人!」より)

百年まえ、「写真花嫁」と呼ばれた日本人たちがいた。彼女
たちは結婚相手の写真だけを頼りに、およそ一か月の船旅の
末にアメリカにたどり着いた。
言葉もわからない異国の地で、差別に直面しながら、身を粉
にして働き、子どもを産み育て、やっと築いた平穏な暮らし。
だが、日米開戦とともにすべてが潰えた。日本人というだけ
で敵性外国人として、逮捕、強制立ち退き、収容所へ移送さ
れた。これは大統領の命令あった。

今アメリカで起こっていることは、同じことだ。
大統領が決めれば、なんでもできる。世界は滅亡を急いでいる。
橋口譲二さんの「ひとりの記憶」と本書は戦争を生き抜いた
ひとたちの物語である。戦争ですべてを失っても、命がある
かぎり生きる。ほんの70年前に起こったことである。焼け
野原の焼けた小学校が住居になっていた頃のことを私は忘
れていない。

ひとりの記憶  海の向こうの戦争と、生き抜いた人たち 橋口譲二 (文藝春秋)  

January 28 [Sat], 2017, 21:44


日本に戻ってどうするのさ。インドネシア、台湾、サイパン、
ポナペ、韓国、中国、ロシア、キューバ…太平洋戦争を機に
海を渡り、戦後も帰国せずその地で生きることを選んだ日本
人。終戦の混乱の中で、彼らの下した一つ一つの選択、一人
一人の生き方とは? 取材から執筆まで二十年の歳月をかけた、
渾身の書下ろしノンフィクション。
(帯より)

敗戦とともに始まった引揚げ者たちの苦難を綴った記録は
少なくない。しかし引き揚げなかった人たちもいたのだ。
本書は、こうした残った人々を各地に訪ね、ていねいにイン
タビューをして紡ぎ出した記録である。

医療専門家として徴用され、スマトラ島でインドネシア独立
軍の病院長になり、現地の医療改善にも大きな業績を残した人。
インドネシアのバンドンで敗戦を迎えた後、インドネシア独
立戦争に兵士として参加した人。
日本統治下の朝鮮で韓国人と結婚し、戦後も韓国に残った女性。
看護師の勉強に満州にわたり、戦後、中国共産党の八路軍の
野戦病院で知り合ったドイツ人医師と結婚した女性などなど。

各章の最後に現れるポートレイトは、海の向こうで生き抜い
た日本人の逆光の姿は胸にせまるものがある。橋口さんに
しか描けない記憶のカタチがそこにある。1995年から始ま
った取材は2000年まで続き、86人の日本人と会ったという。
そのうち10人が本書に登場している。

「あとがき」にとても感動した。ひとりの人間の存在を一枚
の写真に写しだすことにこだわってきた写真家は、「ひとり
の記憶」を文章にすることに悩み抜いて20年かかった。そ
の中でも最大の困難はインタビューのテープ起こしのファ
イルを開けると文字が消えかかっていたという。昔はワープ
ロで印字するのは感熱紙だった。ある年数が経つと、文字が
魔法にかかったように消えてしまう。記憶が消える恐怖である。
再びパソコンで打ち直し、沢山の人に励まされてこの本が出
来上がった。

私の好きな作家星野博美さんは小説家になる前は橋口さん
のアシスタントであった。星野さんはこの先生から沢山の影
響を受けたのだと思った。橋口譲二さんはすばらしい。そし
てこの本が生み出されたことを感謝したい。