ただ今勉強中。 

November 19 [Sun], 2017, 14:55
終活のために30年の研究生活を振り返ってこのような本を
読んでいます。しばらくここの更新を休みます























 ゴースト 中島京子 (朝日新聞出版)  

November 11 [Sat], 2017, 22:43


小さいおうち(本日の本、2010.06.21)を読んで以来私は中
島京子さんのファンである。本書は11冊目。

タイトル通り、ゴーストの登場する短編が七編収められている。
ほとんどの幽霊物はさっきまで話していた人が、実は幽霊で
あったという恐怖で終わっているような気がする。ところが
本書の幽霊たちは、一般的な「幽霊」と異なっている。
幽霊を前提とした物語である。そして過去の出来事と密接に
関わり、ノンフィクション性を帯びて迫ってくる。これは綿
密な取材とともに時代の空気までも繊細に綴ってきた中島
さんならではの世界だと思った。

第一話「原宿の家」では、地上げ屋のアンケート調査の
アルバイトをしていた大学生が、原宿の古い洋館に住む若
い女性と恋仲になる。この一軒家は表参道ヒルズが建つ前に
あった、同潤会アパートと深い関わりがありそうだ。幽霊と
いうのは、見たいと思う人には見えるのだと分かる。

第一話で幽霊に会いたいと思い出すと、その後はぞろぞろ出
てくる。
第七話 「ゴーストライター」はとても印象的だ。幽霊が自
分の気持ちを話す。
なんて私は話を聞いていなかったことかと、亡くなった人を
思い出してしんみりした。

おっぱいがほしい!―男の子育て日記― 樋口毅宏 (新潮社) 

November 06 [Mon], 2017, 16:23


「樋口さんの子供が欲しい。一切迷惑をかけません。お金も
いらないし、籍も入れなくていいから」
それがどういうわけか、今では京都に引っ越して、入籍し、
妻が事務所に働きに出ている日中ずっと、赤子の面倒を見て
いる。ちょっと前までは想像もできなかった生活だ。
 洗濯、風呂掃除、買い出しといった家事をすべてこなし、合間
に赤ん坊にミルクをやって、オムツを替えて寝かしつけてから、
ようやく本業に取り掛かれる。
(「子育てはじめました」より)

妻は東大卒美人タレント弁護士という華やかな肩書きと裏
腹に、常識がまるで通用しないところが本書のポイントだ。
町山智浩さんのイラストとキャプションもぶっ飛んでいる。
男が主夫になっても子育ては過酷な労働であることに変わ
りはない。

たとえ男におっぱいがあったとしてもやはり一人だけで
赤ん坊を育てることは過酷である。家事と育児をやるという
ことがそれほど過酷な労働と感じるのは何故だろう。睡眠時
間がぶつぶつに切れるというのがつらい。夜中に赤ん坊が泣
くたびに自分が赤ん坊の命を預かっているのだという重圧
につぶれてしまう。
この孤独感は老人を介護している人も同じだ。私は夜中に義
母に起こされて気づいた。義母の命は私の腕の中なのだと。

赤ん坊はすくすく育って幸せなはずである。どんな困難も乗
り越えられると思うけれども、樋口さんは赤ん坊の奴隷にな
ったと思う。
「あんたにビクビクしてるのがもうイヤなの!」と突然赤ん
坊の前でベビーフードを投げつけてくる奥さん。

子育ては、親育てというけれど、ほんとに私もずいぶん育て
られた。子どもを育てる夫婦関係がこれほどおかしいという
「男の子育て日記」である。

宮沢賢治の真実 修羅を生きた詩人 今野勉 (新潮社) 

November 05 [Sun], 2017, 11:20



扉を開くと、太い大きな字が飛び込んでくる。

はじめに 「五人目の賢治」を探して
私はこれまで四人の宮沢賢治に出会っている。

今野勉さんは長い間賢治と向き合い、すでに四人の賢治と出
会ってきた。「生命の伝道者」、「農業を信じ、農業を愛し、
農業に希望を託した人」、「野宿の人」、「誰にも理解でき
ない言葉を使う人であり、子供のお絵描きのように詩を作る
人」だ。四人の宮沢賢治像である。

きっかけはある新聞社からのコラム執筆依頼であった。
宮沢賢治の全集を一から読み直し「文語詩」の巻を読み
進めると、ある一編に出会う。

 <猥れて嘲笑めるはた寒き>

これが最初の一行だった。いきなり「猥れて」とあるが、こ
れは、どう読むのか。
「猥」だけではない。短い四連のその詩の中には「猥」の他
に、「嘲笑」「凶」「秘呪」などの字句がただならぬ気配を
発していた。
(「はじめに 「五人目の賢治」を探して」より)

ここからドキュメンタリー作家今野さんの謎解きが始まる。
詩作の日の賢治の行動を追っていく。資料を読み込み、ひた
すら考え、仮説を立て、その上で現地に足を運んで調査を行
い、また資料に戻って考察を続ける。賢治がいつ、どこで、
何をしていたのか。その時、何を思い、何を書いたのか。

謎の詩に導かれるように、賢治の人生をたどっていく。心が
砕け散るほどの苦悩を、彼は作品に変えていった。
妹を死の淵にまで追い込んだ事件とは何か。
なぜ、賢治は自身を修羅と呼んだのか。

五人目の宮沢賢治に会えるまで、まるで推理小説を読むよう
である。しかし、五人目の賢治に会って、それでは詩の言葉
が理解できたのかというと、私にはまだ分からない。賢治は
詩とは呼ばず「心象スケッチ」と言う。

最後に今野さんは賢治の心象スケッチは、「私たちがよく使
う自己表現とは違う」と言う。それは「自分が感じたことや
考えていることを、理解してもらうための表現ではない」と。
これで私もやっと長い謎解きの後でさえ、賢治の言葉は分か
らないというままでいいのだと思った。

源氏物語 上 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集04)  角田光代 (翻訳) (河出書房新社)   

October 29 [Sun], 2017, 22:42


「源氏物語 上」には、一帖「桐壺」から二十一帖「少女」
まで。光源氏の誕生から、女君たちとの恋の遍歴、藤壺への
思慕など、若き光君を描いている。
訳者あとがき、解説 池澤夏樹、を含めて689頁の分厚さで
ある。
これまで与謝野晶子、谷崎潤一郎、円地文子、瀬戸内寂聴など、
文豪たちが現代語訳に挑んできた。


冒頭の「いつの帝の御時だったでしょうか―――。
その昔、帝に深く愛されている女がいた。宮廷では身分の高
い者からそうでない者まで、幾人もの女たちがそれぞれに部
屋を与えられ、帝に仕えていた。
帝の深い寵愛を受けたこの女は、高い家柄の出身ではなく、
自身の位も、女御より劣る更衣であった。女に与えられた部
屋は桐壺という。」
を原文と瀬戸内寂聴さんの訳を並べて読
むとよく分かる。角田さんの訳はとても分かりやすい。
文章が短くて頭にすっと入る。大きな点は主語を補足して、
地の文の敬語を廃している。

【原文】
いづれの御時にか、女御・更衣あまたさぶらひたまひける中
に、いとやむごとなききはにはあらぬが、すぐれて時めきた
まふありけり。

【瀬戸内寂聴訳】
いつの御代のことでしたか、女御や更衣は賑々しくお仕えし
ておりました帝の後宮に、それほど高貴な家柄の御出身では
ないのに、帝に誰よりも愛されて、はなばなしく優遇されて
いらっしゃる更衣がありました。


「源氏物語」というと私は高校の古文の授業を思い出す。理
系に進学するつもりだったので、まじめに古文を勉強しなか
ったこともあって、試験では情けない点数ばかり取っていた。

高校を卒業して以来、源氏物語と縁を切ったつもりの私は角
田さん訳の「源氏物語」を読んで、物語の面白さに引っ張ら
れて、すいすいと読めることに驚いた。あれほど一行一行に
苦しみながら解読した物語はこれほどの面白い小説だった
のか、と半世紀以上も経ってから知ったのである。
長生きをして、中、下巻も読みたいものである。

親鸞と日本主義 中島岳志 (新潮選書) 

October 20 [Fri], 2017, 10:57


森まゆみさんの「暗い時代の人々」を読んでも私にはまだ納
得できなかった。1930年から45年の満州事変勃発から太平
洋戦争終結にいたるまで日本は易々と軍国主義に雪崩れて
いった。わずかに抵抗した人がいたとはいえ、ほとんどすべ
ての人は口をつぐんでいた。

「暗い時代」は私の両親の青春時代であり、結婚して家庭を作った
時代である。父の兄は九州大学の学生の時に特高に追われ留置所
で亡くなったと聞いている。父は「主義者」になってはいけないと、
身に染みたそうである。父の言った「主義者」はどんな思想の人だっ
たのだろう。私は本書を読んで。戦争に突入する時代に向け
て大急ぎでお膳立てした思想を知って、長年のパズルの最後
のピースがカチッとはまったような気がした。

冒頭から私は本書に引きつけられた。

私は、親鸞の思想を人生の指針に据えている。いかなる教団
にも属していないが、自分は浄土真宗の門徒だと思っている。
迷いが生じると「教行信証」や「歎異抄」を繙く。

(序章 「信仰と愛国の狭間で、一枚のビラ」より)

1995年、地震被災後の神戸で、20歳の中島岳志さんは吉本
髢セの「ヨブ記」と題する講演を聴いた。講演後、中島さん
はアンケートに「親鸞は悪人正機を説きましたが、親鸞だっ
たら麻原彰晃は往生できるというでしょうか」と書いた。吉
本の答えは「間違いなく、往生できると言うでしょう」であった。

これを機に中島さんは吉本の著作に没入していく。その頃、
「理性の限界」という問題にぶつかり、吉本ショックから、
保守主義者の「理性」への懐疑と、論理的な親鸞の「自力」
への懐疑の統合を目指そうと考える。
 
ところが、ここに一つの難問が立ちはだかる。

日本において保守思想を体系化しようと考えたとき、立ち向
かうべき対象として戦前・戦中の日本主義があった。万世一
系の天皇を中心にした日本の国体を世界に冠たるものとし
て信奉する国粋的イデオロギーである。

ここまで親鸞を信奉する宗教学者・文学者・思想家などが昭
和初期に急速に日本主義へと傾斜した過程を見てきた。彼ら
は親鸞の思想を捨てて、日本主義へと「転向」したのではな
い。親鸞の教えを追求するが故に、日本主義へと接続してい
ったのである
 なぜ、このようなことが起きるのか。
・・・・・・・・・・・
どうも両者には、結びつきやすい思想構造が存在するようだ。
そうでなければ、あれほど続々と親鸞の信奉者が日本主義化
することはありえない。
(終章 「国体と他力――なぜ親鸞思想は日本主義と結びついた
のか」より)、

さて、2日後の衆議院選挙の結果が怖い。世論調査では安倍
首相は易々と過半数以上を獲得するそうだ。今は戦前の」国
体論も国学的ナショナリズムも日本主義もないからたとえ選挙に
負けても戦争は起こらないと安心できるだろうか。

教育勅語を幼稚園児に丸暗記させた森友学園の籠池園長の過剰な
愛国心に見られるように、戦前復帰の機運はすでに始
まっている。戦前と違うことは中国の経済成長が著しく日本
主義は出る幕がない。

戦争をしないで生き残る道しか日本には残されていない。私は本を読み
ながら、孫の時代に戦争だけは起こらないようにと祈るばかりである

暗い時代の人々  森まゆみ  (亜紀書房)  

October 18 [Wed], 2017, 9:13


森まゆみさんの描く女性はとても魅力的で、過剰に恋をして
いるのではないかと思うほどである。「断髪のモダンガール
 42人の大正快女伝」(本日の本、2008.07.24)、「恋は
決断力 明治生れの13人の女たち」(本日の本、2007.11.07)

今はどうだろうか。政府は女性が輝く社会と叫んでいるが、
女性は輝いてはいない。明治、大正時代では女性は今よりも
っと家に縛られていたにもかかわらず、精神の自由な女性
が開花したし、男性もしかりである。

これまで近代史を勉強する中で、ずっと気にかかってきたこ
とがある。それは満州事変(昭和6年)勃発から太平洋戦争
終結(昭和20年)にいたるまでの、あの「暗い時代」のこ
とである。

どうして米騒動や小作争議、労働運動が活発化し、大正デモ
クラシーが花開き、・・・・・・・・その時、人々は何を考
えていたのか、どこが引き返せない岐路だったのだろうか。

この本の中でわたしが書いたのは、最も精神の抑圧された、
1930年から45年の「暗い時代」に、「精神の自由」を掲げ
て戦った人々のことである。時代でいうと大正デモクラシー
の残照から、昭和の軍国主義に雪崩れていく時代ということになる

(本書まえがきより)

 本書のタイトルは、ハンナ・アレントの有名な作品「暗い
時代の人々」から取られている。これも、ファッシズムが吹
き荒れ、自由が損なわれたヨーロッパの「暗い時代」の中で
闘った人々を描いている。

本書で描いたのは9人。斎藤隆夫、山川菊栄、山本宣治、
竹久夢二、九津見房子、斎藤雷太郎、立野正一、古在由重、
西村伊作。

立憲主義を貫き、粛軍演説を行った斎藤隆夫。常に貧しい女
性を救う社会主義を主張した山川菊栄。貧困層を救う産児制
限と性教育を説き、治安維持法改悪に反対して、時の権力者
に暗殺された山本宣治。第3章までで登山で言えば頂上まで
登ったほど感激した。

今はまさに「暗い時代」に突入している。戦前と全く同じで
ある。黙っていることはそのまま歴史が繰り返されることだ。
本当に怖ろしい。

子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から  ブレイディ みかこ  (みすず書房)  

October 13 [Fri], 2017, 12:14


「わたしの政治への関心は、ぜんぶ託児所からはじまった。」

本書は英国・ブライトンに20年以上住む著者が、保育士と
して関わった、貧困地区にある慈善センターの託児所の子ど
もと、親たちと保育士たちの生活を記録したものである。

2008年に著者が保育士として飛び込んだのは、最下層の子
どもたちに未来をと一人の女性がつくった無料の託児所で、
「底辺託児所」と呼ばれていた。そこは、貧しいが
混沌としたエネルギーに溢れ、社会のアナキーな底辺層を体
現して、白人の最下層とインテリ・ヒッピー、それに移民の
親子が共生していた。親たちは「就業せずに生活保護をもら
いながら生活している人々」である。「アンダークラス」と
呼ばれている。

生活保護など打ち切って、「アンダークラス」にも労働させ
ろという声が当然上がってきた。保守党政権は2010年以来、
福祉への支出を大幅に削減した。

しかし保守党による福祉の停止は何の解決ももたらさなか
った。事態はさらに悪化しただけだった。生活保護の受給停
止の最大の被害者は受給者の子どもたちだった。子どもたち
は、公的支援を失うことで、住むところを失い、食べるもの
も身にまとうものにも事欠き、絶望し荒れ狂う親たちの暴力
に曝された。その頃には子どもたちを保護する「底辺託児所」
は閉鎖されていたのである。

親たちがどれほど問題を抱えていても、社会復帰の可能性が
低くても、それでも子どもたちへの支援を止めるべきではな
いと著者は考える。
今の日本に全く同じ問題が起こっている。日々進行する「上と下」の分断。

「政治は議論するものでも、思考するものでもない。それは
生きることであり、暮らすことだ」

一児の母でもある著者の保育士から見た政治とは人を生か
すことも殺すこともできる。それはあっという間に起こる。

「底辺託児所」のお別れにみかこさんへ子どもたちが描いた
絵がいくつか本書に載っている。子どもたちはみかこさんが
大好きだ。

本を読むひと  アリス・フェルネ (著), デュランテクスト 冽子 (訳)  (新潮クレスト・ブックス)  

October 09 [Mon], 2017, 21:56


パリ郊外の空き地に陣取った、アンジェリーヌばあさんを中
心としたジプシーの大家族。5人の息子と4人の嫁と8人の
孫がいる。キャンピングカーは風雨から彼らを守ってくれる
が、そこは水道も電気もない。仕事も生活保障もない。

あるとき「よそ者」が訪ねてくる。エステールという名の、
穏やかで優しい図書館員だ。本を読む歓びを伝えたい一心で
毎週通ってくる彼女は、まず子どもたちを、やがてその親
を、最後には家長をも変えてゆく。

物語を貫いているのは「人生には本が必要だし、生きている
だけでは十分じゃない」
というエステールの信念である。毎
週子どもたちは物語の世界を喜んだ。ここに住んでいる人た
ちは字を知らない。やがてエステールは子どもを学校に行か
せることに奮闘する。とうとうエステールの信念は役所を動
かし、ジプシーの子どもが学校に通う許可が下りた。さて、
学校に行くということはなかなか大変なことである。

貧困の格差が日本でも大きな問題になっているが、存在自体
を認めてもらえない人々がいるということに、やはりショッ
クであった。戸籍がない未就学児の問題と同じである。
本書は20年におよぶフランスのロングセラーである。

母ではなくて、親になる  山崎ナオコーラ (河出書房新社)  

October 07 [Sat], 2017, 21:31


人に会いたい、人に会いたい、と思って生きてきた。
なぜ赤ん坊を育てたいのか? その問いについて深く考え
ることのないままここまできてしまったが、寂しいからと子
どもを欲しがってはいけないのは重々承知しながら、やはり
寂しかったのだと思う。
・・・・・・・・
33歳になって、やっと、「町の本屋さん」で働く書店員と
結婚した。優しく、可愛らしい夫だ。結婚してみたら、夫の
生活能力が低く、夫の世話を焼くシーンが増えていき、それ
が意外と楽しかった。「自分は世話好きかもしれない」と思
った。・・・・・・・・・子どもの世話も、きっとできる、
と思った。
・・・・・・・・・・・・

今、私の前には二ヵ月の赤ん坊がいる。
赤ん坊のうんちを拭き取ったり、耳掃除や鼻掃除、爪切りを
したりしていると、ふつふつと喜びが湧いてくる。今のとこ
ろ、おむつ替えや授乳を面倒に思ったことは一度もない。赤
ん坊のために金を払うのもわくわくする。なんでもやってや
ろうと思う。
・・・・・・・・・

私は赤ん坊に対しても、自分らしくないことをする気はない。
赤ちゃん言葉なんて決して発しない。母親っぽい声は出せな
くていいや、と思う。
妊娠中に、「母ではなくて、親になろう」ということだけは
決めたのだ。
親として子育てするのは意外と楽だ。母親だから、と気負わ
ないで過ごせば、世間で言われている「母親のつらさ」とい
うものを案外味わわずに済む。
母親という言葉をゴミ箱に捨てて、鏡を前に、親だー、親だ
ー、と自分のことを見ると喜びでいっぱいになる。
親になれるなんて、とてもラッキーだ。私が赤ん坊と過ごせ
るなんて、ものすごく嬉しい。自分に世話役がまわってきて
ありがたい。
人づき合いが下手でも、人に会うのは好きだ。人に何かして
あげる役回りが自分に巡ってきたことが、とにかく嬉しい。
(「人に会うとはどういうことか」より)

エッセイ「かわいい夫」は読んでいないけれど、山崎ナオコ
ーラさんの夫は赤ん坊の世話を親としてやっている。父親だ
から手伝うというのではなく。産後一年間時短勤務をして4時
には家に帰り育児をナオコーラさんと交代する。ナオコーラさん
はすぐに喫茶店に行き、仕事をする。3時間後の授乳には家
に帰って来る。

うらやましい、新しい結婚の形だ。「フェミニンな男性を肯
定したい」ことについて綴った章もある。

私は産後2か月から働いた。母乳を飲ませたいと思いながら、
毎日ひたすら早く家に帰ることを考えて仕事をしていた。
私は母親だから、母乳を飲ませるのだから、男とは対等では
ないのだと、そのときに強く思った。男女平等と言っても、
家に帰れば、私は母親だ。女性が男女平等に働けるはず
がないと40年前の私は思った。今でこそ、「女性が輝ける
社会」という変な言葉がはやっているけれど、別に輝かなく
てもいいから、育児は過酷な労働であることを男たちはちゃ
んと分かるべきである。
2017年11月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:kagawakazuko
読者になる
Yapme!一覧
読者になる