バラカ 桐野夏生 (集英社) 

December 07 [Wed], 2016, 14:46



桐野夏生さんの長編小説『バラカ』は東日本大震災の発生後
から、危機的な日本と並行してリアルタイムに「小説すばる」
に連載された(2011年8月号〜2015年5月号)。
本書は震災から5年を前に書籍化されたものである。 

警戒区域にあるうち捨てられた納屋に、放置された犬たち
と一緒にその少女はいた。何を聞かれても、こう言うだけ。
「ばらか」。この謎の少女バラカを発見したのは、放置され
た動物を保護するボランティアの老人決死隊であった。この
少女を中心に物語は展開する。

バラカは身元が分からなかった。結局バラカを発見した豊田
さんが自分の家に連れて帰った。そして同じボランティアの
仲間の家を点々と移動してバラカを育てた。国籍もわからず、
戸籍もないまま・・・

「私は77歳ですが、100まで生きるつもりです。あと23
年あるから、この子は成人できるでしょう。では私が連れて
行きましょうか」
「どうせ両親が現れますよ」
「いや、警戒区域だから、誰も来ないと思って、捨てられた
んじゃないですか。犬と同じ運命というのはそういう意味ですよ」
「しかし、まだおむつも取れていない子供をあんなところに
放置するかな。鬼だね」

(「プロローグ)より)

あの日の震災で、福島第一原発がすべて爆発した。東京は避
難勧告地域に指定されて住民は西に逃げた。首都機能は大阪
に移り、天皇も京都御所に移住した。2020年のオリンピ
ックは大阪に開催地が変更された。
小説の世界では日本という国家自体が西日本と東日本に事
実上分断されている。西日本は大阪を首都として震災前の
国家を維持しているのに対して、東日本は震災で別の国家の
ようになった。

ここには震災後も東京一極集中が強まり、東京でオリンピッ
クまで開かれようとしている現在の日本に対する強烈な批
判が込められている。

私はこの小説が震災直後から同時進行で書かれたことに驚
いた。さらに震災8年後の東京の描写には背筋が凍った。
「ありえたかもしれない日本」に目をつぶって、原発を再稼
働することにやっきとなり、外国に原発を売ろうとしている今
の政府に、もう騙されたくないと思う人は沢山いるのだ。

「MONKEY」 Vol.9 「特集・短編小説のつくり方」 (Switch Publishing) 

November 30 [Wed], 2016, 22:19


「MONKEY」は、大翻訳家の柴田元幸さんが編集責任をしてい
る1年に3回発行される文芸誌である。

「短編小説のつくり方」という題をごらんになって、「短編
小説をどう書いたらいいのか、教えてもらえるんだな」と期
待をされた方もいらっしゃるかもしれません。ごめんなさい、
そういう建設的な話ではなく「不思議な短編小説のつくり方
をする人が、この世にはいるもんだなあ」という思いを形に
したら、この特集になりました。
・・・・・・・・・・・ 猿


ブルーの万年筆の手書きの前書きがとてもしゃれていて、こ
の雑誌の雰囲気が柴田元幸さんそのものである。

今回の中心となるのは、グレイス・ペイリー。村上春樹が訳
した5本の短篇とエッセイ、インタビュー。そして柴田さん
が聞き手となった、短篇小説にまつわる村上春樹自身へのイ
ンタビュー。

後半の日本人作家の作品も好きだ。

小説がうまれるところ
岸本佐知子 多摩川前半
片岡義男 多摩川後半


川上弘美 目薬
写真―野口里佳

宮澤賢治リミックス
古川日出男 風の又三郎たち
絵―秋山花

死ぬまでに行きたい海
岸本佐知子 YRP野比

翻訳家という人は面白い人が多い。岸本佐知子さんって
なんという面白さだろう。

移民の詩 大泉ブラジルタウン物語  水野龍哉  (CCCメディアハウス)  

November 26 [Sat], 2016, 22:10


群馬県邑楽郡大泉町。わずか4万人ほどの小さな町は、住民
の10人に1人が日系を中心としたブラジル人という。フリ
ージャーナリスト水野龍哉さんは大泉町に通い日系ブラジ
ル人たちに会って話を聞いた。本書は彼らの逞しい生きざま
と地域住民との交流を描いたノンフィクションである。

彼らはブラジルのおおらかな風土に育まれ、楽天性とチャレ
ンジ精神という長所を持っている。そして日本社会に順応す
るうちに身につけた気質(約束を守るとか努力するとか)を
あわせ持っている。
ブラジルは他民族国家であるから日系人は、どこを見ても日
本人ばかりの国になかなか馴染めない。また日本人は外国人
慣れしていない。

彼らが日本に移住してからまだ四半世紀である。日本人が
ブラジルに移住したのは一世紀前である。
長い間に日系ブラジル人はブラジルの中で尊敬される存在に
なった。彼らの祖先のように将来日本で日系ブラジル人の努
力が報われる時代が来ることを願う。

猿の見る夢  桐野夏生 (講談社)  

November 23 [Wed], 2016, 21:39


初めて読んだ「OUT」(1998年日本推理作家協会賞受賞作)
以来たぶん本書が12冊目である。桐野さんの作品の中で、
犯罪にかかわり、困難に遭遇する人物にいつも私は一体感を
感じるのだった。人間はなんと業が深く悲しい存在だと。

本書は今までの作品とは違って、犯罪も困難にも出会わない。
主人公は59歳のサラリーマン、薄井正明。大手銀行から
ファッションメーカーに出向し、財務担当役員を務めて
いるエリートである。薄井は欲しいものをほとんど手に
している。出世、カネ、家庭、さらに女までも。あとは
退職前にもう一段出世すること。自分勝手な虫のいいこ
とばかり考えている。

なにも起こらないはずの生活の中にちょっとほころびが
できる。私は主人公を全然心配していない。当たり前だ、
そんなわがままが通るはずがない。あわてふためく男が
滑稽であるがちょっとかわいそうでもある。

一人の初老の男が描いていた老後の暮らしがどうなろう
とも、自分の撒いたタネではないか。これも私が女だか
ら思うのだろうか。男の欲望と女の復讐。とても面白い。

桐野文学の新たな代表作!
これまでで一番愛おしい男を書いた。桐野夏生
(帯より)

彼女の家出 平松 洋子 (文化出版局)  

November 18 [Fri], 2016, 16:37


私はこの10年で数えてみたら26冊も平松洋子さんの本を読
んでいた。平松さんは初め料理、食全般に関してエッセイを
書いていた。子どもの頃や家族のことなど思い出は食べ物と
共にやってくる。やがて平松さんは美味しい物を探して旅に出る。
ベトナム、タイ、沖縄や日本各地で味わった食べ物のこと。
そして最近は映画や読書に関するエッセイも多くなってきた。
旺盛な食欲は読書欲に変貌して、そのジャンルは巾広く、
あたかもバリバリと嚙み砕くように食べる書評に私は魅かれた。

元気いっぱいの平松さんのエッセイのテンポには勢いがあ
って、あっという間に仕上げる料理のように、ふうとため息
をつきたくなるようなあっぱれな文章である。この平松節が
好きで長年読んできた。
本書は今の平松さんに出会う32篇のエッセイ集である。


「化粧をするときメガネをかけないとできなくなった」とい
う事態である。
いったいどんな策を講じたら、眼鏡をかけたままアイライン
引きやマスカラ塗りの難所をきりぬけられるのか。

(「拡大鏡は見た」より)

真剣に考えて数か月後。鏡の方で拡大してくれればいいのだ
と気づく。そして拡大鏡を壁に取り付ける。その結果、現実
のむごい仕返しに驚愕する場面がユーモアたっぷりに描か
れていて、あまりにもおかしくて涙が出た。
私は化粧をしないから顔の細部を見たことがない。これは私
にとっていいことではないだろうか。老眼も悪いばかりでは
ない。

「夜中の腕まくり」は美味しいエッセイである。寒い夜中に
牛すじ1キロを煮る話である。煮るときには焼酎を使うから
と言い訳をしながら、焼酎を一足早く飲み始める。
私も牛すじが好きでときどき圧力鍋で簡単に煮ているが、平
松さんの煮方はとても丁寧である。ゆでる間のあくの取り方、
その後の水で洗い方など、こんなにするものだったのかと驚いた。
くつくつと煮える鍋のそばでの読書。やっぱり平松さんだ。
煮える間の湯気で温まり、焼酎で温まり夜中の秘密に満ちた
幸せな時間。

後半の3章「下着の捨てどき」は今の私に切実なテーマである。
自分の一生のゴミを片づけることを頭の中で想像して、手も
足も出ない毎日である。

さて、「捨てるおんな」が伝授してくれた秘策はこうである。
「いるか、いらないか、五秒以内に判断するのよ」
たった五秒!そんなの乱暴すぎやしないか。
「いいや、ぜったい五秒。十秒かんがえたらもう捨てられない」
・・・・・・・・・・・・・
「自分にかんがえる余裕を与えてはいけない」

(「五秒ルール」より)



三島由紀夫が愛した美女たち 岡山典弘(啓文社書房) 

November 14 [Mon], 2016, 10:32


本書は三島由紀夫の研究者として知られる岡山典弘さんが、
豊富な文献を駆使して、三島と親しくした女優、また作品の
モデルとなった美女たちの列伝で三島文学に迫っている。
美女たちのトップバッターは女優の若尾文子。三輪明宏、越
路吹雪が続き総計10人の美女が登場する。

私は若いころは映画も見ずほとんど自分の進む道(生化学を
勉強して研究を続けたいと思っていた)に夢中だったので、
登場する人のほとんどにあまり強い関心がなかったけれど、
シャンソンについては忙しくても聞いていた。特に美輪明宏
については「ヨイトマケの唄」を聞いてとても衝撃を受けた。
この唄はシャンソンのイメージを変えたような気がする。
三島由紀夫は美輪明宏とこんな交流があったのだと本書を
読んで知り、三島の分からなかった部分の謎が少し解けた
思いである。

次に登場する越路吹雪のシャンソンも私は好きだった。
実際によく聞いたのはCDであって、当時の越路吹雪が
これほどの魅力的な歌手であったと知ったのは亡くなって
から後である。
その越路さんと三島との交流も美輪と似ていると思った。
どちらかと言えば越路さんは男っぽく、美輪さんは女形、
そんな魅力に三島はどんどんのめり込んで行き、多くの作品
を残したという。
私にとって、三島は今でも読もうとしない作家である。しか
し本書は私を三島に多いに近づけたことは確かである。

須賀敦子の手紙 1975―1997年 友人への55通  須賀敦子 (著), 松家仁之 (編集), 久家靖秀 (写真) (つるとはな) 

November 10 [Thu], 2016, 22:12


須賀敦子さんの作品はずいぶん読んだけれども(「ミラノ 霧
の風景」、「コルシア書店の仲間たち」、「ヴェネツィアの宿」、
「塩ト一トンの読書」、など)、文章の美しさ、心にしみる寂
しさに、私はのめりこんでいった。最初の「ミラノ 霧の風
景」が出版されたのが61歳の時である。その後の8年間の
間に10冊あまりの作品を残して、突然病に倒れて逝ってし
まったのは残念である。

須賀さんがミラノのコルシア書店のメンバーと出会って、
彼女の文学に対する才能が後に夫となるペッピーノに見い
だされたのが31歳の時である。彼女の一番幸せな時代は
38歳の時(1967)に突然終わってしまった。70年に父を、
72年に母を失った。

帰国して間もない須賀さんは、生涯の友人と出会う。
スマ・コーンとジョエル・コーン夫妻である。1975年から、
亡くなるまで続いた友情は55通の手紙になってコーン夫妻
の手元に残っていた。そして今この素敵な本の中で須賀さん
に出会える。青インクの筆跡もリアルな高精度カラー写真で。

手紙とは相手に対して、心を開いているものなのだと思う。
自分を飾ることも必要がない。この手紙を書くことによって
どんなにか須賀さんは慰めたられたことだろう。須賀さんに
友だちがいて良かったと思った。
入院していたときには病院から夫妻に手紙を書いた。そして
最後の入院の時にはスマさんがホノルルから来て世話をし
てくれた。苦しい闘病の中でも美しい字を書いている。
スマさんは日本人。ジョエルは日本文学を研究する学者で、
互いの手紙は日本語である。

一朝の夢 梶よう子 (文春文庫)  

November 08 [Tue], 2016, 20:23


私は時代小説をほとんど読まない。梶よう子さんの作品は本
書が初めてである。
本書を私に薦めてくれた人はFacebookの友達Y子さんである。
きっかけはわが家の庭にはびこる琉球朝顔である。11月に
なった今も琉球朝顔は咲き続けている。
本書の主人公は朝顔、正確には朝顔を育てている人である。

江戸時代は園芸の非常に発達した時代である。メンデルの法
則を知らないが、経験から花の変化と葉の変化を追って、珍
しい朝顔を咲かせたいと競った。「変化朝顔」の中には雌蕊
や雄蕊が花弁になったものもある。もはや朝顔とは全く似て
いないものになりタネを作らない。朝顔は一年草だからタネ
ができなければ、その年で終わりである。そんなはかない朝
顔に江戸っ子は熱狂した。東京の入谷で毎年7月に開催され
る 朝顔市は、江戸時代の朝顔熱が元で始まった催しだと言
われている。
ちなみにわが庭に咲く琉球朝顔はタネを作らず多年草で
ある。地下に根を伸ばし越冬する。

さて時代は江戸末期、世の中は井伊大老と水戸徳川家の確執
や、尊王攘夷の機運が高まり不穏である。主人公の北町奉行
所の同心の中根興三郎は趣味の朝顔栽培に没頭している。閑
職の名簿作成役である。「朝顔同心」などと呼ばても気にしない。
興三郎には夢がある。朝顔を心から慈しんだ人だけが“朝顔
からの褒美”として咲かせられるという黄色花をいつか見た
い、咲かせたいという夢である。

ある日、興三郎は身分の高そうな武家と知り合い、朝顔を介
した交流が始まる。武家は興三郎の庭の朝顔を見ながら言う。
「お主は懸命に作れ。(中略)儂は、儂の為すべきことを恐
れずやろう。ふたりで朝顔から褒美をもらおうではないか」
このあたりから歴史小説のクライマックスを迎えるのだが、
最後には興三郎は思いもよらぬ形で政情にかかわっていく。
感動的なストーリーはここでは省略する。

実は私が本書でとても感動したのは興三郎が「変化朝顔」を
作る方法である。当時の交配方法はタネを作る「変化朝顔」
を沢山植えて自然に交配する中からさらに珍しい品種を見
つけるという方法だった。

興三郎は人工交配をやっていたのだ。この葉っぱとこの花を
咲くものを合わせたいと決めたら、花のつぼみが開く前につ
ぼみの筒の部分に剃刀で縦に切れ目を入れ、雌蕊を
取り除き、もう一方の朝顔もつぼみが開く前に切れ目を入れ、
雄蕊を取り除き、雌蕊だけを残す。つまり雄蕊だけのつぼみ、
雌蕊だけのつぼみを作る。朝顔は開けば自家受粉をしてしま
うので、新しい形質は現れない。しかし、人工交配によって
できるタネは新しい形質を持ったタネである確率が高い。

朝顔は日没からおよそ10時間で開花するので、日の出より
も早く開く。興三郎が奉行所から家に帰って来たころには朝
顔は全部しおれている。なんとかもう少し長く開いていてほ
しいと興三郎は工夫をする。明日は開くと思ったつぼみに
ネギの薄皮の筒をかぶせるのである。午後8時にこの覆いを
外すと、翌朝の朝6時ころに開き始めるという。なんという
ことだ。日没を遅らせてしまうのだ。

私も数年前に日没の時刻と開花の法則を琉球朝顔で調べた。
日没からおよそ9時間後に琉球朝顔は開く。その時の写真を
見て分かるとおり、朝顔は朝に咲くのではなく夜に開くので
ある。真っ暗闇の中で朝顔が開くのはとても神秘的だ。



↑写真は2011.08.31 午前1時48分。




↑写真は同日 午前4時02分。


興三郎の物語は私にとって、とても親近感があって、時代小
説というジャンルを越えている(本書は08年に松本清張賞を
受賞した)。江戸時代は鎖国であったが人々の向学心は旺
盛で、朝顔熱は高額で朝顔が取引されたという事以外に、命
をかけて美しい花を作りたいと励んだ人がいたことを知る
ことは大事だと思う。金持ちになりたいとも、有名になりた
いとも思わない、ただの人が成し遂げた夢は尊い。

漂流怪人・きだみのる  嵐山光三郎  (小学館) 

November 03 [Thu], 2016, 22:44


きだみのる(1895〜1975)は戦前には林達夫と共に本名の山
田吉彦でファーブル「昆虫記」十巻を完訳し、戦後はベスト
セラー「気違い部落周游紀行」を書いた。私は奥本大三郎訳
のファーブル「昆虫記」は読んだが きだみのるの作品は全
く読んでいない。

著者の嵐山光太郎さんは『太陽』の編集部員であった28歳
のとき、きだみのる(75歳)と謎の少女ミミくん(7歳)と一緒
に取材で各地をまわった。その5年間のきだ怪人の影響がい
かに嵐山さんにとって大きなものであったかが想像される。

嵐山さんの作品の面白さはの中には型破りな男「きだみのる」
がいるのだと実は本書を読んで思った。(私が読んだ嵐山さ
んの作品はどれも型破りな面白さであった。「文人暴食」、「文
人悪食」、「不良定年」、「素人包丁記」、「人妻魂」、「旅する
ノラ猫」、「妻との修復」、「魔がさす年頃」など) 

冒頭の「一枚の写真」がこの本のすべてを語っているようだ。
怪人きだみのるはベレー帽をかぶり元気な体格のいい老人
でミミ君という少女が横いて、嵐山さんもカメラマンさんも
若い。

今、嵐山さんの年齢はちょうど出会った頃のきだ怪人と同じ
だ。決して定住しないし、部屋を掃除しない、食欲の鬼の自
由人のきだみのるを写真と共にどんどん思い出していった。
共に旅した日本の小さな村々、旅で出会った個性的な人たち
や70年代前半までの当時の日本の面白さを追慕した。私も
自分の青春時代の必死さを思い出した。あの頃は日本中が
必死だった。

漂うままに島に着き  内澤旬子  (朝日新聞出版)  

October 25 [Tue], 2016, 21:32


内澤旬子さんを初めて読んだのは「世界屠畜紀行」(本日の
本、2007.01.24)であった。世界各国を旅して屠殺の現場を
まとめた、衝撃的すぎるルポとして、内澤さんは一躍有名人
になった。抜群のイラストと文章の面白さに夢中になって以
来、私は内澤さんの作品を全部読んだ。

乳がんを患いその後の「身体のいいなり」(本日の本、
2011.01.24)を読むと以前よりも元気になっていた。
千葉県旭市に廃屋を借りて豚を3匹飼ったり(「飼い喰い 
三匹の豚とわたし」、本日の本、2012.04.04、激しく活動
的になった。
「捨てる女」(本日の本、2013.12.06)では身の回りを片付
けだし、物と夫も捨ててしまった。

本書では一人暮らしの内澤さんである。なかなか快調であるが、
東京のせまいマンション暮らしに我慢できなくなり、
地方移住を検討し始め、とうとう香川県の小豆島に移住を決
めてしまった、地方移住顛末記は実に面白い。勿論イラスト
も楽しい。

寂しかろうと、皆さんに心配されている私なのであるが、
孤独であることは否定しないが、寂しいかと言われると
どうだろうか。朝はヤギの小屋掃除をしたり散歩に連れ
て行ったりしていて大概、誰かと立ち話をし、そのあと
たいていの場合は、近所だけでなく遠くであっても誰か
がアポなしでふらりとやってきて手作りのお菓子やカヨ
のための草などを置いてゆく。


庭の雑草がすごいので、ヤギ(名前はカヨ)を飼ったら
解決できると、ヤギを飼うのも、いかにも内澤さんだ。
豚よりも楽だからと。しかし、カヨは好きな物しか食べ
ない。それで雑草の問題は解決できなかったのだが、カ
ヨが地元の人に受け入れられるように、内澤さんも島の
人になじんでいく。

久しぶりの内澤さんの作品に夢中になった。こんなにパ
ワーがある女の人がいるだろうか。狩猟の免許を取った
り罠で猪をとったり、銃と獣はさすがに女は無理と言い
訳したいところだ。そんな内澤さんでも車の運転はとて
も下手だと、自慢する。あぁ〜〜こんなおもろい女の
人がいるんだ。