夫・車谷長吉  高橋順子  (文藝春秋) 

July 18 [Tue], 2017, 22:27


久しぶりに心が洗われて放心したような感動を味わった。
高橋順子さんの夫は2015年に急逝した直木賞作家、車谷長
吉さんである。二人が出会ったのは40代の後半であった。
私小説の鬼と呼ばれた車谷さんと詩人の高橋さんは、独身の
まま生涯を終えるかと周囲に思われていた。車谷さんは高橋
さんへ絵手紙を延々と出し続けた。デートに誘う勇気はなく、
高橋さんも警戒心を解くことはなく、返事も出さなかった。
こんな二人が結婚できた。これだけでも最高のロマンス小説
である。

私は高橋さんの「緑の石と猫」(本日の本、2009.11.11)の
中の短篇「花観音の島」が印象に残っている。詩人の書く文
章には光がある。ストーリーを忘れてしまっても、その光が
今も見える。二人が四国遍路をしている間に生まれた作品だ
と本書で知った。

長吉は二階の書斎で原稿を書き上げると、それを両手にもっ
て階段を降りてきた。
「順子さん、原稿読んでください」とうれしそうな声をだし
て私の書斎をのぞく。私は何をしていても手をやすめて、立
ち上がる。食卓に新聞紙を敷き、その上にワープロのインキ
の匂いのする原稿を載せて、読ませてもらう。
(中略)
作品を見せ合うことは別に約束したことではない。でもそれ
は私たちのいちばん大切な時間になった。原稿が汚れないよ
うに新聞紙を敷くことも、二十年来変わらなかった。相手が
読んでいる間中、かしこまって側にいるのだった。緊張して、
うれしく、怖いような生の時間だった。いまは至福の時間だ
ったといえる。
(「Y 墨書展」より)

ボクたちはみんな大人になれなかった  燃え殻  (新潮社)  

July 14 [Fri], 2017, 22:45


「波」7月号(2017)に本書が紹介されていた。兵庫愼司さ
ん曰く「存在自体が新しい書き手による、新しい私小説」と
あった。

目次には20篇のタイトルが並んでいて、最初のタイトルは
「最愛のブスに友達リクエストが送信されました=vである。
このタイトルはFacebookをやっていないと何のことだか分
からない。

私はFacebookを2011年からやっている。初めの頃は自分が
急に世界に向き合ったような気分を楽しんでいた。言葉が通
じなくても写真は世界共通語である。日本を植物から知って
もらおうかなという気持ちになった。今では庭の植物や散歩
で見る植物の写真を毎日更新するようになった。日本の友だ
ちからだけでなく、イギリスやドイツから、同じ植物が自分
の所でも咲いているよと言われると、地球は一つの庭だ、
と感動する。

「存在自体が新しい書き手」である燃え殻さんって誰?
正体が曖昧な人の書いたものが、実は衝撃的に新しい小説だ
った。きっと誰もがすくすくと成長するわけではない。誰も
が愛する人にめぐり会って結婚するわけでもない。燃え殻さ
んと自分の不安に満ちた過去を重ねながら読む人は多いだろう。

 彼女はグラビアアイドルのようなカラダではなかったし、
野心家でもなかった。よく笑う人で、よく泣く人だった。酔
った席で思わず熱心に彼女のことを話すと、よっぽど美人だ
ったんだろうねぇと言われることがあるが、彼女は間違いな
くブスだった。ただ、そんな彼女の良さを分かるのは自分だ
けだとも思っていた。
 渋谷の円山町の坂の途中、神泉のそばの安さだけが取り柄
のラブホテルがある。そこは東京に唯一残されたボクにとっ
ての安全地帯だった。なぜなら自分よりも好きな存在になっ
てしまった彼女と、一番長く過した場所だったからだ。

 満員電車が激しく揺れた。ずいぶん遠くの駅まで来てしま
った気がして、慌てて降りた。日比谷線、上野駅、亡霊のよ
うに灰色のサラリーマンたちが改札に吸い込まれていく。ボ
クはその波に流されながら、握りしめたスマホの中の彼女の
ページにもう一度目をやる。「え!?」と思わず声が漏れた。
友達申請の送信ボタンを押してしまっていたからだ。
・・・・・・・・・
 ボクは時間が止まったように友達リクエストが送信されました
の画面を眺めていた。

(「最愛のブスに友達リクエストが送信されました=vより」

ウニはすごい バッタもすごい - デザインの生物学 本川達雄 (中公新書)  

July 11 [Tue], 2017, 0:25


本川達雄さんの「ゾウの時間 ネズミの時間」を20年くら
い前に読んだときにはびっくりした。
息を一回吸って吐く間に、心臓は4〜5回打つ。
これは哺乳類ならサイズによらず、みんな同じだという。
 どの動物でも一生の間に心臓は15億回打つという。もし
心臓の拍動を時計として考えるならば、ゾウもネズミ
も全く同じ長さだけ生きて死ぬ事になるという。

私は当時飼っていた犬がどんどん年寄りになっていくのが
悲しくて、もっと心臓がゆっくりだったらよかったのだと、
思ったものだ。

「ゾウの時間 ネズミの時間」はロングベストセラーである。
この本に出合って以来、生きものに対する考え方が変わった
ような気がする。
(「世界平和はナマコとともに 」(本日の本、2009.03.04)
「長生き」が地球を滅ぼす」(本日の本、2009.02.23).

本書は無脊椎動物(背骨をもたない動物)のうち、棘皮動物門や
節足動物門など五つの門の動物を取り上げている。私には
第 2 章昆虫大成功の秘密−節足動物門がとりわけ面白かった。

生きものは海で始まった。そして陸に上がるときに体を乾燥
から守る工夫をした。昆虫は「クチクラ」素材の外骨格を持
ったからこそ、羽を生やして飛べるようになった。
動物のうち4分の3が昆虫である。
昆虫が空に進出して2億年ぐらい経ってからやっと鳥は空
に進出してきた。昆虫はすごい! そして、それを可能にし
ているのはクチクラなのだ。

「ところで、タイトルはどうしようか
「うちの親書で「植物はすごい」が売れてるんですよ」
「その「すごい」がいいかもしれないな。なにせこの本は、
貝も昆虫も、出てくるものたちみんなのを 「すごい、すご
い!」とほめちぎっているんだから」
「それでいきましょう!」
「そうと決まれば相談があるんだけど、じつはこの本の内容はね、
東工大での講義。そのときには授業時間の終わりに、その回とりあげ
た動物の「褒め歌」をうたっていたの。だからこの本でも、各省に七曲、
楽譜がついている.御笑唱いただければ幸いである。
2017年1月吉日     本川達雄
(「おわりに」より)


 ♪見ない 耳ない 鼻もない 筋肉あっても 超少ない
見ててもさっぱり動かない それでもナマコは「動」物かい
なんでこんなで 生きてられるか なんでこんなで 生きてられるか
なんだかさっぱり分からない
(ナマコ天国)



カストロの尻  金井美恵子 (新潮社)  

June 28 [Wed], 2017, 18:06


「作家デビュー50年記念作品となる著者最高傑作」と帯に
あるのだが、10年くらい前までに読んだ、数々の金井美恵
子さんの作品とはずいぶん変わっていると思った。

「迷い猫あずかっています」を読んで以来、金井さんは
私の中はで村上春樹さんの言うところの文体が独特で、
特別な人であった。

「目白雑録 ひびのあれこれ」(本日の本、 2006.08.17)
ではあまりの毒舌の面白さに、うなった。
最後に読んだのが「猫の一年」(本日の本、2011.02.17)
だった。トラーが死んでしまった後の寂しさに私も泣いた。
そして金井さんに劣らず毒舌のお姉さんのトラーの絵もす
ばらしくて、しみじみしたのを思い出す。

金井さんの文章を読まないうちに私の脳が老化したのだろ
う。文章を追えなくなってしまった。ピリオドなしの長い文
章が昔ほどするすると頭の中に入らずに、戻って読み返し、
さらに戻って読み返ししながら、自分が変わってしまったよ
うだと思った。

文章がいくつにも枝わかれすると迷いながら文章から置き
去りにされている。たぶん自分で書く文章も話す言葉も短く
自分の脳の理解できる長さにしているのだと思う。

エッセイストとしての金井さんは小説家としての作者の
「幸福」を考察する。そして最後に自分の幸福をこう結論した。

こうして「本」のかたちになった「カストロの尻」が手もと
にとどくのを待ちながらなにかを思うことがあるとしたら、
いつでも「執筆中の著者兼読書中の読者」として生きたいと
いうことです。それが「小説家の「幸福」というものでしょう。
 2017年4月                著者

(「あとがきにかえて2」より)

金井さんは常に読書中である。記憶を探すために本棚の本を
読みふける。本の中にいながら自分を回想し、映画を思い出
し、本棚の中で脱線する。

こういう状態を楽しむゆとりが私にはなくなってきた、思い
出せないものの多さに気づいているからである。大量にある
本棚の本から私の記憶を探すなんて・・・

私は金井さんに嫉妬しているのかもしれない。
金井さんが大好きだったのに、こんなことを書くなんて申し
訳ない。

みみずくは黄昏に飛びたつ  川上未映子, 村上春樹  (新潮社) 

June 23 [Fri], 2017, 23:21


村上春樹のインタビューは今までにもいくつか読んでいた
が、その中でも印象に残っているのは「考える人」2010年
夏号の「村上春樹ロングインタビュー」(本日の本、
2010.07.08)である。 これを読んだときには「1Q84」
BOOK3の記憶が新しかったので「1Q84」BOOK1
〜3はどのようにして生み出されたのか、という創作過程を
知ることは謎解きのようであった。

本書は川上未映子さんが村上春樹さんのすべてを訊き尽し
た11時間、25万字の金字塔的インタビューである。川上
さんは少女時代から熱心な村上春樹の愛読者である。

偶然にも『騎士団長殺し』(本日の本、2017年03月11日)
の記憶が新しいうちに、村上さんの創作にまつわる話を聞く
ことができたのは幸運だった。
こんなすごいインタビューを私は読んだことがない。まさに
インタビューという形式を通して川上さんがここで現した
のは小説家村上春樹物語である。

これを読んだから村上さんがもう分かったかというと、まだ
分からないのである。だからまた新しい作品が出ると、読ま
なくちゃ、と思うわけで、私はハルキストではないけれど、
ハルキの世界を信頼している。 

物語が生まれるのはある日突然タイトルだけが生まれたと
いうことが多いというのも面白い。「騎士団長殺し」もそう
だった。今が書くべき時であると思いを定めるとストーリー
の展開や構成は全く意識せずに、無意識の中から生まれたタ
イトルの中に飛び込んでいくというか掘っていく。
とにかく毎日10枚書いて、10か月。長距離マラソンのよ
うである。ゴールは見えなくてもとにかく走る。完走してか
ら10回は直し、村上さんの文体が出来上がる。
ここで言う文体とは、読んだら村上さんだとすぐに分かるよ
うな文章になるということだ。どの文章にも魂を込めて書く
ということだろうか。たしかに村上ワールドはストーリーも
文章も誰とも違う。

インタビューは4回に分けで行われた。毎回楽しい雰囲気で
進むインタビューであった。第4章の中の「死んだらどうな
ると思いますか」が面白かった。

村上 基本的には、死というのはただの無だろうと。でも、
ただの無というのも、どんなものか見たことないからね。
――ええ、ただの無というのも、わかりません。だから死に
ついて考えるということ自体がナンセンスだという考えか
たもありますよね。でも確実に死ぬ。いったい何がどうなっ
ているんだか。
村上 でも、実際に死んでみたら、死というのは、新幹線が
岐阜羽島と米原のあいだで永遠に立ち往生するようなもの
だった、みたいなことになったらイヤだよね。駅もないし、
出られないし、復旧する見込みは永遠にないし(笑)。
───それは最悪(笑)。
村上 トイレは混んでるし、弁当も出てこないし、空調はき
かないし、iPhoneのバッテリーは切れて、手持ちの本は全
部読んじゃって、残っているのは「ひととき」だけ。考えた
だけでたまらないよね。
───大丈夫、もう一冊「WEDGE」がある(笑)。

(「第4章 たとえ紙がなくなっても、人は語り継ぐ」より)

鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。  川上和人 (新潮社)  

June 16 [Fri], 2017, 22:46



噴火する火山の溶岩、耳に飛び込む巨大蛾、
襲い来るウツボと闘いながら、
無人島には泳いで上陸し、
吸血カラスを発見したのになぜか意気消沈。
空飛ぶカタツムリに想いをはせ、鳥の骨に恍惚とし、
増え続けるネズミ退治に悪戦苦闘する――
センセイ、ご無事のお戻り、祈念しております……(担当編
集者より)
(帯より)

本書は帯にベストセラー1位とある。ベストセラーになるに
はこれほど面白くないとダメなのかと思うほどである。

第一章 鳥類学者には、絶海の孤島がよく似合う
「1 わざわざ飛ぶ理由がみつかりません」はとても説得力がある

鳥はあまりに易々と飛行するため、その有能さが実感され
ない。しかし、彼らも人類も同じく重力の支配下にある。そ
の重力に逆らう飛翔は、間違いなく負担の大きな行動だ。


鳥は用事がなければ飛ばない。彼らは好きで飛んでいるわけ
ではないのだ。
こういう語り方でずんずん鳥の進化論に進んでいく。面白い。

鳥も大変なんだな……。
著者らが調査に出かけるのは小笠原諸島の無人島などであ
る。研究テーマもさることながら、調査地にたどり着くには
調査員たちの体力増強に頼るしかない。そして彼らの調査は
税金でまかなわれており、国民に伝える義務があると著者は
言う。この本を読んだ人には十分に伝わっています!

子規の音  森まゆみ  (新潮社)  

June 12 [Mon], 2017, 22:47


伊集院静さんの「ノボさん 小説 正岡子規と夏目漱石」 
(本日の本、2016.07.06)の印象がまだ濃いうちに本書を読
んだので、森まゆみさんの子規と伊集院さんのノボさんはま
るで映画を見ているように重なった。ノボさんの伊予弁と、
子規の生き生きとした動き。その一瞬を永遠のカメラに写し
たしたような俳句。子規の俳句の中には音が聞こえる。これ
は私にとって初めての体験である。
森さんの文章にはきっぱりとしたリズム感があって心地よ
い。それは森さんの生き方と同じだ。そのリズム感が子規の
俳句にぴったりと合う。

10年くらい前に森さんの作品を沢山読んだが、最後に読ん
だのは「女三人のシベリア鉄道」(本日の本、2009.06.04)
だった。森さんが選んだ、近代文学を代表する三人の女性作
家(晶子、百合子、芙美子)はエネルギッシュな生き方をした。
明治時代は男も女も怪物を生んだ。その中でも子規はダント
ツに明るく、エネルギッシュである。

子規は東京に出てきて数年で多くの人たちと出会い、その多
くが生涯の友となった。子規は自分の周りに人をひきつける
不思議な引力を持っていたのではないだろうか。

21歳の時に喀血してからは病から逃れるように句作にふ
けった。せっかく進学した東京帝国大学を退学して、菅笠、
草鞋姿で房総や木曽路を旅した。
 1895年、子規は医師が止めるのも聞かず日清戦争に従軍
し、帰国する船で喀血した。脊椎カリエス、肺結核、腸結核。
自分の身体が結核菌にのっとられて穴だらけになっても、子規
はひるまなかった。どうしてこんな力が出たのだろう。

言葉で世界を自分のものにするという喜びがその力だった
のだろうか。

「悟りという事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと
思って居たのは間違いで、悟りという事は如何なる場合にも平気で
生きて居る事であった」(6月2日)

(「26 へちま咲く 明治35年」より)

漂流  角幡唯介  (新潮社)  

June 02 [Fri], 2017, 10:24


角幡唯介さんは山岳や極地での自身の冒険を本に書き、数々
の賞を受賞してきた探検家である。
空白の五マイル(本日の本、2011年10月16日)、
「雪男は向こうからやって来た」(本日の本、2011年10月19日)。

今回初めて「漂流というテーマで書いてみませんか」という
編集者の提案から取材に着手したという。
数多くある漂流の中で角幡さんが着目したのは、1994年、
フィリピン、ミンダナオ島沖合で37日間、漂流した沖縄の
漁船が、日本人の船長とフィリピン人乗組員全員で奇跡の生
還を果たしたケースだった。船長だった本村実さんの家を突
き止め取材依頼のため電話すると、木村さんの奥さんが電話
口で言うことには、本村さんは2002年にグアムで再び漂流、
今も行方不明という驚くべき事実であった。

「・・・・・じつは、十年前から行方不明になっているんです」
「えっ・・・・・・・!」
「前と同じように漁にでて帰ってこないんです・・・・・」
「・・・・・!」
「前みたいに漂流して・・・・・。グアムに行って、港を出
て、しばらくして帰るという連絡があったんですが。それっ
きり連絡がこないんです・・・・・」
(「序章 二つの漂流」より)

この驚きがあって、分厚い(430頁)本は途中で投げ出さ
ないで読み切った。今も木村実さんはどこかの小さな島で生
きているのかなと思いながら。

角幡さんの取材力がこの本を読ませる引力である。まず沖縄
で本村実さんの家族の話を聞き、その足跡を辿ってフィリピ
ンやグァムへも足を運んで本村実さんを知る人から話を聞
きだした。さらに自身もマグロ漁船に乗船して追体験をする。
私たちの想像を絶するほど厳しいものである。

劇場  又吉直樹  (新潮社)  

May 23 [Tue], 2017, 23:09


本書は『火花』(本日の本、2015.07.15)より先に書き始め
ていた又吉直樹さんの書かずにはいられなかった、一つの不
器用な恋の物語である。

「なあ」
「ん」
「寝た?」
「起きてるよ」
「手をつないでと言うたら明日も覚えてる?」
「うん?どういうこと?」
「明日、忘れてくれてんねやったら手つなぎたいと思って」
「手をつなぐことを恥ずかしいと思ってる人、永くんだけだよ」
・・・・
「永くん、なんで不思議そうにしてんの?自分がつなぎた
いって言ったんでしょ?」
「まだ迷っててんけど」
僕がそう言うと紗希は笑いながら、「本当によく生きて
来れたよね」と言った。


テレビで見る又吉もこんな関西弁でゆっくり話す。おまえ何してんねん、
と言われそうな雰囲気があって、永田君と又吉が重なる。

みずみずしい純文学作品の誕生である。

植物はそこまで知っている  ダニエル チャモヴィッツ, 矢野 真千子 (訳) (河出文庫)  

May 18 [Thu], 2017, 22:50


10年前から庭には琉球朝顔が育っている。琉球朝顔は冬に
枯れても地中に根を残す。初めは1本の朝顔だったが、今で
は5月になると庭のあちこちから蔓が伸びだす。庭には色々
な木があるが、朝顔は日当たりのいい木を選んで這い登る。
いつも犠牲になる木は垣根のそばにあるキンモクセイだ。私
は朝顔の蔓を別の所に絡ませようと試みる。ところが私が無
理やりに蔓をほどいて別の木にからませると、蔓を大きく揺
らしてそのうちに元の枝に戻っている。それでもその蔓を
ほどいたりすると、怒って(!)その蔓は枯れてしまう。

何回かこんなことを経験するうちに、琉球朝顔は毎年登る木を
決めているのではないだろうかと思うようになった。
琉球朝顔には目があるわけではないが、好きな木があって、
その木は庭で一番日当たりが良くて、2階のベランダにも登れ
るのだと分かっているのではないだろうか・・・
地中にあっても消えないような深い記憶がわが家の琉球朝
顔にはあるのではないだろうか・・・

私が一番知りたかったことをこの本は教えてくれた。琉球朝
顔の持っている不思議な能力、私が触ったことを覚えている
かのようなふるまい方などがずいぶん理解できた。

視覚、聴覚、嗅覚、位置感覚、そして記憶―多くの感覚を駆
使して、高度な世界に生きる植物たちの知られざる世界を紹
介。知能が問題なのではなく、植物たちが「知っているか」
という意味では、科学が確かに証明している。光や色も、香
りも、人間が手で触れたときの感触も、重力の方向も、以前
にかかった感染病や寒かった気候の記憶も、「知っている」
のだ。
(帯より)