小澤征爾さんと、音楽について話をする 小澤征爾X村上春樹 (新潮社) 

February 04 [Sat], 2012, 14:38


「そういえば、俺これまで、こういう話をきちんとしたことなかったね
え」というのが、出来上がった原稿を読んだマエストロの第一声だ
った。「でも俺って、物の言い方がずいぶん乱暴だなあ。読む人に
意味がわかるのかな?」
たしかに小澤さんには「小澤語」みたいなものがあって、それを日
本語の文章に換えていくのはなかなか簡単ではない。大きな身振
り手振りがあり、多くの思想は歌のかたちで表出される。しかしその
気持ちは「言葉の壁」を越えて――いくぶんの「乱暴さ」を通して―
―ひしひしと素直に伝わってくる。

(「始めに――小澤征爾さんと過ごした午後のひととき―― 村上
春樹」より) 

ベートーヴェン・ピアノ協奏曲第三番、復活のカーネギー・ホール、
60年代の軌跡、そして次代の演奏家達へ。「良き音楽」を求め
耳を澄ませる小説家に、マエストロは率直に自らの言葉を語った。
東京・ハワイ・スイスで、村上春樹が問い、書き起こした。ま
さに指揮者はタクトを振るように語り、小説家は心の響きを聴くよう
に書きとめた一年に及ぶロング・インタビューである。

お二人の求道者のような仕事に対する喜び、どこまでも追及した
いという情熱、生き生きとした語り。音楽を知らない私にとっては、
分からないこと、知らないことがいっぱいあるけれど、とても楽しい
対談である。

さよなら、私のクィンターナ ジョーン・ディディオン 池田年穂 (訳)(慶應義塾大学出版会) 

January 31 [Tue], 2012, 9:35


前作『悲しみにある者』(本日の本、2012.01.17.)では、夫、ジョ
ン・グレゴリー・ダンの死が焦点となったが、今作では、娘、クィンタ
ーナの死をメインテーマとしている。

子を持つこと、子を失うこと、そして、自らの老い、死、について、
「思い出は慰めにはならない」という悲しみの淵で、「生きてく勢
いを維持しようとする」自分をもう一人のジョーンが見つめる。

夫の突然の死(2003年12月30日)の時に、一人娘のクィンタ
ーナはICUで死と戦っていた。それから1年9ヶ月余り、クィンタ
ーナの闘病生活が続いた。生後3日で養女になったクィンターナ
の尽きぬ思い出、子育ての悩み、養子縁組にまつわる不安、クィ
ンターナの「生物学的」家族の登場、など。

さらに私の胸を打つのは、自身に忍び寄る老いと孤独。
私だったらという思いと重なって、息のつまるような気持になった。

言葉と脳と心 失語症とは何か 山鳥重 (講談社現代新書)  

January 27 [Fri], 2012, 15:32


失語症というのは、それまで何の不自由もなく言葉を操っていた
人が、脳に何らかの損傷を生じたために、言葉を自由に操る能力
を失ってしまう状態をいう。
その症状は実に様々で、本書では「健忘失語」、「ブローカー
失語」、「ウェルニッケ失語」、「伝導失語」、そして左右の脳をつな
ぐ脳梁を切断することによって分離脳になった患者におこる言語
障害について取り上げている。

【目次】
プロローグ――失語症を通して言葉を考える
第1章 名前がわからなくなるふしぎ――健忘失語
第2章 発話できなくなるふしぎ――ブローカ失語
第3章 聞いた言葉が理解できなくなるふしぎ――ウェルニッケ失語
第4章 言い間違いのふしぎ――伝導失語
第5章 脳の右半球と左半球のふしぎ――空回りする言葉
エピローグ――言葉と心の問題を考えてきて

実は本書を読みながら、私はこの頃の自分の「健忘症」に関心が
集中してしいた。
テレビを見ていて、俳優やタレント、有名人の名前がとっさには出
ないことが多い。ひどいときには、2,3日たってから、思い出すと
いうありさま。ご近所に住んでいる人の名前も挨拶はしても、思い出
せないという恥ずかしさ。ところが、著者も同じ状態だと知り、少し
安心しながらも、やっぱり、脳のどこかに損傷があるのだろうと思う。

著者がここで取り上げている症例はいずれも興味深く刺激的で、
脳や心、そして言葉を考える上で非常に面白い材料を提供してく
れる。「人の<思い>が、どのように心の中で<像>をつくり、
<音>と結びつき、<ことば>になり、発せられるのか」ということ
は、たとえば、知っている人の名前を思い出せないときに、ほら、あ
の人、あそこで会って、・・・というようにその人のイメージを総動員
したり、アイウエオを順にたどりながら、名前を思い出そうとしたりす
る、私の努力が、著者の言うところの、心の中でイメージされた観
念心像から、単語の塊である音韻心像へと進み、それが音節心
像群、音節心像系列という経路をたどって発話に至る・・・・という
ことか。

孔子さまへの進言 中国歴史人物月旦 楊 逸 (文藝春秋 

January 24 [Tue], 2012, 10:22


毛沢東―太陽の陰で目を擦る
蒋介石―見果てぬ大陸への帝王夢
孔子さま―人間から離れつづけた二千五百年
始皇帝―善も悪も全てがそこから始まった
李〓(いく)―亡国帝の千古絶唱の人生
武則天―性と姓に囚われた女皇
魯迅―絶望から絶望へたどった闘士
(目次より)

中国4000年の歴史で重要な役割を果たした7人が登場する。

歴史が好きだが、異常に狂った時代を生きた分、正史であろうと
野史であろうと、筆者は何も信用できないように育ってしまった。
哀しいことかはたまた幸いなことかはともかくとして、何れにせよ物
事についていちいち自分の頭で納得いくまでに考えなければ気が
済まないというひねくれものであるに間違いない。・・・・・・
・・・・・・・・・・・
筆者がここで記したのは、あくまでもこれまでに生きてきた中で、身
を以て体験した偉人の威力―――死んでいたか生きていたかに
かかわらず―――についてである。その威力がいかにして強引に
筆者ないし筆者の家族ないし筆者の視力(0.5)の届く範囲(およそ
半径0.5キロ、でもぼんやり)という狭いところに浸透していたか、そ
して我々の衣食住という極めて日常の生活への関わり及び威力
の発揮がいかなるものだったのか、だ。
(「あとがき」より)

この「あとがき」に述べられている、これら偉人に対するヤン・イーさ
んの思いはとても強いものである。それが尊敬、あこがれ、服従を
強いられた教育からであろうと、社会の風習、伝統からであろうと、
聡明な彼女の頭脳を通り抜けると、とても素直な疑問に変わり、怒
り、恨みにもなった。その大きな要因には、知識人の父親、地主の
娘であった母親を両親に持ったヤン・イーさんは家族の下放で苦
しみ、極限の生活をした子供時代がある。

「ワンちゃん」(本日の本、2008.01.30)で文学界新人賞を受賞以
来、私はヤンさんのすべての作品を読んでいるのだが、ヤンさんの
カラッとした明るさも、中国を舞台にする小説にも、この不条理な
子供時代に受けた怒りが根っこにあると本書を読んで知ることになる。

福永武彦戦後日記 福永武彦 (新潮社) 

January 20 [Fri], 2012, 16:04
  

池澤夏樹さんが「福永武彦戦後日記のこと」という序の中での「日
記」の発見について述べている。2000年、日本文学の研究者・
田口耕平さんから1947年の福永武彦の日記のコピーを入手した
が、これは公開していいものかどうか?という手紙を、息子の池澤
夏樹さんが受け取ったのがきっかけであった。その後、45年、46
年、の日記が見つかった。作家としての自立を目指し妻子を残し
て帯広から旅に出るのをきっかけに日記は始められ、上京した時
期(45年、46年)、結核で帯広の療養所に入った時期(47年)の
3部に分けて掲載されている。

45年の日記では、敗戦直後の日常が詳しく記録されている。食
糧難、汽車などによる移動が極めて困難であったことなど。しかし
希望と絶望の間を往還しながら加藤周一ら文学仲間と交友し創
作に意欲を燃やす一方、帯広に残した妻への思いなど苦闘の
日々であった。
その状況での日記は、文学としても、戦後の記録としても、とても
貴重なものである。

この恐るべき敗戦の年は終わった。この日記もまずここで終わるべ
きだろう。思へばこの日記はcarnet de voyage(旅の記録)だった。
併し同時にいつか僕のロマンの時代色的資料たらんことを祈って
ゐる。僕は毎日サボらずに忠実につけた。この日記のモチイフにな
ったのは結局僕の澄子への愛だった。・・・・・・・
僕は澄子にこれをいつか読ませ、別々に暮らしてゐても心はいつ
も通ってゐることを証明したいと思った。・・・・・・・・・
日記は・・・・僕の日常を表した日記は、僕の彼女へのサンセリテ
(sincerite 真心)だ。そしてそれは同時に僕自身の心へのサンセ
リテだ。何故なら僕はここに嘘を書かなかったから。

(1945年12月31日の日記より)

そして帯広での病中日記(47年)には、将来を悲観し自殺を口に
する妻を前に苦悩が赤裸々につづられている。
妻は池澤夏樹さんの母であると同時に、詩人・原條あきこであり、
武彦と並んで「マチネ・ポエティク」の同人だった。若い二人の文
学者の苦悩に満ちた日々を読むと、長く療養を必要とする夫、食
糧難、住宅難をかかえ、生きることだけでも困難な中、二人の愛
情をはぐくみ、互いに文学に希望を持ち続けることは、不可能に等
しかった。

悲しみにある者 ジョーン・ディディオン 池田年穂(訳)(慶應義塾大学出版会) 

January 17 [Tue], 2012, 16:20


本書は、一人の女性作家が、夫を亡くした後の一年間と一日を描
いたノンフィクションである。近しいひと、愛するひとを永遠に失った
悲しみと、そこから立ち直ろうとする努力についてのストーリーであ
。(「訳者あとがき――3・11を超えて」より)

命の変化は速やかだ。
命の変化は瞬間だ。
夕餉の席についていても命はつきるのではないか。
自己憐憫という問題


上はジョーン・ディディオンが夫を亡くした後に書いた最初の4行で
ある。

40年近く連れ添った夫が、夕食のさなか、目の前で急死する。
ICUにいる瀕死の一人娘を見舞ったその夜のことであった。夫もま
た、妻と同様、著名な作家である。 
いったい夫に何が起こったのか。医療関係者から話を聞き、資料
を取り寄せ、その時に自分のした行動の一つ一つを点検し、もしも、
そうしなかったら・・・・
もしもあの時、そうしなかったら、もしも、もしも、・・・・悲しみが時
間を幾重にも巻き戻す。夫の遺体を病院に残し、自宅に一人帰っ
てきたとき、自分は何をしたのだろう。夫の携帯を、あたかもまだ
生きているかのように充電器に置いた。一つ一つの動作は夫の死
を全く意識していない。そして、突然死がその中に忍び込んでくる
瞬間がある。

原題は The Year of Magical Thinkingである。愛する夫を亡くし
た困惑と絶望、混迷magical thinking≠時系列やシークエン
スに整合性なく、ジョーンの沸き立つ思いをそのままに表現した本
書は全米図書賞を受賞した。

本の魔法 司 修 (白水社) 

January 13 [Fri], 2012, 16:43


著者は戦後を代表する数々の文学作品の装画・装幀を手掛けて
きた。古井由吉「杳子・妻隠」、島尾敏雄「死の棘」、中上健次
「岬」、武田泰淳「富士」、埴谷雄高「埴谷雄高全集」など、15人
の作家や詩人の本をどんなふうに装丁したかという書き下ろしエッ
セイである。

本という存在は、魔法である。タイトルの「本の魔法」とは、本を魔
法にかけるのではなく、本の魔法にかかってしまったことである。朔
太郎がいうように、文学者の心配をひきうけてたくさん装幀をやっ
ているうちに、文学者から「生き方」の影響を受け、造本力より、ぼ
くの人生の色彩を増やしたように思う。
 (「あとがきより」)

最初にとりあげたのは古井由吉の「杳子・妻隠」である。私はこの
本を知らないし、この漢字が読めない。「ようこ・つまごみ」と読む。
しかし、冒頭から5行まで読んだところで、ノックアウトされた。いい
本に出会った。本書のカバー表紙には右上に小さく「杳子・妻隠」
がある。この本を探そうと思った。古書でやっと見つけてほっとした。
それほどに、著者の文章は人の心をわしずかみにする。

「杳子・妻隠」の装幀に、ぼくは、一本の木としての痩せ細った女を
描いた。枝である両腕は垂れ下がり、顔はうなだれている。・・・・・
「杳子」には樹木化した女などどこにも出てこない。公園の林の中
に消えては出てまた消える杳子はいても、そこに根付いてしまった
木の人はいない。けれど、谷間の岩にうずくまっていた杳子は、倒
れた木のようだった。
女の木は、小説を何度も読んで掴んだのではなく、読み終わると
すぐに銅版を針でひっかいていた。はっきりしたものはないのに、銅
版に傷がついていくと、女は木になっていった。

(「藍 『杳子・妻隠』古井由吉(1971年)」より)

二番目は武田泰淳の「富士」である。 泰淳は肖像画を描く司修
さんを前に照れくさいのを我慢して、缶ビールを何十本も飲み、煙
草を何十本も吸いつづけながらモデルの役を果たした。その間ず
っとサービスにつとめる天性の無垢な百合子さんを見つめる司修
さんは、「『富士』は、武田さんにとって百合子さんを知りつくすため
に、書かれたといえるかもしれない」と作品の本質をついている。

作家に寄り添い、深い読みを装幀に表現してきた司修さんの語る
背景には作家の生き方だけでなく自身の生い立ちや母親への愛
憎を語っていて、小説を読んでいるようであった。これこそは司修
さんの「本の魔法」である。

「考える人」2012年冬号 [特集] ひとは山に向かう (新潮社)  

January 09 [Mon], 2012, 17:58


冬号の特集は私の苦手分野である。しんどい思いをして山に登り
たくない。できたら全部下り坂の山になら行きたいと思う。ところが、
山登りの体験談を読むのは大好きで、冒険談を読むのはさらに好
きである。登山家や冒険家には素晴らしい随筆家、ノンフィクショ
ン作家が多い。


対談 池内紀×湯川豊
山の愉しみ、山の文学を語る

死にかけた場所へ 服部文祥

日本の山を登りつづけた 今西錦司の地図の美学 斎藤清明

近代アルピニズムの旗手たち 米倉久邦

梅棹忠夫と修験道 藍野裕之


特集とは関係ないけれども、中島岳志さんの連載「親鸞と日本主
義」が最終回であった。その表題は「暁烏敏の恍惚」。
中島さんは超国家主義者には、日蓮主義者が多くいたことから、
親鸞の思想そのものの中に、危険な思想を内包しているのではな
いか」というテーマをすえて、大正以降の文学者や日蓮主義者を
分析してきた。この連載で取り上げた人の中には、倉田百三、三
井甲之、亀井勝一郎などがいたが、最終回が、暁烏敏である。実
は私は暁烏という人は今まで知らなかった。しかし、この最終回を
読んで、やっと日本主義の正体が分かった。これで終わりになるの
がもったいないと思った。日本が戦争に突き進む背景にはそれを
支えたいくつかの思想があったと思う。暁烏敏は極端な日本原理
主義者であったと思うが、その思想の背景に親鸞がいて「南無阿
弥陀仏」は天皇への絶対服従への誓いへと転化されたということ
に、ほとんど恐怖を感じた。

歳月なんてものは 久世光彦  (幻戯書房) 

January 08 [Sun], 2012, 14:22
    

久世光彦が急逝して6年になる。 本書は、フロッピーディスクに残
されていたエッセイから42編を収録している。

前半は演出家として舞台やテレビドラマの仕事を通して出会った俳
優たちのこと。俳優たちの個性をとてもシャープに描写していてどれ
もみなすばらしい。
例えば、「私を泣かせた柄本明」で久世さんは「柄本明は〈歳月〉だ
った」と最高の褒め言葉を彼に贈っている。
川上弘美さんの「センセイの鞄」というテレビドラマで「センセイ」を誰
にしようかでずいぶん迷ったという。七十代の「センセイ」を演じた柄
本明はいつもセットの隅で、放心したように天井を眺めていた。その
彼を見て、人間は切ないものだ、自分も「センセイ」の歳に間もなく
なる、と久世さんは思った。俳優たちを見つめる目が温かい。

後半には、幼いころの記憶や、読んだ本の思い出が綴られている。
五歳の時にはすでに「半七捕物帳」や吉屋信子の「花物語」を読
んだという、早熟な子どもだった。

父は無念だったに違いない。士官学校出の生粋の軍人だったから、
戦争が終わって天と地が引っ繰り返り、公職から追放された不遇の
身で、昭和二十四年にまだ五十四歳で死んだ。胆嚢炎だった。あ
んなに恰幅がよかったのに、人の目を避けて伏し目がちに暮らして
いるうちに、だんだん胸幅が薄くなり、首が細くなって、足腰に力が
なくなった。父は変わった。変わらなかったのは、長年身についた
正座の習慣だけだった。そんな可哀相な父に、中学生だった私は
優しくなかった。・・・・・・・・・
夕日に染まった蒲公英(たんぽぽ)の径から五十年が過ぎて、私は
ぼんやり生きているうちに、父が死んだ歳を越えた。私は父が死ん
でからも、父に優しくなかった。父のことを思い出すことも、あまりな
かった。・・・・・・・
父親というのは、報われないもののようだ。
(「正座」より)

最後は妻、久世朋子さんの「あとがきにかえて、夏に逝く」である。 
しばらく前に読んだ「テコちゃんの時間 久世光彦との日々」(本日
の本、2011.03.01)を思い出して、私はとても感動した。

大股で歩く久世に歩調を合わせるのがひと苦労だったはずなのに、
ふと気がつくと、私の足に追いつかなくなっていた。二十二歳という
歳の差を考えれば、先に老いていくのは当たり前なのに、その姿に
目をそむけ、私は久世の「老い」を見ないようにしていた。・・・・・・・
久世は老いていく体をひとりで抱きしめて、いつか来る「私の死」に
向かって歩いていたのだ。

(「あとがきにかえて、夏に逝く」 久世朋子)

心の視力 脳神経科医と失われた知覚の世界 オリヴァー・サックス, 大田直子(訳) (早川書房) 

January 06 [Fri], 2012, 14:40
    
  
オリヴァー・サックスの作品は「レナードの朝」(同名映画の原作)、
「妻を帽子とまちがえた男」、「火星の人類学者」「左足をとりもどす
まで」など、どれも神精神科医としての経験から生まれたものである。

本書は7つのエピソードから構成されているが、そのうちの2つは
サックス自身の物語である。一つは「失顔症」で、これは人の顔が
覚えられないという深刻なものである。
私も人の顔と名前を覚えるのが苦手であるが、サックスの「失顔症」
はとても深刻な症状で、道を覚えられないという症状と重なっていて、
家に帰るのに迷子になるし、5分前に診察を受けた先生に廊
下で会って挨拶されても、誰だか分らなかったというほどである。
数々の名作を書き神経科医でもある人がである。
このことだけでも、脳の不思議、記憶の不思議に感動する。

さらに「残像――日記より」は、自身ががんで右の視力を失っ
た体験をもとに、失明したさまざまな人の経験から、脳の働き
と可能性、についてほとんど未知の領域を解明しようという意
欲的な物語である。 視覚に問題はないのにまわりのものが認識
できないことがある一方で、両目の視力を失っても心に豊かな視
覚世界を築く人もいる。
2012年02月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29
プロフィール
  • ニックネーム:kagawakazuko
読者になる
Yapme!一覧
読者になる