何様  朝井リョウ  (新潮社)  

September 14 [Wed], 2016, 16:19


朝井リョウさんの作品を私はまだ読んでいなかった。就活生
の実態を描いた「何者」は直木賞を受賞し、映画化され近々
に公開される。「何者」は同じ大学に通う5人の学生が、就
職活動を通して自分が「何者」であるかを模索していく物語
である。

新刊「何様」は「何者」のアナザーストーリー、6篇からな
る短編集。

「何者かになっただなんて、何様のつもりなんだろう―――」
(帯より)

「何様」の主人公は企業の人事部に勤めていて、まだ社会
人になったばかり。就活をやっと抜けた自分が今度は学生を
選別する側の人になっている。

今の自分は人を選ぶ立場に見合っているのか、
自分は人の親になれるのか、とか、自分は今の年齢に見合っ
た中身なのかとか、どうして人事部だけがこんな悩ましい仕
事ばかりなんだろう、とか・・・・

この疑問の一つ一つがわが身にぐさぐさと突き刺さる。
人が人を選ぶということが、そもそもできない話である。
私はそんな社会の中でなんとか生きてきたことが不思議で
ある。
沢山の偶然や、幸運が私に味方してくれなかったら、
今こんな老後を送れるはずがない。人生は一度で十分なほど
スリル満点である。二度とはくり返せない。もう誰にも選ば
れたくも選びたくもない。

このあたりの人たち  川上弘美  (Switch library)  

September 05 [Mon], 2016, 17:26


「このあたりってどのあたりかというと、
こういう町に住むのっていいかも、と
あなたが思うあたりです。――柴田元幸
(帯より)

川上弘美さんは好きな作家でずいぶん読んできた、最初に読
んだのは「蛇を踏む」だった。仰天した。童話のような私
小説と言ったらいいのだろうか。嘘をそのまま表に出して、
日光浴させているような世界感に引きつけられた。たぶんこ
れが処女作だったと思う。

本書は26の物語が数珠のようにつながっていて、いつの間
にか川上ワールドのど真ん中に私も住んでいる。

にわとりを飼っている義眼の農家のおじさん、「犬学校」の
校長先生、朝7時半から夜11時までずっと開店している誰
も行かない「スナック愛」、連作全体でよく登場するかなえ
ちゃん姉妹など・・・・

「校長先生」と「八郎番」がとても好きだ。

ハゲとビキニとサンバの国―ブラジル邪推紀行  井上章一 (新潮新書) 

September 02 [Fri], 2016, 22:46


なぜか愛されるハゲ、小さなビキニの秘密、日本人のトホホ
な扱い、カトリックの下心など、当地の文化や風俗は意外な
ことばかり。生まれも育ちも京都の学者が、W杯や五輪開催
で世界の中心になったブラジルから日本及び日本人を考える。
テーマは実に楽しいことばかりである。ところがはっとする
ようなところで鋭く日本人の考え方を突いてくる。

著者によると、リオデジャネイロでは働いている女性が大勢
いるという。家庭での家事分担を聞いてみると、お手伝いさ
んがしているとのことである。中流以上の家庭では、普通の
ことになっているらしい。やはりその国で働いてみて初め
て分かることがある。

女性が社会で活躍しているということだけに注目して日本
と比べてはいけない。
日本と違い、一種の階級社会が残ることで、いわゆる男女共
同参画社会にブラジルは近づいている。今の日本ではまず無
理な話である。保育園を増やそうとも、働く母親は祖母の協
力を仰ぐことが多い。夫婦がいかに育児に協力し合えるかに
かかっていることを、もっと政治家は知るべきである。これ
は個人の問題ではなく、社会の問題であり、もっと深く言え
ば人としての平等を考えることである。

ロベルトからの手紙  内田洋子 (文藝春秋)  

August 27 [Sat], 2016, 22:54


私は内田洋子さんのミラノからの手紙のファンである。本書は
たぶん8冊目。初期の作品では、日本に帰ろうか、今年こそ
帰ろう、と揺れる気持にせつなかった。

半世紀近く昔の話であるが、私はドイツの北の港街で2年間
暮らした。長い暗くて寒い冬のウイルヘルムスハーヘンはミ
ラノと似ている。だから内田さんの作品を読みながら、遠い
昔のドイツの暮らしを思い出す。

最近読んだ「イタリアのしっぽ」 (本日の本、2015年 06
月07日)で内田さんは子犬を飼うことになった。もう一人
ぽっちではない。本書ではすっかりミラノに根づいていてい
る。

今まで読んできた物語の中の人にもう一度出会った。
「どうしようもないのに、好き  イタリア 15の恋愛物語」
(本日の本、2014年10月09日)に登場するニニは本書の
中の「曲がった指」のニニである。そのことに気づいて、と
ても感動した。


イタリア半島じゅうを回り、まだ知られていない
この地の暮らしを見つけて皆に伝えていきたい。
そう思いながら住み続けて集めた、
〈イタリアの足元〉の話です。
13の足音を詰めた小箱を開ける蓋に、田島さんが彫るヘル
メスの足を載せたいのです。
ブロンズや大理石とは全く異なる、木の息使いを引き出すよ
うな田島さんの鑿で、軽やかな、あるいは思い足取りのとき
もあったに違いない、伝令の足を創っていただきたいのです。

2016年5月  イタリア、ミラノにて    内田洋子
(あとがきにかえて「彫刻家 田島享央己(たじま たかお
き)様」より)

女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。 ジェーン・スー (文藝春秋)  

August 20 [Sat], 2016, 22:29


本の扉を開いたら、扉が4つ並んだイラストに表題と著者名。
そして冒頭の文章に引き込まれる。これは面白そう。

当方、43歳の都会で働く大人の女です。しかし、目が覚め
て布団から出た瞬間の私はそうは見えない。髪の毛はボサボ
サ、パジャマは上下バラバラ、意識は朦朧(もうろう)。ヘ
タしたら加齢臭。男か女かもよくわからぬ生命体です。
 そこから「自称、都会で働く大人の女(43歳にしては若々
しい)」になるためには、心身ともにさまざまな甲冑(かっ
ちゅう)を装着せねばなりません。所属する軍を装具で表明
せねば、スムーズに日常生活を営めなくなってしまいます。
(「女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。」より)

4つの扉のイラストはクローゼットだった。
それぞれのクローゼットの中に笑いと涙のエッセイがぎっしりと詰
まっている。

ベランダに植えたプチトマトが何故かモンスター化するエピソード、
こういう話が大好きです。
ビキニを着るということの考察、とても深くて面白い。
一人旅って楽しいのかどうか、ほとんど泣き笑いです。

主夫のトモロー  朱川湊人  (NHK出版)  

August 14 [Sun], 2016, 22:24


朱川湊人さんは作家デビュー前の十数年間、実際に主夫とし
て家事と育児を担当したという。つまりこの小説は自身の体
験が反映された半自伝小説である。

今はイクメンという言葉があり、男性が育休を取るとか、女
が輝ける社会を目指すとか、言葉だけは出そろってきた感じ
であるが、育児は24時間勤務で残業手当も休日もない。
そして今でも主夫というのは、言葉ほどには流行らない。

私はいつも不思議に思うのだが、「女が輝ける社会」という
のは、女の大臣を作ったり、保育所を作るだけでは実現でき
ない。例えば言葉どおりに、女も男と同じように輝きたい。
私もずっとそう思って生きてきた。さて、何が必要だろう。
主夫はいない。何故ならば夫も輝きたいからである。私の場
合は同居していた義母の助けと保育園の助けで何とかやり通した。

つまり夫婦だけでは女が外でフルタイム働くことは、困難で
ある、子どもは病気になる。保育園の迎えに行く時間に帰れ
ない。男の考え方を変えなければ。いくら保育園を作っても
女は輝くことはできない。

この小説の主人公は自分が選んだ主夫という仕事がいかに
女性の中でも認められていないかを思い知ることになる。
もともと、父子家庭で育ち、家事も得意だったトモローは、
家事をしながら、以前からの夢である作家を目指すことにな
る。結婚から半年、美智子は妊娠。無事に娘のチーコが生ま
れるが、あっという間に美智子は職場復帰した。

一日は長い。毎日チーコと公園に遊びに行けば、『お父さん
あそんでくれていいね』と声をかけられたけれど、そのうち
に避けられるようになり、やっとできたママ友とは、おかしな噂
を流されて離れたり・・・

社会の中に育児は女の仕事であるという常識がある。その常
識を軽く突破したトモローと美智子は素晴らしいと思う。
子育て中の夫婦はもちろん、これから結婚する人たちに勇気
を与える家族小説である。

誰もいないホテルで ペーター シュタム,  松永美穂 (訳)   (新潮クレスト・ブックス) 

August 09 [Tue], 2016, 22:48


本書は世界で愛読されるスイス人作家ペーター シュタムに
よる短篇集である。一つ一つの物語は別々のものであるが、
全体が一つの雰囲気を持っている。

10の物語がある中で、読み終わってみると、やはり冒頭の
「誰もいないホテルで」が一番印象に残っている。
主人公はゴーリキーについての論文を執筆するために、同僚
に勧められて山の上の湯治場にやってくる。ここに来るまで
が大変で、山道は人が通った様子がないほどの森であった。
やっとたどり着いたホテルで不思議な女性に出会う。ここは
ホテルなのだろうか、水もお湯も出ない。不思議な余韻を残
して物語は終わるのだが、この女性は森に溶け込んだように
いなくなる。

この短篇集はこんな雰囲気が満ちていて「森にて」では
中学生くらいの女の子が森で暮らすようになる。3年間も森
の中で暮らしたのだと言う。学校には通っていたけれど寝る
のは森の中であった。彼女はその後発見されるのだが、森に
守られていた日々を大人になっても抱えていた。

森と湖と山に溶け込んだように生きる人々の日々。しかし平
穏は崩れ、向き合うことができないほどの深い悲しみが訪れ
る。その人々のその後はどうなったのだろうかと、今でも物
語から抜け出せないでいる。

脳が壊れた  鈴木 大介  (新潮新書) 

August 05 [Fri], 2016, 22:20


鈴木大介さんは家出少女や貧困層の若者など、社会からこぼ
れ落ちた人々を取材した「最貧困女子」で知られるルポライ
ターである。昨年41歳のとき、突然脳梗塞に襲われた。緊
急の状態を脱し、リハビリ励む半年。その過程は本書に詳し
い。右脳がやられるとこうなるのかと数々の挿話に驚くばか
りである。

一体、脳で何が起きているのか?  持ち前の探求心で、自分
を取材対象にした。本書は脳の変化を当事者が記録した貴重
なドキュメントである。

そして高次脳機能障害が後遺症として残ることになった鈴
木さんにとっても、脳機能に障害を抱えた人にとって、世界
がどう見えているかということを伝えることの意味はとて
も大きい。それは障害を言葉で表現することがとても困難だ
からだ。例えば赤ちゃんには世界がどう見えているか、赤ち
ゃんは言葉では伝えない。そしてもう誰も赤ちゃんの世界の
見方を覚えていない。

私は昔、同じようなドキュメントを読んだことがある。「奇
跡の脳」 ジル・ボルト・テイラー 竹内薫(訳)。(本日の
本、2009.05.27)
著者は脳神経解剖学者である。ある日シャワーを使おうとし
て自分の身体の境界が分からないと言う異変が起こった。誰
かに電話しようとしてもできない。自分の脳の情報処理能力
がどんどん失われていく過程を克明に記述している。彼女の
脳の左半球に大きな出血が起きたのである。
病気から再生までの道のりは険しいものであった。

ジル・ボルト・テイラーの「奇跡の脳」を読んだときに私は
脳神経科学者だからできた記録だと思った。
鈴木大介さんは脳科学者ではないが、やはり克明に記録した。
これまでの取材と執筆経験によって蓄えた力と使命感によ
ると思う。

彼女に関する十二章  中島京子  (中央公論新社)  

August 01 [Mon], 2016, 11:23


「小さいおうち」(本日の本、2010.06.21)を読んで以来私
は中島京子さんのファンである。本書はちょうど10冊目。
「小さいおうち」はバージニア・リー・バートン(石井桃子・
訳)の「ちいさいおうち」の物語と重なるのだということが
分かってわが家にあった英語版を抱きしめた記憶がある。小
説の中にもう一つの本が隠されているなんて、素敵だ。

その次に読んだ、「女中譚」(本日の本2010.10.14)はち
ょっと似たパターンで、林芙美子、吉屋信子、永井荷風の
「女中小説」の本歌取り、連作小説だった。私たちの両親や
祖父母の時代を語る中島さんはまさか、50代になったば
かりです。

本書は、今の中島さんの年齢に達した主婦の暮らしがテーマ
である。

「どうやらあがったようだわ。
こんなにきれいに、まるでお役所仕事のようにきっぱりと容
赦なくあがるとは思わなかった」
(「第一章 結婚と幸福」より)

守と聖子は、一人息子が大学院に進んでから二人暮らし。企
業のPR誌で女性論を書くことになった守は、伊藤整の『女
のための十二章』を参考文献にしようと読み直している。
聖子も、この六十年前のベストセラーを読み始めた。
昭和の文士の随筆と、聖子の日々の出来事は不思議と響き合
って……聖子の日常の出来事と各章の内容がシンクロする
妙味を私たちは味わうことになる。

帯の「50歳になっても、人生はいちいち驚くことばっかり」
がいいな。
私は「70歳になったら、自分の脳にもいちいち驚くことば
っかり」を加えたい。
人生驚いていたら、いいのではないかしら。

ハリネズミの願い トーン・テレヘン、長山さき(訳) (新潮社) 

July 25 [Mon], 2016, 16:41


親愛なるどうぶつたちへ。
ぼくの家にあそびに来るよう、
キミたちみんなを招待します


ハリネズミはペンを噛み、また後頭部を掻き、そのあとに書
き足した。

でも、だれも来なくてもだいじょうぶです


本書はオランダでもっとも敬愛される作家トーン・テレヘン
さんによる大人のための童話である。谷川俊太郎さんが「大
笑いしてるうちにぎくっとして、突然泣きたくなる21 世紀
のイソップ」と絶賛している。

ハリネズミは飼い主に「なつく」ということがほとんどなく、
警戒心の強い動物だという。この物語のハリネズミは内気で
心配性で、この手紙を引き出しの中にしまう。

もしもクマがきたら? ゾウがきたら? フクロウがきた
ら?ヒキガエルがきたら?・・・・・
59のショートストーリーで描かれるのは、ハリネズミの頭
のなかで繰り広げられるひどい訪問のかずかず。

最後にきて、ハリネズミの願いは、私の願いと同じだと気が
ついた。