厄除毘沙門天・神峯山寺(大阪)

October 11 [Sun], 2015, 16:47
神峯山寺の日々の記事は、神峯山寺HPの「最新情報」の「お知らせ」に移行しました。こちらも是非ご覧ください。


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厄除毘沙門天・神峯山寺(大阪)

August 09 [Sun], 2015, 16:24
神峯山寺HPが7月31日にリニューアルいたしました。お寺の歴史から最新情報まで掲載しています。ぜひ、ご覧ください。


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神峯山寺



厄除毘沙門天・神峯山寺(大阪)

August 08 [Sat], 2015, 16:07

明日9日(日)〜14日(金)まで、神峯山寺嶺峰院・回向堂にて精霊参りが行われます。今日は、その準備。汗まみれでお坊さん、頑張っています。




日時:8月9日(日)から14日(金)
午前9:30から午後4:00
場所:神峯山寺、嶺峰院・回向堂


<お盆参り、送迎タクシー運行のご案内>
神峯山寺では、8月12日から14日の3日間、JR高槻駅と神峯山寺間の送迎タクシーを運行いたします。ぜひ、ご利用ください。詳しくは神峯山寺まで。


TEL072-688-0788


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厄除毘沙門天・神峯山寺(大阪)

August 06 [Thu], 2015, 14:05
お商売の事で知り合いの方に相談したところ、神峯山寺の毘沙門さんをお参りするといい、と勧められて初めてお参りに来られた大阪市にお住いのご家族。



「よく当たると言われている」おみくじを怖々引かれましたが、解説を聞かれて、前に進めるパワーをいただき、良い方向に進めそう、とお話し下さいました。




「良い事がありそうな気がする」

3人共笑顔で帰られました。


ようお参りでした。


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厄除毘沙門天・神峯山寺(大阪)

August 05 [Wed], 2015, 15:11

藤田さんはお家がお寺でもなく、それまでサラリーマンとして働いていました。縁あって知り合った浅草寺、日音院の住職に、『お坊さんになりませんか?』とポンと言われたそうです。少し前に仕事を辞めた時で、フリーであったこと、周りの人たちが誰もお坊さんになることに反対しなかったこと等から、流れに身を任せて叡山学園でお坊さんになる為の60日間の加行に入るため、比叡山に上ったのが50才のとき。この時藤田さんは自分はどうなってもいいから、思いっきり加行しようと思い、やりきった・・そしたら、その後、叡山学園で職員になるようお話をいただき、冬には比叡山延暦寺、半田孝淳第二百五十六世天台座主探題大僧正猊下のご自坊、常楽寺のお手伝いのお話をいただき、そして夏には神峯山寺(神峯山寺住職のご長女が常楽寺に嫁がれています)に手伝いに来ていただくようになりました。仏縁が仏縁を呼んでいます。
お坊さんになるきっかけは?とよく聞かれるそうですが、自分でもよくわからない、強いて言うのなら、なるように決まっていたのだと思う、と。


お坊さんになるときに奥様に言われた言葉『まじめにやってください。」今も守っています。


神峯山寺にお手伝いに来ていただいて今年で16年。猛暑続きで、少々お疲れのようです。
今年もありがとうございます。





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【高槻1300年の古刹・神峯山寺について】

 西暦697年、修験道の開祖・役小角による開基から千三百年以上に渡り、大阪高槻の山中に佇む神峯山寺。「日本最初毘沙門天」として七高山の一つに数えられる神峯山寺は、西暦771年に桓武天皇の庶兄にあたる開成皇子により中興され、以来、幕末・明治に至るまで皇族との深い関係に支えられてきました。境内には伏見宮邦家親王や有栖川宮織仁親王の御真筆が残されたおり、当時のつながりの強さを思わせます。一方で、平安後期には融通念仏が比叡山より神峯山寺を経由し大阪へ伝播するなど、民衆の阿弥陀信仰にも深く根を下ろしています。また、鎌倉・室町・戦国時代にかけては、武神が鎮座する地として足利家・豊臣家・徳川家より厚い信仰を受け、江戸時代には商売繁盛の神がおわす場所として、なにわの豪商・鴻池善右衛門をはじめ多くの大阪商人が淀川を上り巡礼するなど、身分と時代を超え数多が掌を合わせた寺院として平成の世まで在り続けています。現在では約百ヘクタールの広大な寺領の峯々に諸堂が点在し、秋になると境内を彩る無数の紅葉が人々の目を惹き付けています。
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