久しぶりなわけだ 

September 01 [Thu], 2011, 20:07
そう。
そこで夏の日差しが彼女の瞳を焦がすわけだ。
そこで俺はサイダーを手渡すわけだ。素敵な笑顔なわけだ。
彼女が俺の腕の中に飛び込んでくるわけだ。抱き締めるわけだ。

問題は、問題はここからだ…。




こんばんは。
お久しぶりです。

とりあえず夏の暑さにやられながら懸命に毎日を過ごしています。
翻って、先日のお祭りやら、先日の飲み会やら、そこそこに楽しい夏休みを送れたわけです。
まあ、10月に幹事として花開く誓約をしてしまうという、恐ろしい悪魔に魂だけじゃなく恋人までささげちゃうんじゃね>みたいなことになったわけですが。





………



……………


…10月どうしよう←










「ああ、でんがくね。彼は…、彼はそう、尊い犠牲だったね。」




1週間が過ぎ、俺の周りは落ち着いてきました。 

March 21 [Mon], 2011, 16:10
みなさん、元気でしょうか?

いつも何気なく使うこの言葉が結構大切な言葉だと感じますね。今になると。

家族、友人、知人。だいたいの人と連絡が取れました。
連絡がとれない人でも、無事が確かめられた人も沢山いて、安心してきました。

さて、まあ、この日記みる人のほとんどがもう俺に無事を確認された人だと思います。
知らない人がくることなんてあまりないでしょうから。

でも、知らない人も、私の知人の方も、今無事であること、これからも無事であることを願います。


多分、たいした被害を受けたわけでもなく、今も無事に生活できてる私が言っても、白々しいだけと感じる人もいると思います。
でも、とりあえず「頑張れ」とかは「もう頑張ってんだよー」って返されちゃいそうですし、なんて言葉を尽くせば良いのかわかりません。だから願うだけです。どうか、これからも元気でいてください。



追伸に書くほどのことでもないので、本文に続けて。
まあ、書く必要も無いのですけれど、23日に東京に戻ります。

地震 

March 12 [Sat], 2011, 4:58
とりあえず俺は大丈夫です。

しっかりと家族と連絡をとれたわけでもないので心配が尽きないです。


とりあえず大丈夫で暇な方はコメントでもしてって下さい。
僅かながら私が安心します←

うぐあー 

February 13 [Sun], 2011, 22:28
みよしは邪魔だなあー


がんばろう。
という
つぶやき
ていどの
更新

きょうよー」 

February 13 [Sun], 2011, 22:28
教養の意義。
まず、このテーマを考える上で必要なことは「教養」の意味である。
教養とは何か。
「単なる学殖・多識とは異なり、一定の文化理想を体得し、それによって個人が身につけた創造的な理解力や知識。その内容は時代や民族の文化理念の変遷に応じて異なる」と広辞苑にはある。一般に「教養」と似た意味として使われる言葉に「常識」と「知識」がある。しかし、前述にある定義において「常識、知識があること」と「教養があること」は全く違うことであるとある。「常識」とは「挨拶ができること」などの社会生活を送る上で必要不可欠なこと。「知識」とは「エイプリルフールで嘘を吐いていいのは午前中のみ」などの単なる情報。そして「教養」とは「情報」のことではなく「姿勢」なのではないのだろうか。知識は言わば何も考えなくとも、何もしなくとも自分に向かって流れてくる。ニュースにチャンネルを回せば、新聞に目を通せば。現代においてはそれだけで十二分ともいえる情報が流れてくる。しかし、教養とはその知識を求める「姿勢」、知識を得た上で様々な考えを発展させること、知識を活用することのできる能力だといえる。
「教養がある」ということで何が出来るのか。
相手の言葉を咀嚼することができる。相手を理解しようと思考することができる。その上で相手に自分を理解してもらおうとすることができる。ということではないかと考える。
例えば夏目漱石について。
彼は若い頃から神経衰弱を患っていて、それを紛らわす為に『我輩は猫である』を書いたとか言われるほどであった。夏目漱石はロンドン留学の後、朝日新聞に入社し『虞美人草』の連載をはじめてから、神経衰弱はよくなった。しかし前期三部作と呼ばれる『三四郎』と『それから』、そして『門』を書き上げた頃から胃病、胃潰瘍が悪化し、その療養で出かけた旅館で吐血、生死の境を彷徨うほどに大量の吐血だった。それ以来、作品の描く姿は写実性を深めながら人間の含有するエゴイズムの探求へと向かう。勿論、人間の持つ暗澹とした部分に手を伸ばして、掴んで、見つめるその行為は胃潰瘍を悪化、神経衰弱も再発させて、そうまでして夏目漱石は理想の小説を試行錯誤を繰り返して探求していった。
ここまではただの知識。情報である。そして、ここから彼について、より理解しようと考察すると、私は次のように考えることができる。
「なぜ彼がそんなにも自分の体を抉るような所業をしてまで人間の深淵を見つめたのか。それは、そういうエゴ、悪といった我慾は誰もが持ちえた感情で、それをどう昇華させていくのか。そのことに何より真摯に、向き合って考えたからではないだろうか。人はどうあっても理解しあえない。それが夏目の探求し続けた人間の罪悪ではないか。自分の持つ感情。それを相手に伝えようとしたとき言葉にすれば感情は軽くなり自分の持った感情とは離れていく。でも言葉にしなければ伝わる可能性さえ断たれる。と考えるから人は言葉を使う。でも結局伝えた感情は言葉で歪められた紛い物でしかない。この人間の持つ絶対的な孤独と絶望の中に救いはあるのか。」
前述の文章は自分に向かってきた知識ではなく自分から発する思考した存在になる。決して自分が教養のある優れた人間であるとは思っていない。しかし、知識を得たうえで彼を知りたいと関心をもち、理解したいと感じた。このようなことが教養のもつ意義。教養とは何か、教養の持つ重要性であり、価値ではないかと私は考える。

教養基礎 

February 13 [Sun], 2011, 22:25
「教養」「教養のある様」とは
 さて、教養の意義について考えることにあたって、春期と同じように、まずはこの曖昧な「教養」をどう定義するかという部分から考えなくてはならない。
 それにあたって事実的定義として挙げる広辞苑では
 (1)教え育てること。
 (2)(culture イギリス・フランス; Bildung ドイツ) 単なる学殖・多識とは異なり、一定の文化理想を体得し、それによって個人が身につけた創造的な理解力や知識。その内容は時代や民族の文化理念の変遷に応じて異なる。「人文主義的―」
 とある。それに対して規範意識的な定義としては、イメージとして普及しているものであるwikipediaを挙げると
 教養とは個人の人格に結びついた知識や行いのこと。これに関連した学問や芸術、および精神修養などの教育、文化的諸活動を含める場合もある。
 一般に、独立した人間が持っているべきと考えられる一定レベルの様々な分野にわたる知識や常識と、古典文学や芸術など質の高い文化に対する幅広い造詣が、品位や人格および、物事に対する理解力や創造力に結びついている状態を指す。
 とあり、どちらにも共通しているのは「単に博識であることではなく、理解力や想像力を体得している様」である。
 「ある事項について知っていること。また、その内容」である「知識」や「普通、一般人が持ち、また、持っているべき知識。専門的知識ではない一般的知識とともに理解力・判断力・思慮分別など」である「常識」とは別のものである。
 以上のこと、今年度一年を通して成田講師が講義の中でよく口にしていた「勉強の仕方を覚える」という言葉を考え、教養とは「姿勢」のこと。それは知識を求めようとする「姿勢」や知識を扱おうとする「姿勢」であったり、知識から自分の考えを構築する「姿勢」のことではないかと考えた。

「教養」の意義について
 テレビを見ていて、ニュースを観て、その内容だけで十分にその出来事である事象を理解できたと言えるのだろうか。例えば、政治に関する内容であれば尖閣諸島の映像流出問題の内容が十分に放送されなかったり、芸能に関する内容であればKAT-TUNが曲を盗作した問題などは全く放送されなかったりと、十分なものであるとは言えない。
 インターネットでも今の私と同じようなことを頑張っているのか「教養の身につく本を教えてください」と尋ねる質問を目にします。すると大抵の答えが、「自分の読みたい本を自由に読むのが良い」というものです。
 結局、受動的に知識を取得するだけでは十分とは言えず、自分から、知識を求めて調べるという「姿勢」が必要になってくる。

 当然のことではあるが、生徒、学生は一般に勉強することが大切である。嫌でも。その中で感じたことは「数学は数学の能力だけでは解けない」「国語は国語の能力だけでは解けない」ということである。実際には数学を解くには国語の能力も要るし、国語を解くにも数学の能力が必要であったりする。単純な例として
1) 数学の内容である「証明」も、数式と同じだけの文章量が必要になり、「フェルマーの最終定理」においても半分程度が文章であり、その文章も曖昧に示唆する部分があってはならない。
2) 神の存在証明」というガチガチの「文系内容」であるとほとんどの人が感じる哲学的な内容であっても三角形の内角の絶対性という「理系内容」が主張の柱となっていたりする。
 単純に数学の知識があり、言語の知識があるだけでは知識量は十分であってもそれだけでは大した意味を成さないし、特に何が出来るというわけでもない。そこに知識を扱おうとする「姿勢」が必要になってくる。

 そして、春期に提出した際にその内容だけで用紙を使い切ってしまったので、短く記述するものであるが、夏目漱石という人間について、単純にどういう本を書き、どういう人生を送ったかを知識として知っただけでは理解したとは言えない。
 彼のを想像することなおざりにすれば、結局彼の書物から得るものは知識でしかなく、何を描きたかったのかは理解できない。そこに自分なりの形でも自分で想像して、考えを構築する「姿勢」が必要になってくる。

実際に考えることをしなければ今回の「教養の意義について副題をつけて考えを述べよ」という課題の副題の部分についてわからないまま「教養の意義〜湯煙に消える美人看護婦殺人事件〜」とかになりかねないですしね。

前述ではよりまとめると、教養の意義は、ほとんど全域において「理解をするため」である。

試験期間/都条例不定期更新(情弱) 

January 27 [Thu], 2011, 22:29
さて、お久しぶりです。
いやはや、試験期間ですね。実は提出しなきゃいけない書類を事務関係からレポートから全部まとめると8つくらいあるんですよね。

辛い!

でもまあ、書類関係や試験のほかにも、病院に行かなきゃいけなかったり
もう、忙しい!でも、大学生ってこんな感じなんだろうなあって思う。頑張らねば。

いやーホント、試験だけでもいっぱいいっぱいでもう大変だわ
とりあえず終わった試験だけでも挙げてみますか。

・レク理論
知ってる人は何があったか知ってますよねw

・心理統計法
2割は堅いな←

・社会福祉原論
1割は堅いな←

・心理学概論
リアルな話7割は堅いな←







あれ?まだ4つしか終わってないの?うそうそうそうそうそうそうそうそ!わわわわわわわわわわわわわわわわわわ!


もうやだわー(ω・`)無理ゲ

とりあえず、今辛いみなさん!
ここにまだ元気な愚痴のはけ口が居ますよ←

「愚痴(ぐち)のはけ口(ぐち)」なんつってね←


頑張らねば!


リードモアでタイトル後編へ行きますが、雰囲気変わるので注意。




明けましておめでとう/明日は成人式ですね 

January 08 [Sat], 2011, 23:45
旧年中は格別なご高配を賜り、誠に有り難く厚く御礼申し上げます。

久々の更新となってしまいました。こんばんわ。

明けましたね。
先に書きますが、今年の目標とか抱負とかは次回の更新の時に書かせていただきます。
なんか色々と書いてる人たちがいますね。
でも、俺は次回です。1月中に更新できるといいな←

初詣には行きましたか?
俺はなんだかんだで神社を回ってきたわけです。
御神籤だって3つも!←

全部ばらばらでした。あてになんないね。
とりあえず抜粋すると
「こちらが良ければ、あちらが悪い」体の臓器の話でしょうかね。腎臓が良ければ肝臓が悪いみたいな。
「ことを始めるのは待つが吉」次回の更新も時期を見計らいたいと思います。

とかいろいろ。あんまり面白いのはないですね。
「古きを捨て新しきをなんたらかんたら」みたいないい言葉もあんまり無かった。つまらん。

さて
話題は替わって初夢ですが、みなさんどんな夢でしたか?
俺はまだ初夢をみてないです。←話題終わり。


うー
なんかなー
りすもさんみたいに愉快な日記も書けず
ひなぎくみたいにはっちゃけた日記もこれまた書けず
なーんかグダグダと無為なことばっかり書き連ねてる日記ですが
今年もよろしくね。


もう一回話は替わりまして明日の成人式の話です。
とりあえず俺はスーツですよ。
スーツ着た変態がいたら俺です。迷わず逃げて下さい。

そんで中学時代の連中に同窓会に誘われてるんですよね。
正直、中学時代は高校時代以上に存在感の薄かった俺。

行っても意味ないよね!
だから行こうって気持ちもないお!←
その日の夜10時22分に東京行きのバスに乗るしね。


じゃあ、みんな明日会おう。
暴れんなよ。

山場を越えた 

December 23 [Thu], 2010, 1:13
こんばんわ

こんな時間に更新するのは久々な気がします。
もう冬だよ。東京は岩手と違って気温は大したこと無いんだけど、風か寒い。

なんだか、最近色々と批判されがち。なんだかなー。


と、愚痴から入ってみたわけなんですけれども
今年は28日とかに帰省するつもりです。
なんだか両親が「在学届け出さないと税金払わされるぞ」とか言ってました。
多分俺だけじゃないよね?

何を書けば良いかな?
とりあえずタイトルから。
水曜日は秋からの2期にかけて一週間のなかでもっとも講義が集中する日です。
なんだかんだで一番面倒な講義が集中してる日でもあるわけで
まあ、今日は正月前最後の水曜日でした。

わからん人には全くわからんでしょうが、ラスボス(俺)と女帝の戦いが繰り広げられました。
いやはや、楽しかった。

医学概論もなんか休講だったし。
このままいくと明日は休みだし、金曜の講義だけだな。

のんびりがんばろーと思う。




みんなに嫌われても俺には本がある。大丈夫だし。

よっしゃ、がんばるぜ!

非実在青少年(条例案反対の文章です) 

December 18 [Sat], 2010, 23:37
なるほどね
どんだけ俺みたいなキモヲタが文句言っても通じないわけだ
エロゲ派やら、俄やら、声ヲタとか、あるいは対象年齢を超えている奴にとっては大して危機感も抱かないわけだ。
だから「可決されて何が悪いの?悪影響を及ぼすものを規制するんでしょ?」なんて馬鹿のような発言をするわけだ。俺の言ってる事が理解できないわけだ。

でもさ、俺が一番疑問視してるのは規制対象の判別なんだよ。
漫画、アニメとかは規制対象で小説(官能含む)は規制対象外なんだぜ?
小説が含まれないとされる条文の根拠は、7条2号において「非実在青少年の“姿態”を“視覚”により認識することができる方法で」と描写方法の指定がされているためである。小説は「姿態を視覚により認識」させるものではない(読者は視覚によっては文字の連なりしか認識することができない)ためとか言ってるんだぜ?
なら、なんで文字の連なりも規制してるところがあるんだ?
モバゲーとかは顕著だよな。もう投稿出来ない言葉の選出の仕方がわからんよ。
でも「悪影響」だからってことで規制したりしてる。
だからこれの通りだと小説をパクってアニメを作ったとしたら(まあ、パクる時点でアウトなのだけれど)この条例に反して捕まるわけだ。神話とかシェークスピアの作品とか。それは悪影響だと。
更に、「規制の対象として実写は除く」ってあるんだよ。つまり前述にあるような神話やシェークスピアの作品とかを言葉遊びで規制対象外としても、それをアニメ化とかしたらアウトってこと。忠実に再現してもね。
この条例を推進している石原都知事。この人の書いた小説が映画化されていることを知っていますか?タイトルは「処刑の部屋」あらすじとか詳しい内容は省くけれど今回言いたいのはその中のひとつのシーン。女性をパーティーで酔わせて暴行を加えるシーンがあるのだけれど、その作品は実写。だから規制対象外。そしてそれを万が一忠実に再現したアニメ作品が出来上がると規制対象。おかしくないかい?
この条例案に賛同してる人は「過激な性描写」が青少年の健全な育成に悪影響を与えるのではなく、あくまでも「2次元の過激な性的描写」が青少年の健全な育成に悪影響を与えると考えているの?

つまり、「アニメとか漫画などの低俗な文化は規制したいけれど、小説は高尚な文化だから規制しない」ってことだろ?正直俺は漫画もアニメも小説も高尚も低俗もないと思うがな。
アニメとかの苦情は受け入れたとしても、小説とかの苦情は受け入れないってことだ。
つまり、都合のいい条例の「前例」になるってことだ。
だから、この先ある程度無茶な条例案が出来ても、それを反対する理由が弱くなるわけだ。
それっておかしいんじゃないかな?


正直他にも俺が疑問視してるとこはある。
書くか迷ったけれど結局書くことにするよ。

まずさ、都知事がアニメとかの作品を見ていないのはどいうこと?
精読した上で「有害」だと判断したんじゃないの?だったら議論なんて意味無いよね。こちらの反論も「無害である」って内容なわけだし、議論の焦点が合わないよね。「内容の規制」の話なのに内容を知らずにレッテルを貼ってるわけだから。
そして、規制の判別ラインが「曖昧過ぎる」ってどうなの?裁判とかでも結局は人が裁量をするわけだから、ある程度の曖昧さが生じるのは解るけれども、だからって出来る限り曖昧さを排除する努力をしなくていいってことじゃないだろ?条例内容にも文句言いたいけれど、そういう怠慢もどうかと思うんだ。
そんでさ、署名を提出したときに、それに一瞥もくれずに無視したという話を聞いたんだ。それって統治の姿としてどうなんだろうか。そりゃ賛成派の側からすれば反対派の署名なんて無いほうが良いだろうけどさ。どういうことなんだと。
それにこの規制の目標は「青少年の健全な成長のため」なんだったらさ「非実在青少年」とかじゃなくてさ、現実に居る子どもに目を向けるべきじゃないだろうか。ヲタクが犯罪犯すとなんでもアニメとか漫画のせいにして「現実と二次元の区別ができてない」ことを原因にしたがるけれども、そうやって何でもかんでも「現実の犯罪」と「二次元の描写」を結びつける(俺の親のような)人間の方が区別できてないんじゃないの? いい加減子どもへの性教育から逃げるなよ。上手く教育できる自信がないからって放っておいて、それで根本的な「教育」って立場として矛盾はないのかい?

作品を知らないということは、内容も知らないも同然だと思うんだ。ワンシーンしか知らないだけで、内容を知ったことになるだろうか。
俺としてはそれが顕著に現れるのは「ひぐらしのなく頃に」だと思う。作品をよくしる人たちは「友情」を描いた作品だといい、マスコミによって選ばれたワンシーンしか知らない人たちは「猟奇殺人」を描いていると考えている。
そんなんで規制に賛成するのかよ。
本気で何かを規制するということは「ひとつの犯罪の形」を作ることに等しいと俺は思う。今から何歳であっても喫煙が違法だとしたなら、喫煙という「犯罪」が出来上がるからね。
つまり規制するってことはかなり慎重にならなきゃいけないことだと思うんだ。ひとつの世界を歪めることだから。



なんかいろいろ文句あってムシャクシャしてきたからこれくらいにするけれども、最後に伝えたいことが。

もしもこの条例が違憲にも認められなかったとしても、すぐに規制がかけられたりはしない。最初の頃は普通に今までどおりに「規制なんて意味ないじゃんwwww」とかって思うほどに何も枷がない。だけれど、漫画の出版社やアニメの製作会社に、漫画家や作家などに嫌がらせのように疲弊させるための妨害が入る。それによって段々と萎縮していって作品も出来の悪いものしか蔓延しなくなる。そうやってゆっくりと規制対象を削って、磨り減らしていく。そしていざその時になったらファンはどこに矛先を向けるか。それは出版社や作家などの「製作側」である。それって絶対におかしい。でもそうならざるを得ない。現実に条例賛成派から出版社に妨害が始まったらしい。これは結局こちら側の情報から見つけたものだから勿論鵜呑みになんかできないけれど、無視だってできない。


今のままじゃ絶対にまずいんだって。
自分をこちら側の人間だと思ってる奴なら「俺には関係ない」なんて言ってちゃいけない。もし、そう感じるなら今すぐ二次元とかのこちら側の世界から出て行って欲しい。そういう危機感の感じない人たちが後々、衰退したサブカルを製作側のせいにして悪化させるんだ。
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    ・ゲーム-オールマイティになんでも(キリッ
    ・読書-読むの好きだし書くの好…というか僕は文芸少年(キリッ
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