幸せについて

November 07 [Wed], 2012, 12:53
幸せというのは、我々に出てくる最終的な結果のことです。
人生の目的といったら、結果を得ることなんで、その結果というが龠幸ということなので、龠幸というのは平たくいうと幸せなので、龠幸を得ることっていうことは、幸せになることなんです。
上記のことに関してはあえて説明しません。
まそういうもんなのかなって思ってもらえばいいです。
幸せっていいましても、祖の時代の幸せと皇の時代の幸せがあります。
あ幸せだなって思っても、それが祖の時代においての幸せの場合があるのです。
祖の時代の幸せは釈善といいます。
皇の時代の幸せを龠幸といいます。
今まで、我々が幸せだなあ、楽しいなあと思っていたのは、釈善ってことになります。
これから消えていくものを話します。
1人との対話によるよろこび2名浴A地位によるよろこび3仕事、職業によるよろこび4財産によるよろこび皇の時代にはこういう幸せは消えてなくなります。
どういう幸せがこれからの幸せなのだろうってことがわかると楽しいと思いませんか幸せのために生きて友達 募集掲示板いるとしても、そもそも幸せって何なのってことになると、どっちに進んでいるのやら、よーわからんってことになります。
特にね物質による幸せは消えます。
それは物質慾みたいなものが消えるので、みんな求めなくなってるんですけど、もし求めているとしたら、それは狂ってる証拠なのですけど本人は幸せのためにやってると思っても、残念ながら不幸しかこないってことになります。
それでね。
今は、なんの対象もないのに、嬉しかったり、楽しかったり、いらいらしたり、不安になったりすることがあるんですね。
そういう傾向が強まっているわけです。
それも皇になる過渡期だからなるんですね。
宇宙のルールである原因の世界が変われば、最終結果にある幸せも変わるんですね。
その幸せって、皇の時代の幸せって何だろうってことをね知ってるのと知らないのでは大きな差があると思いませんか原因の世界も大切。
されど結果の世界も大切。
結果のための原因であり、原因による結果なんです。
結局、何がいいたいかというと、そういうことはセミナーにくればわかるようになってますよってことですね。
だからといって別にセミナーに誘導したくて書いてるわけでもないし、誰かがセミナーに参加したところで僕の個人的な物質による利益はないので、来ようが、来なかろうが、ぶっちゃけどーでもいいわけですけど、そういう選択肢もあるよってことですね。
だから来たからといって、おもてなしするわけでもないですしね笑。
本当の意味では、そういう段階はとっくに過ぎてるんですよね。
本当はみんなはサービスを受けたがらないのが正常なんです。
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