第46回 快適だが不安な現在 ―平成と21世紀の日本―

December 09 [Sun], 2012, 6:54
 平成元年、すなわち西暦1989年の冷戦の終結後、日本では日米安全保障条約は今後も必要か不要かの論議が起こりました。しかし湾岸戦争がその論議を後方へと追いやります。代わって高まったのは「国連を通した国際的軍事貢献」は必要かという論議でした。
 1992年、政府は国連PKO協力法を成立させ、内戦が終結したカンボジアに自衛隊を派遣します。自衛隊を海外に派遣することはないという今までの政治的な合意は崩れました。しかしその後、強化された国連のPKOは事実上頓挫していきます。
 1993年、党内の派閥争いから自由民主党[以下、自民党]が分裂、非自民で連立した政党が政権を奪います。1955年から続いた自民党長期政権に幕が下りたのです。時あたかもバブル景気の崩壊が誰の目にも明らかになった頃で、国民は景気の退潮と自民党長期政権下での政界財界官界の癒着と馴れ合いの構図の限界を重ねました。よい意味での政治の変化に期待が集まります。ところが翌94年、自民党は長年対立し続けた社会党と連立を結び政権を奪取、首相のポストは社会党に譲りました。村山新首相は従来の社会党の主張を覆し、「自衛隊合憲、日米安保堅持」と発言します。これにより社会主義の崩壊という逆風の中でも社会党を支持してきた人々が離反、社会党の勢いは衰えていきます。それは労働者や高齢者など社会的弱者の立場を守る政治勢力の後退も意味しました。95年、この内閣を阪神淡路大震災とオウム真理教の無差別テロといった社会不安が追いつめます。そして96年、自民党が首相のポストに返り咲きました。
 この政治の激変にもかかわらず国民の政治への関心は衰えていきました。支持政党を持たない「無党派」層が自民党の支持率を越えます。国会では政治の質をあげるために二大政党による政権交代が可能な選挙制度の導入が必要と議論され、衆議院に小選挙区制が部分導入されました。結果としてこの制度は政権交代ではなく従来の中選挙区制度では議席を確保していた少数派の得票を死票とし、その意見を封殺する結果をもたらしました。
 政治の迷走以上に混迷を極めたのは経済でした。バブル崩壊がもたらした巨額の不良債権に苦しむ企業や金融機関は強引な経営再建[リストラ]を実施します。この「リストラ」は不要な労働者の解雇と賃下げを意味していました。「終身雇用」と「年功序列型賃金」によって企業がその人生設計を保障した「正社員」の時代に幕が下りていきます。
 90年代後半、企業や金融機関が次々と経営破たん、失業率は急上昇し、中高年の自殺とアメリカの話と思っていた「ホームレス[野宿人]が激増しました。物価の下落[デフレ]が日本経済を襲い、経済成長率もマイナスとなってしまいます。
 21世紀、政府は「聖域なき規制緩和と構造改革」を実行にうつします。それまで政府は公共事業など従来型の財政支出による景気回復をめざして失敗、逆に国の債務を肥大化させてしまいました。今度は反対に「小さな政府」を合言葉に、公共部門の民営化と法的規制緩和による企業間競争を推進したのです。「アメリカ型資本主義」の導入です。
 新世紀、超大国アメリカ、高度成長期に突入した人口大国の中国とインド、域内統一通貨ユーロの流通を開始し加盟国が旧東欧諸国を含む二七カ国に達したEU[ヨーロッパ連合]などの間で日本の落ち込みが目立っていました。政府は不況の克服と経済成長軌道への復帰、国際経済競争力の強化を最優先課題としました。日本社会には「自己責任」や「自立」の声が飛び交い、国が福祉や地方に使うお金は押さえられます。そしてアメリカと同じように国民の貧富の格差も拡大していきました。
 ところがこの時期、国民の消費生活は充実していきました。コンビニ、郊外の大型スーパー、大型家電量販店、ファーストフード、ファミリーレストランなどが地方にも拡大、パソコンとインターネット、携帯電話もいっきに普及します。若者の中にはアメリカ型資本主義により得た快適な消費生活と密接につながっているサービス産業で働く者が増えました。しかしその多くは将来の保障のない低賃金の労働です。
 「アメリカ化」は政治にも及びました。「小さな政府」の仕事は軍事と警察、つまり防衛と治安維持にしぼられます。地震、テロの不安が広がる中で、日本でもこの分野の肥大化が始まりました。「北朝鮮による日本人拉致問題」もこれを後押しします。
 この時期、日米の軍事協力はいっきに強化されました。1999年、政府は周辺事態法を制定、アメリカ軍が東アジアで軍事行動を起こした場合に日本が後方支援を行うことを決めます。その後、アフガニスタン、イラクに対するアメリカの軍事行動を日本政府は全面的に支持、「非戦闘地域」という概念を使って自衛隊を海外に派兵しました。今では日本が直接武力攻撃を受けた場合の軍事行動と国民の対応を定めた法律も制定されています。
日本では快適な消費生活の一方で、人々の不安が広がっています。安心して働いて子どもを育てゆとりのある老後を過ごす。戦争のない社会に暮らす。そういう希望が見えてこないからです。経済のグローバル化と日米同盟強化がもたらしたこの事態に対して政府は「愛国心」によって国民を束ね、国家の自信を回復することで個人の不安を解消しようとしています。敗戦をひきずる戦後レジームからの脱却のため日本国憲法第九条の改正が叫ばれる今、感情ではなく冷静な思考で政治に向き合うことが私たちに求められています。
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