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November 25 [Sat], 2006, 12:43

                目         次

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           プ ロ ロ ー グ

               第1章 予期しない現実
                  (1) 妙な胸騒ぎ
                  (2) 思いもよらない現実
                  (3) 何が引き金に?
                  (4) 最大の妨害者・ホセ (工事中)

               第2章 真由美の生い立ち
                  (1) 真由美の母      (工事中)
                  (2) 10数年振りの倉橋邸
                  (3) 真由美の生い立ち
                  (4) あの野郎の行状

               第3章 ブリュール城の密会
                  (1) 邦彦が認知症になった日
                  (2) ブリュール城の密会
                  (3) 久雄からの国際電話
                  (4) 不審な行動をとる青年

               第4章 真由美のあわてぶり
                  (1) 久美子の心配
                  (2) ドイツのダルマ市
                  (3) 大繁盛のカレー喫茶
                  (4) 真由美のあわてぶり

               第5章 治療の顛末
                  (1) 邦彦がゲーグナーになった日
                  (2) 倉橋邸での再会

            エ ピ ロ ー グ


プロローグ 

November 01 [Sun], 2009, 12:12

 必死で書いた「概説商法」が完了してホッとした。完了したというより、文章を訂正していたらきりがなく、いつまでも続くからこの辺で妥協した、というのが正直なところだ。
 原稿を積み上げ、序文のページを開いた。その最後に「2009年9月5日(土曜日)さいたま市にて」と記入し、大きく吐息した。寝不足のため、ときどき睡魔が襲う。ふたたび吐息し、原稿の束を紙袋に入れた。

 1冊の本を書き終えると、書斎はゴミ屋敷と化する。書斎の中でも、とくに机のまわりは、足の踏み場もないほど、本が造作なく積み上げられる。足を高くあげて本の山を越えないと、机に辿り着けない。ときに足の上げ方が足りないものなら、たちまち本の山が地すべりを起こし、あたり一面に散らばる。それでも、どの文献がどの辺にあるのか、程なく見つかるから不思議だ。
 机の上は、書き損じて粗雑に丸められた原稿用紙が覆い、部屋ぜんたいは紙くず畑のようだ。
 大学でさっそうと歩く著者の姿から、学生たちは彼の書斎を想像できるだろうか。電話機がどの辺に埋もれているかも、彼には直ぐ分かる。その紙くずの畑をかきわけて、親機を引っぱり出した。
 出版社に脱稿を知らせる電話をした。午後4時ころ取りに来ると伝えてきた担当者の返事は、非常にはずんでいた。
 原稿依頼を受けたとき、10月下旬に脱稿すれば新学期に間に合う、と言われていた。にもかかわらず、血のにじむような思いで執筆を急いだ。
 
 商法学者・小笠原邦彦は、この春休みには必ず会いに行くと、ドイツ留学中のひとり娘・真由美と約束していた。その約束を、まだ果たしてない。執念をもやして頑張ったのは、娘に会いに行くためだった。
 秋学期の講義が始まる前に、何を差しおいても会いに行かなければ、彼女のへそが曲がってしまう。どうしても、書き上げなければならなかった。

 邦彦は、原稿の束が入った紙袋を持って書斎から抜け出し、居間を通り抜けて、いつもの廊下の籐椅子にかけた。今日も朝からクーラーが活躍している。
 腕の時計を見ると、11時を少し過ぎたところだ。ドイツはまだ明方の四時、電話するには早過ぎる。
 ひとり娘の真由美は、ケルン音楽大学へ一昨年から留学している。彼女とは、ここ1週間ほど電話で話をしていない。彼女から週に1、2通手紙は届くが、邦彦が手紙を書くには、あまりにも時間がなさすぎた。

 昼食がすむと邦彦は、ふたたび書斎にもぐり込んで片づけを続けた。
 山のように積み上げられた専門書を書棚へもどし、書き損じて丸められた原稿用紙をビニール製のゴミ袋に詰め込むと、部屋らしさが蘇ってきた。床の色が広がるにつれ、部屋に落ち着きが戻ってきた。

 居間の方からただよってきたコーヒーの香りに気づいた。 疲れを感じ、斜め前の壁の時計を見た。針は2時50分を差している。出版社の社員は、まだ姿を見せない。
 サマータイム中のケルンは午前7時50分。真由美は朝食も終え、一段落しているころだろう。土曜日だから、ホームレッスンの日だ、もう出かけたかな。とにかく、彼女に脱稿を知らせなければ・・・。
 邦彦は書斎を出て、居間につづく廊下の籐椅子に腰をおろした。
 邦彦の日常の世話をしている織田芳子が「ほとんど徹夜の状態で、お疲れでしょう」と言って、卓の上にコーヒーをおいた。礼を言って一口含むと、ほど良い刺激が、脳裏に浸透してくるのを感じた。
 芳子は居間の堀コタツにすわった。芳子の前におかれていたのは、コーヒーではなく日本茶だ。

 邦彦は、この2年間のことを回想した。娘の真由美をドイツへ送り出してから、まだ3回しか渡独してない。留学した年の夏休みとクリスマス、それに昨年の春休みの合計3回だけだ。真由美は1度も帰国していない。邦彦も今年はまだ渡独してないから、丸1年以上も真由美と会っていない。
 とくにこの1年は、原稿執筆に追われ、娘を疎遠にしてきたことを負い目に感じている。
 真由美は、父親を慕い、誰よりも父を尊敬してきた娘だ。その娘に対し、この一1は突き放したような形になった。そのことが邦彦の心に、申し訳ないという気持ちを沸かせ、それが日に日に募ってきた。こうした自省の念と原稿執筆に集中しなければならなかったこととの葛藤が、この数日のあいだに強く芽生えてきている。
 1日も早く、ケルンに行かなければ・・・・・。



(1) 妙な胸騒ぎ 

November 02 [Mon], 2009, 13:57
 

 邦彦は、卓の上にある子機を手にとった。何も見ずにプッシュした。呼びだし音が2回鳴っただけで、受話器をとる音が伝わった。真由美は、まだ部屋にいた。
「もしもし」と言っただけで、
「あら、お父さま、もう、脱稿されましたの?」
 邦彦からの電話を、待ち焦がれていたかのようだ。
「うん。やっと、終わった」
「真由美、おくびを長―くして、お待ちもうしあげておりましたのよ、お父さま。いつケルンにいらっしゃるの? 真由美、お父さまに1日もはやくお会いしたいの。早くいらして、航空券、もうご予約なさったの? お父さま。お願い! はやくいらして!」
 娘は、息せききって、一気にしゃべった。
 彼女は2歳のとき、病で母親を失っていた。
 母親との思い出は、ほとんどない。ひとりっ子の真由美にとって、父親が恋しかったのかも。
「ごめん。航空券まだなんだ」
「きょうは土曜日ですよ、お父さま。旅行会社閉まっちゃうわ。はやくご予約なさって!」
「この電話すんだら、すぐ予約する。ところで、9月は、休み多いよ」
「知ってますわ。9月20日が日曜日でしょう。21日は敬老の日、22日は国民の休日、23日が秋分の日でしょう。ですから土曜日も含めますと5連休ということになりますわね」
「よく間違えずに、正確に言えるね」
「この程度のこと、もちろんですわ」
「もちろんか、そうなのか。ところで、大学の講義は24日から始まるから、それまでケルンにいられる」
「まあ、嬉しい! お父さま。はやくいらして、お父さま」
 二言目には、お父さま、お父さま、か。ホームシックにかかったかな?
 真由美がこんなにも父親のことを連発したことがあったろうか? 昨年の夏休みもクリスマスの時も、そしてこの春も、邦彦に来て欲しいとは一言も言わなかった。ドイツの生活に慣れたものとばかり思っていた。だが、今日の電話の様子では、父親を慕い、直ぐにも会いたいような雰囲気だ。
 話題を変えてみよう。
「どう? 元気かい?」
「はい、このとうり元気ですわ。お父さまこそ、お元気? 真由美、お父さまのことが毎日毎日心配で心配で、やはりときどきはお父さまのお声、お聞きしたかったわ。それに芳子おばさま、お元気にされていますか」
「うん、元気だよ」
 父親を求めている感じはする。が、ほかに変わった様子は少しも感じられない。原稿書きに追われ、電話が疎遠になっていたからかも。
「そうですの。よかった。芳子おばさまのお年、お父さまより25歳年上の77歳ですもの」
「そうだね。色々なこと、よく間違えずに言えるね」
「当然のことですわ」
「そうか、当然か」
「今年のクリスマスには、芳子おばさまを、必ずお連れしてくださいね。前々からのお約束ですもの」
「もちろんだよ。ところで、君のきょう土曜日のご予定は?」
「ううん。何もありません。そろそろ大学へ練習に出ようと思っていましたの」
「土曜日はホームレッスンじゃないの?」
「いいえ、今週はございませんの。2週に1度ですので、来週の土曜日はございます」
「そうか。じゃあ、明日の日曜は?」
「明日も、何もございません。明日も大学へ練習にまいります」
「あ、そう」と、気のない返事をしたものの、2日つづけて、しかも土曜日曜つづけて友人に会う予定がないとは、真由美らしからぬことだ。あの子にしては珍しい。いよいよ大人に成長したかな。

 躾が非常に厳しかった女子の小・中・高一貫教育校で過ごした真由美の言葉遣いは、その学校生活の影響から非常に丁寧な言葉に変化していった。がさつな言葉遣いの邦彦とは対照的だ。真由美が小学生のころ、邦彦の言葉遣いは、ことあるごとに真由美から注意されたお陰で、これでも良くなったのである。

 ケルンで青春時代を謳歌している真由美には、日本にいたときと同じように、各国から留学してきた多くの友だちがいる。真由美はどの友人にも、丁寧に対応する子だ。相手に対して分け隔てすることなく、付き合っている。その中でも、とくに親しくしている友人に、大田真理と細野千春がいる。
 大田真理は、同じケルン音楽大学で1年先輩だ。真理もひとりっ子で、真由美を妹のように可愛がってくれている。
 真理は富山県の出身である。実家は造り酒屋を営み、かたわら代々村長もつとめてきた地方の名士だ。ひとり娘であるが、姐御肌を連想させるような女性だ。気弱で周囲に気づかう真由美とは、気が良く合った。
 スペインから来た男子留学生のホセが、真理の名を忘れ、「フロイライン(お嬢さま)」と呼べば何もなかった。ところが、真理に向かってうっかり「おい、ボス!」と声を掛けた。この時の真理は非常に憤慨した。が、その様子を目撃した学生は、ホセが言ったことは的を得ている、と感心した。
 日本以外から留学してきた学生にとって、「マリ」も「マユミ」も、その呼称は、どちらも「マ」で始まり、響きが似ているように聞こえるという。また、真理と真由美は姉妹のように見えるところから「一卵性双生児」との別称がある。お母さまが欲しい、兄弟姉妹が欲しいとねだってきた真由美にとって、真理は理想の姉だった。
 真由美が、土曜も日曜も大学で練習をするということは、とても考えられることではない。
「大田真理さん、お元気?」
「多分ね」
 おや? アッサリ言いのけた。真由美にしては、妙な返事の仕方だ。以前なら、真理の名を口にしただけで、真理との出来事を事細かに説明してくれた。
 一卵性双生児の他方は、日本に一時帰国でもしたかな?
 
 学部は違うが、細野千春も親しい友人のひとりだ。ケルン大学の文学部に在籍する千春は、真由美と同年の学生だ。音楽学部と文学部は、同じケルン市内にあるが、Uバーン(地下鉄)を乗り継いでも、30分以上はかかる。そんな2人が出会ったのは、ケルン市内にあるドイツ語学校だった。
 真由美は、幼少のころから毎年のようにドイツに来ていた。年に2回来たこともあった。そのような境遇にあった真由美は、ドイツ語に十分慣れていた。だが、音楽大学へ入学するにあたって、念のためドイツ語学校で1ヶ月ほど会話に慣れるため在籍した。その学校で千春と知り合った。
 真由美は、ドイツ文学を専攻する千春に、読解力では及ばなかった。千春のドイツ語読解力は、ドイツ語学校の中でも、トップクラスの実力だった。また、会話に関しては、真由美の方が数段上で、ドイツ語学校最上級会話クラスの中でも、真由美の会話力は突出していた。彼女の会話は、ドイツ人と間違われるくらいネイティブに近かった。
 トップクラス同士の2人が出会うには、時間がかからなかった。
「じゃ、細野千春さんは?」
「千春? うーん、千春ねえ。最近あまりお会いしてないわ」
 千春とも、疎遠になっている口ぶり。距離的なものが、2人の間に隔たりをもたらしたかな。だいぶん変わったものだ。
「それよりもお父さま、早くチケットをご予約なさって!」
「あ、あ、そうだね。すぐ予約する。予約したら、また電話するから」
「まあ、嬉しい。すぐにね。お待ちもうしあげておりますわ」

 元気よい、すこぶる明るい余韻が、寝不足気味の邦彦の脳裏に、いつまでも爽やかさをもたらしていた。

 邦彦は真由美と話をしたのち、いつもの旅行社に電話でフランクフルト経由・デュセルドルフ行きの便を予約した。


  9月8日(火)
      10時20分成田発    → 14時5分フランク着LH711便
      14時45分フランク発  → 15時15分デュッセル着
  9月21日(月)
      12時15分デュッセル発 → 12時45分フランク着
      13時35分フランク発  → 8時35分成田着LH710便
                                                          」
とメモをした。

 便は予約したが、宿泊はどうしたらいいものか、邦彦は迷った。いつもなら、真由美がケルン中央駅斜め前の「ホテル・ドーム」を予約していてくれた。だが、今回は、真由美の様子を見たい気もする。真由美は、3部屋借りている。簡易ベッドが2つあることも知っている。しかし、彼女の部屋に泊まったことは、まだない。
とにかく航空便を予約したことを、真由美に知らせなくては。
 相手が受話器を取り上げる音が伝わってくると同時に、
「お父さま!」の一言が飛び込んできた。
「予約できたよ」
「そう、間に合いましたのね。良かった」
「行きは8日火曜日、帰りは21日月曜日で、往復ともルフトハンザだ」
「デュッセルドルフ? それともボン・ケルン?」
「今回は、デュッセにした。8日の夕方には、真由美のところへ行ける」
「それでは、いつものホテル・ドーム、ご予約しておきますわ」
「いや、今回は真由美の部屋に泊まりたい気もするのだが・・・」
「あら、お珍しいこと、嬉しいわ。わたくしのところへお泊りなさるなんて初めてですね」
「そうだね」
「わたくし、お父さまのために手作りのお料理、たくさんお作りしますわ。ドイツ料理もお勉強していますのよ」
「そうか。じゃあ、真由美のドイツ料理とやらを楽しみにしているよ」
「それでは、8日火曜日の夕方、お待ちしています」
「じゃあね」と、言うと、電話はさらりと切れた。
 今度は、あっ気ない、という印象だけが残った。1年以上もの間、真由美を放っておいたことに対する悔悟の念がなかったといったら嘘になる。それとも考え過ぎだろうか。

 しかし、最初の電話の様子では、真理さんと千春さんとの間に、何か変化があったようにも感じる。真理さんは一時帰国したとも思えるし、千春さんとは同じケルン市内でも、不便さが疎遠にしたとも十分に考えられる。
 邦彦の脳裏に、再びわだかまりのようなものが芽ばえてきた。真由美の様子に、さほど変わったところがなかった。が、何か靄がかかったような気がする。

 籐椅子にもたれかかったまま、目を閉じた。
 政治に関心のある邦彦だが、今回の衆院選では、新聞を読むどころではなかった。テレビのニュースに耳を傾ける暇もなかったほど、原稿執筆を最優先させた。
 ふと目を開け、籐椅子のわきに視線を落とした。新聞かごの中に見慣れない新聞があった。滅多に目にしない活字の新聞だ。不思議な新鮮さを覚えた。5日前の読売新聞(8月31日付)朝刊だった。文字の大きさが、見慣れないほど大きなものだった。
「民主三百超 政権交代」と、久し振りに見る大きな活字だ。その文字のすぐ下に、鳩山由紀夫の大きな笑顔があった。カラー写真である。その更に下に、日本の現総理大臣・麻生太郎の写真があった。麻生の写真は、鳩山の4分の1ほどの大きさである。民主党が政権を得たことを、あらためて実感した。
 邦彦はここ数日、新聞を読んでなかったことに気づいた。それにつづく文字も大きかった。「自民 歴史的惨敗」と、派手に報じている。

 いよいよ日本の政治も大きな転換期に差しかかったのだろうか。真由美は、邦彦がハイデルベルグ大学留学から帰国した年の1989年11月9日に誕生した。その日は、世界の政治史上、歴史にきざまれる大事件がドイツで起きた日だ。丁度この日、東西両ドイツが、統一したのである。
 あの時は、その数年前から東欧諸国で、地下の組織が民主化の波を広げつつあった。その波は次第に大きなうねりとなり、あの大事件が勃発したのである。今の邦彦には、あの時の出来事が、つい先日のようによみがえってくる。
 現在のドイツ連邦共和国首相・アンゲラ・メルケル女史は、旧東独出身の女性である。邦彦はハイデルベルグ大学留学中、何度も東独に足を踏み入れている。かれは自ら訪れたドレースデン、ライプチヒ、ヴァイマール等で、市民生活の厳しい状況をくまなく見てきた。
 当時の状況から判断して、旧東独出身者しかも女性政治家が、統一後のドイツ連邦共和国首相に選ばれるとは、誰が想像できただろうか。
 人が変わると国も変化し、新たな歴史が作られていく。人は、いつでも変化を求めているようだ。いつまでも同じ状態でいつづけることはないと思われる。変化するのは、当然の成り行きかも。

 ふたたび、寝不足気味の脳裏の奥で、違和感とともに渦が巻き始めるのを感じた。脳裏がもうろうとしているためか、新聞から知る政治の情勢に、これ以上の興味はわかなかった。
 新聞をかごに戻し、目を閉じて腕を組み、しばらく考え込んだ。

 今日は、真由美と電話で2回話をした。受話器を通して入ってきた1回目の真由美の声は、元気そのものだった。が、何かが違っていたことが引っかかる。そのことが、ふたたび意識の中に浮かんできた。
 しかし、ドイツも日本も刻々と変化している。娘の変化も、成長過程のひとつのステップだろうか。洋の東西をとわず、国家も変わり、ドイツも変化していることだ。人が変わるのも当然かも。





                  
◎ このブログを読まれる方へ

 このブログは、ある疾患が疑われる方のご家族に対し、ご本人の現在の状況を知っていただく目的で作成しました。

 異国で一人暮らすご本人は、日夜非常に苦しんでおられ、常に心の中で助けを求めています。

 一日も早くご本人を訪れて、医療機関へ相談されることをお勧めします。

 ご本人の症状は、すべてブログの中の真由美(仮名)の症状と一致します。

 このブログは、ご本人の医療機関での治療開始が確認できた時点で閉鎖します。

 実際の真由美の日本語は非常に丁寧で、本人の喋り方および話し言葉をそのまま用いました。

 ストーヴァッサー先生は、開業医ではありません。 先生のご専門は精神科ではありませんが、著名な医学者で、現在は医学部の名誉教授になっておられます。

 最後に、舞台はケルンではありません。ケルン音楽大学およびケルン大学文学部で日々勉学に励んでおられる日本人留学生の方々に、ご迷惑をおかけします。謹んでお詫び申し上げます。



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