第6話  「青年、微笑む」 

2009年05月19日(火) 1時47分
 フェイターが後を付けていくと、物音は炭鉱の前で止まり、その正体は一人の少女だった。胡桃色の髪、青いニットにミニスカート……間違いなくその少女はサウサそのものだった。
「あいつ、何やってるんだ……」
 フェイターは若干あきれた様子だった。だがサウサはフェイターの姿が後ろにあることも全く気付いていなかった。
「私がやらなきゃ……」
 サウサは円輪刃をぎゅっと握って息を吸った。フェイターはとりあえず後ろからサウサに声をかけた。
「おい」
 フェイターの声にサウサは体が反応するぐらい驚いた様子を見せた。
「フェ、フェイターさん……!」
「何してんだ?」
「さ、散歩です……」
「……円輪刃持って?」
 フェイターはサウサの手元にある円輪刃に目をつけた。サウサは慌ててそれを後ろに隠した。しかし明らかに体からはみ出している。
「フェイターさんこそ…」
 サウサの言葉にフェイターも体を見た。腰に長剣がしっかりと差してあった。
「ト、トイレのついでだ」
「トイレは部屋の中です」
 フェイターは慌てて突飛押しもないようなことを言ったが、サウサにはそれがハッタリであるとあっさりと見抜かれてしまった。フェイターは軽く溜息をついた。
「……一体何するつもりなんだ?」
 フェイターの質問にサウサは何も答えず前を見た。サウサの目の先には炭鉱が写っていた。
「……まさか、蛇を退治するつもりか?」
 サウサは何も応えなかった。ただ真っ直ぐと鉱山を見ている。
「無茶するな」
 フェイターはサウサを止めた。自身の怪我のこともあるだろう。
「……やっぱり、私行きます」
 サウサはフェイターの顔を一瞬見たかと思うと鉱山の中へと走っていった。
「おい、待て!」
 フェイターは慌ててサウサの後を追うために走った。

 サウサを追って鉱山の中へと入ったフェイターは鉱山の美しさに驚いた。壁中にある鉱物がきらきらと輝いているのであった。
「すげ……」
 フェイターが驚いていると、前からコツコツという音が聞こえた。
「不思議ですね。どこからも光は入っていないのに」
 サウサがゆっくりと歩いてきて、フェイターの前に立った。
「待てと言ったはずだ」
「……ごめんなさい、でも待ちません」
 サウサはいつの間にかフェイターの言葉にも動じなくなっていた。先ほどの言い合いで吹っ切れたのかもしれない。しかしフェイターも今回は引かなかった。
「話ぐらい聞け」
 サウサとフェイターは向かい合った。しばらく沈黙は続いたが、サウサが封を切るように言った。
「……鉱山の人たちに聞きました。今回の依頼でまたしばらくは生活出来るぐらいの薬草は取れたけれど、またいつ蛇に襲われてもおかしくない状況だと」
 サウサは視線を落とした。
「私たちは紛争を止めるためにいるのですよね」
 そう言ってサウサはフェイターを見た。フェイターはサウサの質問に答えることが出来なかった。
「……だとしたら誰1人傷付いてはならないはずです」
「俺たちの役目と、蛇を退治は関係ないだろ」
 フェイターは溜息をついてそう言った。
「……確信はありませんが、紛争が激化してから蛇が大きくなったと聞きました。」
 サウサは視線を反らしてそう言った。そのことにフェイターは息を呑んだ。
「巨大化の話はLow生の頃から聞いていました」
 サウサはフェイターをまた見た。さっきよりも真っ直ぐな瞳だった。そしてはっきりとした口調で言った。
「……私と取引をしませんか?」
「取引?」
「蛇退治に協力してもらえないでしょうか?」
 サウサの言葉はフェイターにとって安易に予想できる言葉だった。 
「もし、私達2人で無事蛇を退治することが出来れば、私の事をちゃんと名前で呼んでください。もし出来なければ小さいなり学園内で何と言ってもらおうと構いません。」
 サウサは人差し指を立て、さらにゆっくりと中指を立てた。その姿を見て、フェイターは少し視線を落とした。
「そんなことで良いのか」
「フェイターさんには何も損は無いですし、私はそれで充分です。」
 相変わらずサウサは真っ直ぐにフェイターを見つめている。そしてフェイターはつぶやいた。
「どんな名前で呼ばれても良いのか?」
「はい」
「小さいより酷いかも知れないぞ」
「大丈夫です」
 サウサとフェイターのやり取りは淡々としたものだった。そしてフェイターは軽く鼻を鳴らして言った。
「協力しなくても行くだろ」
 サウサは少し微笑んだ。その言葉は彼女にとってフェイターの同意のように聞こえたのだった。
「ありがとうございます」
 2人は鉱山の奥へ進んでいった。

 鉱山の中は入り口以上に輝いていた。ここが本当に人間を襲う蛇がいる場所と思うことが出来なかった。
しかし、本当にひっそりとしていた。
「どこにいるんだ」
「お話によるとこのあたりだと思います」
 2人がたどり着いた場所は湿った空気が充満しており、所々から水滴のはねる音がしている。
「まさか、いきなり後ろから襲われたりすることはないだろうな」
「これだけ水気があれば、私達のにおいは薄れていると思います」
 サウサとフェイターは周りを確認しながらゆっくりと歩いていた。奥に進んでいけば進んでいくほど道幅は狭くなっていった。
「しかし、狭いな…」
 フェイターは広い肩幅を壁に擦り、潜り抜けるような格好で歩いていた。
「大きな所を通ると襲われる可能性が高くなるかと思って…」
「だからといって、ここまで狭い道を選ばなくても良いだろう…」
小柄なサウサでもきつそうだったが、フェイターはもうすでに限界だった。
「ごめんなさい……少し休憩しましょうか…?」
 サウサは壁に手を付き後ろを見た。すると今までとは違った感触がそこにあった。
「あれ?」
 その感触は弾力があり滑りがあった。真ん中には穴が二つ、開いている。
「フェイターさん、ここ…おかしいですよ」
 サウサの言葉にフェイターは顔を上げ、そこを見た。フェイターの場所からはその壁が壁ではないものが容易にわかった。
「おい、待て…」
 フェイターの言葉もサウサには届かず、サウサは相変わらず壁のようなものに触れていた。すると突風と共に壁が崩れ、フェイターが気付いた頃には道が開けていた。
「まずい…」
 フェイターは腰にさしていた大剣を抜き、構えた。そこには昼間に見たコガネチャトラヘビの姿があった。しかしサウサの姿はどこにもなかった。
「くそ…どこだ!」
 フェイターが叫んだ。すると蛇の向こう側の瓦礫からサウサの声が聞こえた。
「鼻…だったのですね……」
 サウサはゆっくりと起き上がると、円輪刀を持ち、構えた。幸い大事には至らなかったようだ。しかし、サウサと蛇は対峙してしまっていた。頭部だけでサウサの背丈をゆうに超える大きさだった。
「くしゃみで壁が崩れるとは思いませんでしたね…」
 サウサは息を呑んだ。お互いに一歩も譲らない状態だった。蛇の頭がゆっくりと動き始めた一瞬の隙を狙い、蛇に向かって円輪刀を投げた。それは蛇の頭部に命中し、サウサはフェイターの元へと駆け込んだ。
「大丈夫か」
「はい、でも、完全に逃げられない状態です」
 サウサは円輪刀を持ち直し、そう言った。しかし2人は蛇の体の中に入り込んでしまっていた。大きな口で噛み付かれてしまえばもちろんのこと、背後にある尻尾が振りかざされてもひとたまりもない。
「普通にやっても意味が無いぞ…尻尾を切ったところで生えてくる」
 2人は避けるのがやっとだった。何とかして反撃のチャンスを作らなければならない。
「どこかに弱点はあるはずです。でもこれじゃあ攻撃も出来ません」
 避けるだけでも精一杯だったために2人は疲弊し始めていた。特にサウサは激しく体力を削られていた。
「はぁ…はぁ…」
 サウサは必死の思いで円輪刀を投げた。しかしサウサの好投もむなしく円輪刀は蛇をかすめ、向こう側に落ちていった。
「無駄に投げても体力を消耗するだけだ!」
 フェイターはサウサに激を飛ばした。しかし、蛇の動きが少し怯み、蛇が倒れることは無かったがフェイターの一撃が入った。
「どういうことだ……」
「一瞬だけ動きが遅くなりましたね/・・・…」
 サウサは円輪刀を拾い、そう言った。サウサが投げた時に蛇の目をかすめていたのだった。
「弱点は…目か…」
 そう言うとフェイターは大剣の構えを変え、下部から蛇の目めがけて切り掛かった。フェイターの一撃は目に当たったが尻尾ではらわれてしまい、フェイターも吹き飛ばされてしまった。
「フェイターさん!」
 フェイターは起き上がった。しかしはらわれたことにより先ほどのような動きをとることが安易ではなくなってしまった。
「…両目同時にやらないと意味が無い様だな…何より尻尾が厄介だ。両目に当てたとしても尻尾が来てしまえば意味が無い。さっきの攻撃が当たれば良いが、後1回が限界だ…。」
 2人の間に緊張が走った。
「…チャンスは1回ですね…」
「ああ」
  そういうと2人は別方向に散り、フェイターは何を思いついたか上着のポケットから煙草を取り出し火を点けた。
「フェイターさん!何とか持ちこたえて下さい!」
「…言われなくても…わかっている…!」
 フェイターは必死に蛇の攻撃を受け止めていた。するとフェイターは先ほどと同じように構え、振りかざした。一撃は目に当たった。しかしフェイターは背後に大剣が回ったことを確認した途端、大剣から手を離した。しかし、蛇の尻尾も飛んでは来なかった。
「動くわけないだろうな…」
 フェイターの大剣は蛇の尻尾の根元にしっかりと突き刺さっていた。フェイターと蛇の顔が対峙した。今にも触れそうだ。するとフェイターは口にくわえていた煙草を勢い良く吹き飛ばした。
「吸い殻は後で拾えよ…」
 蛇が吸い殻の火で怯んだ姿を見たフェイターは鼻を軽く鳴らし、その場に中腰になった。
「行け!サウサ!」
 しゃがんだフェイターの背後からサウサが飛び出し、フェイターの肩を台とバネにして大きく飛び上がった。そして最後の力を振り絞り円輪刀を投げた。
「うっ……」
 サウサは投げる時に力を使い果たしたせいか、上手く着地することが出来ずに体を打ち付けてしまった。しかし、円輪刀は見事に蛇の両目に当たり、その場に大きく崩れ落ちていった。
「大丈夫か」
 蛇が動かなくなったことを確認したフェイターは近づいてきた。
「体は痛いですけれど、ちゃんと吸い殻は拾いましたよ」
 サウサは掌を開いてそれをフェイターに見せた。サウサにはいつもの表情が戻っていた。

 翌日、2人は歓声で目を覚ました。炭鉱には動かなくなった蛇の姿がしっかりとあった。
「ほら、皆さん喜んでいるでしょう?」
「言わなくて良いのか?」
「良いのですよ。本当に誰かのためを思ってやったのなら……」
 サウサはそう言って微笑んだ。
「ある人の受け売りですけれどね」
 その言葉にフェイターは少し笑ったかのように見えた。でも、昨夜フェイターが自身の名前を呼んでくれたことと同じようにサウサにはどうでも良かった。ただ、フェイターが初めて協力してくれたことが何よりも嬉しかったのだった。

第5話  「少女、怒れる」 

2009年02月27日(金) 1時35分
 サウサとフェイターのペアでの最初の依頼、ミルデット鉱山での薬草採取は、予想もしないアクシデントにより中断してしまった。2人と採取に参加していた炭鉱人は拠点地に戻っていた。
「良かったですね、傷口が浅くて」
 フェイターは足に受けたケガの治療を受けていた。自分を助けてくれるために身を挺して石を投げたサウサをかばって。
「縫えば厄介だった……」
 フェイターは足を見てそう言った。そこまで酷くはなさそうだ。
「フェイターさん、大丈夫ですか?」
 サウサは治療の終わったフェイターに話しかけた。しかし、フェイターからは礼の言葉や“大丈夫”などの安否を確認させる言葉どころか、サウサの行動の是非を問うような答えが返ってきた。
「……なんであの時石を投げた?」
「え……」
 フェイターは椅子に座りなおした。そしてさらに強い口調でサウサに言い寄った。
「俺、さっさと逃げろって言ったよな」
 フェイターは強い口調で言った。いつもよりは喋っている。
「小さいくせに余計なことをするな」
 フェイターはぴしゃりと言った。しかし今回はサウサも黙っていられずにはいかなかった。
「人にお礼のひとつもふたつも言えないのですね」
「あ?」
「普通だったら“ありがとう”の一言ぐらい言えるでしょう?」
 サウサは怒っていた。感謝の気持ちが無かったこと、“小さい”と言われたこと、理由はたくさんあったのだろう。
「余計なことだと勝手に決め付けないでください!」
「俺が余計だと言ったら余計だ」
「じゃああの時ケガせずに逃げられたって言えるのですか?」
 サウサが珍しく声を上げて怒っている。それに感化されてかフェイターも声を荒げていた。ついにサウサはずっと持っていた疑問をフェイターにぶつけた。
「2ndの試験を受けられていない理由がわかりました。」
 そのひとことでフェイターの勢いが止まった。
「……何でそれを?」
 サウサの勢いは止まらない。
「受ければ受かる試験はズルズルと引き伸ばすし、私が質問すればいい加減な回答でしか答えないし、ありがとうも言えないし……自分のことは全く示せない…あなたみたいな人を臆病者って言うのです!」
もう誰にも止められなかった。
「こんなにいい加減な人だとは思いませんでした!」
 サウサとフェイターは真っ直ぐお互いを見ていた。2人には完全に不穏な空気が流れていた。
「終了!」
 パイロが手を叩いた。今までの空気がウソのように無くなった。
「今回のアクシデントは私たちのミスだ。学園の方には私から連絡しておく、今夜はゆっくり休んでくれ」
 パイロの言葉で空気が少し和らいだ。しかし、2人の間は険悪だ。
「心配しなくても必要量は採っている。しばらくは採取しなくても大丈夫そうだ」
 パイロは2人が泊まれる様に部屋を用意してくれた。もちろん別々に。

 炭鉱には今までの騒ぎが嘘だったかのように静まり返り、サウサとフェイターはパイロの好意により宿舎で休息を取っていた。しかし、フェイターは思ったように寝付けなかった。
「目、覚めたな……」
 フェイターはベッドから起き上がり、外を眺めた。青白い月だけが外を照らしていた
「……少し歩くか……」
 フェイターは他の寝ている人の邪魔にならないように外に出た。風は少し肌寒かったが心地よかった。フェイターは上着のポケットから取り出した煙草に火を付け、空を仰いだ。
「先生、何考えてるんだろうな……」
 フェイターが物思いに耽っていると、向こうの方から物音が聞こえた。
「……何だ?」
 どうやら物音はサウサの寝ている宿舎の方からだ。気付かれないようにその現場を見ていると、宿舎から巨大な円輪刀と共に人が出てきた。
「……どこに行くんだ?」
 フェイターは煙草を元に戻し、後を付けた。

 物音は炭鉱の前で止まり、炭鉱の前には少女が1人立っていた。青白い風に胡桃色の髪の毛をなびかせて……。 

第4話  「繋がらない2人」 

2008年12月26日(金) 2時26分
 サウサとフェイターは依頼を受けるために、列車に乗ってルカリカから西へと向かっていた。
 サウサは列車の中で依頼書を見つめ、向かいに座っていたフェイターは何も言わずに外を眺めていた。
「眠い……」
 フェイターはあくびをした。フェイターの姿を見ていたサウサは、昨日考えていたことをまた思い出した。
 
受けられなかったのではない、受けていなかっただけ……

 聞きたいけれど、聞けない。サウサの頭の中にはもやもやとしたままだった。サウサが頭を抱えていると、フェイターはつぶやいた。
「制裁の森だ」
 フェイターの言葉にサウサは顔を上げた。
「制裁の……森?」
 サウサが窓から外を見ると、草原の真ん中に不釣合いな森があった。そこの部分だけ、木々が生い茂っていた。
「昔、罪を犯したやつがここに連れてこられていたらしい。魔女も人間も。」
 “制裁の森”を見ていたサウサの後ろからフェイターがそうつぶやいた。サウサはフェイターの言葉に反応した。
「どうしてですか?ただの森にしか見えませんけど……」
「入っていったやつが戻ってこない。それで魔物が住み着いているという噂も出ているらしいが、誰も帰ってこないから詳しいことはわからない。小さいから近寄らないほうが良いな。」
 そう言ってフェイターは少し笑った。
「また小さいって言った……」
 2人の乗った列車は制裁の森を過ぎていった。サウサは見えなくなるまで、制裁の森を見つめていた。まるで何かがそこにあるように……。


 2人はシファンという町に着いた。列車から降りると、駅の前でひとりの女性が待っていて、サウサは手に持っていた依頼証明書と学生証を見せた。
「サウサ・レンさんと、フェイター・ホルバインさんですね。お待ちしていました。こちらです。」
 2人は案内され、 町の奥へ進んでいくと、大きな鉱山が見えた。それがミルデット鉱山である。ひとつの鉱山にいくつもの入り口が造られていた。しかし、サウサがイメージしていた炭鉱町のイメージはそこには無く、煙突から黒煙は全く出ず、トロッコが動いているような音も聞こえては来なかった。
「こちらです。」
 案内された場所にはそこには椅子に座った男性がいた。
「初見、私がこのミルデット鉱山の炭鉱長でパイロと言う。立ってご挨拶出来ないのが残念……」
 男性の姿を見ると、右足には包帯が巻かれているのがわかった。
「はじめまして、今回の依頼とは何でしょうか?」
 サウサが心配そうに尋ねた。どうやら鉱山が動いていないのが気になるらしい。しかしフェイターはサウサの心配をよそにサウサの疑問を尋ねた。
「鉱山に全く活気がないのはなぜですか?」
 フェイターの言葉にサウサは言葉も出なかった。しかしパイロは全く表情を変えずに、むしろ柔らかな顔でその質問に答えた。
「鉱物は採っても意味がない。必要最低限でいい。」
 パイロはつらつらと答えていった。
「必要以上にとってしまえば、それは戦争を長引かせるための材料となってしまう。売らなくてはならないから。」 
 サウサとフェイターにはパイロの言葉が重く圧し掛かった。人間と魔女の戦争は決して水面下で起きているわけではない、いつ自分たちの身の回りに襲い掛かってもおかしくない。ルカリカの外へ出てしまえば、戦争と隣り合わせの生活をしなくてはならないのだ。
「心配しなくても、食べていける程は稼いでいるから大丈夫だ。」
 パイロは鉱山に向かって指を指した。
「あそこに、緑色の部分があるのが見えるだろう」
 パイロが指した鉱山の中には、一部分だけ薄っすらと緑が生い茂っている場所があった。
「不思議なことに、あそこには植物が生えている。」
 パイロの言葉にフェイターは驚いた。サウサはパイロの言葉に聞き覚えがあったようだ。
「怪我などに非常に即効性のある薬草ですね」
 サウサはそう言ってパイロの顔を見た。
「そうだ。ここでしか採ることの出来ないものだ。これで今生計を立てている」
 パイロは柔らかな顔で2人を見ていた。しかし、急に顔つきが変わった。
「しかし、最近採れる量が格段に落ちた」
 パイロは眉ひとつ動かさずにそう言った。
「それはどうしてですか?」
 サウサの顔は少し曇った。 
「鉱山に住み着いた蛇が原因だ。」
「蛇?」
「コガネチャトラヘビという蛇です。」
 さっき案内してくれた女性が後ろから応え、蛇の剥製のようなものを見せてくれた。
「小さいけど…これが原因なんですか?」
 フェイターは疑問に思っていた。その蛇はわずか30センチ程しかなく、顔つきも決して凶暴ではなかった。
「それが、どうしてかわからないのですが…これの巨大化したものが住み着いてしまっていて、規定量を採る事が出来なくなってしまいました。」 
「その蛇を退治するのが今回の依頼ですか?」
 サウサは少し怯えていた。
「いえ、とんでもない。そんな危険なことさせるわけにはいきません。人間の手に負える大きさではありませんので」
「そこで、薬草の採取を手伝って欲しい。」
 パイロが後ろから応えた。
「幸い、そいつは薬草を食うことはないから薬草が減ったということは聞いていない。しかし、蛇のせいで怪我をして採取に参加できない者がチラホラと出ている。皮肉にも私もこの姿だ」
 サウサがパイロに初めて会った時に見た包帯姿はそのためだったようだ。
「事情はわかりました。しかし、私達も自分の身を守らなければなりません……」
 サウサが言った。
「心配ない、今の時間帯は出ることは無い。」
 パイロの顔つきが変わった。
「以上」
 サウサとフェイターは右手を左肩に乗せた。2人の最初の依頼が始まったのである。


 2人はその後簡単に採取の方法と採取の際に当たっての諸注意の指示を受け、薬草の採取に取りかかっていた。
「これくらいですか?」
 サウサは採った薬草を炭鉱人に見せていた。一方フェイターは全く喋ることなく採取し続けていた。サウサが話しかけようとしてもそれと同時に移動しているために、サウサはタイミングを逃していた。
「(話しかけにくいなぁ…)」
 フェイターからは“話したくない”というオーラが感じられたような気がした。しかし、ルカリカでも見られたように決して作業に対して手は抜いていなかった。
「あの……」
 やっとの思いでサウサが話しかけると、フェイターから返答があった。
「尻尾……」
「尻尾?」
 サウサがフェイターの前を見ると、そこには何十メートルにも肥大した触手のようなものが動いていた。
「コガネチャトラへビだー!」
 炭鉱人が叫んだ。触手はまさにパイロが先に言っていた巨大コガネチャトラヘビそのものだった。
「この時間帯には出るはずがないって言ったのに、どうしてよ?!」
「そんな事言っている暇ねぇって、早く逃げねぇとまずいぞ!」
「サウサさん、勝ち目はありません、ここは逃げましょう!」
 予想外の出現に鉱山内はパニックに陥っていた。
「フェイターさん!」
「くそっ……」
 サウサはあと少しの所で外に出られそうだったが、蛇の一番近くにいたフェイターは壁と蛇の間に挟まれてしまった。
「俺に構わず逃げろ」
 フェイターはそう言って上を見た。天井一面蛇の体で覆い尽くされていた。
「なんとかしなくちゃ……」
 サウサは足元にあった石を手に取り、蛇の頭へ向けて投げた。サウサが投げた石は見事に命中し、サウサに意識が反れた。
「フェイターさん、逃げてください!」
 サウサの言葉にフェイターは隙間が出来ていることに気が付いた。しかし今度はサウサが蛇と向かい合うようになってしまったのだ。
「うそ……ちょっと…」
 サウサの頭上から蛇の尻尾が飛んできた。サウサは死を覚悟した。
「逃げろってさっきから言ってるだろが!」
 隙を見て飛び出したフェイターがサウサの手を引いて外へと押し出した。サウサは走って逃げ出した。
「痛っ……」
「フェイターさん、足!」
 やっとの思いでなんとか脱出できたがフェイターは足を怪我してしまっていた。

第3話  「一緒の理由」 

2008年11月10日(月) 0時54分
 サウサはフェイターが1st生に必要な単位をすべて取っていること、先生や他の学生から騒がれていること、その理由が全くわからなかった。1時間目の授業中、ざわめきがやむことは無かった。1時間目の授業だけではない。2時間目、3時間目の授業もそうである。2人で一緒に受けた授業では必ずと言って良いほど同じような事象が起きたのだ。
「何でだろ……今期は始まってまだ間もないのに……。」
 サウサは食堂のテラスで1人、昼食を摂っていた。ペアで一緒に摂ることは強制されてはいないが、サウサはフェイターと食事を摂ろうとしたが、用事があると言って断られていたのだった。
「いろいろ聞きたかったけれど、あんまり聞くのもどうかと思うしなぁ……」
 サウサは手に持っていた食器をテーブルに置いて、腕を組んだ。3時間の授業の中でサウサはフェイターから、年齢はサウサより2つ上の20歳であること、入学したのは15歳の頃、この2つしか教えてくれなかった……というよりも質問してもはぐらかされるか、また“小さい”と言われるだけだった。
「ランク昇格するには分校で2年の学習期間が必須だから1stになって3年、か……確かノルフェさんは1stに上がってから3年で今のTopになったって……あれ?一緒?…」
 考えれば考えるほど混乱してしまった。
「あーだめだ。わからない。とりあえずご飯食べないと次の授業に遅れる。」
 そう言ってサウサは再び食べ始めた。するとサウサの前に誰かが立っていた。
「前……いい?」
 その言葉にサウサは顔をあげた。そこには白金の長髪の人が立っていた。明らかにフェイターやノルフェでは無かった。
「ここ、座っても良い?」
「ど、どうぞ」
 声からして男性だ。かなりの美青年。しかし、コマとは何かが違った。
「新しい学生だね。」
 細くてゆっくりとした声でそう言った。
「(きれいな人……)」
 サウサは思わず見とれてしまっていた。体つきも非常に線が細い。すると美青年はこっちを向いてサウサを見た。
「ご飯、冷めちゃうよ。」
「あ、わっ、ごめんなさい。」
 そう言ってサウサは目線を下に向けた。すると美青年はあくびをした。
「お天気が良い日……好き」
 そう言うと向こうを向いて目をうつらうつらとさせた。いかにも眠たそうだ。
「(なんか可愛い…。人というか……動物みたい…)」
 彼がコマと違うところ、それは動作が猫っぽいということであった。
「さっきからずっと僕のこと見てるね」
 美青年は横を向いて目を閉じていたのに、サウサが見ていたのを気が付いていたのだ。
「ご、ごめんなさい……」
「何か顔についてるの?」
「いえ、そういうわけではないんですけど……なんだか仕草が猫っぽくてつい……」
 サウサの言葉に美青年は微笑んだ。
「良く言われるよ。」
 そう言うと美青年はサウサを見た。アイスブルーの瞳がガラス玉のようにきらきらと光っていた。
「じゃあ、君は…」
 サウサはドキドキした。

「僕の愛した女性に良く似てる」

 美青年はそっとつぶやいた。サウサは思いがけない一言に顔が赤くなってしまっていた。サウサの顔を見た美青年はまたさっきの顔に戻った。
「ずいぶん年上だけどね」
 美青年は微笑んでまた外を眺めていた。サウサは目を合わせることが出来ず、手に持っていた食器を見ていた。するとノルフェの声が聞こえたことに気が付いた。
「この声は……あの子だね。」
「わ、私用事思い出したので、そろそろ行きますねっ!」
 そう言ってサウサは逃げるようにしてその場を去った。

 ノルフェは昼休み中、学園内を巡回していたようだ。30メートル毎に学生に止められては質問や相談事をもちかけられていた。そんなノルフェを見つけてサウサはノルフェに駆け寄っていった。
「ノルフェさーん!」
「あっ、サウサ!」
 ノルフェは初めて会った時と同じような笑顔でサウサを迎えた。
「ペア、決まったみたいね。」
「はい、でも……ちょっと問題があって」
「問題?」
 サウサはノルフェにフェイターとペアを組んでからの経緯を話し始めた。
「まぁ、今期の1st昇格生は7人だから確実に1人余るから仕方ないのは仕方無いけれど……でも、騒がれたんじゃない?」
「なんか、授業にならなかったです。」
 ノルフェは溜息をついた。いつものはつらつとした顔は伺えなかった。するとノルフェの口からある言葉が出た。
「まぁ、あれでも同期だしねぇ……」
「えっ?そうなんですか?」
 サウサはノルフェの言葉に驚いた。いろいろ聞きそうにしていたが、ノルフェは少し煩わしそうな顔をしていた。すると向こうの方からノルフェを呼ぶ声が聞こえた。
「あ、他の子が呼んでるからそろそろ行かなきゃ、ごめんね。」
「そうですか……呼び止めてごめんなさい。」
「いいのよ。気にしないで。あ、そうそう……」
 ノルフェの口からはまたある気がかりな言葉が出た。
「そんなに悪いやつじゃないと思うよ。」
「え?…」
「じゃ、またね」
 そう言ってノルフェは走っていった。サウサはもやもやとしたまま、次の教室へと向かった。
 
 一方、学園長室では学園長が1人椅子に座っていた。するとドアを叩く音が聞こえ、ドアが開いた。
「フェイター、どうかされましたか?」
 そこにはフェイターが立っていた。
「先生、俺とあの子…組まないほうが良いと思う。」
 室内に入ってきたフェイターはサウサに話しかけるような口調で学園長にそう言った。フェイターもサウサ同様、学園長と知り合いだったのだ。
「それはどうしてですか?」
「俺は、もう今期で放校だから……一緒に組んでも」
 すると学園長は少し強い口調でフェイターに言った。
「一緒に昇格させます。」
 学園長の言葉はフェイターを少し困惑させた。右手の拳を強く握っていた。
「俺にはその意思が無い。」
「きっと出てきます。だからサウサと組ませたのです。」
 学園長の言葉にフェイターはどうすればいいのかわからなかった。
「あのときの言葉、まだ覚えて……」
「そのことは言って欲しくない……!」
 フェイターは学園長の言葉をかき消すかのようにそう言った。
「……授業だから、もう行きます。」
 フェイターは学園長室を後にした。拳は握っていたままだった。
「やめてくれよ……」
 フェイターは1人、エレベーター内で頭を扉に押し付けた。
 
 サウサとフェイターが共に行動を始めてから3日が経とうとした。相変わらず授業に出れば騒がれるのだが、さすがに学生も慣れたのか初日ほどの騒ぎにはならなかった。むしろサウサの成績の方が取り立てられるようになっていた。
「小さいけど、なかなかやるんだな。」
「小さいは余計です。」 
 フェイターは相変わらず“小さい”ということしか言わなかった。しかし、本当にその言葉しか言わないのだ。決して“辞めたい”などということは言わなかった。もちろん“一緒に頑張ろう”と言うことも。
「結局、何にも聞き出せなかった…」
 とうとう3日目の最終授業も終わってしまった。授業学園長から再び指示を受けるのにはまだ少し時間があった。今日の授業の復習をして、明日の用意でもしようかというところだろう。
「フェイターさん、何でノルフェさんと同級生ってこと言わなかったのだろう…」
 サウサがノルフェから聞いた“同期”という言葉は、サウサの頭の中に強く残っていた。
「でも、それならフェイターさんもある程度のレベルに達してるはず……フェイターさん、賢いし。」
 サウサは3日の間に、フェイターは頭が良いと言うことを知った。実技は見ることは出来なかったが、学科においては小テストで満点を取るなどの姿を見た。そんな学生が昇格試験を続けて落とすはずが無い。
「大きな病気でもしたのかな?」
 いろいろな思惑があったが、やっぱりわからなかった。サウサが部屋に戻ろうとすると、ノルフェが学生と話しているのを見た。人も少なかったため、会話を聞くことが出来たが、サウサはその場を通り過ぎようとしていた。
「ノルフェさんって今まで1回も昇格試験落とさずにTop生になったんですよね。」
「まぁね。でも、あなたたちも努力すればちゃんとTop生になれるからね。」
どうやら昇格についてのことらしい。1人の学生がノルフェに聞いた。
「ノルフェさんは大きな病気とかしなかったんですか?」
「したわよ。腕骨折したの。」
「試験、大丈夫だったんですか?」
「うん、その分は配慮してくれるから大丈夫よ。申請も通れば試験の日にちも変えてもらえたりするし。」
 するともう1人の学生がノルフェに“ある”質問をした。たまたまサウサはその部分だけが耳に入った。
「じゃあ、逆に受けないことって出来るんですか?そんなことしないけれど…」
 その時、ノルフェの口から疑問を解く鍵となる言葉が出た。
「出来るけど、1st昇格して3年以内に2rdに上がれないと除籍処分になるの。このことは覚えておこうね。」
「じゃあ、私たちはもう2rd昇格したから大丈夫だね。」
 学生は顔を見合わせて笑った。
「そんなこと言ってないで、ちゃんと勉強しなきゃダメよ。」
 ノルフェは優しく叱りつけた。2人組の学生は笑顔でノルフェに一礼し、別れた。
「……わかった。」
 サウサの疑問はすべて1つの線としてつながった。
「受けられなかったんじゃない、受けていなかっただけなんだ……」
 サウサはしばらくその場から動くことが出来なかった。
 
 
 その夜、正式にサウサとフェイターへの依頼が承認された。ペアとしても……。

第2話  「必然なる突然の出会い」 

2008年11月05日(水) 22時17分
 サウサがルカリカへやってきてから、初めての朝を迎えた。目が覚めてベッドから起き上がると、部屋のドアを叩く音が聞こえた。サウサは起き抜けでドアを開けた。ドアの前には中性的な男性が立っていた。立ち振る舞いや格好からして明らかに学生ではなさそうだ。
「あなたがサウサ・レンですか?」
「はい、そうですけど……あなたは?」
「私はリン・コマと申します。ここの指導員です。学園長からの命であなたを迎えに参りました。しかし、その格好を見るところでは、今起きた、といったところでしょうか?」
 目をこすりながら話を聞いていたサウサはそう言われて自分の格好を見た。セットされていないボサボサ頭にシャツという自分の姿に驚いた。
「完全に気を抜いていましたね。」
「すみません……」
 “リン・コマ”という指導員は腕時計を見た。時計の針は6時を指している。
「学生の起床時間は6時。私がドアをノックしたのは6時。準備が出来ていなくても仕方がありません。ですから一時間後に再度呼びに参ります。いいでしょうか?」
 サウサはやっと目が覚めてきた。
「はい、お願いします。」
 サウサは右手を左肩に乗せた。コマも同じようにした。
「あと、これを……」
 コマはサウサに紙袋を渡した。中にはパンと牛乳が入っていた。
「学園長からの預かり物です。それを必ず、食べてください。」
 そう言うとコマはドアを閉めた。その後サウサは言われたとおりにパンと牛乳をきれいに食べ、ボサボサだった髪にブラシを通し、一つに束ねて横で結んだ。服装も肩の出た長袖シャツにスカートに着替え、コマが迎えに来るのを待った。

 コマの後ろを付いて歩いていくサウサは、ルカリカ内が今やっと起き始めたという風景を目にした。食堂は朝食を食べにやってきた学生で賑わい、朝の講義のために図書館で自習をする学生も見た。集団生活、というものを肌で感じたのである。終始コマがサウサに口を開くことはなかった。コマの後ろ姿から学園長と会うと言うことの大きさをサウサは感じた。エレベーターで3階に上がると、そこは2つのドアがあった。
「こちらです。」
 そう言われ学園長室に入ると、そこには1人の男性が立っていた。明らかにコマとはオーラが違う。
「マスタールカリカ、サウサ・レンを連れてまいりました。」
 サウサの前に立っている人物こそ、“マスタールカリカ”こと、ルカリカの学園長であった。
「コマ先生、ご苦労様でした。」
 コマはそのまま何も言わずに一礼し、部屋を出ていった。学園長はサウサと向かい合った。優しい笑顔でサウサを見た。
「サウサ、おはよう。」
 学園長の言葉にサウサは微笑んだ。
「おはようございます。おじさん…じゃなくて学園長…」
「おじさんで構いません。今は私とサウサだけですから」
 サウサにノルフェのことを教えてくれた“おじさん”という人物はまさしく今サウサの前に立っている学園長そのものだった。
「ルカリカはどうですか?」
 学園長は笑顔で優しく話しかけた。
「移動はとても大変でしたけど、すごく広くて、きれいなところです。」
「そうですか……“北の地”からサウサを呼ぶときに少し迷ったのですが、良かった。」
「私、おばあさんが喜んでくれるような人間になります。」
 サウサはそう言って微笑んだ。すると学園長は何かを思い出したかのような顔をした。
「あ、大事なことを言い忘れていました。」
「おじさん、何ですか?」
「昨日依頼をいただいたペアの件ですか、相手が決まりました。今日はサウサの様子をうかがうだけでなく、このことを伝えるためにここに呼んだのです。」
 すると学園長室のドアを叩く音が聞こえた。
「来ましたね。」
「誰が来たのですか?」
「あなたのペアです。サウサ、これからは“学園長”と呼んでください。学園内で私のことを出すときもそうです。よろしいですね。」
 学園長の応答の声に反応して、ドアが開いた。そこには銀髪でジャケットに身を包んだ男が一人立っていた。
「あ……」
 サウサは思わず息を呑んだ。そこにいたのは昨日サウサとぶつかった男だった。
「フェイター、おはようございます。」
 フェイターはサウサの隣に立った。
「おはようございます。今回は女の子が俺のペアですか……」
 “フェイター”という男はふてくされたようにそう言った。明らかに態度が悪い。しかし学園長はそんなフェイターの態度にも顔色ひとつ変えなかった。
「そうです。何か不服なことでもあるのですか?」
 学園長の言葉にフェイターはサウサを見た。ぶつかった時の顔と同じだった。
「小さい。」
 フェイターがつぶやいた。
「え?」
「この子、小さい。」
 フェイターの一言にサウサ、学園長は何も言えなかった。特にサウサは気にしている“小さい”という言葉を聞いて苛立ちと悲しさの両方がやってきた。
「まぁ、大きくても優秀とは限りません。サウサもそう気を落とさずに」
 学園長の言葉にサウサは顔を上げた。学園長は今回のペアの決定について話し始めた。
「本来なら学生の適正や相性などを見極めてからペアを決めるのですが、今回は急だったので、例外として異性でのペアになっています。相性も普段の生活態度から決めていますので特に問題はないでしょう。しかし」
学園長は二人に背を抜けた。
「さっき言ったように今回は急の決定です。いきなり現地に赴いても上手く行かないでしょう。そこで二人には三日間ペアでの生活を受けてもらいます。また3日後に指示をします。いいですか?」
 学園長の言葉にサウサとフェイターは左手を右肩に乗せた。了承したのである。
「でしたら今日の1時間目から早速そちらでお願いします。」
 そう言われて二人は外へと出た。フェイターはサウサの事を全く気にせずスタスタと歩いている。サウサは走るような速さでフェイターに追いつき、一緒にエレベーターに乗った。サウサは目を合わせないままフェイターにつぶやいた。
「私小さくないですから」
 サウサの言葉にフェイターは動じることなく言い返した。
「身長何センチ?」
「156…ですけど…」
 さらにフェイターはサウサに問いかけた。
「じゃあ何センチから小さいって思ってるの?」
 サウサは言葉に詰まってしまった。軽い沈黙の後、サウサはまた言った。
「……155……」
「大して変わらないし。俺からしたらどっちにしろ小さいから」
 フェイターはさらりと言った。サウサはまた苛立ちと悲しさの両方の感情に駆られた。そうこうしないうちにエレベーターは1階に着いた。
「じゃ、おチビさん」
 フェイターはさらに追い討ちを掛けるようにサウサに言い放って、歩いていった。
「何なの…あの人……!」
 サウサはフェイターの言葉に怒りをあらわにした。
「……でも、頑張らなくちゃ…」
 サウサは何とか怒りを沈め、部屋に教科書を取りに行った。

 サウサは教室につき、授業が始まるのを待っていた。続々と生徒が集まり席についているのだが、フェイターは一向に来ない。他の席に座っているのかと思い、辺りを見回しても銀髪の頭は見えなかった。
「……」
 そしてとうとう先生がやって来てしまった。
「……いきなりですか……」
 サウサはがっくりきてしまった。ペアは連帯責任のため、相手の遅刻なども自分のミスとして取られてしまうのだ。つまりサウサは最初の授業早々減点対象となってしまったのである。サウサが頭を抱えていると、ドアの開く音が聞こえた。その音に先生が反応した。
「早速遅刻とは度胸が良いな……」
 そう言ってドアを見ると、そこにはフェイターが立っていた。
「ホ、ホルバイン……」
 先生は動揺していた。それどころか教室にいた学生も同じように騒いでいた。
「あ、いた。」
 サウサを見つけたフェイターはざわめきを全く気にせずにサウサの隣に座った。そのことが更にざわめきを呼んだ。その場を見たサウサはフェイターに小声で聞いた
「あの……ルカリカは遅刻しただけでこんなに騒がれるのですか?」
「いや、そんなことない。」
 フェイターは騒がしいことにも全く動じていないようだ。
「フェイターさんは早速遅刻をしてて大丈夫なのですか?」
 サウサはそう言った。どうやら減点のことも気にしているようだった。しかし、フェイターは思いもしないことを言った。
「心配しなくても減点の対象にはならないから。」
「え……!」
 さらにフェイターの口からはサウサの想像をはるかに超えた言葉が出た。
「俺、1stの成績は全部取ったから、もう授業出なくてもいい。」
 フェイターはつぶやいた。相変わらず教室は騒がしかった。サウサは授業中、フェイターの言葉の意味が理解できなかった。

第1話 「人間と魔女の間に立つもの」 

2008年10月26日(日) 23時38分
 春も過ぎ、新緑が木々を包む頃、真っ白な建物の二階から一人の“小柄”な少女が窓から外を眺めていた。
「東の地って緑がきれい……雪がない土地なんて初めて」
 言葉の内容からして、雪国の生まれだろう。

ここはどこかの国のどこかの大陸にある全寮制の学校、ルカリカ。
この大陸では百年以上も前から魔女と人間の抗争が続いている、決して平和な国ではない。毎日何百人という人間がこの争いで死んでいく。親を亡くした戦災孤児も後を絶たない。しかしこの抗争を喰い止めようとする者がいる。
 人間にも魔女にも決して味方をしない「存在」……。その「存在」を育成する場所がこのルカリカであり、この少女もまた選ばれし者である。
「受かってよかった。移動は大変だったけれど…でも、ここなら何とか自立して生活出来そう。」
 そう言うと彼女は部屋から出て、廊下を歩き始めた。 
廊下を抜けると大きな柱が現れた。ルカリカの中心部である。
「すごい…」
 少女は思わず息を呑んだ。目に入るものすべてが彼女の想像をはるかに超えていた。
「ルカリカって広いところ……迷子になりそう」
 少女は中心部の上をずっと見つめていた。上に何か気になることがあるようだ。しかし目線を元に戻し、歩き始めた。歩いているとすれ違う学生から声が聞こえた。
「今期の1st昇格試験の主席学生、実技は上の中ぐらいだったけど学科が満点だったらしいぞ」
「本当かよ、今のTopのラングサルトさんが昇格試験受けたときと同じぐらいすごいじゃないか」
「ラングサルトさんは実技満点だったらしいけどな」
「(ラングサルト……“おじさん”が言ってた人?)」
 “ラングサルト”という言葉を発した学生に気を取られていたせいか、少女は前から人が歩いてくるのに気が付いていなかった。目線を戻した時にはもう遅かった。
「わぁっ」
ぶつかってしまったのである。
「……」
背の高いシルバーグレーの髪の男が上から無言で少女を睨んだ。
「あ、ご、ごめんなさい…」
 少女が謝ると男は無言のまま歩いていった。
「あんな人いるんだ……“おじさん”が「ルカリカの学生はみんないい学生」って言ってたのに……」
 “いい”という意味を履き違えているだけかもしれないが、男の後姿を見つめていると、その延長線上にどうやら目的地についていたようだ。
「あ、あった。」
 そこは“クライアントルーム”という所だった。ルカリカでは殺人・強盗と言った非人道的な行動は厳禁とされているが、生活費を稼ぐために、魔物退治などといった依頼を受け現地に赴いていく、という方針を取っている。自少女がドアを開けようと扉に触れようとした途端、扉が大きく吹き飛んだ。彼女が驚いている間もなく、容姿端麗な女性と学園の関係者らしき人物が飛び出てきた。
「だーかーらー、この報酬じゃ学生まともに生活できないから検討しなおして欲しい、って何度も言ってるでしょうが!」
「いや、だが、学生の安全面を考えて依頼を受けるからして……」
 どうやら報酬の話らしい。しかし話は一向に延長線上で、彼女はいい加減痺れを切らしていた。
「あーもう!また扉壊すわよ!」
「今期でもう既に三回も壊してます……」
 一歩も引かない女性と関係者、扉にかけよる三つ編みの女性のやり取りは激化。ギャラリーも増えて一向に収まらない。だけど少女はざわめきを消すかのように声を出した。
「あのっ!」
 少女の一言で辺りは静まり返る。
「ここってクライアントルームですよね?」
「そ、そうですけど……」
「私依頼を受けに来たんです。今日Low生から昇格してここにやってきたサウサ・レンっていいます!」
 “サウサ・レン”と言う名前に体格の良い女性は反応し、
「サウサ・レン?あなたが今期の主席学生?」
「そ、そうですけど……わっ!?」
 彼女の答えに答えようとする間もなく、サウサは彼女に抱きしめられていた。
「きゃー、会いたかったー!」
「わ、私にですか…」
「そうよ、当たり前じゃない。ずっと会いたくて学園長に取り合ってもらおうと思ったのに学園長今不在なの。」
 彼女はサウサを腕の中から離し、じっとサウサの顔を見た。漆黒のような瞳がサウサの顔を見つめている。大人びた容姿とは不釣合いな輝きにサウサは吸い込まれそうだった。サウサを見つめていると思いきや、横に流しているサウサの前髪に指をそっと通し、肩に手を置いた。
「綺麗な栗色……あと胡桃色の瞳も透き通っている。気に入ったわ。私がしばらく面倒を見てあげる。」
 しかしサウサはこの発言にはすんなりと応じようとはしなかった。
「……お気持ちは嬉しいですけど、ごめんなさい……」
 サウサの一言に辺りは騒然とした。断ったことに疑問をこぼすも者もいれば、断って当然だと本音を漏らす者もいた。彼女は以前サウサに微笑んでいた。
「誰か探している人でもいるの?」
「はっきりと名前がわかっているわけではないんですけど……“ラングサルト”って言う人を……」
「わたしよ。」 
彼女は間髪入れずにそう言った。彼女の一言にサウサはどうしていいかわからなかった。
「えっと、あの、その、あ、あなたがTop生の……」
「そう。わたしがノルフェ・ラングサルトよ。」
 サウサはやっと自分の言った言葉の重大さに気がついた。
「ご、ごめんなさい……気が付かなくて」
「仕方ないわよ。昨日ここにきたばっかりで何にも知らないみたいだし、せっかくだから案内してあげようか?施設。」
 間違えたにも関わらず優しく接してくれるノルフェにサウサは胸を撫で下ろした。そして扉に寄りかかっている関係者の所に駆け寄って壊れた扉に触れた。ノルフェがその光景を見て
「修理に少し時間がかかりそうだから、その間にサウサに施設を案内して来てもいい?このままじゃ落ち着いて依頼の手続きも出来そうに無いし。」
「あ……はい…。」
 三つ編みの女性はノルフェの言うがままだったがもう一人の方は目を細めた。
「壊した方はそっちだから、少しぐらいは手伝ってくれたって……」
「立て付けが外れただけですから、簡単に直せます。」
 サウサが笑顔でそう言った。その言葉に眼鏡の女性は安心した。
「大事にならなくて良かったです。新しいものもらってきます。」
 眼鏡の女性は走っていった。それを見てもう一人の男性も
「まぁ、今回は……この子の判断が早かったから良しとしよう。」
 そう言うとサウサの前に立った。
「依頼の手続きは後で来ると良い」
「ありがとうございます」
 サウサは右手を肩に乗せた。ルカリカの礼儀である。

その後にノルフェがサウサに施設の案内をしてくれた。ルカリカは三階建ての建物で、中央にはクライアントルームとエレベーターがあり、一階の正面入り口から時計回りに大教室、渡り廊下を挟んで学生の下宿寮、救護室、食堂、図書館、訓練施設、体育ホール、二階はすべて教室、三階は学園本部室と学園長室があるということ、食堂から出るとテラスと中庭があり、さらに入り口から出ると祭事ホールがあると言うことも教えてくれた。ノルフェが言うには学校生活で一番大事なことは「いつ、どんな時でも感謝の気持ちを忘れない」ということらしい。しかし……。
「でも実際はあんまり上手く行ってないのよ。」
「どうしてですか?」
「この学園の学生のほとんどは戦災孤児。学園長は孤児達が第二の加害者にならないためにもこの学園が存在している。ここまでは良いのだけれど……やっぱり全員がそういう風に考えてくれているとは限らない。学園長の考えに反するものもいれば、学園を辞めて自ら戦いの渦に入っていくものもいるの。」
 ノルフェはサウサを見た。先ほどの輝かしい目とは相反する真剣な目であった。
「私は、そういう人たちを増やしたくない。だからこうやって新しく入ってきた学生の面倒を見ているってこと。」 
 そう言うとノルフェは微笑んだ。いつものノルフェが戻った。
「まぁ、ある人の受け売りだけどね。ま、誰が言ったとか関係ないけど、サウサ、あなたにはこのこと、覚えていて欲しい。」
 サウサはノルフェを見て微笑んだ。真っ直ぐな胡桃色の目であった。

 施設の説明が一通り済んだ後、二人は再びクライアントルームへと戻り、依頼を受けた。しかしすんなりと依頼が通ったわけではなかった。
「依頼は、許可出来ない」
 サウサはどうしてそうなったのかわからなかった。ノルフェは後に気付いた。
「ペアがまだ決まっていないってことか……」
「ペア?」
 サウサはまだ知らないことがあるようだった。
「1st生は必須項目としてペアを組む。最低でも一年間は同じ人物と行動を共にしなくてはならない。」
 サウサはやっと思い出した。
「と、言うことは、まだ仕事のひとつも出来ないということ、ですか……?」
「そういうことだ。」
 その言葉にサウサは立ち上がった。
「あのっ、何とかならないですか!私貯金もほとんど無くて、移動のために持っていたお金もほとんどつかってしまって、無一文です……」
 ノルフェもサウサに加勢した。
「この子今年の主席!絶対良い仕事するって!」
「お願いします……」
 二人の勢いに三つ編みの女性は押され気味だったが、男性が書類を見て、サウサの出身地に目を止めた。
「“北の地”からやって来たのか…」
「“北の地”ですか……なら仕方がないですね。学園長に相談してみましょう。」 
 二人の言葉にサウサは目を輝かせた。
「ありがとうございます!」
 サウサは手続きを進めた。

 手続きが終わった頃にはもう夕方であった。ノルフェはサウサに夕食をご馳走し、学生寮まで送ってくれた。
「今日は本当にありがとうございました。ノルフェさん」
「いいのよ。何かあったらまたおいで。ウロウロしてることが多いから、適当に声かけて」
 ノルフェはまた微笑んだ。
「あ、そうそう。良い忘れた事があった、私はペア、組めないからね」
「どうしてですか?」
「同じランクでしか組めないの。まぁ、学園長のことだからしっかり考えてはくれると思うけどね。まぁ、しっかり頑張ろう」
 サウサはまたノルフェに敬意を見せ、別れた。サウサの長い一日が終わったのである。

 一方、学園本部では、早々とサウサのペアの人物の検討がなされていた。ルカリカに戻ってきていた学園長は一枚の書類に判を押した。そこに書かれていた名前は……



「フェイター・ホルバイン」