冬薔薇城の姫君 

2006年09月14日(木) 21時33分
僅かに開きかけたその薔薇は、やわらかな花びらの質感をそのままに、白く凍り付いていた。
それはその一輪だけのことではなく、皹の入った壁を伝う蔓の1本、妖精が水がめを抱えるデザインの噴水から零れる水の一滴まで、そこにある全ては、氷に覆われていた。

「―不用意に触らないで頂戴ね、壊れてしまうから」

しん、と静寂に満ちた世界を裂くように、涼やかな声がした。
振り返ると、いつの間にか玉座には1人の少女が座っていた。
冬の空の月の色の髪と、初春に綻び始めた薔薇の蕾の色の瞳の少女は、ひどく幼い子どものような不安定さと、幾星霜を重ねて老成した落ち着きを、その中に二つながら住まわせていた。

そちらへ向き直ると、足元で固い床がかつん、と響いた。

「お久しぶりです、冬薔薇姫」

「ええ、お久しぶり、魔術師様と騎士様。私のお城に何の御用?」

可愛らしく無邪気な様子で小さく首をかしげてそう尋ねる冬薔薇姫のその足元から、ゆっくりと城内の凍結が溶けていく。
氷は溶け去り、薔薇は辺りに芳香を漂わせ始め、どこからか舞い込んだ小鳥が歌う。
女主人の目覚めを待って、城もまた目覚めた、そんな感じだった。

冬薔薇城は春と冬とが同居する宮殿。冷たい氷の城郭の向こうには、今を盛りと花が咲き小鳥が踊る。その逆もまたしかり。
その女主人である冬薔薇姫もまた、春の柔らかな温情と、冬の冷酷さを持っている。
幼いようにも、大人のようにも、その時々で変わる彼女が本当はいつからこの城に住み、どれだけの『魔術師』と『騎士』を見てきたのか、その真実を知る者はいない。

いつか星の海で 

2006年03月01日(水) 22時56分
目を覚ますと、そこはいつかどこかで見たことのある風景だった。
しばらく考えて、思い出す。
(…ああ、ここは…)
どれくらい前だったろう、二人でここを訪れた。

―ねえ、すごい、星の海の中みたい!

そう歓声を上げて、両手を広げてくるくると回る彼女の動きにつれて、着物の裾も翻って。
その姿をとても微笑ましく、愛しく思いながら、
「あまりはしゃぐと転ぶぞ」
口から出たのはそんなぶっきらぼうな言葉で、それでも彼女は幸せそうに笑っていた。
またいつか来よう、と約束したのに、その約束は果たせぬまま、病は彼女を蝕んで。
自分は、彼女を失って欠けた何かから目を背けて、心を閉ざして。
そんな人生の幕切れに、またここに来られたのなら、それは喜ばしいことなのかもしれない。

星の砂漠の果てに住むもの 

2006年02月18日(土) 0時24分
「あの野郎、一人だけさっさとこんな辺境に隠居しやがって」
顔を覆った布の口元を緩めて、男がそう毒づいた。

しゃらしゃらと足元で鳴るのは、星の砂。
『星の砂漠』の名の由来は、この砂漠を覆う砂は全て天から零れた星々の欠片で出来ているという言い伝え。
それが証拠に、欠片となった今も、この一日のほとんどを薄闇に覆われた砂漠の砂は星の形を宿し、かつて天空で光り輝いていたそのままに、淡く光を放つのだ、と。
確かにそれは幻想的で美しい光景ではある。しかしいくら美しくても砂漠は砂漠、そこは生ある者の住まう場所ではなく、
「…魔法使いたちは何でこんな場所に『塔』を建てたんだ…」
砂漠を渡るものを拒むのは、自然の守りと、そして幾重にも掛けられた魔法による結界。
『星の砂漠』を越えた先、今も地平線の向こうに薄っすらと蜃気楼のように揺らめく、『塔』。
普通はただ単に『塔』とだけ呼ぶが、正確には『待宵の塔』と言う。
そしてそこには、王国を守護する二つの力のうちの一つを司るものたち、魔法使いが住んでいる。

「だいたい、史上最年少で『月の魔術師』に任ぜられたほどの男が、何をうじうじとだな…」
ぶつぶつと呟きながら、男は砂を蹴って砂丘を登る。
「俺との約束はどうなるんだ。二人で王の助けとなろうと…うわっ!」
砂に足を取られて、せっかく半ばまで登った砂丘をまた下まで転げ落ちる。
「ああああ!!ちくしょう!おい、こら!気がついてるんだろう!?助けにくらい、来い!」
やけっぱちのように、空に向かってそう叫ぶ。

『…『太陽の騎士』ともあろう君が、もう弱音かい?』
2006年09月
« 前の月  |  次の月 »
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:このえ
読者になる
最近武将都市で売ってる某東海の街の片隅で萌えと興味の赴くままいろいろ書き散らかしています。
関ヶ原は西軍派。でも歴史は何の時代でもわりと好き。
はちみつとお茶とふわふわしたものも好き。

適当に構ってやってくださると喜びます。
Yapme!一覧
読者になる