1999年10月28日(木) 

2007年05月19日(土) 0時07分
風邪ひいたらしい。熱っぽいし、のどがすごく痛い。
英会話もスペイン語も南中ソーランもお休みしてしまった。
地雷Tシャツを先に選ばせてもらった。
船上マーケットを始めようとひろげるとすぐ人だかりができて、地雷Tシャツは飛ぶように売れた。
私は聖歌隊のピアノがあるので抜けた。
そのあと、朝・昼と何も食べてなかったので、香港で買ったカップめんを食べた。
14時からシネマに『ベルベット・ゴールドマイン』を観に行ったが、ほとんど眠ってしまった。ちくしょ〜
そのあと本格的に風邪状態になったので、とにかくベッドに入って寝た。
夕食をたべて少し元気でた。
22時から「楽器やろう」の集まりで、スポーツジムへ。サウナのように暑かった。
水をもらいにドニエプル・バーにいくと、ミュージックサロンにいた河合くんに会い、団用で乗せた河合くんキーボードを貸してくれた。
ミュージックサロンでは、ファッションショーの練習らしく、男の子がチャイナドレスを着て、まじめにターンの練習をしていた。

#3 シンガポール/1999年10月27日(水) 

2007年05月18日(金) 23時45分
雨だった。予定より早い時間に着岸した。
シンガポールの外観は、きれいで整っているけど、妙に人工的な感じがした。
下船してすぐ両替をすると、傘に入れてあげた二人と、私と栗ちゃんの4人でタクシーに乗ることにした。その前にワールドトレードセンター内の郵便局で頼まれていたはがきや手紙を投函した。
タクシーの運転手さんは30年前に3年間日本に住んでいたそうで、日本語を一生懸命思い出しながら話してくれた。
とりあえずリトルインディアの入口あたりでおろしてもらい、2人とも別れた。
ヒンドゥー教の旧正月が11月7日にあたるらしく、街がその準備のためかお祭りのようになっていて、市場も出ていた。思わずへんな飾り物を買ってしまった。インドの中にいるみたいで全然シンガポールにいる気がしなかった。
一番奥のほうの、タクシーの運ちゃんが「安い」と教えてくれたショッピングセンターに入った。そこは全く観光客向けではなく、完全にその地域の住民が日常的につかう店で、日用品がわりと安かった。日本でいうとイトーヨーカドーとかダイエーとかJUSCOみたいな感じかな?栗ちゃんとハマってしまい、安い化粧品、お菓子、洗濯洗剤などなど、地元のインド人に混じってお買い物した。楽しかった!
そして次はアラブ・ストリートへ。一本道だけアラブの世界だった・・・。
急にイスラム教区に入り、建物の形も服装も一変した。顔を黒い布で覆っている女性もいた。
アラブストリートの終わりから駅をめざすと、やっとシンガポールらしい街の風景になった。地下鉄の感じは香港のときみたいで、東京の南北線みたいな、近代的できれいな駅だった。
強風、空腹のなか、マーライオン公園をめざして歩いた。マーライオンは思ったより小さかった。そのすぐうしろに10分の1ぐらいの小っちゃなマーライオン(名づけてチビ・マー)もさりげなくいて笑った。
ピースボートの人も何人かすれちがった。その近くで出会ったピースボートの男の子2人と合流することになって、迷いながらチャイナタウンをめざして歩いた。けっこう歩いた・・・。
チャイナタウンで何かおいしいものをたらふく食べよう!と言ってたが、なかなかコレという店がなかった。
チャイナタウンに入ってすぐぐらいの店でシンガポール航空の民族衣装風のスチュワーデス制服と、なぜか安いチャイナドレスを購入してしまった。それでも思い切った大きい買い物だった。
そのあと、結局台湾料理の店に入ってみた。ダニエルやイジーたちもいた。独特の香辛料が利いていて、へんてこな味だった。私は好きな味のものもあったが、3人はまずそうだった。
ぶらぶら歩いてバス停まで行って、WTC行きのバスを待った。2階だてバスに乗った。
近くに見えたが実はまだまだ遠い場所で降りてしまい、歩いてWTCをトボトボめざしたら、PBのツアーらしき団体とちょうど会って安心した。
WTC内でティッシュなど買ってシンガポール$を使い果たそうとした。国際公衆電話からユタの携帯(の留守電)と、実家の両親にTelした。父は「おー、元気か?いいウンコしてるか?」と第一声母も元気そうでよかった。私の就職の結果はまだ来てないらしい。どーでもよくなってきた。

乗船して、買ってきた物の写真を撮ったりして、一応出港を見にデッキに出た。今回は交流はなかったので、さほど感慨はなかったが、ここで下船してしまう人たちもいるので、その人たちが泣きながら手を振っているのを見て、淋しかった。

24時からフェアトレードチームでミーティングした。
河合くんはカンボジアのスペシャルOPからシンガで合流。けっこう強烈な旅だったらしく、熱く語ってくれた。
地雷Tシャツの売り上げ20%はCMACへ寄付しようということになった。
ミーティングが終わったあとも、ひとみちゃんとついつい話し込んでしまい、ヘラヘラ笑いながらAM4:00頃まで語った。
おもしろかった。

1999年10月26日(火) 

2007年05月18日(金) 23時35分
英語中級、ロシア語、南中ソーランと、いつものように出て、ソーランの終わりを少しはやめに切り上げて、じゃんの自主企画の聖歌隊の練習に行って、ピアノ伴奏をいきなり初見でやることになってしまい、たくさんまちがえてしまって恥ずかしかった
ディレクMのときに、陳さんの自主企画でフリーマーケットが決まってしまい、ちょうどフェアトレードのマーケットとバッティングしてしまうので苦悩。困ったなぁ。フェアトレードの主旨を理解して、控えてほしかった。とりあえずひとみちゃんとあさってのマーケットのポスター書きをして、貼って回った。
今日はボラ・スタ(ボランティア・スタッフ:乗船前にピースボートの活動・仕事を手伝う。時給1000円換算)の返金日で、お給料みたいにして7000円くれたので、臨時収入でとても嬉しい。
ちょっと横になってから、シンガポールの陸説。
フリーの人がとても多い。安全そうだ。が、品物が安くはなさそう。
終わるとその足でラモスのエアロビへ。人が多くてやりにくい。が、やっぱり楽しい。カメラ構えてる人たちは何なんだ。やめてほしい。
ソーランからずっと汗だくでくっさいままだったので、とりあえずシャワー浴びた。
夕食の、にんじんのスープ“クレーシー”がすごくおいしかった。ロイヤルミルクティーケーキもいつになくとてもおいしいケーキだった。
食後はベッドに入って姉夫婦とおださんにはがきを書いた。
そして22:00から鹿島くん自主企画の「楽器をやろう!」に参加してみた。雰囲気的に入りづらいのか、思ったより集まってなかったが、バンドを組んだりするにはまぁまぁちょうどよい人数だと思う。
とりあえず大ざっぱに3バンドできて、あとみんなで、というのも。
船でバンドやることになろうとは思わなかったが、そうなった。
楽しみだが、すっごい忙しくなりそう・・・。

1999年10月25日(月) 

2007年05月18日(金) 23時26分
出発から1週間たった!
とにかく時間や日にちの感覚がおかしいので、早かったのか遅かったのかもよくわからない。
が、だいぶ船上生活に慣れてきた。
今日は盛りだくさん。英会話、スペイン語講座、船上マーケットの準備、南中ソーラン、船上マーケット開催、ディレクM、フィリピン人の水案(水先案内人:ゲスト講師のこと)のレクチャー、アフタヌーンティー、フェアトレード会計、ラモスのエアロビ、ときめきタイタニック(ねるとん)を少し見学、サルサ教室。
スペ語から始まって、今日はセバスチャン主催のに3つも出た。楽しかった。
サルサ、かなりハマりそう。
第一回のフリマは、なんと1時間足らずで完売!そして売り上げの利益額だけで80$ほど!!よかったぁ〜これで東京に「失敗。」のFAX流さなくて済む 次はもっといけるだろうからな〜楽しみ。

夜中のPA合宿にも出ようと思ったが、時差のせいでどうも時間を勘違いしていたようで、のぞいたらもう始まっていたので、やめてしまった。
時差は香港で1時間、ベトナムで1時間戻し、今日1時間すすませたから、日本との時差は−1時間、ということになる。

今日エアロビのとき、寝っころがって足を上げる運動があって、寝ころんだら、スポーツデッキは一番上なので空がわ〜っと広がっていて、空しか見えなくて、あぁ、本当にまさに「大空」だな。なんて思って、すごく気持ちよかった。
海の真ん中でエアロビしてるって、なんかすごい、と思った。
ふつう考えられない。

#2 ベトナム:ダナン/1999年10月24日(日) 

2007年05月18日(金) 23時02分
ベトナムの真ん中あたりの小さな町、ダナン。
初めてのOP参加で、集合して出発するまでがゴタゴタしてうざったいなーと思ったが、港におりた時からもううきうきし始めた。入国審査みたいなのを終えると、ベトナム人がよくかぶってる笠を配ってくれた。
ダナンの青年連盟に着くまでバスの中でヤンさんがベトナム語講座をしてくれた。
青年連盟に着くと、若者たちが大歓迎してくれた。
フックさん(代表)の話が終わると、わっそくパートナー決め。
私のパートナーは17、8歳くらいのかわいい男の子になった。その子のママチャリのうしろに乗せてもらって、一日ダナンの街を行ったり来たりした。

最初に連れて行ってくれたのはホーチミン記念館。ホーチミンが住んでいた部屋の復元や、実際に使っていた日用品や手紙、写真などが展示されていた。
レストランに向かう途中、路上で何かを売っているので気になっていたら、彼が気を遣って「見る?」みたいな感じで寄ってくれた。
バナナをうすくスライスしたものとさつまいもみたいなやつのスライスを一緒に揚げたスナック(?)で、となりで買ってた人から2人分もらってくれて、自転車に乗りながら食べた。
なんとなくそのシチュエーションに感動してしまった。
ベトナムのダナンの町でベトナム人の男の子と自転車に屋台のおかしを食べながら乗っている自分が不思議でもあり、妙にしっくりくるというか、自然な感じでもあった。
小さなレストランではいろんな種類の料理が並べられていて、みんなじか箸でそこから自分のお椀に取って食べた。香草が利いていてスパイシーな料理が多かった。
個人的にチキンと玉ねぎと香草のサラダ風になってるやつとスープがかなりおいしかった。
お寺に連れて行ってくれて、何仏教だかわからないが、ベトナム式の祈り方を教えてもらった。3回手を合わせたまま拝み、土下座みたいにする。
色鮮やかな寺院だった。日曜だったので閉まっていたのに、お坊さんに頼んで特別に開けてもらったようだった。
楽しみにしていたハン市場。でも時間が短くて値段交渉に手間取り、結局フェアトレード用のコーヒーフィルター、コーヒー、紅茶しか買えなかった。
青年連盟のところに戻ると、時間が少し余ったとかで、その前の通りを少しぶらぶら歩いた。
彼が、屋台のおばあちゃんから見たこともないフルーツを2つ買ってくれた。おばあちゃんはその場で皮をむいてくれた。見た目にはボコボコの青りんご、という感じだが、けっこうかたい実で、塩と唐辛子を少しつけて食べる。最初はまず〜〜っ!!と思ったが、たくさん食べているうちにだんだん慣れてきた。
青年連盟に戻ると、たくさんのイベントが待っていた。フックさんがはりきって用意してくれていたらしい。
グループごとに代表が出て、目隠しをしてぶらさがっている素焼きの器を棒で割るとお菓子が入ってる、とか、綱引きとか、運動会のような無邪気なイベント。ベトナムの踊りや盆踊り(インチキ・ベトナム風「炭坑節」)をやったり、行く先々で彼に特訓してもらった「ホーおじさんの歌」をみんなで歌ったり、ベトナムの流行歌(?)に乗せてみんなでテキトーに踊ったり、大人げないなーと思いつつ、めちゃくちゃ楽しかった!
このコースにして本当によかった。
彼と住所交換をしたが、そのノートを踊ってるときに落としてしまったようで悲しい。
でも、笠の内側にしてもらったサインと、たくさんの思い出が残ってる・・・。
彼は英語が話せないので、ベトナム語と日本語で大変だったが、なぜかコミュニケーションがとれて不思議だった。
レストランのときは肉ひとかけらとかずつ自分よりまず私のお椀に必ず入れてくれるし、のどがかわいたなーと思ったら水をさっと渡してくれる、やさしくてすごく気の利く子だった。
別れは本当につらかった。
彼らも私たちのバスに一緒に乗り込んで来て、港まで見送りに来てくれた。
帰船リミットの時間になっているというのに、一緒に写真を撮ったりして別れを惜しんだ。
とうとうお別れになり、手を振って階段を登った。
中に入って、検疫に時間がかかるというので少し待ってからデッキに出た。下ではベトナムのみなさんがお別れのセレモニーで獅子舞みたいなやつを見せてくれたり、歌ってくれたりしていた。
出港の時間が近づくと、船から紙テープを投げはじめた。
私は高い位置にいたのでよく見えなかったが、やっと彼がどこにいるか見つけた。彼も見つけてくれてお互い手を振った。遠かったけどお互いわかった。
彼が、私が投げたテープを拾ってくれて、遠くでつながったときは感動だった。
船が動き出しても、みんなテープをはなさず、一番ぎりぎりのところまで走って追いかけてきてくれた。
涙が止まらなかった。
たった1日の交流だったけど、友達になれてよかった!!ほんとうにありがとう。

夜、明日の船上マーケットの値段など決めてるとき、梅ちゃんがしきりに「キョンキョンのパートナー、すげーいい男だった!」とかいってうらやましがってた。フッフッフッ。

ダナンを出港してからすごい揺れ。
ダナンから乗船したベトナム人奨学生の男の子が、廊下で耐えられず吐いてしまっていた。かわいそうに・・・。
私も初めてけっこう酔ってる。オエ〜。。

1999年10月23日(土) 

2007年05月18日(金) 22時56分
きのうの香港疲れか、起きられず、朝食と英会話の最初のクラスは出ずに寝てた。
9:30ごろやっと起きて、ロシア語講座には出た。ハラショーとボリショイしかおぼえられなかった。
南中ソーランの練習2回目。1番に入ったが、振りがいきなりむずかしくなった筋肉痛。

昼は中華風。朝ぬいてるしすごい食欲でモリモリ食べた。
ディレクMに一応出たが、眠くてウトウトしてしまった。
明日のベトナムの陸説あり。
私の「ダナンの若者と大交流!」OPはハードそう。でも楽しみだ!
あこがれのベトナム・・・。

ひとみちゃんとたびたびフェアトレードのことで話し合いをしたが、お互いだるくて魂が抜けてる状態であまりすすまず。そしてポスターのお願いだけ美術チームにしに行って、楽しみにしていたオリバー・ストーンの映画『天と地』も今日は断念して、寝ることにした。
明日は体力勝負なので元気になりますように!!

初上陸!香港 /1999年10月22日(金) 

2007年05月18日(金) 21時48分
朝からもう飲茶のことばっかり考えていた。朝食(今日は和食にしてみた)後、最後の広東語講座に出ておさらいをして今日の行動に備えた。
あとは陸が見えてくるのを待ってずーっとデッキにいた。
すごく陽ざしが強く、日焼けした。一番前のいい場所を陣取って3時間ぐらい居続けた。
うっすら陸がもやの中から見えてきたときには嬉しかった!
あまりの嬉しさについつい写真を撮りすぎた。
香港はビルがすごい。ぎっしり、しかも高いのばかり建ってる。

香港はOPとらず、フリー。

予定より早く着いたので、自由行動の私たちは早く出ることができ、得をした気分。
陸に一歩降り立ったときには感激だった。
それ以上に飲茶めざして昼食を抜いていたので空腹で、早く店に行きたい〜とばかり考えてた。

香港は都会だ。HK$に両替すると、まずはペニンシュラホテルのチョコレートを買いに。芸能人もよく泊まるという超高級ホテルの、しかも図々しく正面玄関からきったない格好の私たちが入ってしまって、かなり浮いていた。大理石ばりでゴージャスなホテルだった。迷ってやっとショップを見つけ、さらに迷って選んだ高級チョコレートを一缶買った。高い買い物はこれで最初で最後。
次に郵便局。午前中家族あてに書いた手紙を、そこで切手を買って投函した。そして飲茶の食べられる翠園(JADE GARDEN)めざしてまっしぐら。
2階だてバスがたくさん走る活気ある街。
お腹すかせていたのと、あまりのおいしさに、4人でなんと13皿も食べてしまった。お茶もおいしかった。ウェイトレスのおばちゃんはガンガン皿を投げるように並べるしダイナミックだった。ざわざわしていて本場の雰囲気!おばちゃんが点心の入ったワゴンを押して近くに来たときに注文する。1人あたりチップも含め50HK$(755円)。
お腹いっぱいになったところで、チムサーチョイ駅へ行き、お金をくずしてもらい、まずは日本の宮さんへ国際電話をしてエル・サルの件を伝えた。(エルサルバドルでうまくいけば会う予定!)宮さんは中米放浪の旅へ明日出発。ご無事で・・・。
地下鉄のきっぷを買い、近代的な地下鉄で旺角(モンコック)へ。香港のエスカレーターはめっちゃ速い!はじめて乗ったときは怖くてベルトにしがみついてしまった。せっかちな香港人にはぴったり。ちなみに左をあける方式。
旺角は思ったより都会だったが、女人街の市場へ入っていくと、雑然としてエネルギッシュで、思い描いていた香港のイメージだった。
値切っても少ししか安くしてくれないときは「じゃ、いいや」とあきらめたふりをして去ろうとすると、「わかった!じゃ○○$でいいよ!」と追いかけてきてくれる。この手でどれも安く買った。
食品店みたいな所にも入って、カップめんやオイスターソースなども購入。
この界隈には意外にお目当てのカンフーシューズや中国茶は売っていなかった。
旺角から港のほうまでは3駅分あったが、帰りは寄り道しながら歩いて行った。
Watsons(日本でいうマツキヨみたいなの)や、100円ショップみたいな8$ショップがやたらとたくさんあった。
市場やGAPみたいな店で、服や雑貨など船生活用品を安く買い物。都市はこの先、あとシンガポールぐらいだ。
ネイザンst.という一番九龍(クーロン)では大きい通りを下っていったので高い店ばかりでいまいち面白いものに出会えなかった。でも途中でカンフーシューズを22$(300何十円か)で買えた!
のどがかわいてフレッシュジュース屋でそれぞれジュースを買い、太〜いストローをさして地元の香港人を気取って飲みながら歩いた。
とうとうお茶は買えなかった。残念。
港の近くの免税店に行ったが日本とそうかわらない値段なので何も買えなかった。
ターミナルすぐ横のセブンイレブンで余ったHK$を使い果たそうとお菓子やビールを買ったが、何ドルか余ってしまった。
そして香港島の“100万ドルの夜景”をバシバシ写真撮りまくった。くもっていたが、それもまた幻想的な感じでよかった。
香港の大地に別れを告げ、乗船し、とりあえずうちの部屋で、ビールで乾杯した。
久々のビールうまかった!すっかり(1缶で)酔っ払ってしまった。
出港の時間にはデッキへ出て、遠ざかる香港を眺めつづけた。
今日はそうとう歩いたのでつかれたが、すごく楽しかった!!
今後も香港ならひとり歩きできそう。
いつかまた。

1999年10月21日(木) 

2007年05月18日(金) 20時49分
昨日苦労して書いた原稿が新聞に載っているのを見て嬉しかった。
今日は朝食・昼食・夕食ともサニーレストランだった。
広東語講座の次に語学講座オリエンがあり、ちょっとした英会話の練習もした。楽しい講座になりそう。
その後、ジャージに着替えてスポーツデッキへ行き、南中ソーランの自主企画に参加してみた。まだ序章の部分ぐらいしかやってないのにけっこう難しい。
普段使わない筋肉を使うので、つらいがすごくいい運動になった。
今日のその時間は快晴でものすごく暑かった。次は半そで・短パンで行かなくては。早く振りをマスターしたい。
ランチのあとディレクMに少し出て、明日・あさってのタイムテーブルをチェック。

続いて明日の香港陸説(陸上説明会)に参加した。
いよいよ陸におりるんだー。
終わりのほうでイスラエルのOP(オプションツアー)説明があり、セイフティーボックスからお金を出すとすぐさま申し込んだ。しかし、元刑務所に宿泊というめずらしいのに死海も行くというのも加えて、定員45名のところに大人気らしく抽選になってしまうかも。

そのあとCINEMAに『恋する惑星』を観に行った。市場のシーンとか、も〜早く香港に行きたい!!という気持ちになった。

夕食までうちの部屋で、明日一緒に行動する4人でどこらへん行くか、どこで食べるかなど話し合った。ほとんど飲茶の話ばかりだったが・・・待ち遠しい!!

一番前のデッキに行ったとき、スイートルームの中が窓から見えた。家庭用というか普通のベッドだしソファの部屋もあったりしてかなりゴージャス。いいなぁ〜。でもうちみたいな合宿的雰囲気も楽しいからいいんだが。
夕食後、少し風邪っぽいので少しでも早く寝ようと思い、22:00からのフェアトレードミーティング前にシャワーと洗濯を済ませた。
フェアトレードは人が今日の新聞を見て少しは増えてくれてるかなーと思ったが、全くメンバーがかわっていなかった。
香港、ベトナム、カンボジアとフリマについて軽く打ち合わせて終わり、国際部Mにも途中から行ってみたがいまいちまったりした感じで、人数多すぎるのもそれはそれでまとめるのが大変なんだろうなと思った。とりあえずハロウィン・パーティーの係に名前を入れてきたが何かできるかわからない。

いよいよ明日は待ちに待った陸! 楽しみだ。

1999年10月20日(水) 

2007年05月18日(金) 20時29分
朝食後、初めての語学講座の広東語講座に出た。第一寄港地・香港に向けて。
大学のときに習った北京語とは全然違う。面白かった。
香港におりる前にしっかり習得したい。
10時からひとみちゃんと河合くんと3人で今日のチーム紹介で言うことを決めようとしていたが、3人ともボケボケで、特に河合くんは朝まで踊ってたらしいので眠そうで話が全くすすまず。
昼食前にサニー前で座ってたら梅ちゃんが現れ、中村屋のまんじゅうをくれた。おいしかった。
梅ちゃんの知り合いからきいたが、前半食、後半食の分け方は20代までと30代以上ということ。
そういわれてみれば若い人ばっかりだった気もする。
サニーでの昼食。カレーが出てうれしかった!!あとプリンのようなダシなし茶碗蒸しなど。

第一回ディレクミ(ディレクターズ・ミーティング)に出てみた。こうやって毎日のスケジュールが決まっていくのか。自主企画を提案している人もすでにたくさんいて、皆やる気だなーと思った。
そういう人たちが集まっているせいか、盛り上がった。
その後10分おいて、チーム紹介オリエンテーション。
チームの代表が呼びかけをするのだが、なんと制限時間1分!河合くんが出たが、チームレイコの分と2つ説明だし、ここから本題!というところで時間切れで、何の宣伝にもならなかった。
それでも最後のグループ説明のときには3人来てくれた。 少なーーい。
アフタヌーン・ティーでお茶してから、パソコン教室説明会に行ったが、行かなきゃよかった。眠かったし話は長いし。…結局、参加しないことにしてしまった。
部屋に戻ってスクらブルを少しやってみたが、今日のゆれは激しく、初めて酔った。
でも酔い止めを急いで飲んだので、すぐおさまった。
部屋にいたひとみちゃん・くりちゃん・そのお友だちと4人で、気分直しにデッキに出た。
スポーツジムでマシーンに乗ってみたりした。ボクシングのサンドバッグの所で、あのキックボクシングやる人がトレーニングしていたので少し見学していたら、河合くんがあらわれてバシバシパンチしはじめた。少しやってたらしい。パンチの出し方を少し教わったが、どうも猫パンチになってしまう。マスターしたいなぁ。とにかく運動したい!!
夕食はピザがおいしかった。スープもおいしかったしメインの「おひょう」という白身魚のフライもおいしかった。
食後に、日本語案内係(?)のお姉さんがテーブルに来て、アメリカに仕事でしばらく暮らしていたそうで、まーちゃんが留学したときの話と、私が昔住んでた話で長々話してしまった。スペイン語を少し話していたことがあると言うと、さっそくスペイン人のスペイン語講座の先生を紹介してくれた。ラモスみたいな風貌の人だ。しかし、そのお姉さんが私をスペイン語しゃべれる人だとその人に紹介したので、スペイン語でべらべら話されて会話にならなかった・・・。昔の母のように、スペイン語と英語の単語が入り混じったヘンな言語になってしまった。練習したい!
夜、またスポーツジムへ行こうとはりきって着替えて出たら、バッタリ河合くんに会い、今日のチーム紹介のことに責任を感じたのか、船内新聞に4コマもらってきてくれた。3人で文章をあーでもないこーでもないと話し合いながらやっとのことで書き終えた。そしてやっとスポーツジムへ行くと、もう鍵が閉まっていた。
近くでアコースティックギターを弾きながらミスチル風の歌を歌っている若いカップル(?)がいたので、ちょっと柱の裏側にまわってサンドバッグのところでストレッチを少しして、あとは気持ちいい風に吹かれながら語った。
だいぶ気温が上がってきたみたい。
星が少しだけ見えた。

中に戻ってソファに座っているとさっちゃんが来た。じゃんが肝結石だかになってしまったらしく、大変な状態でずっとそばについているらしい。出発前から身体があちこち悪いって言ってたもんなぁ。
診療室では応急対処しかしてくれないし、看病もスタッフサイドでは何もやってもらえないし、じゃんの部屋の人たちはほとんど部屋に帰ってこない人々なので頼りにならないので、近くのさっちゃんたちが交代でみているのだそうだ。なんかいざという時の対応がアバウトだなぁと思った。
じゃんは病状によっては帰国になってしまうかもしれない・・・かわいそうに。
自分の部屋に戻ったらほかの3人は熟睡。このゆれでみんななんとなく具合悪い。
台風が近いのと、海峡のようなところを通っているので、今日・明日はけっこうゆれるらしい。
早く陸におりたいなー。

1999年10月19日(火) 

2007年05月18日(金) 20時08分
昨日に比べるとずいぶん1日が早かったように思う。しかし時差が発生して1時間戻したので25時間になったから、実際には長くなったはずなのだが。
朝起きるのはつらかった。しかも窓がなくて部屋が真っ暗なので、何時だか見当がつかない状態。
7時すぎのでかい放送で起こされた。
朝食は『サニー』で。はりきって早く行ったつもりが、またならんでいた。
朝食はパン、サラダ、ごはん、コーンフレーク、などの軽めのビュッフェ。
部屋に戻って少し横になったら熟睡してしまった。
ひとみちゃんが遊びに来ていたらしいが全然気づかなかった。
そして10:30から避難訓練。
ライフガードを着用して、説明を受けたり、救命ボートの乗り方の説明を聞きにデッキに出たりしてた。
『タイタニック』を見たので、真剣に聞いた。
ライフガードを着たのはめずらしいので、嬉しくて部屋のみんなでそのままデッキにまた行って記念撮影をした。
昼食まで30分ぐらいヒマだったので2083+ひとみちゃん5名でUNOをやった。久々!
(持ってきてよかった!)
昼食は『ジュビリー』で。すごく混んでいた。おかゆが出たが、糊のようだった…。とん汁のようなものもあった。
ひとみちゃんのカジュアルクラス部屋に遊びにいった。
やっぱりかなり狭そうだった。荷物の整理とか大変だろうなあ。粉せっけん(洗剤)をわけてくれた。
一服しにミュージックサロン前に行ったら、河合くんに会って、すぐフェアトレードチームのミーティングをすることになった。新聞局で行ったが、船底の部屋で、暗いし冷えるし…けっこうすごいところだった。
さっちゃんが来られなく、梅ちゃんも正式メンバーとして迎え、とりあえず4人で。チーマーが少なすぎること、資金がかなり少ないこと、情報が少ないこと・・・などなど問題は山積み。
とにかく寒いので15:30になったらジュビリーのアフタヌーン・ティーに場所を移した。
まっずーいケーキ(梅ちゃんは結構気に入ったらしい)と、日本のクッキーをつまみつつ、ホカホカしながら話をしたが、あまりすすまず・・・。明日、チーム紹介のイベントがあるらしいので、それに参加してアピールしようということになった。まずは人集め!
ピースボートカウンターへ行って、エルサルバドルの情報を得ようときいてみたが詳細はわかる人がおらず、次回へ持ち越し。わかるといいなぁ。

今夜は船長主催のウェルカム・パーティーとウェルカム・フォーマル・ディナーがあるので、ワンピースに着替えて行った。みんなすごいおしゃれしていた。平服の人もいたし、ドレスみたいな人もいたし、民族衣装、和服の人もいて、さまざま。
キャプテンと握手をして写真を撮った。
バンド演奏やウクライナ人クルーによるダンス、歌、楽器演奏などのショーをやってくれた。すてきだった!
レストランで見た顔だなーと思ったら、ウェイトレスやウェイターがダンサーになっていた。
ウェルカムディナーはウクライナ料理だった。食前酒にもちろんウォッカが出たが、かなり強いみたいで一口だけで口の中がハーハーした。前菜にはキャビアもあった!!
ボルシチ・スープとマッシュルームのグラタン(茶碗蒸し風)、チキンを何かで包んでコロッケ特大のように揚げたものにオニのように大量のグリーンピース、にんじんグラッセ添え。デザートは味のないいちごムースケーキにチョコレートソースをつけるやつ。これはちょっと・・・。アフタヌーンティーのときといい、料理はおいしいけど、ケーキとコーヒーはまずい。。慣れるだろう。あぁ太りそう。

食後、普段着になってからみんなでデッキに出てみた。海は真っ暗で曇っているので星も見えず、空と海の境界がわからないくらいだった。
はじめて一番先頭に行ってみた。
本当の先端は危険で立入禁止になっているので、入れるところではそこがいちばん前。
何も見えないが気持ちよかった。夜明けをここで見てみたい。
とりあえずお約束、タイタニックごっこはやっておいた(笑)
戻って、CINEMAへ『メリーに首ったけ』を観に行った。今日は眠らずに全部観た!!けっこう面白かった。
何かと朝から活動し続けていたせいか、充実して、1日が早かった。
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