中世 鹽竈神社

February 09 [Sat], 2013, 14:57
中世
応安8年(南朝の元号では天授元年、1375年)以前に編纂されたとされる卜部宿禰奥書の『諸国一宮神名帳』には、陸奥国の一宮は「鹽竈大明神」と記されている。しかし、その後の室町期に編纂されたとする『大日本国一宮記』では陸奥国一宮は都都古和気神社とされた[14]。この後、近世においては主に大日本国一宮記が参照されたことから、鹽竈神社は「近世以降の一宮」との認識が持たれることがあった[15]。しかしながら、江戸時代初期の神道者・橘三喜が全国の一宮を参拝した際は、『大日本国一宮記』の類本である『吉田一宮記』と『豊葦原一宮記』を携帯して諸国を巡ったが、延宝6年(1678年)に鹽竈神社を訪れている[16]。
病を治す
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:宇南山
読者になる
2013年02月
« 前の月  |  次の月 »
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28
最新記事
最新コメント
ヤプミー!一覧
読者になる
P R
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
http://yaplog.jp/jv6uviq5sm/index1_0.rdf