おいらも江戸っ子の血が入ってます。が。。。 

2007年08月24日(金) 15時57分

昨日は散々な日でした。要約してしまえば売られたケンカを
買ってしまい、勝ち負けとは関係なく哀しくてまたオイオイ
と泣いてしまい、泣きながら仕事をしてました。

3ピエロは平穏な村そうに書いていましたがその裏側を今日は
書かなければならない時が来てしまいました。実はこの村、
躁鬱病の人多すぎです!自分で自分の心情をコントロール
できないのもきっと社会の荒波に揉まれ慣れてないからなの
でしょうね、と私は考えています。だって3ピエロの外国人の
方が精神的・モラル的にしっかりしているし。

話はさておき、そういう躁鬱病の人が鬱になると誰かれ構わず
ちょっかいを出したくなるみたいで、昨日は私がターゲットに
されてしまいました。バールのカウンターに季節の果物として
イチジクをお皿に盛って置いてあったのです。その人が入って
来たときにその前日に人種差別を含んだ発言をされてイヤだなぁ、
と思ったけど「こんにちは、レナート。」とちゃんと挨拶もした
のにその返答に彼は私の顔にイチジクを投げつけたのです。
生まれて初めてこんな事されたのでカーッとなりましたがここは
鬱病人相手に逆上してもいけないいけない、と思いなおして
「いいですか、人に果物を投げつけるのはいけない事なのですよ。」
と冷静に注意しました。でもその人はへへーん、と笑っていたので
このままカウンターの後ろにいても第2弾を受けるだけだと思って
バールの外に出ようとしたけど気がおさまらないのでもう1回
「あなたにとっては楽しい冗談のつもりでしょうけど全く楽しく
ないですよ。」とタンカを切って(笑)外にでました。

外には隣のクリーニング屋のマルチェッラおばさんがタバコを吸って
いたので彼女に経緯を話してたらそのおじさんが出てきたので
マルチェッラおばさんは軽口のつもりで「人の顔に投げつけるなんて
なんてお馬鹿さんなんでしょー。ハハハ。」と言ったらそのおじさん
は逆上して「誰が一番馬鹿か教えてやるー!」と言っていきなり椅子
を持ち上げて私達に向かって投げつけようとしたのです。私はマルチェッラ
を怪我させちゃいけない、と思って彼が持ち上げた椅子の足を握り締めて
下に下ろしました。一つ下ろすとまた違う椅子を持ち上げるのでまた
下に下ろし、「いい加減にしなさい!」と大声で怒鳴った事が彼をさら
に逆上させてしまい投げた椅子がマルチェッラおばさんに当たって彼女
の腕に擦り傷が出来てしまいました。大事な友達にこんな事をしたのが
許せなくて、生まれて初めて警察に通報しました。でもすごく哀しかった
のがこの事態が起きた時に隣のバールには男の人がたーくさんいたのです。
年金世代の人達ではなく労働できる年齢層の人です。男一人が女二人に
向かって椅子を投げているのに誰も何も言わずに笑って見ていた事です。

そして警察も通報してから3時間後に「何があったのですか?」とやって来て
あまりにも腹が立って「何があったのかは3時間前に通報いたしました。」と
言って、「また彼が悪さしたら私達に通報しなさい。」と言われた時には
「通報したとしても3時間後に来られるようでは意味がないですか。」と
言ってしまいました。ああ、私の名も彼らのブラックリストに載ったのだろうな。

80歳以下の3ピエロ男性は誰も信用できません!

はじめて物語〜救急車。 

2007年08月23日(木) 14時50分
おととい生まれて初めて救急車というものに乗りました。

というのもバール勤務中に貧血を起こして倒れて気絶状態に
なっていたという事です。でもワインのお代わりをしにきたお客さん
に発見されて口の中に砂糖を入れてもらったり水をかけてもらったり
と応急処置をしてもらったのですが、反応ナシだったので救急車
を呼んだとの事です。

救急隊の人から往復ビンタをくらって意識戻り、またクテーッとしている
に担架に乗せられて救急車に運ばれてバールから目と鼻の先の
病院に担がれました。

心電図も血圧も脈も異常なしだったので救急隊員の人も狐に包まれた
ようで私の精神状態に対して質問してきました。確かにここのところ
イタリアの親族内で理由の分からない哀しいことばかり続きだったので
その旨を伝えたら涙がたくさん出てしまいました。イタリアに来てから
泣くという事は自分に負ける事、みたいな思い込みがあったので
涙はいつもくいしばっていたらいつの間にか泣けない体質になってしまった
みたいです。病院の方に「ここには誰もいないから好きなだけ泣きなさい。」
と優しく言われたら余計に涙が出てきて泣きじゃくってしまいました。
そしたら不思議な事に手足のシビレが納まりました。

翌日は隣のバールのお客さん達も「ジュンコ、昨日は心配したぞー。」
とお見舞い(?)に来てくれました。どうやらすごい見物人が出ていた
そうです。その日はタイ人みたいなロング丈の巻きスカートを履いていた
のですが、ミニスカートをはいてなくて良かった!そしたらパンツ丸見え
だったではないですか。。。フー。

シャミーとともに。 

2007年08月20日(月) 18時49分
またまた時差報告です。

昨土曜日は3ピエロは初の試み”ノッテ・イン・ビアンコ”(直訳=白夜)
が行われました。
一晩中お店が開き、音楽ステージが3-4箇所に開設
されて一晩中3ピエロの村を人々は練り歩いていました。
小さい広場ではお年寄りの人も楽しめるようにダンスフロアも
用意されてワルツやタンゴ、リッショというロマーニャ州の踊り
の音楽で皆さん楽しそうに踊っていました。おじいさん、おばあさん
がほっぺを赤くして「ああ、血のめぐりにいいわぁ。」と言っている
のがとても微笑ましかったです。

そして私は今年も三味線シャミーのナガシを決行しました。今年は
バールで働いているという恩恵を預かっているので知っている顔ぶれ
も多く温かい拍手をもらうことができて嬉しかったです。今年はきちんと
浴衣も着て頭にかんざしなどもさしてみました。
「黒髪」、「鶴の声」、「六段」、「みだれ」を弾き唄いました。

サン・ロレンツォの夜 

2007年08月14日(火) 15時29分
だいぶ事後報告になってしまうのですが、去る8月10日
の土曜日は”サン・ロレンツォ”の日で、この日は夜
になるとたくさんの流れ星が見れるという日でした。

で、お天気も良かったので友達と連れ立って3ピエロの近く
にある広大な敷地の湖に行って流れ星観測をしてとても
楽しかったです。

満天の星空でした。じーっと見てると星が降ってくる
ような錯覚がしました! あとオリオン座の中にもたくさん
の星が入っている事を始めて知りました。その昔は
もっとたくさんの星が見れたのでしょうねー。ビール瓶
片手に野原にゴロンと大の字になって見る星空は格別
でした。

私は流れ星二つに遭遇しました。でも実際お願いごとは
何にしよう、と優柔不断に思っているとあっという間に
流れさってしまうのですよね。なのでズボラに「幸せに
なりたいです。(笑)」ととても抽象的なお願いを
するしか能のない私でした。へへ。

カレーパーティ 

2007年08月06日(月) 15時39分
かなりの事後報告ですが。。(笑)

土曜日の夜は3ピエロ周辺で何も夏の催し物がないので
私の働くバールでカレーパーティを開きました。20人くらい
来てくれてあっという間に売り切れ御免となってしまって
とても嬉しかったです。

頑張って3種類のカレーを用意しました。
1.ひき肉と茄子のカレー
2.定番のチキンカレー
3.チキンクリームカレー

の3種です。3のクリームカレーは生クリーム、牛乳に
カレーパウダー、シナモンが入るのでなんだミルクティー
みたいな香りがして摩訶不思議な味に仕上がりました。

そしてご飯を鍋で炊き、半分は白いまま、そしてもう半分は
バターとパセリのみじん切りとにんにくパウダーで味付けを
して出しました。お約束のナンはないので、パン屋さんに
ローズマリぬきでスキアッチーナというパンを用意してもらい
ました。モチッとした感触は似ていました。

そしてデザート?はインドっぽく果物にしました。グレープフルーツ
を私の母がむいてくれたように一房ごと皮をむいて出したら
イタリアではこんなに手をこんだむき方はしないらしいので
皆喜んで食べてれました。

あとヨーグルトとお水とカクテルを作る時に使う砂糖シロップで作った
いかさまラッシーも好評でした。

15人前の分量で作ったのですが、前の晩にダニがいくらか食べてしまい、
当日の朝バールに最初の2種を先に持っていったら朝番の女の子に
またツマミ食いされてしまい、夕方になってさあ、温めよう、と蓋を開けたら
めちゃんこ量が減っているのに愕然としました。でも大丈夫。友達が以前
送ってくれた「豚キムチごはんの素」も持ってきたので皆がカレーを
食べている間にこのキムチごはんを用意しました。

写真を撮らなかったのがとても残念ですが、バールのお客さんが彼のインド
製のベッドカバーをテーブルクロスとして持ってきてくれたのです。そして
ごはんを盛るお皿も以前テュニジアで買って大事に持って帰ってきたお皿
を使い、とてもカラフルテーブルセッティングができました。そうそう、塩コショウ
などの調味料は渋い灰色の抹茶椀に移し変えました。そして大音量で
シタール音楽のCDを流して3ピエロインド化を試みてみました。(笑
イメージは「タージマハールでの晩餐会」です。(大笑)

大人はつらいよ。 

2007年08月02日(木) 15時10分
今は子供の長い長い夏休みなのでよく他のバールの
息子達がビリヤードをしに来るのです。

うちのバールはじゃりんこお断りみたいな見えない
ルールがあるのですが、マセガキを気取る彼ら達は
おかまいなしの模様です。

今日は彼らの万引き現場を発見してしまったので
考える前に「今ポケットに入れたものをすぐ元あった
所に戻しなさい。」と叱ってしまいました。

彼は当初はしばらっくれていたけれども最後は払おう
と思ってたんだ、と必死の言い訳をしているのを見ると
可哀想に思えたけれどもやはりいけない事はいけない、
と教えてあげないと彼の将来はヤバイ事になりそうだと
思いなおして「払う気があるならば払う前にポケットに
入れないの!」と叱りなおしてしまいました。

親は「自分の子に限ってそんな事はない!」と言い張る
のでしょうね。あーあ。勉強ができなくても自分の子供
には人さまのものを盗む事はしてほしくないものです。

1ユーロが惜しくて叱ったのではなくてこうやって万引き
する事に対して罪悪観を感じないという心持ちを叱った
という事を双方に分かってもらいたいものです。

他所様の子供を叱るのってかなりの勇気が必要とされますね。
叱られる方が楽かも。(笑)

やれやれ。暑さの一息。 

2007年08月01日(水) 15時15分
7月はとーっても暑い月でした。7月6日に日本から
戻った途端にすごい熱波がイタリアのみならずヨーロッパ
を覆いました。

連日40を越すか越えないかの暑さの上、雨が一滴も降らない
ので3ピエロの川は干上がってカチカチになってしまうわで
大変な日々を送っていました。

私のバールにはエアコンがあるのでガンガンに冷していた訳
ではないのですが、夜家に戻ると体を冷してしまった為か体の
内側から暑さを感じるのに、皮膚が冷えすぎてしまっているからか
外に放出できない、という「おお、更年期障害ってこんな感じ
なのかしら?」とイライラしていました。

で、汗をかくために毎晩リリーを連れて散歩する習慣がつきました。
岩盤浴とか半身浴ができる日本の環境が羨ましいです。どなたか
汗をたくさんかける方法を教えてください!こっちでそんな事を言うと
「お前ゼイタクだぞ。」と怒られるだけですので。。。

昨日のニュースでこの熱波続きのため、ただでさえ気の短いイタリア人
がさらに短気になっている、という事を言っていて、ダニに「ほれ、オイラ
だけじゃないって事がわかっただろう」、と得意げに言っていたけれども
こっちとしてはいい迷惑です!でももしかしたら私もその一人なのかも!

3ピエロの音楽フェスタ 

2007年07月31日(火) 5時09分
この週末は3ピエロで3日間続く音楽フェスタがありました。
開催地は3ピエロ近郊(といっても2km離れているだけです。)
の野原です。(笑)

そしてエスニック屋台もたくさん出てたし、スタッフのお母さん
達が腕を振るって作ったロマーニャ州の伝統的な焼き菓子屋台
も出てて音楽だけでなくお散歩も楽しめる楽しいフェスタでした。

そして招待されたバンドがめちゃんこツボにはまりました。
どのバンドもバルカン音楽だったのです。ヒップホップや
今時の音楽が好きな人にとってはつまらないかもしれない
ですが、ヴァイオリン、アコーディオン、コントラバス、
クラリネット、サックス、ギター、ドラムスでとっても
陽気な音楽を奏でていたので私は靴を脱いで裸足で踊り
まくっていかさまベリーダンスも踊ってとても楽しかったです。

バールで働いているおかげでたくさんの人を知る事ができた
のでダニとはぐれてしまっても知っている人と一緒にダニが
戻ってくるまで待つ事ができたので安心して楽しむ事ができ
ました。それに車の鍵を持っているというのも一種の安心
保証だったのか?

このフェスタは今年で20年目を迎えるのである種の気合が
入っていました。今年はなんと毎30分おきに3ピエロ〜会場
までシャトルバスも出たのです。でも人を押しのけてバスに
乗るという事が性格的に出来なくてバスが来るたびに棒立ち
になってしまいバスに乗れなかったので罰として(?)
一晩中アルコールを飲まないという掟でダニとダニの友人
を乗せて運転手・ジュンコになって会場に駆けつけました。

いまイタリア(ヨーロッパ)は飲酒運転の取り締まりがとても
厳しいのです。ビール1杯飲んだだけのアルコール摂取量ですぐに
免許証の点数を引かれてしまうのです。

しかも野外音楽フェスティバルときたら芝生でごろりとなって
ビールを飲みながら音楽を楽しむのが醍醐味ではないですか。
でも会場の出口にはいつも警官が飲酒チェックをしてほとんどの
若者の免許から点数を引いているので、興冷めしてしまいますよね。

でも素敵な音楽のおかげでコカコーラだけでも充分にトランス
状態(笑)になるまで踊ってよそから来た女の子達とも友達に
なれて朝日が昇るまで踊って話し込んでいました。

現実の生活に戻りました。 

2007年07月12日(木) 4時44分
3ピエロに昨金曜日の夜に到着してすぐにスパゲッティーを茹でて
にんにくと唐辛子とオリーブオイルで簡単な一品を作っている
最中に思った事は「ああ、現実に戻ったのね。」でした。

翌朝は朝7時に起きて荷ほどきや家の整理整頓をガサゴソと
して時差ぼけになるヒマはありません!

そして仕事も再開です。初日は大掃除をするはずだったのですが
人がどんどん入ってきて掃除どころではありませんでした。(笑)
皆さんに「おかえり、おかえり」と言ってもらえるのって嬉しいです。

あともうひとつ嬉しい事が。。。

やっと我が家にもADSLが入りました!わーい。検索などが速くなった
かどうかは分かりませんが月20ユーロ一日中つなげっぱなしでもOK
というのが嬉しいです。今までダイヤルアップ式だったので朝は8時前、
夜は10時以降の割引料金の時間帯を狙って使っていたのでとても
楽ちんになりました。

Arrideverci, il mio adorabile giappone.(愛する日本よ、また会う日まで。) 

2007年07月07日(土) 16時38分
ただいまです。3ピエロの家に到着しました。10日間の
日本での生活はまるでおとぎの国のようでした。(笑)
ヨーロッパに入ってからは人々のマナーの悪さと自分勝手
な態度には絶句してしまいました。

愛する日本滞在最後の日は中学校以来の友人、ひでちゃんと
江ノ島に遠足に行ってきました。

最初は鎌倉でハワイのハンバーガー、「クア・アイナ」で
アボカドがたっぷり入ったアボカドバーガーで腹ごなしを
して(すごーく美味しかったです。)メニューをもらって
きたので今度家で再現してみようっと。

由比ガ浜〜長谷まで海岸をてくてくと歩き続けました。実は
私の青春時代は海に行くことって滅多になかったので、思い
込んでいた「海の家」のイメージがとても古いものだという
事を学習しました。なんだかタイとかプーケットのリゾート
地で見るようなとってもオシャレなアジアンスタイルの海の
家が多くて感動しました。(笑)もう畳敷きの海の家では
ないのです。踊ってなかったけれどもポールダンスをする舞台
とかがあって「この夏は楽しそう!」という雰囲気で充満
していました。

あと江ノ島はすごい。日本のヴェネチアだと思います。だって
海の上に橋がかかっているし。それにとても不思議な雰囲気を
醸し出していました。古い神社や通りに今時の格好をした男女
が歩いているのですから。。これぞ永遠の観光地、といった
感じです。

江ノ島をひでちゃんとおしゃべりをしながら汗だくになって縦断
した時は「ああ、友情っていいな。」とひでちゃんに笑われたら
恥かしいので心の中で何度も呟いていました。(笑)そして
「シャンポン」という子供向け炭酸飲料で縦断制覇のカンパイ
をしました。ああ、本当に夢のような10日間でした。

そして、ひでちゃんとお別れをした後に夜10時半まで開いている
という美容室に行き、髪を切りました。そして美容室を出たら
おお、高校の時からの友達の太郎ちゃんに遭遇したのでまた会う
日までの別れの盃を近くの白木屋でキュー、とやってきました。
私が惚れた黒糖焼酎「喜界島」は残念ながらなかったので泡盛を
ちびちびと飲みました。やはり日本で呑む日本の酒は美味いですねー。
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