星野さんの記事 

2006年02月10日(金) 7時29分
星野富弘記念館の入場者数が500万人を超えたという記事があった。
怪我から退院までを綴った、「愛、深き淵より」は200万部.
続く誌画集「風の旅」は250万部.「鈴の鳴る道」は200万部
1980年代に出した著作はミリオンセラーになったらしい
絵や詩は十数年前から国倍や美術の教科書にも載るようになったらしい。
彼の作品を一度は目にされた方は多いと思うが、草花を描いて、草花の思いを語り、又、
自分が草花から教えられる事を描きかかれ、これからも命ある限りもっと深いものを描きたいと
更に題材を花に限らず、自然全体に広げたいと思っています。と言われています。
なぜにこれほど人を引きつけ、また魅了される人がいることの多い事でしょう
そこには、神様の愛が豊に溢れているからなのでしょう。
彼は、語らぬものたちの代弁者なのでしょう。

2月5日、第一聖日の礼拝で 

2006年02月10日(金) 7時08分
「身代わりの死」というテーマで、メッセージがヨハネ福音書の11章44〜57を通して語られました。
キリストイエスを十字架につける企みとし、その時のユダヤの大祭司であったカヤパは、最高法院に祭司長やファリサイ派の人々が召集されて、イエスをどうしておくべきかと審議した時、「あなたがたは、何も分かっていない、一人の人間が民の代わりに死に、国民全体が滅びないで済むほうが、あなた方には好都合だと考えないのか」と、これは大祭司という地位を利用して、イエスに国の体制つまりは自分たちのファリサイ派の安泰を計る為に、国民の名を持って、十字架につけようと下のであった。
この事は、現代にもよくある事で、一国の首相が、国民の為にという方言をよく使って自国の利益があると主張する事と同じで、そう言えばその利害の向こうにある相手国にはどう聞こえるのか.。
国を越えて万民の普遍の愛に基づく事とは遠く、利己的な方弁に過ぎないのである。

聖書に親しむ会 

2006年02月09日(木) 10時09分
毎週土曜日の夕方には聖書に親しむという会を教会でしている.
先日はマタイの福音書の6章25〜34節からキリスト者の間では有名な箇所となっている
「30章、今日は生えていて明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこの様に装ってくださる、ましてあなた方には尚更のことではないか、信仰の薄いもの達よ、31章、だから何を食べようか何を飲もうか何を着ようかと言って思い悩むな、32それらは皆異邦人が切に求めているものだ、あなたがたの天の父は、これらのものが皆あなたがたに必要なことをご存じである、33何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい、そうすれば、これらのものは皆、加えて与えられる34だから、明日のことまで思い悩むな、明日の事は明日自らが思い悩む、その日の苦労はその日だけで充分である」イエスの言葉から神の国、神の義を求めることを学んだ、神の国とはこの地上のことではなく私達の体を離れた霊的な世界の事であり、可変の地上の事ではなく普遍の天のことであり、変わる地上のものの事で思い悩まず、変わらぬ世界のことを思いなさい。今日の苦労は今日一日で明日までもつことはいらないのに、どうして明日まで地上のことで悩むのか。どうして憎しみを抱いたまま眠るのかと言われているように思う。
神の義とは、神の正義で、人間の正義、すなわち自分にとって都合のいい、いや、これは自分のことではなく、この国にとってのの正義と思えることでも神の義は人間にとって都合のいいものではなくて、あいと平和に基づく正義と言われている、と私は思う。
2006年02月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:joyo_kyodai
読者になる
Yapme!一覧
読者になる