三河物語95.ご近所散歩I色金山本陣
July 30 [Fri], 2010, 7:00

↑ 色金山の山頂に至る道はこんなふうです。

↑ おお。 なにやら見えてきましたゾ?
ココが山頂
らしいです。

↑ ほぅほぅ。
こりが、家康さんが腰かけた、とゆう「床几石(しょうぎいし)」ですかぃ。
けど、身長160cmそこそこで、でっぷりと肥え太り、胴長短足体型だった家康さんが、こんな大きくて高い岩石に腰かけたら・・・なんか、大人用の椅子に座った子供みたいになりませんかね?
いや、そもそも甲冑着たまんまでよじ登れたのか? などと意地悪な想像が次々と浮かんできます。
まぁ・・・「伝説」ってことですし、ツッコミはほどほどに。


↑ メインはあくまで岩石で、この石柱じゃありませんからね。
とにかく、白山林(はくさんばやし)襲撃部隊を割いたあとの、計5,000人余りの家康本隊は、とりあえずココに着陣しました。
ここ長久手のような平らな地形では、小高い丘を占拠して野戦陣地を構築した方が、圧倒的に有利になるのです。
万が一野戦で味方が不利になって、普通だったら敗走!とゆう事態になっても、野戦陣地があれば持ちこたえることができますからね。
例えば「長篠の合戦」での武田勝頼さんも、長篠城をまず陥として本陣をそこに敷いていれば、ああまで惨敗せずに済んだのかも。

↑ おや。 左手の方に、展望台らしきモノがあるじゃありませんか。

↑ なんか、戦国時代の砦の櫓を意識した造りになっておりますな。

↑ ココは、全体的に大きく張り出した木造のテラスみたいになっており、よくよく見ると鉄砲狭間らしきモノまで・・。

↑ でも・・・やっぱ、「戦国の砦」とゆうより、「森林リゾート」に近いカンジ。

↑ おそらく家康さんもここら辺りから、攻撃を受けて逃げ惑う秀次隊のようすを、ニヤニヤしながら眺めておったんでしょうな。
こりで秀次くん本隊8,000人は、消滅したも同然です。
しかし、”名人”堀久太郎秀政さんが、丘の上に野戦陣地を組み迎撃態勢を作ったのを見て、家康さんは眉をひそめました。
堀隊の反撃が始まり、形成が逆転しそうだ、と分かると家康さんの顔色が変わります。
「小兵太(榊原康政)と五郎左衛門(大須賀康高)に、引き上げて合流するよう伝えぃ! 本陣を移す。 前進っ!」
( 決戦が近づいてまいりました )
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