三河物語94.ご近所散歩H家康、色金山着陣
2010年07月29日(木) 7時00分
さてさてこうして、南では羽柴軍による岩崎城の攻略、北では家康軍による白山林の勝利 → 檜ヶ根の逆転、と色んなコトが同時刻に起こっていたワケですが・・・家康さんの本隊はどうしていたのでしょう?
家康さんは、白山林襲撃隊を送り出した後、グルッと北側から廻り込んで、白山林の南東2kmにある色金山(いろがねやま)に本陣を敷きました。

↑ 現在の色金山です。
こうした丘陵を「○○ヶ根」と呼ぶこの辺の習慣からすると、本来は「色ヶ根」だったのが「色金」に変ったのではないか、と。
手前の麓に見えるのは、安昌寺とゆうお寺さんです。
ココにもあとで行ってみましょうね。

↑ パーキングにクルマを停めると、こんな説明板が。
ほぅほぅ。 「色金山歴史公園」ですか。

↑ にゃははは。
居酒屋さんの宴会メニューみたいですな。
「んー。 今日は予算少ないから、家康進軍コースでいいな? あ、飲み放題もつけてくれ。」とか。
だけど、この辺りの古戦場を、家康軍になったつもり、秀吉軍になったつもりで歩いてみるのもいいかもしんないですね。
あんまし秀次隊にはなりたくないけど。
ま、そりはともかく、色金山歴史公園に侵入いたしましょう!

↑ まず、こんな説明板が目に入ります。
ふむふむ。 八幡社(はちまんしゃ)跡、とな。
こりによると、色金山に着陣した家康さんは、まずココにあった八幡社に参拝して、戦勝を祈願したそうです。
案内したのが、麓の安昌寺の和尚さんだった、とか。

↑ 今は苔むした林の中に、石碑が建つのみです。

↑ しかし・・・本編「信長公記」の主人公・信長公は、こうした戦勝祈願などめったにやらない人でしたから、なんか新鮮ですねぇ。
まぁ、戦勝祈願する方が、当時は普通だったんでしょうけど。

↑ また少し登りますと、何やら石碑が建っております。

↑ うーむ。
やっぱり、古戦場には、こりがなくっちゃね。

↑ およっ? また何かあるゾ?

↑ ほぅほぅ。
「伴若狭守盛兼(ばん わかさのかみ もりかね)の墓碑」とあります。
え? ココで戦闘があったの?
いやいや、よく読め! こりから行われる決戦で討ち死にした、徳川方の武者のようです。
合掌!
さぁ、山頂(多分)の家康さん本陣跡を目指しましょう。
( まだまだ続くよん )
家康さんは、白山林襲撃隊を送り出した後、グルッと北側から廻り込んで、白山林の南東2kmにある色金山(いろがねやま)に本陣を敷きました。

↑ 現在の色金山です。
こうした丘陵を「○○ヶ根」と呼ぶこの辺の習慣からすると、本来は「色ヶ根」だったのが「色金」に変ったのではないか、と。
手前の麓に見えるのは、安昌寺とゆうお寺さんです。
ココにもあとで行ってみましょうね。

↑ パーキングにクルマを停めると、こんな説明板が。
ほぅほぅ。 「色金山歴史公園」ですか。

↑ にゃははは。
居酒屋さんの宴会メニューみたいですな。
「んー。 今日は予算少ないから、家康進軍コースでいいな? あ、飲み放題もつけてくれ。」とか。
だけど、この辺りの古戦場を、家康軍になったつもり、秀吉軍になったつもりで歩いてみるのもいいかもしんないですね。
あんまし秀次隊にはなりたくないけど。
ま、そりはともかく、色金山歴史公園に侵入いたしましょう!

↑ まず、こんな説明板が目に入ります。
ふむふむ。 八幡社(はちまんしゃ)跡、とな。
こりによると、色金山に着陣した家康さんは、まずココにあった八幡社に参拝して、戦勝を祈願したそうです。
案内したのが、麓の安昌寺の和尚さんだった、とか。

↑ 今は苔むした林の中に、石碑が建つのみです。

↑ しかし・・・本編「信長公記」の主人公・信長公は、こうした戦勝祈願などめったにやらない人でしたから、なんか新鮮ですねぇ。
まぁ、戦勝祈願する方が、当時は普通だったんでしょうけど。

↑ また少し登りますと、何やら石碑が建っております。

↑ うーむ。
やっぱり、古戦場には、こりがなくっちゃね。

↑ およっ? また何かあるゾ?

↑ ほぅほぅ。
「伴若狭守盛兼(ばん わかさのかみ もりかね)の墓碑」とあります。
え? ココで戦闘があったの?
いやいや、よく読め! こりから行われる決戦で討ち死にした、徳川方の武者のようです。
合掌!
さぁ、山頂(多分)の家康さん本陣跡を目指しましょう。
( まだまだ続くよん )
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