三河物語56.二俣城お味方にB
2010年03月10日(水) 7時00分
二俣城を確保した家康さんは、とりあえず鵜殿氏長くんを城代として、このお城を預けました。

↑ そりでは、南曲輪 → 蔵屋敷曲輪 → 二の丸 と北上して、本丸へ行ってみましょう。

↑ こりは先ほどの城山稲荷神社さんの裏手になるわけですナ。

↑ 本丸は・・・・結構広いっ!

↑ 天守台らしきものもあります。
氏長くんを城代に?
家康さんを「親の仇!」と恨んでるかもしれない氏長くんを、ですよ?
この辺は、やはり現代人の感覚とは違っているんでしょうねぇ。 お城を任す方も、任される方も、です。
戦国時代の武人は、現実的な利益を伴わないような仇討ちはしなかった、と聞いたことがあります。
ここで家康さんを討てば鵜殿家の再興が成る、となれば彼も仇討ちに走ったでしょうが・・・多分、仇討ちに成功したら、徳川勢から寄ってたかってフクロにされ、鵜殿一族は滅亡したでしょう。
或いは、結局武田に蹂躙されちまうか・・・。
どう転んでも、今川復活のメはないわけです。
つまり、仇討ちに利益はない。
そりに、鵜殿一族全体が徳川家と敵対していたわけではなく、支族の中には徳川家の重臣・大久保忠世さんちと婚姻関係を結んでいる人もいたわけですし・・・。
やはり戦国武将たるもの、一族や家臣たちのことも考え、ここは仇といえども徳川に付くべき、と判断したのでしょう。

↑ 奇しくも、のちに二俣城を預かることになる大久保忠世さんです。
だから、時代劇に出てくるような、「幕府の転覆を企む豊臣の残党」なんて、いるわけがないんです。
だって、例え幕府を倒しても、既に豊臣家はないわけですから、お家の再興もできるわきゃないんですもん。
武将はそうゆう「恨み」で行動しない、といういい例がこの鵜殿氏長くんではないでしょうか。
そりでは・・・(ソワソワ)天守台に上ってみましょうかね?

↑ ・・・いつも思うんですが、こうして自然石を上手に組んで石垣を作る技術って、スゴいですよねぇ。

↑ 絵に描いたような、「乱積み」です。

↑ いやいや。 高い、とは思ってたけど・・・。
眼下に見えるのが、お堀代わりの天竜川です。
高所恐怖症の人には、ココはちょっとヤバいかも。

↑ 同じく天守台から南西方向を眺めたところです。
(やっぱし続くよん)

↑ そりでは、南曲輪 → 蔵屋敷曲輪 → 二の丸 と北上して、本丸へ行ってみましょう。

↑ こりは先ほどの城山稲荷神社さんの裏手になるわけですナ。

↑ 本丸は・・・・結構広いっ!

↑ 天守台らしきものもあります。
氏長くんを城代に?
家康さんを「親の仇!」と恨んでるかもしれない氏長くんを、ですよ?
この辺は、やはり現代人の感覚とは違っているんでしょうねぇ。 お城を任す方も、任される方も、です。
戦国時代の武人は、現実的な利益を伴わないような仇討ちはしなかった、と聞いたことがあります。
ここで家康さんを討てば鵜殿家の再興が成る、となれば彼も仇討ちに走ったでしょうが・・・多分、仇討ちに成功したら、徳川勢から寄ってたかってフクロにされ、鵜殿一族は滅亡したでしょう。
或いは、結局武田に蹂躙されちまうか・・・。
どう転んでも、今川復活のメはないわけです。
つまり、仇討ちに利益はない。
そりに、鵜殿一族全体が徳川家と敵対していたわけではなく、支族の中には徳川家の重臣・大久保忠世さんちと婚姻関係を結んでいる人もいたわけですし・・・。
やはり戦国武将たるもの、一族や家臣たちのことも考え、ここは仇といえども徳川に付くべき、と判断したのでしょう。

↑ 奇しくも、のちに二俣城を預かることになる大久保忠世さんです。
だから、時代劇に出てくるような、「幕府の転覆を企む豊臣の残党」なんて、いるわけがないんです。
だって、例え幕府を倒しても、既に豊臣家はないわけですから、お家の再興もできるわきゃないんですもん。
武将はそうゆう「恨み」で行動しない、といういい例がこの鵜殿氏長くんではないでしょうか。
そりでは・・・(ソワソワ)天守台に上ってみましょうかね?

↑ ・・・いつも思うんですが、こうして自然石を上手に組んで石垣を作る技術って、スゴいですよねぇ。

↑ 絵に描いたような、「乱積み」です。

↑ いやいや。 高い、とは思ってたけど・・・。
眼下に見えるのが、お堀代わりの天竜川です。
高所恐怖症の人には、ココはちょっとヤバいかも。

↑ 同じく天守台から南西方向を眺めたところです。
(やっぱし続くよん)
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