東日本復興ボランティア 

2012年08月16日(木) 20時39分
2012年8月12日から15日にかけてボランティアに行ってきた。

メンバー
太郎さん、澤村さん、どり。

日程
12日
15時半愛教発
13日
5時陸前高田市着
大船渡市、南三陸町、石巻市を巡りながら牡鹿半島へ。
13時羽石さんと合流し、大原浜にて林の中のがれき撤去活動。
夜、浜辺でボランティアに来ていた人たちと飲む。
14日
午前太郎さんが車の鍵をなくした。宿泊場所であった公民館の前の浜辺にてがれき撤去活動兼車の鍵探し。見つからず、鍵屋さんに作成依頼。
午後イオンにて和渕小の教頭、日野先生と食事、お話を聞く。
17時おばちゃんと鈴木さんからお話を聞く。
20時小山田さん宅にお邪魔し、お話を聞き、桃をいただく。
21時帰路につく。
15日
9時半愛教着。

13日に活動するまで、陸前高田市の町並みや体育館、大船渡市の町並み、南三陸町の消防庁、日和山、漫画舘を見てまわったが、去年ボランティアに行ったときよりも綺麗になっていた。
本当に被害があったのかパッと見てわからず、あまり実感がわかなかった。

活動場所はとても綺麗な海岸付近の林だった。景色がとてもよく、ずっといたいと感じる場所だったが、林の木が塩害で枯れていたり、まだまだがれきが残っていて、はやく綺麗な美しい場所になってほしいと感じた。
活動中、何台か車が通ったが、地元の人はボランティアの人たちをどのような目で見ていたのだろう。

夜、羽石さんと話をしたが、ボランティアはいつまでもいることはできない。まだまだ辛いとは思うが、地元の人たちの力で復興できるようになることが一番だろう。

鍵屋さんが言っていたそうだが、これから将来がみえはじめた被災者の自殺が増えるかもしれないらしい。家族がみんないなくなる辛さは想像を絶するだろう。その気持ちを分かち合うことはボランティアには無理かもしれない。たが、話を聞いてその痛みを和らげるボランティアも存在するようなので、そちらにも参加してみたい。

日野先生は、大川小で生き残った生徒を受け入れた飯野川第一小にいた先生である。
大川小の生徒の様子や対応について聞けたらよかったが、受け入れはしたが、ほとんど関わりがなかったようだ。

夕方には、夫、子供を亡くされた方にお会いした。とても明るい方で、なぜこんなにも強いのだろうと感じた。自分だけが生き残ってしまった心境を考えることが出来なかった。たしかに自分だけ生き残って将来を考えてしまったらとても悲しく、不安で寂しいだろう。ひとりになった孤独は想像できない。これからも明るく強く生きていってほしい。

家族の写真を見せてくれたとき、たくさんの思い出を感じた。旅行や子供の学校の様子、誕生会や七五三、入学式、運動会、どれも見るだけで辛いものなのに、見せていただいてとてもありがたかった。同時に、これからも多くの思い出を残せたであろう人たちの命を一瞬で奪い、ひとりおばちゃんを残していった津波を恐ろしく、また、憎く感じた。

震災後には人間の本質が見えてしまうのだろうか、離婚が増えているらしい。多くの人生を奪い、壊していった震災に負けず、みんなでささえあっていってほしい。

愛知でも東海地震では同じような状況になってしまうだろう。津波も考えられる。しかし、震災に無関心な人はあまりにも多い。
どうしたら震災の恐ろしさを伝えることができるのだろう。
どうしたら震災は他人事ではないと伝えることができるのだろう。
自分の影響力なさが悔しく、悲しい。
せめて身近な人には伝えるようにしたい。

今回の震災の復興にはまだまだ時間も力も必要だ。また暇を作ってボランティアに行きたいと思う。

本当に羽石さんを尊敬します。






プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:John
読者になる
2012年08月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
最新コメント
ヤプミー!一覧
読者になる