じっちとの戦い 

October 25 [Thu], 2007, 9:43
 初めてのブログデビューです今から始まる「こんなやつ、今時おるん?」って感じの子供との戦いをお話しします。ブログデビューのきっかけは家の子の話をするとみんな人ごとだと思い大笑い挙げ句の果てに必ず『ブログ書いて・・・』と頼まれる始末なので、思い切って書くことにしました。まず、彼の出生から・・・。彼の妊娠が分かったのは1997の7月だったかな?1ヶ月も経つか経たないかでいきなり3kgも体重が増えやれやれ何という妊婦になってしまったのかと思っていたら、その間で死ぬほど痛い胃痛ぎゃあぎゃあ良いながら30分も辛抱していたらどうにか治まるというとが何回か会った8月20日。とうとう来ましたお産でも味わったことのないい・た・みあまりの痛さに長男を家にほったらかしにして、いざへ・・・。救急外来へ行ってももういたくっていたくってあまりの痛さに「痛い×痛い」と口走っていました。それで、先生方も先の患者さんよりも先に診察をと言う配慮をして下さいました(ホッ)先生:「緊急でとにかくレントゲンを撮ります」と・・・。私:「先生、私妊娠しています。」と言ったきり気がつけば病室のベッドの上でした。そして、その時に私は「子宮内外妊娠」をしていて胃痛の原因がお腹の中で育とうとしていた赤ちゃんからの出血で3kgも体重が増えていたと言う事実を知ったわけです。これからいやここから双子なり損ねた我が家の次男「じっち」の誕生へと話は移っていくわけです

じっち見参! 

November 03 [Sat], 2007, 10:05
1998年4月16日 じっち誕生 この日から「仁義なき・・・」いや「じっちとの戦い」の火ぶたが切って落とされた 生後3ヶ月...親分のんきに掃除機をかけていた。誰もいないはずの部屋しかし、人の視線が・・・ じっち・・3ヶ月のに早くも親分にガン飛ばしていた。こんな彼も世間では「かわいい女のお子さんですか?」なんて9才の今でも未だに間違われている後ほどお話しするがこの「かわいい」という言葉でも親分と一波乱あり 1才半が過ぎてもなかなかまともに歩けない2才が過ぎても「おたぁさん、おとぁさん」っていったい何を話しているのかわからないあまりの話しぶりに心配で「話し方教室」まで連れて行った(心配するまでもなく今はしゃべりすぎで困ってる)おしめの方は・・・長女が出来る4才前までのんきに(親分がトイレトレーニングをする気がなかった)していた。おまけに5才のある日めいぼが出来てほったらかしにしていたのだけどたちまち1ヶ月が過ぎ、やれやれへ。そこがまた流行ってるで待ち時間が長いのでその間に視力検査をした。すると、先生「親分さんめいぼどころではありませんこのままほっておいたら弱視になり目が見えなくなりますよ」と3軒のに言われ、その後彼は眼鏡をかけることとなる

・・・話は飛んで・・。 

November 06 [Tue], 2007, 10:12
2005年4がぁつ じっちもやっとピカッピッカの一年生 ヤクザな彼も無事ランドセルを背負って小学生きゃわいっなんて思ってる馬鹿は親分だけでなく、6年生のお姉ちゃん達も「・・・のだろう〜」「きゃわゆいい」なんて言ってはいけないことを口走ってくれていた感謝)まあ、どうにかじっちも本性をむき出しにすることなく「かわいい」という大嫌いな言葉にも耐え1年が過ぎた。二年・・・。先生も初めての家庭訪問の時に「自然君はかわいくておとなしいお子さんですね」なんて・・4月から直ぐで何がわかるんかと思い 親分:「いやいや先生化けの皮が剥げたら大変やけん要注意です」とわざわざ避難勧告まで出してあげた。しかし、先生は最初から自分の受け持ちの子供を非難できず、見抜けず5月に入って直ぐのある日・・・夕方親分の携帯が鳴る学校から電話が鳴ったらろくな話がない先生:「親分・・・本性が出ました」親分:「どうしたんですか?」先生:「じっちがお友達を田圃に突き飛ばしました」親分:「え〜っ、そのお子さん大丈夫ですか?」(内心はあのくそ呆け帰ったらただではすまさん)先生:「怪我はなかったのですが・・・。一応お知らせしたかないと。」親分:「わざわざすみませんでした。ご迷惑をおかけしました。これからもますます本性が出てくるかと思いますが、その都度連絡よろしくお願いします。」電話を切り慌てて家へとんで帰ったら間の悪いことにおとたまが帰っていた。じっちのことを話して本人がどう話しするか聞いてから煮て食うか焼いて食うか決めようなと話した。その頃何も知らないじっちはルンルンで帰ってきた親分「お帰り。がっこう楽しかったで誰と帰ってきたん?」じっち「おう、今日は大切な友達と一緒に帰ってきた」親分、プッツンと切れたが「ふぅ〜ん、あんたは大切な友達を田圃に突き飛ばすんやな」じっち:「何でしっとんなっ」親分:「お前のしようことは総ておみとうしじゃお前も同じ事したろうかっなめとったらあかんぞぉ」それからおとたまに落とし前をつけられ相手のお友達のお家に電話し、お詫びして一件落着でした つづく・・・ 

学校で一番エライ人って・・・ 

November 09 [Fri], 2007, 16:17
それは確か2年生の最後の「参観日だった」。その日は今学期最後の参観日と言うこともあり日曜参観だった。おまけに、恒例行事で保護者の「ミックスバレーボール」の試合もあった。もちろんおとたまと親分は長男の方で出場!老体に鞭を打ちながら活躍お陰様で順調に勝ち進み優勝」いたしました。当然の事ながら、校長先生のお話もありみんな聞き入っているのにも関わらず、うちのご長男とじっちは滅多に学校に来ないおとたまに夢中校長先生のお話も何のその。親の顔が見てみたい親分はもちろん大。親分(帰ったらただではすまさん) その日の夕食のとき事件はいやいや、真実が発覚した 親分「あんたやいったいどう思うとんよ校長先生の話も聞けんのえっ」じっちと長男「・・・。」 親分「話きっきょんえ大概にしいよあんたやは学校で一番偉い人の話が聞けんのやなっ」 じっち「えぇおっまえ、先に言えよ」親分「あんたは学校にいっきょんのに学校で誰が偉いか知らんのぉー」 じっち「おうほんなん誰にも教えてもろうてないわっ」 親分「・・・。」 親分「まあ、確かにそんなんいちいち教えへんわなっけど、大体分かるだろう」 じっち「わかっとんだったら聞いとるわっ」 親分「・・・確かになっぁ」 やれやれ、こんな生徒がいる学校の先生も大変だわ 御苦労さま

手紙と坊主 

November 10 [Sat], 2007, 21:18
あれは確か・・・2006年11月の参観日 前日までにきっちり用意された手紙。それは、よそのお家だけ。おバカなじっちは手紙のことなんか思いっきり忘れてるわざわざ先生から連絡をもらい参観日のテーマである「」という題で子供宛にいわゆる「ラブレター」を書かなければならないそこでですね普段からは想像もつかない愛情手紙を当日の朝じっちに渡した。じっち「親分、ありがとう」機嫌良く出かけた その日の参観はじっちを先に見て長男を後からにした。授業も終わり帰ろうとしたとき、じっちの担任の先生がわざわざ私を捜しに来てくれた。親分(やけに妙な胸騒ぎ)先生「お母さん、お話があります。実は先日6年生の保護者の方から電話を頂いたのですがその内容が、じっち君その方の車に石を投げたらしいんです。」親分(あのくそガキ帰ったらただではすまさん) 親分「怪我された方はいませんでしたか?車の傷はいけましたか?」先生「それは大丈夫ですが、方々注意・指導をお願いしますとのことでした。」親分「本当に申し訳ありませんでしたその方のお名前を教えて下さい。お詫びに行って来ますそれと、じっちは反省の意を込めて坊主にします」と親分の怒りが爆発寸前の時にじっち参上!一発言ってやろうと思ったときに・・じっち「おう、お前の手紙燃やしたるけんなっ なんで手紙に「かわいい」や「」や言うがはいっとんなっムカつく」親分「お前は人舐めとんか大体親が一生懸命愛情たっぷりしかも、ほんまにかわいかったし「かわいい」って書いてなんでいかんのんなっ大概にしいよっ」「まあ、家に帰っておとたまに聞いてもろうてきっちり話付けよう」事の次第をおとたまに話したとたん「お前や二人今から坊主じゃあ」長男はたいしたこともしてはないのだが、大人しくおとたまのいいなりに・・。しっかし、じっちは親分が用意していた新聞紙の上に座れ!と何度も言ったが、この世で一番最悪な事が「坊主」だというじっち。ちょっとやそっとでは座れない。が、おとたまの「座れ」の一言で堪忍し儀式が始まった。じっち「ぐうわァ〜っ。」もう大泣き 親分(きしょくええわっちょっとは反省せなあかん)儀式の後放心状態のじっち おとたのいなくなったのを確認し「おい、明日から学校もサッカーも習字も皆やめたるけんなっ」親分「別にかんまんよ止めたらわっそのかわり、今と同じ口調でおとたまに言いよ」・・・ つづく。

懲り懲り 

November 15 [Thu], 2007, 21:10
ってな理由で坊主になったじっちは今まで以上に悪態をつき・・・。次の日の朝 じっち「頭に帽子のついとう服くれっ」 親分「フード付きの服やなっ」っと適当に近くにあった服を渡した。じっち「ちいっちゃ。なんなこれ、違うんないんかっ」 親分「ほな、帽子でも被って行きだ。兄ちゃんのニット帽があるけん」 じっち「なんなこれっ、毛が引っかかるわ。他にないんか」 親分「偉そうに言われんなんちゃ坊主で行ったらいいんで大体何が恥ずかしいか分からんわ ・・・。はな、野球帽しかないけどいいんやな。」じっち「おう!」 やたらと似合わない帽子を被っていざ学校へ出陣 出かけた直ぐに親分 担任の先生に電話。何せあの性格やし誰かに馬鹿にでもされようもんならぶち切れて何をするか分からん・・・。親分「先生、実は昨日のお約束通りじっちは坊主になりました。」 先生「え〜〜〜、本間にしたんですか」 親分「もちろん、きっちり落とし前は付けました。が、本人死ぬほど嫌ならしく昨日も学校止めたるわ』と喚いており、万一じっちの頭を見て馬鹿にする奴がいたら先生大変が起きるので、出来るだけそーっとしておいてやってください。」先生「分かりました」・・・。その日の晩。先生から電話あり。先生「お母さん、今日のじっちのことをお話しさせてもらいます。 じっち君かなり坊主が嫌だったのか、かなりの落ち込みで全然元気がなくあまりの落ち込みにみんなが心配し『じっち、だいじょう!髪は生えてくるけんなっ。心配するなっ。』とみんなに励まされていました」  親分「良いお友達ばかりで良かったです。」 先生のお気つかいに感謝します。」 なっなんと、後日分かったのですが授業中はもちろん、全校生徒の集まる朝礼も担任の先生の計らいで帽子を被ったまましかも、サッカーの練習も野球帽を被っていたらしい。 しっかし、よほど普段から悪態をつき周りの人たちに迷惑をかけているのか誰も馬鹿にする人は現れなかった。おしまい・・・。 追伸 じっちは髪の毛のある写真を見ただけで泣いていた。(ほんと、お性根のないや・く・ざでした

歯医者 

November 22 [Thu], 2007, 20:17
皆さんも経験あると思います子供を初めて歯医者へ連れていく時の微妙な緊張味わったことないですか 長男も結構歯医者が苦手だったのですが、今回は痛みに死ぬほど弱いじっち。 看護婦さん「じっちくん。どうぞ」じっち「・・・」 親分「じっち、入りよ」 まあどうにか診察室へ入った ここから戦いが始まった。いやいや診察台に上がったじっち いきなり看護婦さんに威嚇 じっち「おうお前や痛ぁあにするんだろう」 親分「看護婦さんは優しいんよ」 じっち「嘘おつくなっ」そうこうしているうちに先生も来られていた そしたら・・。じっち「絶対にさわるなよっお前や痛ぁにするんやけんっ」と言ったか見たかでコップに入った水を口に入れた。か見たかでびぇ〜っと椅子の上に水を吐いた 親分(プッチーン) 一応先生方がいるので。 親分「じっち、そんな事したらあかんよ」 その頃にはもう大暴れ じっち「お前や向こうに行けーーーーっ お前やいらんんのんじょっ」 先生「お母さん、待合所へ行っといてください」 親分「すみませんお願いします」 星 明子のように(みんな知ってるかな?まっいいかっ)柱の陰から覗いているともう好き放題暴れ放題 親として恥ずかしいわ 辛抱しきれず出て行くと じっち「お前や向こう行っとけって言うただろう」 先生「まあまあ、お母さん向こうへ行っておいて下さい」 先生ももう治療止めましょう〜とも言えず、ほんまに申し訳ない とうとう最後の手段おとたまに助けを請うしかない 親分「おとたま、お宅の息子歯医者に連れてきとんやけどもう大暴れで治療が出来んけん先生が困っとうわっ」「今すぐ病院へ来てっ」 これで一安心と診察室へ入ると 先生「お母さん、将来が楽しみですね」 親分「・・・・」 じっちは何事もなかったかのように『がんばったで賞』をもらっていたその後、その歯医者へ行った時名前を呼ばれただけで「 くすっくすっ」とあちこちで看護婦さん笑っていた やっとれんわっ
P R
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