青春紀行・フランス編(6)  

December 27 [Tue], 2011, 14:04
日が落ちる寸前にサクレ・クール寺院に着く。リュー・ド・リュスチィークから見る白亜のカテドラル。ユトリロがカンパスをおいたであろう場所に佇む。狭く、汚い露地と、その向うに神聖な姿をみせるサクレ・クール。苦しい現実の「生」の果てにある美しい「夢」。それこそユトリロがその絵を描きながら見つめていたものではあるまいか。いや、夢と限定し得ない、現実の彼岸にある願いや祈りみたいなもの、言い換えれば非現実、それがここから見るサクレ・クールの姿だ。

青春紀行・フランス編(5)  

December 27 [Tue], 2011, 14:03
 1時少し前にホテルに戻りブルバール・サン・ジェルマン沿いのセルフで昼食をとってからモンマルトルへ行くことにする。部屋はエレベーターのない5階の屋根裏、床は傾き壁ははげ落ちてあり値段がうなづける。
まさに僕にぴったりの場所だ。しかし、お湯はバッチリ出るし裏道りで静かだ。主人のおかみさんも一見、怖そうだが実に優しい。こんなところに1年か2年滞在してパリの空気を吸ってくらせば、さまざまな外部からの刺激に反応する自分というものの存在のありかたが見えてくるような気がする。ボードレーヌのパリ、ロートレアンのパリ、森有正のパリ……。
 昼食を終え地下鉄でモンマルトルに着いたのは3時過ぎ。暗くならないうちにサクレ・クールに足を速める。
 ゾラ・ハイネ・オフェンバッハ・スタンダール・ベルリオーズなどの眠るセメタリーからヌーラン・ド・ラ・ギャレット、ラバン・アジールとミシュランヲ片手に見て回る。坂の多い階段の街だ。町並みがなんともいえず、さびて美しい。ユトリロが心を引かれて、うろつき回った歩き小径を僕もたどる。
 自分の中のわけの判らない悲しさ、寂しさを表現するのにふさわしい」場所を求めて。
 ユトリロ、それにロートレック。この町並みを愛した画家たちの絵は、どれも深い哀しみを引きずっている。

青春紀行・フランス編(4)  

December 27 [Tue], 2011, 14:02
直線的な建築であるにも拘らず全体のフォルムは丸みを帯びて見える。その落ち着いた女性的な外観は僕の心を和やかにする。
「吾等が女性」という、その名が心よりうなずける。石で出来た建築で、このカテドラルぐらいやわらかなフォルムを持ったものを僕は知らない。
 中に入ると両脇の巨大な円形のヴュトロが目をひく。ガラス模様は幾何学的だ。礼拝堂で行われているブチ・メス(小ミサ)を30分ほど拝見した。神をもたぬ異端者たる僕にとってのこの体験の意味するものは何なのか、が問題となるだろう。一つ確かなことは、それが非常に美しいものに映った。、ということだ。
 ノートル・ダムの前にサン・ソプリンという小さな教会がある。おの内部の壁に書かれている言葉がとても美しく心ひかれた。
「COMME LE PERE MA AIME AUSSI JE VOOS AL AIME ,DEMEEUREZ EN MON
AMOUR (私の父が私を愛したように私も汝等を愛したのである。私の愛のうちに生きよ)」
聖書の1節であるがとても気に入った。これは神の言葉ではない。キリストという一人の人間のことばだ。どうにかして教会でオルガンを聞きたい。どこかでやっていないだろうか。

青春紀行・フランス編(3) 

December 27 [Tue], 2011, 13:59
  ホテルの朝食はクロワッサンとフランスパン&カフェ・オ・レであった。クロワッサンの味はさすがとしか言いようが無い。新鮮なミルクと芳醇なバターの国ならではの味だ。
でもこの料金ではとても1週間居座るわけにはいかない。また、トイレに灯りがつかなかったり、シャワーの湯が悪い。という理由で結局別のホテルを探すことにする、
 今晩、夜行でドーバーを渡るというY君と別れ、ホテル捜しだ。
 リュー・デ・ゼコール、サン・ジャック・などをさんざん歩き回ったがどれも皆、シングル100F近い。どうしたものかと困っていると、通りがかったおじさんが声をかけてくる。“VOUS CHERCHEZ UNE BONNE HOTEL”(ホテルを捜しているのか?)当方、“OUI、MONSIEUS,JECHERCHE UNE HOTEL TREZCHERE”(ええ、安いところ捜しています)
 
いいところがあるよ、と教わった、そのホテルの名は(HOTEL DE COMMERCE)といい、サン・ジャック街の裏通りにあった。でっぷりと太ったおばさんと、やせて小柄な旦那が出てきて親切に応対してくれる。値段をきいてみるとなんと税込み、シャワーなしで37Fということなので、一も二もなく決定。チェックインは12時ということなので、それまでの間荷物を置かせてもらってノートル・ダムを見に行くことにした。
 近くで見るこのカテドラルはやっぱり素晴らしい。今まで見た教会の中で最も優美だ。
これにはウイーンのシュテフェン教会もミユンヘンのザンクトフラウエンもフィレンチェのドウオモも遠く及ばない。



青春紀行・フランス編(2) 

December 27 [Tue], 2011, 13:57
 今日は連れがいるのでゆっくり見るのは後回しにしてシテ島を通り抜けセーヌ右岸に沿って歩く。ルーブルの横を抜けてパレ・ド・ロワイヤルからサン・トノーレに入る。森川氏の紹介してくれた店はすぐ見つかった。日本人の店員が愛想よく応対してくれる。
 お土産にネクタイ2本、スカーフ1枚、コイン入れ1つ。キーホルダー1こを買い。3割近く値引きしてもらうことが出来た。森川氏に感謝。
 サン・トノーレからシャンゼリゼ通りに出てコンコルド広場を経てエトワールまでウインドウ・ショッピングしながら歩く。店頭に飾られた商品のすばらしさに、ついつい、いままでの倹約旅行を忘れ高級品に手を出したくなってしまう。
 ロンドンのリージェントストリートと並び、とにかく物欲を刺激するところだ。
 凱旋門の近くのカフェで1時間程過ごしてからエトワールからシャルル・ド・ゴール駅に出て地下鉄でプル・ミッシュ間で戻る。ホテルに帰って一休み。夕食はカルチェ・ラタンの学生たちがごったがえすとおりにあるギリシャ料理店でメニューを注文。野菜サラダ、メイン・デッシュ(黒鯛の焼いたもの)エビ、ポテト、ミートパイそれにコーラで60F一寸。
ホテルに帰る途中、街角で偶然知人旅行者に会う。近くのカフェでお互いの情報交換をしながらしばらく休んだ後、ホテルに戻る。風呂につかって就寝。

青春紀行・フランス編(1) 

December 27 [Tue], 2011, 13:53
7時半に目が覚める。列車は緑の絨毯のような草地や可愛らしい家々、そしてポプラの木立が続く風景の中を疾駆する。フランスだ。とうとうフランスに来たのだ。
 外は雨がそぼ降っているようだが、そんなことは気にならない。昨日の日本人学生と一緒にビッフェに行きコーヒーを飲む。隣のテーブルは昨日、親切にしてくれた貿易会社の社長さんが2人でお茶を飲んでいる。
 森川氏の連れはギリシャのジャナリストらしい。自分は平和主義者、反文明主義者で。ひとりの日本人僧侶(原水爆反対運動をアピールすべくギリシャに来たある宗教使節の一員だったとの由)に深く影響をうけた、とそのジャナリストがはなしてくれた。佐藤某という名の僧が今、どうしているか知らないか。と聞かれたが無論、知る由がない。彼はほこにも興味深い話を聞かせてくれたのだが、そのような話題ではこちらに英語で応答するには能力がなく残念だった。
 
午前9時30分、「プエルタ・デル・ソル」はパリ。オーステルリッツに静かに滑り込んだ。列車の中で知り合った日本人学生のY君と一泊ツインに泊まることにして。両替後、ホテルを探す。
 メトロのブルバール・サン・ミシェル駅で降りてあたりのホテルを回ってみたが、何処も2つ星で高い。結局、3軒目のHOTEL[HOTEL LATIN]という
1つ星で手を打つことにした。朝食、バス付きツインで税込み146FR。まだ高いが彼に誘われて今日は贅沢をしようという気になった。
 
部屋で1時間ほど休んだ後、お見産げの買い物を先に済ませてしまおうと外に出かける。ホテルの近くのレストランで27FRの昼食(まことに安くて、美味しい)を取ってからシテ島へ。
 
はじめてみるノートルダム。感激はそれほど無い。愛読の森有正の著書であまりなれ親しんできただけに驚きがないのだ。このカテドラルを見る前から僕の中でノートルダムは一つの形を作りはじめてしまっていたといえるかも知れない。しかし、それは、あくまでも森の目を通してみた、そして森の思念によって抽象された。いわば森のノートルダムに過ぎない。僕は、この瞬間から自分の言葉であらわさねばならなくなった訳だ。

青春紀行・スペイン編(12) 

December 17 [Sat], 2011, 7:18

 メトロでホセ・アントニオまで戻り、宿に帰って荷物をとってアトーチャへ。アトーチャから「プルエタ・デル・ソル」の」出るチャマルチイン駅まで一昨日と逆コース。またまた乗り継ぎを間違えたり、バッグの中のミネラルウオーターがこぼれたりのアクシデントが続き、結局発車時刻ぎりぎりにチャマルチイン駅に着き急いでクシュエットに乗り込んだ。
 
同じコンパルトマンにはドイツから来た旅行者3人(初老の婦人と若い娘)若いスペインの女子学生。セビリアから来たと言う巨漢のおじさんと若い男性が乗り合わせた。
 
この太ったおじさん、牛の胃袋で出来た水筒に入れた酒をもう一人の若者に勧めて酒盛りを始め、発車と同時にもうさんざんに酔っ払っている。無骨でデリカシーに欠けるが、底抜けに人の良さそうな、おもしろいおじさんだ。ドイツ人とスペイン人というまったく肌合いの違った民族の取り合わせになって見ているこちらとしては非常に面白い。ラッキーである。
 
 隣のコンパルトマンに居る日本の学生に誘われてビュフェで夕食をとる。メインの鶏肉料理にデザート、コーヒーがついて500PST,食事を採っているときにかなり年配の日本人がビュフェに入ってきた。森川氏と名乗るその人は衣服を扱う大阪の貿易商で、あちこちヨーロッパを飛び回って仕入れを行っているそうだ。パリでの買い物によい店はないか、と尋ねると森川氏は名刺に地図までかいてオペラ座の近くの日本人が経営する店を紹介してくれた。そこへいき彼の名を出せば安くしてくれるだろうとのこと。これまた幸運。コンパルトマンみもどりどいつ人の2人の女性と雑談。彼女達が世間話の最中でも意見が食い違うと真剣に議論し出すので驚いた。こちらはただあいまいに笑ってごまかすばかり。そんな自分の態度がとても恥ずかしいものに思えた。
「ドイツでどこがよかったか」と尋ねられて、あのホーフブロイハウスの話を持ち出したところ、その老婦人が「あんな所」というような苦々しい顔をして若い娘と顔を見合わせたのも面白い。(そんな下賤な場所なのかしら)とも思ったが、おそらく彼女達はドイツの中でも上流の謹厳な家庭の育ちなのだろう。

かと思うとこちら陽気で素朴なスペインのおじさん。酒宴を切り上げtrごそごそやっていたが、突然、最下段のベッドに寝ていた僕を揺り起こす。何事かと身構えたが、どうやら「自分は太り過ぎてはしごを登れない、ついてはベッドを交換して欲しい」ということらしい。気前よくOKすると彼は2段目のベッドを僕のために丁寧に整えてくれた。
 ドイツ人とスペイン人、この民族性のことなる人々を同時に相手にするにはとても骨が
折れる。ましてや国際連合などというものを円滑に運営するのが難しいのは当たり前だと思う。

青春紀行・スペイン編(11) 

December 16 [Fri], 2011, 16:50

 1時間ほどプラドを堪能し、アトーチャ駅まで歩いて駅前のレストランで子牛のヒレ肉の煮込み(?)に舌鼓。それからプエルタ・デル・ソル、マイヨール広場を通って王宮まで歩く。シェスタ(昼寝)の時間帯のせいか町を歩く人々はまばら。
 マイヨール広場にも日向ぼっこを楽しむ若者が、パラパラいるだけである。
王宮は比較的新しく(完成後100年)これまた成金趣味ともいえる。バカでかいだけのつまらない建物だ。しかし、王宮の建つブラザ・デ・オリエントから眺めた近代的なマドリの街は、その向こうに広がる荒涼とした大地とのコントラストがとてもう浮くしい。スペインの青空の下の解放感がたまらなく気持ちがいい。
 
王宮からスペイン広場にでる。ここも亦、のんびりした風物が眠気を誘う。
ひとり気負って建つ愛馬ロシナンテにまたがった ドン・キホーテの銅像がそれだけよけいに滑稽だ。


青春紀行・スペイン編(10) 

December 16 [Fri], 2011, 16:42


 昨日の夜更かしが祟って目が覚めたのは9時40分。朝食の時間を大幅にオーバーしていた。それでも、そこはスペイン。おばさんがにっこり微笑んで朝食を部屋まで運んでくれた。
 11時過ぎにAMAYAをチェックアウト。荷を預けてまずホセ・アントニオ街のスペイン銀行のとなりにあるRENFF(国鉄)の営業所に行き、今晩出る国際急行
「ブエルタ・デル・ソル」のクシエット(寝台車)を予約する。
 ここでも
スムーズに事は運ばず1時近くなってしまった。時間があればトレドに行ってみようと思っていたが断念し、マドリッドを半日かけてゆっくり回ってみることにした、

いよいよパリが近づいて心ここにあらずという感じでトレドにいけないのもさほど残念ではなかったが人に聞くと非常に綺麗な街だという。予約に手間どったのが惜しまれる。さあ、その分、マドリをたっぷり見よう、と勇んで市内に飛び出す。
 最初に中央郵便局に行き、日本へ絵葉書を送る。中央郵便局とはいうものの、古い、素晴らしい建物だ。次に昨日、ゆっくりみなかったプラドを訪れた。昨日、見落とした3号室のゴヤの版画を見る。戦争・貧困などに対する強烈なアンチテーゼが生み出した作品群だが、それを裏打ちするものは、やはり ゴヤ特有の暗い情念である。



青春紀行・スペイン編(9) 

December 16 [Fri], 2011, 7:32
フラメンコやスペインの歌謡は純粋に直接感性に働きかけてくる。面倒くさい理屈やあるいは定義といったものが一切ないため言葉や踊りの意味がわからなくとも心を動かす。これはスペインの大地も同じだ。僕の知る限り「情感」という言葉の内容を最も多く持っている国だという気がする。
又、フラメンコは男、女という「性」の魅力を余すところなく表現している舞踊である、と言えよう。人間の最も官能的な表現の一つである。

 外にでると客引きに捕まる。たどたどしい日本語で「女を世話する」ということらしい・
好き合っていたのに生木を割かれるように別れさせられた恋。自死までも考えた恋。それを癒すための一人旅。勿論、他の女を抱くという気持ちはない。しっこく付きまとうのを振り切って宿に帰る。1時30分。葉書2通書いて寝たのは2時を回っていた。


P R
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作った川柳

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そんなところです。
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