前にマネジャーとしての賞味期限について触れた。
似たようなことが第一線担当者としてもあるということに思い当たった。まさに私の経験になぞらえながら整理してみたい。
1991年D社の本社人事部に配属になったとき、「みんななんでこんなに枝葉末節のことばかりに時間をかけているんだ」と直感した。たしかにやっている立場の人にしてみれば、やらなければならないことをやっているのはわかる。しかし人事部全体でみたときに、本丸にはほど遠いことを、手間をかけながらやっているという感じなのだ。なげかけてみると、それぞれに問題意識として、本丸ではないとは認識しているようだ。
その中には「上から言われてやむをえず」というものがたくさんあったのも否めない。
それぞれの担当者が転勤していったあと、どの後任者も同じボリュームの残業はしていなかった。
それから11年。私は同じ場所にずっと居続けた。末期には土、日も出勤しなければならないほどたくさんの仕事があった。でもその多くは惰性であり、雑務であるという感があった。
本丸にアプローチしていないという感覚がものすごくあった。
部長に対してなんとかしてくれといっても「オレは知らん」といわれた。かといってそういうところに手をつけないと、結果としては、仕事の完成度は不十分なのだ。
やらなければ不完全なアウトプット、やっても達成感も充実感もない。非常にジレンマを感じた。
その年にその部署を転出し、後任がなかった。現有人員でまわしていくことになったのだ。そして、何の問題もなく定常の仕事はまわった。
これが、第一線担当者の賞味期限を如実にあらわした例であると思う。
人に仕事がついてくる形になっていたのだと思う。だからその人がいなくなれば、ある一定の仕事そのものが消滅するのだ。
マネジャーとしての賞味期限はどちらかというとその人の能力の限界であるが、第一線担当者の賞味期限はそこの部署での問題であり、違う仕事をすればその人は息を吹き返す。
ある人が長時間労働をしているにもかかわらず、根本的な問題解決がされていないとか、新しいものが生まれていないという状況が明らかになったとき。それが賞味期限である。
その状態になったら、仕事を変えてやるのが、会社にとっても本人にとってもハッピーである。
似たようなことが第一線担当者としてもあるということに思い当たった。まさに私の経験になぞらえながら整理してみたい。
1991年D社の本社人事部に配属になったとき、「みんななんでこんなに枝葉末節のことばかりに時間をかけているんだ」と直感した。たしかにやっている立場の人にしてみれば、やらなければならないことをやっているのはわかる。しかし人事部全体でみたときに、本丸にはほど遠いことを、手間をかけながらやっているという感じなのだ。なげかけてみると、それぞれに問題意識として、本丸ではないとは認識しているようだ。
その中には「上から言われてやむをえず」というものがたくさんあったのも否めない。
それぞれの担当者が転勤していったあと、どの後任者も同じボリュームの残業はしていなかった。
それから11年。私は同じ場所にずっと居続けた。末期には土、日も出勤しなければならないほどたくさんの仕事があった。でもその多くは惰性であり、雑務であるという感があった。
本丸にアプローチしていないという感覚がものすごくあった。
部長に対してなんとかしてくれといっても「オレは知らん」といわれた。かといってそういうところに手をつけないと、結果としては、仕事の完成度は不十分なのだ。
やらなければ不完全なアウトプット、やっても達成感も充実感もない。非常にジレンマを感じた。
その年にその部署を転出し、後任がなかった。現有人員でまわしていくことになったのだ。そして、何の問題もなく定常の仕事はまわった。
これが、第一線担当者の賞味期限を如実にあらわした例であると思う。
人に仕事がついてくる形になっていたのだと思う。だからその人がいなくなれば、ある一定の仕事そのものが消滅するのだ。
マネジャーとしての賞味期限はどちらかというとその人の能力の限界であるが、第一線担当者の賞味期限はそこの部署での問題であり、違う仕事をすればその人は息を吹き返す。
ある人が長時間労働をしているにもかかわらず、根本的な問題解決がされていないとか、新しいものが生まれていないという状況が明らかになったとき。それが賞味期限である。
その状態になったら、仕事を変えてやるのが、会社にとっても本人にとってもハッピーである。
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