真似したい!紀子さまのおおらか子育て(2) 

2007年05月28日(月) 18時21分
真似したい!紀子さまのおおらか子育て(2)

川嶋家の子育て・・・自主性を重んじる

川嶋家には、お父様の教育方針でテレビを置いていらっしゃらないのです。紀子さまは、テレビのない環境で育ってこられたのです。その理由は、テレビがなければ本を読んだり音楽を聴いたりと、自分で時間を過ごす訓練ができるからということだそうです。

また、お父様の川嶋辰彦さんは教育方針について次のように語っていらっしゃいます。

「精神の自由を大切にし、主体性と創造性を追い求める姿に重きを置くように接し、誘導してまいったと存じます。ただし、帰結に対して自らの責任で甘受できる器となるようにしてまいりました。」

また、ご結婚のことをご両親にご相談されたとき、
「自分の人生は自分の責任や判断で決めることが望ましい。よく考え、よく悩んだ上で、結論を大切にしなさい。」とおっしゃったそうです。

川嶋家の子育て・・・Always Smile

川嶋辰彦さんが教授でいらっしゃったとき、研究室のドアの上に“Always Smile”という言葉が掲げられていたそうですが、これは川嶋家の家訓でもあったそうです。

確かに紀子さまはいつでも、紀子さまスマイルです。笑顔は周りの人も幸せな気持ちにし、また、自分自身も、幸せな気持ちにしてくれます。

お母様の川嶋和代さんは教育方針について「自己を主張することも大事ですが、同時に人の和も大事であると理解できるように、そういう子どもにしたいと願ってきました。」とおっしゃっています。

このようなご両親に育てられたからこそ、優しい笑顔の中にも芯が一本通っていっらしゃる紀子さまがおありになるのではないでしょうか。

川嶋家の子育て・・・国際感覚


紀子さまが幼稚園・小学校時代、お父様の留学のためアメリカのフィラデルフィで過ごされたのですが、国際感覚を養うため、現地の幼稚園・現地の公立学校に通われました。

その後、6歳で帰国され、今度は11歳から13歳までお父様の研究のため、オーストリアで過ごされました。今年の夏、眞子さまがオーストリアでホームステイのご経験をされましたが、ご滞在先は、川嶋家がウイーンで過ごされたとき、お知り合いになったご家庭にホームステイされたということです。

眞子さまと佳子さまのご成長

ご両親に優しいお心配りをされるよう
ご成長されたおふたり
記者会見をもとにおふたりのご成長を振り返ってみたいと思います。(記者会見より抜粋)

<平成14年>

Q:愛子さまのお相手をする時の『お姉さんぶり』などご成長が垣間見られるエピソードは?

「今年の夏、眞子と佳子が自分たちは小さい時どのようなことで喜んだのかと私に尋ねながら、御用邸でどのようにすれば敬宮さまがお喜びになるかを相談しながら旅の支度をしておりました。御用邸ではしっかりと座られるようになりました敬宮さまと娘たちがととのえたおもちゃで楽しく遊びました。」(紀子さま)

Q.二人のお子さまと日常の触れ合いの中でお感じになったことは?

「私たちが仕事が立てこんでおりますとき、また外国など比較的長い旅から戻ってきましたときに私たちの体調を気遣ってくれたり、何か手伝いたい、助けることができたらとの気持ちを持って優しい言葉をかけてくれることもあります。そのような娘たちの心配りに成長を感じます。」(紀子さま)

3年前から、眞子さま、佳子さまはお姉ちゃまぶりを発揮されたり、また、ご両親にお優しいお心配りをしていらっしゃいます。新宮さまがお生まれになったので、いっそう、紀子さまのお手伝いや新宮さまのお世話に精を出されることでしょう。

<平成15年>

Q. お二方のご成長ぶりについて、日常のエピソードを交えてお聞かせください。


「上の娘はこの春から中学生になり、以前から興味・関心を持っていた美術や絵画などの展覧会にも行き、少しずつ興味を深めているのではないかと思います。夏休み、古文書の修補を見学に行ったのですが、非常に興味を持っているようでした。

一方、佳子はスケートを楽しんだり、工作とか折り紙とか作ることが好きで、よく折り紙をしたりして楽しんでいるようです。」(秋篠宮さま)

「姉妹で一輪車もしています。二人で手をつないだり、自分たちで何か一輪車の遊びを作っていることもあって、私たちが見ていても大変楽しゅうございます。

二人は、私たちに身近な生活から社会の出来事まで、様々なことを話すようになりました。わからないことは私たちに尋ねて、宮様が丁寧に説明をされたり、私が十分に答えられない場合には、一緒に調べたりすることもございまして、このような時間も大切にうれしく思います。」(紀子さま)

親が、子どもから質問をされることはよくあることだと思いますが、答えられない質問をされた場合、適当に答えたり、「わからない」と言って、そのままにしている親も少なくないと思いますが、十分に答えられない場合は、紀子さまのように、一緒に調べることがとても大切です。

正しい答えを導き出すことだけでなく、わからないことは調べるという姿勢を子どもに見せることが大切なのです。


真似したい!紀子さまのおおらか子育て(1) 

2007年05月28日(月) 18時17分
真似したい!紀子さまのおおらか子育て(1)

紀子さまのおおらかな子育て

最初のご懐妊の時、紀子さまはお医者様に「笑いすぎて大丈夫でしょうか?おなかの赤ちゃんに響きませんか」とお尋ねになったことがあるそうです。

紀子さまと言えば、紀子さまスマイルと言われるほど、いつも笑顔でいらっしゃいますが、ご懐妊のときも、マタニティーブルーなどということもなく、よくお笑いになっていたということですね。

ご懐妊のときから、そのようにゆったりとした心でいらっしゃったのですが、眞子さまがお生まれになってからも、変わらず、おおらかに子育てをされてきましたので、お子様方は伸び伸びとご成長されていらっしゃいますね。

印象的だったのは、眞子さまが2歳前の軽井沢での出来事。皆さんもよくご存知だと思いますが、大きなレトリバー犬が眞子さまに飛びついたとき、紀子さまはあわてられることもなく、笑顔で「( 眞子ちゃんと ) お友達になりたかったのね 」とおっしゃったおおらかな紀子さまです。

おおらかな子育てをするために

紀子さまのおおらかな子育ては育児に関する確かな知識、経験、そして、やるべきことはきちんとするという基本があってこそのものだと言えます。

お一人目のお子様なのにご経験と言うのは、紀子さまは7歳お年が離れていらっしゃる弟の舟さんのお相手をよくされていたので、赤ちゃんの扱いに慣れていらっしゃったようです。

また、眞子さま10ヶ月のころ軽井沢のテニスコートでの出来事。「紀子さまの育児日記」によると、眞子さまの親指が絶えずお口の中にすっぽり入っていたのですが、紀子さまはまったく注意なさらず、気にかけるご様子もなかったそうです。これは、歯の生え始めに歯茎がなんとなく気になって指しゃぶりが激しくなっていたためだと思われ、紀子さまはこのような知識のもと、おおらかに対応されていたと思われます。

そして、ホテルに泊まられるときは、眞子さまのおもちゃと一緒にいつもお使いのシートをお持ちになっていたのですが、これはホテルにご迷惑をかけることなく、眞子さまが自由に遊べるようにとのご配慮からだったということです。

「叱らずにすむように親が心配りをすることが大切」と、紀子さまが育児書にされていた「おさなごを発見せよ」にもあるように、紀子さまのおおらかな子育てには、このようなお心配りがあってこそだと言えるでしょう。

しつけの第一歩はご挨拶から
眞子さまのしつけはご挨拶から始められました。眞子さまは、朝起きると、紀子さまに抱かれてお父様のところに行き、お母様とご一緒に「お父様、おはようございます。」とご挨拶をなさっていました。

ごあいさつあそび (偕成社)
作:木村 裕一
そして、ナマズやカメにも、「ナマズさん、おはようございます。」「カメさん、おはようございます。」そして、お庭へも行き、「お花さん、おはようございます。」と、ご挨拶されていました。おやすみのときも、同じように「おやすみなさい」のあいさつを繰り返されていたそうです。

眞子さまは、しかけ絵本「ごあいさつあそび」で楽しくご挨拶の練習をされていました。

2歳の夏、那須高原で眞子さまはとてもかわいいご挨拶姿を披露してくださいましたが、「ごあいさつあそび」の動物たちがする挨拶とそっくりでいらっしゃいましたね。

皇族の方は各国の皇族や王族とお会いする機会もあるだけに、「きちんとした挨拶」は、とても大切なことですが、これは、皇族に限らず、人として基本的なことだと思います。しかしながら、その基本である挨拶が、子どもだけでなく、大人にもできない人は多いように思います。

眞子さま、佳子さまは、お小さいころからとても丁寧にご挨拶され、つい先日、紀子さまの入院される愛育病院に到着されたときも、早くお母様と新宮さまにお目にかかりたい気持ちがいっぱいの笑顔で、丁寧にご挨拶されていたのが印象的でした。

秋篠宮さまも育児にご参加

秋篠宮さまもオムツを替えたりお風呂に入れたりなさっていたようで、ご両親と一緒の部屋にお休みになっていた眞子さまの夜中の授乳やオムツ替えもされていたようです。

また、秋篠宮さまはギターで、紀子さまはピアノで伴奏され、童謡をたくさん歌って聞かせていらっしゃったとか。今度は、眞子さま、佳子さまもご一緒になって演奏され、いっそうにぎやかで楽しいご様子が目に浮かびますね。

このようにおおらかで丁寧な子育てをされている紀子さま。その紀子さまがお育ちになった川嶋家の教育方針はどのようなものだったのでしょうか。

帝王学とは 

2007年05月28日(月) 18時16分
帝王学とは

天皇陛下のご教育方針

秋篠宮さまがお生まれになったとき、天皇陛下は、おふたりの子育てについて、「私はふたりを、可能な限りわけ隔てしないでいきたい。それまでは上の方を自由に、下のほうを窮屈にとの方針で育てたいと考えています。」とおっしゃっていました。

皇太子は将来、窮屈な立場になるから、できるだけ自由に伸び伸びと育てたい。秋篠宮は次男で将来もっと自由な立場になるのだから、小さいときには厳しく育てたい。というお考えから、秋篠宮さまには厳しくされたということです。

ここで、秋篠宮さまが小学校低学年のころのエピソードをご紹介します。

冬、私がペットにしていたテンジクネズミを池で泳ぐかと思って泳がしました。そうしたら心臓マヒを起こして死んでしまいました。ちょうどその時父がそこを通りかかりました。「何をしているんだ?」と「泳がしたら死んじゃった」と私が言ったのです。そうしたら次の瞬間わたしは池に放り込まれていました。(笑う)ええ、次の瞬間、私がテンジクネズミのようでした。「秋篠宮さま」(江森 敬治 著)より

このように、秋篠宮さまに厳しくされていた天皇陛下ですが、皇太子さまに対しても、戸棚の中に閉じ込めたり、廊下に立たせたり、反省文を書かせたりと厳しくされていたようです。

ご教育熱心だった天皇皇后両陛下

秋篠宮さまが小学校高学年から中学生だったころ、数学の分からない問題を天皇陛下がご一緒に解かれたり、「この問題を解きなさい」「じゃあ、これは」と、随分ご熱心に教えられました。また、美智子さまも必ず図を書きながら算数などを教えられたり、短い詩や和歌、平家物語などもご一緒に読まれていました。意味とか解釈はほとんどせず、ただ読むだけだったので、とても楽しかったと秋篠宮さまはおっしゃっています。

帝王学とは

帝王学は時代により形が異なり、多岐にわたります。
皇位継承の可能性がある男子が受ける教育で、定まったものがあるわけではなく、時代により形が異なり多岐にわたります。

悠仁さまの場合、帝王学を学ばれた秋篠宮さまの下でお育ちになり、天皇皇后両陛下に時々お会いになるなどして、自然にからだで学んでいかれることが帝王学とも言われていますが、外部講師を招き次のようなことも学ばれるといわれています。

■ 論語を学ぶ 
道徳規範を学び論理的思考養うために、多くの天皇が学ばれたのが論語です。

天皇陛下の好きなお言葉に「忠恕(ちゅうじょ)」があります。これは論語の一説に、「夫子の道(孔子の教え)は忠恕のみ」とあり、自己の良心に忠実で人の心を自分のことのように思いやる精神です。

■ 日本の伝統を学ぶ
皇室は伝統の一番大事な大本であり、古来の和歌、お習字、音楽などを単なる知識としてではなく、心を養うために学ばれます。

■ 歴代天皇のご実績を学ぶ
平安時代、宇多天皇が天皇の心得を書かれた「寛平御遺誠(かんぴょうごゆいかい)」や、鎌倉初期、順徳天皇が宮中の心得を書かれた「禁秘御抄(きんぴみしょう)」など天皇が書かれた書物で学ばれます。

鎌倉末期、花園天皇が皇太子のために書き与えた「誠太子書」について、皇太子様は次のようにおっしゃっています。(1982年 当時 浩宮さま)

「徳を積むことの必要性とそのためには学問をしなければならないということを説いておられ、非常に深い感銘を覚えます。」

また、天皇陛下(1977年 当時 皇太子さま )は天皇の歴史を学ぶことについて「天皇の歴史というものを知ることによって、自分自身の中に皇族はどうあるべきかということが次第に形作られてくるのではないか。」とおっしゃっています。

■ 海外留学
皇太子さまは大学ご卒業後、イギリスのオックスフォード大学に2年間留学されました。その際のことを次のように話されています。

「ヨーロッパの各王室の方々とお会いしてそれぞれの王室の方がそれぞれの環境の中でどのようになさっていらっしゃるかを知ることによって、それも自分のこれからの将来の参考にしたいと思っています。」

悠仁さまご誕生!皇室男子の教育の変遷 

2007年05月28日(月) 18時12分
悠仁さまご誕生!皇室男子の教育の変遷

皇室において41年ぶりに男のお子様、悠仁さまがご誕生されましたが、どのような教育をお受けになるのでしょうか。現在の皇室典範では皇位継承順位第3位でいらっしゃるため、帝王学も学ばれることでしょう。

幼い間は、眞子さま、佳子さま同様に、秋篠宮さまと紀子さまが、皇族の一員であることを心がけるようお育てになり、天皇皇后両陛下や皇太子さまご一家とご一緒する機会を多くもたれることで自然に帝王学は学んでいかれることと思います。

そして、いずれは、皇位継承順位第3位という重責を担われるのにふさわしくご成長されることを意識し秋篠宮さまも紀子さま、関係者も努力されるのではないかと思います。

ここで、天皇陛下の時代から皇室男子の教育を振り返ってみたいと思います。

天皇陛下のご幼少期から青年期〜孤独な日々を
1933年にお生まれになった天皇陛下は、宮中のしきたりにより、わずか3歳でご両親の元から離され育てられました。女官がいると軟弱になるということから、東宮仮御所で東宮傅育官(ふいくかん)によって育てられ、周りは大人の男性ばかりでした。

しかも、弟宮の義宮さまとも別々に育てられ、時々義宮さまがお兄様(今の天皇陛下)のいらっしゃる東宮御所に遊びにいらして、土日にお泊りになることもあったそうです。

戦後、慶応義塾の塾長だった小泉信三氏やアメリカの著名な児童文学者ヴァイニング夫人が天皇陛下の教育担当に就きましたが、彼女の言葉に印象的なものがあります。

「殿下はあまりにも退屈な束縛された生活を送っておいでになるとわたしは思った。尚悲しいことには、殿下はより大きな自由への欲求をも感じてさえおられないご様子なのであった。」

天皇陛下は、孤独の人と言われていらっしゃったのです。

天皇陛下のお辛いご経験から我が子は一つ屋根の下に

天皇陛下はご自分の子どもたちには辛い思いはさせたくないというお考えから・・・
秋篠宮さまは1965年、お生まれになり、お兄様の皇太子さまとご一緒にご両親のもとで、お育ちになりました。

1984年結婚25周年の会見で天皇陛下は、お子様の教育について、「基本的に私の育った経験から良かったと思うものを取り入れ、そうでなかったものを改めてということになると思います。

私の育ったときと違いますのは親兄弟が一緒に住んだこと、また、教育を学校に任せたことかと思います。」とおっしゃっていますが、親元を離れ、ご兄弟も離れて過ごされたことで、次のようなお辛い経験もされました。

弟宮さまが天皇陛下のおられる東宮御所に遊びに来られて、兄弟げんかをされた時、東宮侍従は「義宮さまの教育係のしつけが悪いからだ」と言い、逆に義宮さまのご教育係は、「東宮侍従のしつけが悪いからだ」と言い争いになり、天皇陛下はご兄弟でたいへん悲しい思いをされたのです。

天皇陛下は、ご自分のお辛い経験からご自分の子どもとたちとは一つ屋根の下で暮らすことを切望され、侍従もおひとりの方に、ふたりの子ども両方をみてくれとおっしゃったそうです。

幼いころの皇太子さま、秋篠宮さまの個性

天皇皇后両陛下はおふたりのお子さまの個性を大切に
皇太子さまと秋篠宮さまを拝見していると私達も感じますように、天皇皇后両陛下は、おふたりそれぞれの個性を大切にお育てになられました。

お子様が小さいころからいろいろなものに興味を持つ機会を多く作られ、皇太子さまは音楽にご興味があり初等科1年生からバイオリンをされ、秋篠宮さまは動物がお好きで特にヘビ、カメ、トカゲなどにご興味がおありになったということです。


やんちゃでいらした秋篠宮さま

ご夫妻でオリンピックにに出場されたという長久保ご夫妻は、皇太子さまと秋篠宮さまがお子様のころスケートの指導をされていましたが、その時のおふたりの個性がとてもよくわかる楽しいエピソードがあります。

長久保ご夫妻は次のようにおっしゃっています。

「秋篠宮さまは今はすっかり落ち着かれて立派な秋篠宮家をお作りになって、お子さまに対しても立派なお父さまでいらっしゃるけれど、小学校、中学校のころはとてもやんちゃでいらっしゃいました。

たとえば、練習していて『じゃぁ、10周回りましょう。』というと、浩宮さま(皇太子さま)はきちんと10周回られるのに、秋篠宮さまは、『僕7周!』とおっしゃって、7周で終わられて、『じゃあ、休憩しましょう。』と言うと、一生懸命滑っていらっしゃいました。(笑)」

「秋篠宮さまが幼稚園か小学校1年生のころ、浩宮さま(皇太子さま)は転ぶってことは全くありませんでしたが、秋篠宮さまはちょいちょい転ばれました。その度に『わー!!』と泣かれてたのですが、『手を差し伸べないでください。自分の意思で起きるまで待ってください。泣いていても放っておいてください。』と、美智子さまからのお願いがありました。」

美智子さまは深い愛情と共に、厳しい教育もされてされていらっしゃいました。

1年の計は元旦にあり=効果的に目標を立てる 

2007年05月28日(月) 18時09分
1年の計は元旦にあり=効果的に目標を立てる

「1年の計は元旦にあり」といいますが、やはり、元旦に目標を立てることに意味があります。新年を向かえ、新しく目標を立てるには理想的なタイミングといえるでしょう。

この記事は新年にアップしたほうがふさわしいかとも思ったのですが、ぜひ元旦に目標を立ててもらいたくて、年末にアップしています。来年の目標は何にするのか今年中に考えておきましょう。

例えば、子どもの目標なら・・・

● 朝は親に起こしてもらわないで自分で起きる

● おはよう、おやすみなさい、いただきますなどの挨拶をきちんとする

● にんじんを残さず食べる

● 1日10ページ本を読む

● 野球選手を目指して、毎朝100回素振りをする

そして、親の目標は・・・

● 子どもに『早くしなさい』とは言わない

● 1日30回、腹筋と腕立て伏せをする

など、大きな目標でも小さな目標でもかまわないので子ども自身に目標を立てさせましょう。そして、子どもだけじゃなく、親も一緒に目標を立てましょう。

効果的に目標を立てるポイント

1.元旦に目標を宣言する
新しい年の最初の日に、気持ちを新たにし目標を宣言することに大きな意味があります。

2.期間をはっきりさせておく
1年間でも3ヶ月でも1ヶ月でもかまいません。期間をはっきりさせておくことが重要です。より具体的になり、目標を達成しようという気持ちが強くなります。

3.子ども自身で目標を決める
そのためにも、突然、元旦に目標を立てようと声をかけるのではなく、前もって、目標を何にするか考えるように促しておきましょう。

4.目標を数字で設定する
数字で設定できないものもありますが、例えば、「漢字テストでは毎回90点以上取る」とか、「縄跳びの二重跳びを連続10回以上跳ぶ」など具体的な数字で設定できる目標の場合、数字で設定すると、達成できたかどうかがわかりやすく、次の目標を設定しやすくなります。

5.目標設定は高すぎず低すぎず
目標設定が高すぎても低すぎてもやる気がなくなるので、効果的な目標設定出ない場合、親子で話し合いましょう。

6.神社・寺にお参りし、神仏の前で目標を誓う
神仏の前で誓うことで達成しようとする意欲も強くなります。あるいは、初日の出を拝む機会があれば、初日の出を前に誓うのもいいですね。

7.子どもと一緒に親も目標を宣言する
子どもだけに目標を立てさせるのではなく、親も一緒に目標を立てることで
お父さん、お母さんと一緒に頑張ろうという気持ちが励みになります。

8.紙に書いて壁に貼っておく
1月2日の書初めの日に、目標とする内容のキーワードを半紙に筆で書くのも良いでしょう。また、不要なカレンダーの裏などにペンで大きく目標を書き壁などに貼っておくと効果的です。

9.目標が達成できたときは子どもをほめることを忘れない
月末や3月末など目標の期間の終わりに、目標が達成できたときは、すかさず誉めると、それが子どもにとって大きな自信となり、次の目標への土台となります。

子どもが自分で目標を決め、それを宣言し、目標を達成するという経験は子どもにとって大きな自信となります。

聖路加国際病院理事長、同名誉院長の日野原重明先生は、95歳の今も、5年先、10年先の長期的な目標から1日ごとの目標も決めていらっしゃるということです。

「今日すると決めたことは、必ずその日にやり通し、翌日に悔いを残さないようにするという達成感は幸福感となる。」と、目標を定め、生きがいを持つことの大切さを強調されています。私達もぜひ見習いたいものです。