そらのむこう 

2006年08月31日(木) 23時10分
つらくなったら、なきたくなったら、
にげてもいいの。
たちどまっても、ひざをかかえても、なくことをがまんしなくても。

にげてにげてにげて、そうしてあきたら、かおをあげればいいから。
ほんのちょっとだけ、めにうつるふうけいをかえてみるだけでいいから。

だから、むりしないで。
にげてもいいから、めのまえから、きえていかないで。

おじいちゃんの本 

2006年02月12日(日) 22時55分
わたしは本屋さんが好きだ。図書館も、一度入れば何時間でも過ごすことが出来る。かといって、わたしはすごい読書家というわけでもないし、本は読み漁るというより、好きな作品を時間を置いて何度も繰り返し読む方だから、実際の読書量はたかが知れている。
それでも本のある空間は、何故だか落ち着いた。誰からも自由で、世界とは切り離された何か特別な雰囲気がそこにはある。とっぷりと、その居心地の良い椅子に腰掛ける事が出来た。本屋さんの、新書の並ぶ少しだけ現実味を含んだ空気も、図書館の擦り切れた背表紙、茶色く焼けた一枚一枚の薄い紙、時間をどっしりとしたその重みの中で、けれど決して他と交わることなく積み重ねたあの懐かしいようなにおいも、どれもわたしを拒絶しない。その代わり、引き止めることもない。その小さな冷たさが、心地よかった。一人でいるときより寂しくなくて、たくさんの人の中にいるより心が躍った。どこか不思議な世界の老紳士が、揺り椅子を揺らしながら、膝に掛けた柔らかいブランケットの上にそのしわがれた優しい手をのせて、ほんの少し目尻を下げて、ゆったりとした調子でおとぎ話を聞かせてくれるような、そんな胸の弾むような懐かしさと、そのまま眠ってしまえそうな安堵感を覚えた。
そう、不思議なことに、おばあちゃん、というよりは、本はどこかわたしの中でおじいちゃんとなっている。もしかしたら、それは多分、幼い頃に本当のおじいちゃんを亡くしているからかもしれなかったけれど、おぼろげな記憶の中のおじいちゃんは、優しいだけではなくて、ほんの少し、厳しかった。

まあるい 

2006年02月12日(日) 22時32分
どこか、どこでもいい。
わたしのことを、だあれも知らない、そんな所へいきたかった。
わたしだけしかいない世界。怖いことばも、げんじつも、なんにもないところ。

実際にそんなことが起これば、きっと、わたしは悲しくて怖くて、泣いてしまうだろう。
気が強くて、プライドが高くて、人をけなすことで何とか自分を生かしてこれたような人間で、でも、人一倍、相手の中に自分の存在を見つけようとしてしまうから。
ほんとうは、とてもとても、よわい。だれかに認めてもらわなければ、生きてゆけない、そんな、かなしいいきものだから。

でも、いつからだったろう。
だれかと話すと、その人の感情も取り込んでしまうから、そのたびに本当のわたしが消されていくような気がしてしまう。ときどき、おもしろくもないのに無理して笑うとき。悲しくもないのに、一緒になって泣こうとするとき。
そんな自分に気付いたときの、あの虚しいような、空っぽになっていくような気持ちが、瞬間が、わたしはひどく、怖い。
そして思うのだ。なんて卑怯で、あさましいいきものなのか、と。

だから、だあれもいない世界でなら、と思う。
そんな場所なら、わたしはわたしでいられるだろうか。
卑怯でも、あさましいわけでもなくて、わたしがわたしをいとおしく思えるような、そんな自分になれるかもしれない、と。

ぽっかり 

2005年12月10日(土) 3時20分
こころにぽっかりあいたあな。
かなしいも、うれしいも、みんなみんなぬけおちて、
それは、そう、まるで
なかみのない、ぬけがらのよう。

どこにいってしまったの、
わたしのなかの、たいせつななにかは。
みんなにおいていかれたのがかなしくて、
とうとうわたしのなかからも、わたしがいなくなってしまったの?

ねえ、おねがい
どうかわたしを、おいていかないで

つきあかり 

2005年11月10日(木) 6時43分
たいようのような、つよいつよい光よりも、
つきように、あわくやさしくやわらかな光をいとしく、おもう。

はるには陽気に、
なつは情熱的に、
あきはかりそめに、
ふゆには、たかくとおくなった空から、ごきげんななめ。
そんな気まぐれな、たいよう。
ひとたびくもがカーテンをかければ、じめんに熱だけをのこして、かくれんぼ。
ほんとうははやくみつけてほしいのに、
けっしてじぶんからはでてこない。
そんなあまのじゃくな、たいよう。

けれど。
つきは、いっかなかわらない。
はるも、
なつも、
あきも、そしてふゆになっても。
空がほんのりあかねにそまるころ、おともなくかおをのぞかせ、
それから夜が明けるまで、しずかに、空をさんぽする。
くもは、つきをかくそうとするけれど、
じわじわ広がる月のあわいあわいひかりを、ぜんぶかくすことなんて、できない。

つきは、よわいのではないの。
しずかにそっと歩をすすめる、それもひとつのつよさなの。
じぶんはじぶん、気のつよそうなつきの、けれどにじみでたやさしさを、だれがみおとすでしょう。

そっとみまもること、
つかずはなれず、でもそのそんざいはたしかに、

いとおしい

ほんわか 

2005年11月05日(土) 4時10分
自分の短所ばかりみえるのも、冷静に自分をみつめられていることだと、
それにはっとさせられた。
ひとによって、態度が変わってしまうことも、そのひとの中に自分を据えて、自分の立ち居地をきめられていることなのかもと、ある人のことばを読んでおもった。

ことばはこわいけれど、
でもほっとさせてもくれる。
ああ、むりにかえるひつようなんてないんだ、て。

だから、ことばを読むのはすき。
たちどまることのやさしさと、まえをみすえるこころいきを、伝えてくれるから。

いまは、ちょっとだけたちどまって、ひといきついて、
ちいさな、けれどかくじつな一歩を。

ひさびさに 

2005年11月04日(金) 2時03分
落ち込み中。
何に?てほど、何か嫌なことがあったわけじゃないんだけど。
でも、何気ない一言とか、そうゆうので一気に気が滅入っちゃう。
他人の影響を受けやすい人間の、かなしいさがだね、とおもう。

嫌なことは、やっぱりあっちには書きたくない。
書いちゃうかもしれないけど、見に行きたい気分にもなれないから。
だから、こうゆうときは、これからもこっちのブログに書きに来るんだろうなぁ。
全然使ってないブログだけど、こうゆうときくらいは、ね。。


ひとのことばはこわい。
ほんにんはきにしていないからなおのこと。
だけど、だからこそ、すとれーとすぎて、よわいこころじゃうけとめられないんだ。
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