今日、珍しく学生時代の同窓生から電話がありました。
先日亡くなった千石先生の通夜が明日あるとのことで、
「君は行くのかい?」と言う話し。
いやぁ・・・
生徒と言ったって卒業以来会って無くて面識は無いに等しいし
出席まではいいや。・・・と返答。
ただ、卒業生一同からの供花の費用は協力する旨を伝えました。
まぁ、そこまでは良いんですけどね。
お約束のご挨拶ではありますが、
言わんでも良い事を言ってしまった私。
「それにしても久しぶりだね。
今みんなどうしてるの?」
・・・聞きますよね。久しぶりに会話した同窓生ですし。
そして返って来た返答。
「俺は○○(自然保護財団)の職員をしてるよ。
A君は某所のビジターセンターで学芸員。
B君は自然教育の指導員。
C君は環境社会学の講師。
DさんはJICA(青年海外協力隊)でアフリカに。
E君は○○財団(自然教育財団)でニコルさんと働いてるよ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・うわぁ・・・すげぇ。
何気にさらっとビッグネーム出てきてるし。
そういえば、私はC・W・ニコルの数多いる教え子の一人でもありました。
そのニコルさんと働いてるのかよ。アイツ。
「ニコルさんが黒姫の森にある施設で
同窓会やりたいってさ。」
・・・・・い・・・行きづらい。
自然保護の最前線で活躍している彼ら。
対して、さっさとその道から離れた私・・・。
そして、当然話しは私の近況へ。
「イェーガーも自然保護NGOの研究機関に勤めてたよね?」
・・・・・・・・・・ぐふぅ・・・・・・・・・。
辞めましたとも。何年も前に。
結婚を機にとか言って。
今はただのサラリーマンです。
素直に今までの経緯と近況を話すと、
「いやいや、卒業生の大半がそんなもんだって。
むしろ半分近くがそういう職に就けなかったんだから。
数年でもそういう場で働いていただけでもスゴイと思うよ。」
・・・と、フォローされる始末。
自然保護活動の職場から離れ、今の職に就いた事を後悔はしていませんし、
決して逃げたとか情けないとも思っていません。・・・と思う。
胸を張って他人様に話せる生き方をしているつもりです。
・・・・・・しかし・・・・・・
今もなお、あの頃のように高い志で活躍している同窓生達が眩しく見え、
なんか悔しい。
こんな話を聞くたびに、
私の中で眠っていたはずの何かが喚きたてます。
それは
「世界が変わらないのなら、俺が変えてやる。」
・・・とか、こっ恥ずかしい事を言っていた青二才の私。
その残りカスが今も私の中に残っていて、
「おまえはいったい何をしているんだ!」
と喚きたてているような気がします。
確かにあの時、私は研究機関の職よりも結婚を選びました。
NGOは非営利団体なので、時間的にも収入的にも
到底家庭を築ける余力は無いと思ったからです。
実際、そこの職員達は結婚できなかったり、家庭崩壊したりと
私生活に関してはえらい有様でした。
「本職じゃなくなっても、自然保護には関われるさ」
と言って転職しましたが、
その後そういった活動に参加することはありませんでした。
今ではあの頃持っていた自然保護への想いが
ほとんど消えてしまっています。
なぜ、いつからそうなったのか・・・。
今思うと、
それはひーちゃんが産まれてからかもしれません。
元々キャパシティーが小さいくせに、
最も大事だと思うものに極端なほど全霊を傾けてしまいがちな私。
父親になったことで、ほとんど全ての意識が家庭に向かい、
それ以外の物は頭の中から消えてしまったような気がします。
それはもう、私にとってはまるで
地軸がねじ曲がったかのような世界の変わりっぷり。
しかも、ある意味頑固なところは変わらずで、
「父親とはかくあるべき」というものを
頑なに追い求めるようになっていたかもしれません。
そうすると、もう視野が狭まる事狭まる事・・・。

先日のスライドで使用した写真。
この写真を撮っていた頃は
足元にある様々なものにもっと感動していた気がします。

それが今では視野が狭まり、
かつて感動していた物にも気がつかなくなっているんだと思います。
そんな事に気付いた今日この頃。
今も私の中の青二才がブツブツ言っていますが、
今の私の中心になっている物はあの頃とは違います。

自然保護の職に就いたままだったら
今のように家庭を第一に考えられなかったかもしれません。
自宅を買うなんてできなかったでしょうし、
モカさんと暮らしたり第二子を産む事も無かったかもしれません。
今もなおその方面で活躍している同窓生達を格好良いとは思いますが、
私が彼らのようにはなれないのと同じように、
彼らも私のようにはなれないかもしれません。
他人の生き方と比較して優劣を見ようなんて行為は愚かしい話しです。
「なりたい自分」に向かって進んでいて、
そんな自分に誇りを持っていることが
生きていく指針としてなにより大切なんだろうなぁ・・・。
だからよ、青二才。
とりあえず俺の生き方を黙って見てろ。
とか書いていたら、エライ長文に。
最後までまとまりの無い駄文で申し訳ない。
先日亡くなった千石先生の通夜が明日あるとのことで、
「君は行くのかい?」と言う話し。
いやぁ・・・
生徒と言ったって卒業以来会って無くて面識は無いに等しいし
出席まではいいや。・・・と返答。
ただ、卒業生一同からの供花の費用は協力する旨を伝えました。
まぁ、そこまでは良いんですけどね。
お約束のご挨拶ではありますが、
言わんでも良い事を言ってしまった私。
「それにしても久しぶりだね。
今みんなどうしてるの?」
・・・聞きますよね。久しぶりに会話した同窓生ですし。
そして返って来た返答。
「俺は○○(自然保護財団)の職員をしてるよ。
A君は某所のビジターセンターで学芸員。
B君は自然教育の指導員。
C君は環境社会学の講師。
DさんはJICA(青年海外協力隊)でアフリカに。
E君は○○財団(自然教育財団)でニコルさんと働いてるよ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・うわぁ・・・すげぇ。
何気にさらっとビッグネーム出てきてるし。
そういえば、私はC・W・ニコルの数多いる教え子の一人でもありました。
そのニコルさんと働いてるのかよ。アイツ。
「ニコルさんが黒姫の森にある施設で
同窓会やりたいってさ。」
・・・・・い・・・行きづらい。
自然保護の最前線で活躍している彼ら。
対して、さっさとその道から離れた私・・・。
そして、当然話しは私の近況へ。
「イェーガーも自然保護NGOの研究機関に勤めてたよね?」
・・・・・・・・・・ぐふぅ・・・・・・・・・。
辞めましたとも。何年も前に。
結婚を機にとか言って。
今はただのサラリーマンです。
素直に今までの経緯と近況を話すと、
「いやいや、卒業生の大半がそんなもんだって。
むしろ半分近くがそういう職に就けなかったんだから。
数年でもそういう場で働いていただけでもスゴイと思うよ。」
・・・と、フォローされる始末。
自然保護活動の職場から離れ、今の職に就いた事を後悔はしていませんし、
決して逃げたとか情けないとも思っていません。・・・と思う。
胸を張って他人様に話せる生き方をしているつもりです。
・・・・・・しかし・・・・・・
今もなお、あの頃のように高い志で活躍している同窓生達が眩しく見え、
なんか悔しい。
こんな話を聞くたびに、
私の中で眠っていたはずの何かが喚きたてます。
それは
「世界が変わらないのなら、俺が変えてやる。」
・・・とか、こっ恥ずかしい事を言っていた青二才の私。
その残りカスが今も私の中に残っていて、
「おまえはいったい何をしているんだ!」
と喚きたてているような気がします。
確かにあの時、私は研究機関の職よりも結婚を選びました。
NGOは非営利団体なので、時間的にも収入的にも
到底家庭を築ける余力は無いと思ったからです。
実際、そこの職員達は結婚できなかったり、家庭崩壊したりと
私生活に関してはえらい有様でした。
「本職じゃなくなっても、自然保護には関われるさ」
と言って転職しましたが、
その後そういった活動に参加することはありませんでした。
今ではあの頃持っていた自然保護への想いが
ほとんど消えてしまっています。
なぜ、いつからそうなったのか・・・。
今思うと、
それはひーちゃんが産まれてからかもしれません。
元々キャパシティーが小さいくせに、
最も大事だと思うものに極端なほど全霊を傾けてしまいがちな私。
父親になったことで、ほとんど全ての意識が家庭に向かい、
それ以外の物は頭の中から消えてしまったような気がします。
それはもう、私にとってはまるで
地軸がねじ曲がったかのような世界の変わりっぷり。
しかも、ある意味頑固なところは変わらずで、
「父親とはかくあるべき」というものを
頑なに追い求めるようになっていたかもしれません。
そうすると、もう視野が狭まる事狭まる事・・・。

先日のスライドで使用した写真。
この写真を撮っていた頃は
足元にある様々なものにもっと感動していた気がします。

それが今では視野が狭まり、
かつて感動していた物にも気がつかなくなっているんだと思います。
そんな事に気付いた今日この頃。
今も私の中の青二才がブツブツ言っていますが、
今の私の中心になっている物はあの頃とは違います。

自然保護の職に就いたままだったら
今のように家庭を第一に考えられなかったかもしれません。
自宅を買うなんてできなかったでしょうし、
モカさんと暮らしたり第二子を産む事も無かったかもしれません。
今もなおその方面で活躍している同窓生達を格好良いとは思いますが、
私が彼らのようにはなれないのと同じように、
彼らも私のようにはなれないかもしれません。
他人の生き方と比較して優劣を見ようなんて行為は愚かしい話しです。
「なりたい自分」に向かって進んでいて、
そんな自分に誇りを持っていることが
生きていく指針としてなにより大切なんだろうなぁ・・・。
だからよ、青二才。
とりあえず俺の生き方を黙って見てろ。
とか書いていたら、エライ長文に。
最後までまとまりの無い駄文で申し訳ない。


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