お引っ越しします 

2005年02月06日(日) 2時30分
2003年1月から2年間こちらyapeusに御世話になりましたが、
お引っ越しします。
なんとなく。このフォーマット好きだったんだけどね。

1月から会社がお引っ越ししたんだけど、
今日からさらに通勤経路を変えてみました。
東京に通い続けはや15年ですが、馴染みのないルートがちょっと新鮮。
気持ちも新たな感じです。早く仕事が落ち着いて色々開拓したいな〜。

ってそれで、リニューアルしたくなったのかも。
新しい住所はコチラ↓

http://jackhours.exblog.jp/

新しいルートの乗換では東京タワーが見えます。
写メールだと小さいけど、もっと大きく見えて、綺麗。

そして、ちょっぴり哀しいお別れも、昨日。
でもお別れとは思ってないから、ね。瞳嬢!!


もろもろ気分をリセットして、今後ともどうぞよろしく。




太陽をかこう 

2005年01月30日(日) 23時34分
しばらくぶりの更新になりました。

余りにも心の余裕のない毎日に更新の余力がなかった2005年の幕開け。
もうとにかく最悪の仕事の状況に追いつめられるばかりで。
今でも何ら状況は変わってなく、
むしろより最悪ぶりが具現化しているのですが、実は今日は9月以来のレースで、
ハーフマラソンを走ってきました。レポは後日。
ホントに走っている場合ではないのだけど、半ば開き直り。
でも思っていた以上にリセットできた感じなので、ようやくこれ書いてます。
また明日からはしばらく地獄の毎日だけどね。

というわけで、遅ればせな2005年の幕開けにこの本を。
イタリアのデザインの巨匠、ブルーノ・ムナーリの絵本。
翻訳は私の大好きな須賀敦子です。ずっと買おう買おうと思っていたのを
年末に愛姪の土産の絵本買いついでに購入。


  地球のこちらがわで、夕やけがきれいだなとおもっていると、
  むこうがわでは、ああ、すばらしい日の出だとおもって、
  だれかが空をみている。


タイトルの通り、太陽をかくための例として色々な太陽が紹介されます。
日本の日の丸もでてくる。太陽そのものはたったひとつなのにね。
そうして最後はこのようにして結ばれます。


  いろいろなもので、太陽がかけることもわかった。
  紙だって、いろいろある。くろい紙に、きいろい太陽。
  きいろい紙にくろい太陽だっていい。
  しろい太陽だったら、きみは、なにいろの紙にする?
  画家たちも、じつにいろいろな太陽をかいているけれど、
  ほんとうは、きみのすきなようにするのが、いい。
  ミカンのわぎりだって、いいじゃないか。


つらいことも、楽しいことも物事は全てとらえ方ひとつ。
2005年、わたしはどんな太陽を描くのだろう。



『太陽をかこう』ブルーノ・ムナーリ(1980)
須賀敦子訳(1984) 至光社



姉妹編に『木をかこう』というのもあります。これも須賀訳。
文体も、ひらがな漢字のつかいわけもおみごと。
本当にこの人の文章と翻訳は品格があって好きです。
ブルーノ・ムナーリのデザイン本は
嶋田洋書なんかにおいてあって、すてきですよ〜。

なんだかねぇ(本編) 

2004年12月27日(月) 0時54分
さて、本題。わたしは最近の日本の小説はあまり読みません。
J文学(って最近聞かないけど)とか、
『ダ・ヴィンチ』ノリってかなり苦手。
だけど、もう大分前に読み終わってまだレビューアップしてない
奥泉光『鳥類学者のファンタジア』はおもしろかったし、
この『ひとのセックスを笑うな』という本も
「文藝賞受賞/女39歳男19歳の歳の差恋愛を
全く新しい感性で書いた」っつう
フレコミににつられて、読んでみたのですが。

なんていうかねぇ。
78年生まれという作者の写真の雰囲気は悪くなく、
こういうことを書くのは気が引けるのですが、
予想外のダメな感じに思わず書かずにはいられない。
嫉妬したくなる程の才能 by 田中康夫、ってこんなものなの?
まずポロポロした文体が私はダメ。大道珠貴を読んだときも思ったけど
最近でてくるひとははこういう文体なのでしょうか。
文章の力で圧倒的に迫ってくる感じがしない。

ストーリーも、こういう歳の差恋愛って年上女の方がベタに素敵だったり
ミステリアスだったり、まあ陳腐なおえ〜ってものが大抵ですが、
この小説は全然素敵じゃない、髪ぼさぼさで毛玉のついたセーターを
来てたりしていかにも39歳ってとこが、ちょっと新味なつもりなんだろうけど
そんなユリちゃんが愛しくてたまらない、って
気持ちは分かるけど全然説得力に欠ける。

要するに好きな人が奇麗でもない39歳人妻で旦那もブサイクってとこが
ちょっと物珍しいだけ。普通の男女に置き換えたら、
かなりどうってことないです。
どうしようもない差異がありながら、
どうしようもなく好き、ということについて
つきつめかたが足りないっすよ。短い小説にしても。
後半1/3あたりからかなりイラついてしまいましたとさ。



『人のセックスを笑うな』 山崎ナオコーラ(2004)
河出書房新社



歳の差恋愛ならサヴァンの『ぼくの美しい人だから』の方がよかったな。
afua嬢がレヴューしてた江國香織『東京タワー』はいかに!?





なんだかねぇ(予告編) 

2004年12月18日(土) 3時04分
な、なんと11月にエルメート・パスコアールが来日していた!!
毎週ぴあチェックしてたのに全然知らなくてショック〜〜。
単独公演じゃなく、ジョイントライブだったりするとぴあって全然
捜せないんだよね(涙)。ちなみにわたしがぴあを毎週チェックしていて
来い来いと念じているのは、エルメート・パスコアールと
このアラン・トゥーサン(8年くらい前のライブはよかったねぇ)
が東西横綱です(笑)。大関関脇もいるけど。

なのにねぇ。。。。


ALLEN TOUSSAINT
『MOTION』(1978)
WARNER

久しぶりに聴いたけど、やっぱいいねトゥーサン節。
ファンキーでメロウ、って常套句ですが。
プロデュース作も多数。かなり追っかけてました。


ゾロ目イヤー、確信も迷いも 

2004年11月24日(水) 0時22分
すっかり2ヶ月もたってしまったけど、9月で33歳になりました☆

もはや今さらどうこうってことはないんだけどね。
誕生日目前の9月某日、
待ち合わせをした本屋で『ダメな女』というタイトルに
思わず手にとって立ち読み。村上龍、学生時代の若かりし頃は
なんというかあの煽られ感が好きだったんだけれど
(春樹より断然龍派でした)、
その煽られ感ゆえ、歳とるとハードコアを聴くのがキツくなるような感じで(笑)
やや遠ざかり気味でした。そういえば、村上龍読まなくなってきた頃に
それまでは自分の中であり得なかったAORとか聴くようになったものな。。。

って話がそれましたが、そのときたまたま読んだ文章が印象強かったので、
33歳の所感としてここに書いておきます。


  私は、人生というものは、やり直しがきかない、取り返しのつかないことの
 連続だと思っている。だから、いくら好きだといっても無謀なことをしてはい
 けない、というわけではない。逆だ。取り返しがつかないことの連続だからこ
 そ、自分はなにをしたいのか、なにをしているときの自分がもっとも充実して
 いるのかがわかれば、誰がなんといおうと、その好きなことを完遂すべきであ
 ると思う。
  その過程で、かけがえのない人やことがらに出会う。そういう風にして出会
 ったものや人には替わりはいない。あれがダメだから、じゃあこれにしようと
 いう替わりのものがない。替わりがないから、取り返しがつかないのだ。
  わからないというタイプの人は、すぐに替わりを見つける。かけがえのない
 もの、というニュアンスとは無縁に生きているように見える。


このエッセイ全編、煽り村上龍節全開です。『ダメな女』といいながら、
女だけでない誰でも持ってるダメな部分を煽られまくります。
仕事頑張ってるし、ということを甘えにしてるんじゃないか、とかね。
時にはこういう風に煽られることも必要でしょう。てか、こういう煽り煽られ
マインドをデビューのころからずーっと持ち続けてる村上龍って、
タフだよなあと。私はしんどくなっちゃうだけに。
そんな人はほっておいて、自分はささやかに生きていくよ、と思っちゃう
だろうから(笑)。ま、これがなくなったら村上龍じゃないだろうし、
好き嫌いが分かれるところだろうけど。

この歳ですから、かけがえのないといえるものの一つや二つはあるけれど
まだまだ迷いも多き33歳となりそうです。。。


 
『ダメな女』 村上龍(2004)
光文社文庫








信ずるに足るもの 

2004年11月07日(日) 23時53分
ようやく展示会も終わったけど、なかなか平和は訪れません。
一つ終わった仕事がまた次の仕事を呼び、とどまること知らず、、、。

自他共に認める精神安定っぷり(というか図太いだけ?)が
自慢のわたしですが、この10月はわたしのなかではなかなかの乱気流。
といっても世間一般のレベルでいったらなんてことない程度ですが。
なんだかんだいっても実はテンパってる仕事に没頭することで
気がまぎれた感じも。ってこれじゃほんとにワーカホリックだな。

そんな狭間の10月に立ち寄ったHMVで「2枚買うと安くなるセール」、
目についたのはPJ HARVEYの2枚のアルバム。
何となく買ってなかった2000年作と今年リリースの最新作。
今年のFUJI ROCKもこのPJ HARVEYが一番見たかったんだよなー、と
思いながらも、20代前半の頃あまりに好きだったゆえに、
今はどうなんだろうと迷うことしばし。
でも、なんとなく今のさざ波だつ自分が欲しているような気もして
結局購入したのですが。。。

2000年作の『STORIES FROM THE CITY,STORIES FROM THE SEA』の1曲目から
なんて自分に共鳴するのかと、ただただ呆然。
1996年頃から、音を聴いてもインタビューを読んでいても
あまりに痛切な感じがして少し遠ざかっていたけど、
1993年の『RID OF ME』の頃、相当コミットしていたのを思いだした。
前にも書いたけど、当時の来日ライブも今までに見たライブベスト3に入るし。
母が入院、手術するという10年前の同じ状況のときに
病院への行き帰りはいつも『RID OF ME』を聴いていた気がする。
10年経って同じ状況で、またPJ HARVEYと再会するなんて
出来過ぎた偶然のような気がするけど、よく考えると実はわたしにとっては
精神安定剤のような存在なのかもしれないなあと。
心が揺らいだ時にふとその存在を思い出す。
松浦理英子『セバスチャン』という小説もそういう存在です。
どっちも頑張れsong(笑)とかでは全くなく、
危ういものを孕んでいるのですが、その危うさに共鳴することで
光が差すような気持ちになる。
所詮そんなルーツなんだな、もういまさらセカチューとかで
感動する普通のおねいさん(じゃないおばさんか)にはなれんな、と改めて(笑)。


I can't believe life's so complex
When I just wanna' sit here and watch you undress
- This is love that I'm feeling
          「This Is Love」


そして、あなたが望むわたしであることに迷いのなくなった休日。


PJ HARVEY
『STORIES FROM THE CITY,STORIES FROM THE SEA』(2000)
『UH HUH HER』(2004)
ISLAND


にしてもPJ HARVEY の変わらぬエッジィさにはまじ感動しました。
実はPATTI SMITH に似てるってことにも今さら初めて気づいたけど。
『STORIES〜』の「Good Fortune」はモロです。

マボロシの夢舞いマラソン 

2004年11月04日(木) 0時14分
東京都庁をスタートし、代々木公園、皇居、東京タワー、築地、浅草、
上野公園、東京ドームとめぐり都庁に戻る42.195km。
レースではないのでタイム計測はなく、歩道を走り、信号を守る、
という東京夢舞いマラソン。去年その存在を知ってから
今年は走ってみたいということで、猛走会からもエイドを出すということだし
勇んでエントリーしておりました。

が、、、9月の展示会進行がずれまくり、例年なら10月には一段落ついて
いるはずが、前の日記にも書いた通り、この日まで全く休めず走れず状態。
前日も根性で23時半に仕事を終わらせ、「さあ出るぞ!」とR子に
メールしたまではよかったのだが、帰宅するなり猛烈な疲労感。。。
ほぼ1ヶ月ぶりの休みにいくらレースでなくとも42km、
ピークは過ぎたとはいえ翌日からもまだまだ仕事はてんこ盛り、
でも、せっかくだし走りたい…とかなりの葛藤。
結局決心つかず、翌朝6時に一度起きたのですが、、、うーんしんどい。

そして、、、諦めてしまいました。なんとも残念だったけど仕方なし。
しばしふて寝(?)したものの、そう簡単には引き下がらないのがこのわたし
「せめて、猛走会エイドまで走ろう」そう決意するがはやいか
とっとと溜まりまくった洗濯掃除をすませ、ルートを確認 、11時半に部屋を出発。
途中飯田橋のあたりでは、早くもコース終盤を走る夢舞いランナーともすれ違い、
皇居を抜けて、箱根駅伝スタート/ゴールの読売新聞社前から日本橋を走り
水天宮前の猛走会エイドに到着したのはちょうど13時くらい。
距離にして13〜4kmくらいかな。今の自分にはちょうどいい距離なのかも。
久々の遠出ランはかなり気持ちよく、自分にとってのヒーリング効果を
満喫した「ひとり夢舞いマラソン」でした。
エイドの皆様にも暖かく迎えていただき、、、。

それにしてもドタキャンしてしまってK井さんほんとにごめんなさい〜。
エイド撤収後、みんなでカレーを食べながら
まだまだ走っているK井さんからの「ずるい〜!」の一言は痛かったです。。。


『東京夢舞いマラソン』
10/17(SUN)


写真は猛走会エイド到着のときに撮ってもらったチェキ。
やけに爽やかで、心境がうかがえるな。。。





国立競技場を走る 

2004年10月17日(日) 22時49分
東京で好きな場所は?と聞かれたら今のわたしはここって答えるかな。
国立競技場。ささやかだけど幸福な思いがつまってる。
一人で走るのも、コーチと走るのも、大好きな人が走るのを見るのも。
初めて走った時は冬のナイターだったんだけど、
照明の向こうに抜ける月夜と汗ばむ身体に空気が冷たくて
その気持ちよさったら忘れられないなー。

ってことでその国立競技場で33歳birthday明けレースに臨んだのですが。
今回は3月の多摩ロードに続きキャメロン改め瞳嬢と10kmにエントリー。
正直いって練習ではあまり調子が上がってなかったけど
平坦なコースだし、多摩ロードの坂だらけのコースで出した
自己ベストは更新したいと思ってたんだけど。

わたしごとき底辺ランナーでも、レースで国立のトラックに立てるなんて
格別な気分。が、暑い。。。スタート時で30℃。
できたらキロ5分15秒ペスで、と思っていたのだけど
最初の2kmでロスタイム抜いてもすでに10分40秒。しかもなんだかすごくきつい。
暑いし、脚は重いしこれは厳しいかも。。。
案の定その後もどんどんラップは落ちなんと6分30秒にも。
途中ホントに歩きたくなったけどそれだけは踏み止まりました。
結局60分31秒。給水もがんがんとったけど、
それにしても60分越えるなんて軽く凹んでしまいました。。。
軽井沢に続き、どうにもこうにも暑いと追い込めなくてダメみたい。
せっかくの国立競技場レースではありましたが。。。

それにしても事前の手ごたえっていうのは正直だね。
レースでも国立にいい思い出が刻めるよう、また、頑張るのみです。



『チャレンジ・ランinナショナルスタジアム』
9/19(SUN) @国立競技場




更新怠り中。。。。 

2004年10月10日(日) 2時31分
怒濤の展示会月間突入中。んもー全く休めず走れず更新できず。
もちろん今日も仕事してるうちに台風は通り過ぎ、
会社を出た時にはすっかり雨もあがっておりました。
それにつけても週末の雨続きはかなり痛い。
ここ2〜3年の中でも覚えのないくらい走れてないー。
来週の夢舞いマラソン(42.195km)はホントにヤバいです。
明日(てか今日)も仕事だし。でもちょっとは走るぞ。

で更新控えてることいくつか覚え書き。
1.9月19日の国立競技場10kレース
2.33歳になったにあたり所感
3.そして今もりもり読んでいる奥泉光『鳥類学者のファンタジア』♪

それにつけても走ることができないってのは
なんというか自分の存在基盤を揺るがされる感じ。
走りはじめて4年半になったけど、
いつの間にそんなかけがえのないものになっていたことを
思い知らされます(でもゆっくり感慨に耽る余裕もないが)。

そんなわけですが、今のわたしは展示会を無事終えるまでは
諸々それどころではないのであります。でもでもそのうち更新します!!

てことで写真は思い出深き国立競技場?




つれづれヒッピー考 

2004年09月26日(日) 1時02分
  
   ジェルジンスキの生きた時代、人々は哲学をいかなる実際上の重要性も
  なければ、対象も持たない代物だと考えるのが常だった。だが現実には、
  ある時期に社会の成員たちによってもっとも広く受け入れられている世界
  観こそが、その社会の政治、経済、慣習を決定するのである。
   形而上学的変異―すなわち大多数の人間に受け入れられている世界感の
  根本的、全般的な変化―は、人類史上まれにしか生じない。その例として
  キリスト教の登場をあげることができる。

「素粒子」プロローグより抜粋。そしてそういった形而上学変異は
既存の政治・経済システムや社会的ヒエラルキーを容赦なく一掃してしまい、
いかなる人間の力によっても止めることができない、
キリスト教がローマ帝国を、近代科学が中世キリスト教文化を崩壊させて
しまったように、と続くのですが。

「素粒子」を読んで思ったのは、60年代にアメリカで発生したヒッピー思想や
文化っていうのは、当時はそのような形而上学的変化を思わせるものだったのでは
ないかということ。美しく聡明な美容外科医、という「現代的」女性だった
ミシェルとブリュノの母ジャニーヌは、アメリカからやってきた「なにか根本的に
新しいこと」であるヒッピー思想に耽溺していく。
でも、ヒッピーカルチャーは結局のところ、世界観の根本的/全般的な変化を
引き起こし得なかった。ジャニーヌは朽ち果てるように死ぬ。

なにか根本的に新しいことだったかもしれないけれど、
なにかが欠落していたがゆえに、普遍性のあるものたりえなかったわけで。
それを探ろうとするような社会学論は繰り広げられませんが、
最も多感だった?10代から20代にかけてJANIS JOPLINとか
JEFFERSON AIRPLANEとかGRATEFUL DEADにどっぷりだった
我が身を振り返ってみても、いわゆるヒッピーライフ的なものには
興味をもちこそすれ、実践しようとは(笑)思わなかったもんな。
(髪の長い人にはいまでもヨワかったりしますが、笑)
当時は別にそんなことを深く考えたりすることもなく健全に日々を過ごして
いたわけですが。

  仮に今の時代にヴェルヴェット・アンダーグラウンドみたいなやりかたで
  ヘロインのことを歌っても、それがクールでデンジャラスなこととは言え
  ないだろ?そういうのは、すべて時代の違いってことでしかないよ。今の
  時代で最もデンジャラスなのは、夜の11時半に寝て、朝は7時に起きて
  すごくいいライブをやるバンドだよ(笑)

1999年のFUJI ROCK FESTIVALで初来日し、3日間延々ライブを繰り広げた
ときのPHISHのインタヴュー。PHISHは83年の結成以来、全米をひたすらライブ
でまわり続け、そのライブにはフィッシュへッズというヒッピー集団がコミュ
ーンをつくって追っかけているという現象ゆえ、現代のGRATEFUL DEADといわれ
るバンド。ライブはジャム的な要素が強く何時間にも及んで、そんなとこも
DEADっぽい。わたしもPHISHを見るためにFUJI ROCKにいき、素晴らしいライブに
感動したのですが。FUJI ROCK後にこのインタビューを読んだ時はその現代的
ヒッピー観にまさに「膝を打つ」思いがして、感動も新ただったな。
PHISHはPAVEMENTを「90年代のヴェルヴェット・アンダーグラウンド」と非常
に評価しております。普通に知的な人間としてふるまうことの方が、今の時代
にはよっぽどデンジャラスなんだ、と。

今まさに、このハードな時代に、ウェルベックいうところの大きな形而上学的変化
が起こりつつあるのかもしれない、と思うとちょっとエキサイティングな感じがし
ます。PHISH曰く「90年代は心に問題を抱えていることをクールと見なすような時
代だったけど、ほんとにクールなのは人生を祝福することの方なんだ」。
20世紀末に語られたこの言葉のような次世代がやってくるとしたら。
そのひとつの答えが『素粒子』にある、のかもね。
まあ、どんなに仕事が忙しかろうが、負け犬であろうが(笑)、
とりあえず自らの人生を祝福できるようであれたらとは思いますが。



PHISH『BILLY BREATHES』(1996)
ELEKTRA



そんなPHISHですが、なんと今年2004年に解散してしまいました。。。
インタビューとかフォローできてないんで、詳しいことはわかりませぬが、
残念ではあります。ライブ見れてよかった。。。





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