陸前高田 氷上錘ミ

March 30 [Fri], 2012, 4:36
ようやく、お呼ばれした氷上錘ミを紹介します。
この錘ミは陸前高田駅の北北東約2km、氷上山の南麓に鎮座する式内社です。
今回の震災では、錘ミのすぐそばまで、津波が押し寄せました。
右の道路を登って、200m位走ると錘ミがあります。
かろうじて、守られた先人は、ここまで来ないことを分かって建造したのだと思います。
氷上錘ミ概要氷上錘ミの創建は不詳ですが、氷上山山頂にある、理訓許段錘ミ、登奈孝志錘ミ、衣太手錘ミの三社の里宮として現在地に鎮座されました。
この三社は延喜式趨シ帳に記載されていた所謂式内社で、当初は別々の場所にあったものを中世に修験僧が頂上付近に遷座したという古社で氷上三社と称されてきました。
氷上山も古来から周囲の最高峰874mであり頂上が花崗岩が剥き出しになっている古来の巨石奇岩信仰、あるいは太陽信仰事や頂上から周辺地域の眺望が優れている事などから信仰の対象となってきました。
気仙郡が造られた頃は氷上山は気仙山と称していたようですが、太陽信仰などから日の吹v又は頂上付近に野火が多かった事から火の吹vと言われるようになり現在の氷上に変じたとそうです。
本殿手前の御假殿は元々山頂にあった社殿を移築したもので文化5年に建てられた古建築で、現在の社殿も気仙大工の典型的技法が使われた繊細かつ重厚な造りになっています。
気仙総鎮守。
鳥居をくぐってしばらく歩くと、狛犬がお出迎え左側の狛犬右側の狛犬二匹ともタレ目で憎めない顔をしています右の狛犬、奥の池のなかに戸隠錘ミがあります。
2007年8月にダービー卿チャレンジトロフィー訪れた時は、下のお宮でした。
右の狛犬の所に場所を移して、綺麗に建て直されていますねここで、身体を清めて境内に入ります。
正面に拝殿拝殿の奥に本殿があります。
拝殿左右には、足名推手名推錘ミがあります。
私が整体師になったのが、2000年で氷上錘ミを気にしだしたのが2004年頃で整体師になって4年目でした。
ようやく行けたのが2007年で、3年かかってようやく寄せてもらうことが出来たのです。
それで、初めて手と足の雛lがお奉りされている事が分かりビツクリしました。
私の仕事に、関わる雛l拝殿、左に奉れれているのが足名推錘ミ右に奉れれているのが手名推錘ミ以前来た時と手名推錘ミの雰囲気が違うのに気づいていたのですが後ろの杉林が無くなっていたのです。
震災の影響なのかそれとも何か訳あって伐採したのかは不明です2007年8月撮影の手名推錘ミ裏手に杉林があるでしょうそれで今回呼ばれた理由は、何れ分かる時が来ると思います。
少し高田市内の画像をUPしておきます。
スパーMAIYA総合体育館JA高田支店私たちは、この惨事を忘れてはいけない伝える義務があります。
私は、伝えていこうと思っています
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