はじめてのお葬式
2004年12月22日(水) 20時37分
シリアスな話がに苦手な人は今日は読まないでね
今日は初めてお葬式にいきました。
5年前、3ヶ月アルバイトしていた日本食のお店のケンさん。
共通の知り合いの人がいて、お葬式に参加しないかと昨日突然言われたの。
ケンさんは優しくてとっても無口な人で、会話を交わしたのって2,3回ぐらい。
だけど、奥さんのりこさんには私のことを当時すごく可愛ってくれていた。
やめてからも「いずちゃんどうしてる?」と気にかけてくれていたし。
りこさんのことも思い、いってきました。黒い服は着て欲しくないというりこさんの希望で、みんな服装は普段着でした。
りこさんもケンさんもカトリック信者だったので、カトリックの教会で行われた。
クリスチャンとノン・クリスチャンは死の受け止め方が違うと思う。
クリスチャンにとって死とは悲しいものには変わりがないけど、
「終わり」ではないの。この世界(仮住まい)での人生は「終わり」だけど、
天国という「永遠」の世界へ移ったという風に受け止めるから。
だから、自分が死んだ時、自分たちもそっちに移るので、永遠のお別れではない。
もちろん、信仰の度合いによって違うのだけど、そう信じているから
病気になって肉体は衰えても、精神はどんどん強くなっていく。
「支え」と「救い」があるから。。。
ケンさんも最後の方は体が衰弱していくなかで、信仰は日増しに強くなっていったらしい。
そして、最後に言った言葉が「天国にいくのは、怖くない。」
そして、そういったとおりの表情でした。。。
本当に安らかな顔をしていた。驚いてしまうくらい。
神様に見守られて亡くなったんだと思う。
「死」ということは小さい頃から考えただけ怖くなってしまって、
なるべく考えないようにしていた。
クリスチャンが信じているものは「永遠の世界」なので、
そういう風に考えられたら死も怖くないのかもとずっと思っていた。
私はクリスチャンになりたてなので、全く怖くなくなったと思うと
嘘になってしまう。
だけど、前より自然に信じられるようになってきた。
だから、今日のも「さようなら」ではないんだよね。
また向こうの世界でお会いしましょう。。。
苦しみも悲しみも辛さもない、美しい天国で。
ちょっとディープな話題でしたが、今日の出来事だったので正直に
語りました。
5年前、3ヶ月アルバイトしていた日本食のお店のケンさん。
共通の知り合いの人がいて、お葬式に参加しないかと昨日突然言われたの。
ケンさんは優しくてとっても無口な人で、会話を交わしたのって2,3回ぐらい。
だけど、奥さんのりこさんには私のことを当時すごく可愛ってくれていた。
やめてからも「いずちゃんどうしてる?」と気にかけてくれていたし。
りこさんのことも思い、いってきました。黒い服は着て欲しくないというりこさんの希望で、みんな服装は普段着でした。
りこさんもケンさんもカトリック信者だったので、カトリックの教会で行われた。
クリスチャンとノン・クリスチャンは死の受け止め方が違うと思う。
クリスチャンにとって死とは悲しいものには変わりがないけど、
「終わり」ではないの。この世界(仮住まい)での人生は「終わり」だけど、
天国という「永遠」の世界へ移ったという風に受け止めるから。
だから、自分が死んだ時、自分たちもそっちに移るので、永遠のお別れではない。
もちろん、信仰の度合いによって違うのだけど、そう信じているから
病気になって肉体は衰えても、精神はどんどん強くなっていく。
「支え」と「救い」があるから。。。
ケンさんも最後の方は体が衰弱していくなかで、信仰は日増しに強くなっていったらしい。
そして、最後に言った言葉が「天国にいくのは、怖くない。」
そして、そういったとおりの表情でした。。。
本当に安らかな顔をしていた。驚いてしまうくらい。
神様に見守られて亡くなったんだと思う。
「死」ということは小さい頃から考えただけ怖くなってしまって、
なるべく考えないようにしていた。
クリスチャンが信じているものは「永遠の世界」なので、
そういう風に考えられたら死も怖くないのかもとずっと思っていた。
私はクリスチャンになりたてなので、全く怖くなくなったと思うと
嘘になってしまう。
だけど、前より自然に信じられるようになってきた。
だから、今日のも「さようなら」ではないんだよね。
また向こうの世界でお会いしましょう。。。
苦しみも悲しみも辛さもない、美しい天国で。
ちょっとディープな話題でしたが、今日の出来事だったので正直に
語りました。
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