風見鶏『市民かわら版』コラム記事から

July 01 [Sat], 2017, 15:54
 市民かわら版の「風見鶏」のコラム欄に、私の書いた記事についてのコメント(感想)が書かれていたので、それを市民かわら版社の山本輝暉さんの許可を得て、ここに掲載することにした。それは次のような記事であった。「証しの墓標〜厚木・愛甲にみる戦争」bU「加害の記録・南京虐殺を伝える軍事郵便」は、郷土史家の岩崎稔さんが、南京攻略に参加した伯父の軍事郵便を取り上げ、加害の記録として紹介したものだが、あちこちで大きな反響があった。
▼軍事郵便には南京城内にいた約5千名の支那人を殺した。揚子江の川べりには死体がごろごろころがっている。岩崎さんは南京虐殺を、敗残兵と市民への集団殺戮が、公然と組織的に行われた事件で、「こうした殺戮は残虐な心を持った兵士ではなく、優しい心をもった兵士によって行われた。そこに戦争の狂気の本質がある」と指摘する。▼『歎異抄』の親鸞と弟子唯円の問答が思い浮かぶ。「わしの言うことを信ずるか」「仰せの通りにします」「ならば、人を千人殺してみよ」「私は一人も殺せません」「殺せないのはそなたの心が善いからではないのだ。人間は誰でも目に見えぬ業縁の力が働けば、殺す理由などなくとも人を千人殺すこともある。それは人の意志によってなしうるものではない」▼親鸞は善と悪とは相対的なもので、業縁によって人は状況の中で常に変化すると言う。先日まで人の良い、心の優しい若者だった男が、戦地では何千人も殺戮する兵士になぜ変身するのだろうか。そこには兵士を狂気へと変える戦争の本質があるからだ。」と山本さんは、纏められている。
 今回の「厚木・愛甲にみる戦争」の連載は山本さんの連載で「相模河原で少年航空士を養成」した話しで、昭和9年から10年の戦時下の様子を伝えている。市民かわら版という厚木・愛甲の地域新聞が、あえてこのような「戦争の問題」を正面に据えて連載記事を出すのは、地域にとっても意義深いものと思う。ご一読願いたいと、感謝の意を込めて私のブログに掲載した次第だ。
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