通る夜・1965 / 劇団芝居屋

May 30 [Wed], 2012, 11:02
裏日記はこちら物語はキートンが高校時代の同級生マサルの葬儀から帰ってきたシーンから。
妻を先に亡くしたキートンが妻の写真に語りかけながらの場面は、身につまされた。
老いて独り身の寂しさがひしひしと伝わってくるシーンだ。
こういった役はやはりそれなりの加齢の増田再起が演じるからこその名利だ。
そこへ学生姿のマサルの亡霊が現れキートンは47年前の高校3年生へとフラッシュバックする。
古の高校3年生らの情景は文化祭の出し物についてマサルの部屋で相談しているという設定だが、彼らはいとも可笑しく賑やかに遊びを交えながらの歓談場面だ。
あの時代の仲間はこういった感じだったのだろうかワタクシの高校時代はみんなが割りに冷めていて、やけに大人びた個人主義者が多かったから半ば不思議な感覚小倉ゆずがした。
思い出の中のキートンらは夏休みを存分に楽しむ幼子の態で水の中ではしゃぐ河童のようなのだ。
この中で彼らは文化祭に芝居をやろうと言い出したチーコの案を呑み、キートンは脚本を書くことに。
テーマは20年後同窓会だ。
そして彼らはそれぞれの将来への夢と希望を出し合いながら思春期特有の淡い恋心も芽生え、青春を謳歌したような場面も覘かせる。
やがて、キートンの恋が破れたあたりから同級生らとの絶縁が決定的になる。
全ては未熟な行為、友情への疑心暗鬼からだ。
物語は幻想的なオクラホマミキサーを踊る場面に戻り、思い出の中の同級生らは過去に次々と吸い込まれてゆく。
キートンが過去へ戻ったときと同じように。
老いたキートンがそのままフラッシュバックした過去にも老いたキートンが存在する。
ここに大きな意味がある。
現在にも過去にも現実のキートンが居るのだ。
時空は現実と幻想を併せ持った空間だ。
夢の中でキートンは当時の駄洒落やTVの流行ネタで遊ぶ同級生を見ながら満足し、懐かしむのだ。
、あの頃はほんとうに、と。
舞台セット、演出、役者共に秀逸で素晴らしい舞台だった。
特に脚本が素晴らしい。
個人的に学園ものや郷愁めいた舞台が好きなので好みのど真ん中だった。
オクラホマミキサーのシーンや壁と透かしの構造がお見事受付の対応もよく空調も丁度いい。
終焉後の帰り道、3人組の20代らしき男子が慰め方がおばちゃんだよねー。
ってか、当時のギャグネタがまったく解らないしなんて感想を言っていたところをみると、やはり、若い世代にはウケないのだろうかまあ、彼らからしてみれば祖父の世代の出来事だしなー。
苦笑でもワタクシは幅広い年層の役者を抱えるこの劇団を貴重だと思うのだよ。
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