ヘイポーのガヤさん

December 29 [Thu], 2016, 19:38
5月々5日、ダイエー碑文谷サロンが最後のマーケティング日を迎えた。

 ダイエーがイオンの100百分比子会社となり上場廃止となって1クラスと数カ月、1960時代先、いつも世の中の先頭に立って運輸世直しを起こしてきたダイエーの印とも言える店先が閉店となった。

 碑文谷サロンは、エンパイア・ステートビルディングや旅館・NEWジャパン購買などで知られた横井英樹さんが、当時プロジェクト展開していたボーリング地点の建設中だったものを「百貨店として使いませんか? 」と中内功さんに持ちかけたのがそもそもの第一歩です。

 1970時代幾分、折しもボーリング大人気がごっそりフィニッシュを迎え、当時飛ぶ鳥を落とす勢いのダイエーに目を付けた横井さん。店賃は絶好調時サラリー1億円にも陥る。吹っ掛けたものだが、あんな好立地は再び出ないと中内さんは二つ返事で受け継ぎた。しかし、単なる百貨店にするだけでは芸がない。

 ダイエーは当時、アメリカのコンサルティング店先ブーズ・アレン&ハミルトン会社(現ブーズ&カンパニー)を雇い、店の物仕分をメーカー銘銘から人生情景特別組み替える「NEW・テーマ(ダイエー自社の短縮:NEWコン)」という活動をしていたが、こういうNEWコン第1号サロンとして、1975(昭和50)クラス4月々1日に輝かしくオープンしたのが碑文谷サロンだった。これまで、冷蔵庫もTVも電化プロダクトというくくりでおんなじ店に並んでいたが、TVは時間を楽しむ分野として「遊び時間」という仕分でステレオや遊具とおんなじ店に並ぶなど、当時としては画期的な店リストラクションだった。
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