地球と人類(3) 

2007年07月20日(金) 23時56分
「いらない人間」と自分を定義しようと、「私は必要な人間だ」という人間から淘汰されるだけかもしれないんです。どうせ人間といっても生存競争としてはサバンナで行われている殺し合いとなんら変わるところはない。これを頑張ってきてたどり着いたのが環境問題です。一部環境問題とはローマ時代から続いてきたことであり、世の中が安定してくれば環境のことに気を配るようになる、と仰られる先生方もあられるそうですが、やはり今となっては物理的にスケールがまったく異なっていて、本当に人間が住めない世の中を作ることもそろそろ可能性が見えてきているほどです。それだけ恐ろしい世界を作り上げようとしているのです。ネオンが綺麗だな、と微笑みかけるばかりでは済まないのです。気持ちでは解決しない。

地球と人類(2) 

2007年07月20日(金) 23時36分
ある意味残酷であり、グルメ番組なら死んだ動物に奇声を上げて歓喜躍動しますが、クジラを殺したら人殺しよりも酷いように言われたり、さっぱりまるっきり意味不明です。いずれにせよ死んだ動物なのですから、死んでくれたことに対する感謝や謝罪があってもよいものかと思われはしますが、そうではなく、グルメ番組なら喜び、クジラを殺したら人殺しよりも酷いとされ、人殺しなら世界中から無茶苦茶に言われてもおかしくないとされる。人類同士、人殺しを奨励するのは子孫を残す意味合いで決して薦められるものでないことは確かですが、これが人類以外への目としてはいかがなものでしょうか。犬猫なら殺したら人殺し以上とされ、牛豚なら殺しても良いし、ミンチにしてもよいし、焼いてから食べてもよい。同じ動物でしょう。感謝とかあるのでしょうか。幸せになったらそれでよいのでしょうか。「あ〜幸せ〜♪」そのために殺害される動物、そして人類の仲間。まず自分が生きていくことが主眼なのも当然ありますから、何も言うところなどあろうはずもありません。が、相手にばかり自分の胸にたまったものをたとえ相手に非があることを論理で明確に定義されていたとしても、法に則っていたとしても、親からその方法を丁寧かつ正確無比に教わっていたとしても、そのようなものを人に投げかけること自体が問題の火種を作るという事実に目覚めることが出来たとするならば、たったそれだけなのかもしれませんが、私としては最高の至上の喜びを得るばかりです。

これはだめ、これはよい、なかなか言えません。無理です。「生きる、って何?」と問われようと、子孫を残すことも1つあるわけですし、つまりこれが実感として沸かないということ自体が弱い系譜として淘汰されるだけだ、それでいいのか!という生き物としての自覚、自己の確立として問いたいところです。自殺しようと自分が辛いだけです。負ければ自分も辛くなる。まず、生きるという主眼が損なわれていてそこを「文章」に救いを求めようとするところからして、遺伝子(という言い方しか出来なくてすいません)として「弱い」という自覚が必要です。別に責めているわけではありませんが、結局強者は勝つのです。どうせそうじゃないですか。負ける方法なら負けるのです。別に悪気も何もない。悪くはないが結果は結果です。悪いって言ってるんじゃないです。負けは負けなんです。勝てば勝ちなんです。勝ったから威張れるとかこれからも負けることがないというわけにもいかないという単純な理です。

物事をつねに1つの切り口からしか見てはいけないわけでもなく、様々な考え方があってこそ、さらに問題に対する正しい答えに近づけるチャンスがあるのです。多様性を認める必要があります。自分の考え方に合わないからやめるとかそんなことないですよ。勝ちも負けもない。あったって、短期的な事柄ですよ。長期的に見れば、何らかの勝利を得ることは疑うところがないし間違いない。

毛嫌いするばかりでなく、自らが行動できる、環境問題という美学を追求する前に、子孫を残す気があるのか、ということです。

地球と人類 

2007年07月20日(金) 23時21分
地球上の人類以外の生物からすれば、人類とは天敵以外の何者でもありません。

仲間を食べるわ、PCBやら有害物質でそこいらの森の食べ物すら口に出来ない状態です。これでは死んでほしいと心の底からお願いされたとしても何ら不思議ではありません。

人類の間で仲間とか友情とか幸せを育んでいても、結局は人類以外をすべて敵に回している、これが今の文明ではないでしょうか。

いわゆる、幸せの波動を世界に伝えよう!みたいなことを叫ぼうとする組織もあるようですし、豊かさや幸福さをしきりに企業、政治家からも口にされるところではありますが、これも人類以外の生物から見れば単にわれわれの生存を脅かす行動でしかない場合もたぶんにありますよね。ありますよ、車に乗るし、夜の電気は原子力だし、紙を捨て、ペットボトルを捨て、ゲームもするし、カラオケにも行くし、音楽も聴いて、テレビも観て、メールもするし、やりたい放題でしょうか。

いきなり石油がなくなるわけではなく、あと10年でなくなりますよ、ということが判明したときにはどのような社会となるのでしょうか。あと20年でなくなりますよ、ということが判明したときにはどのような社会となるでしょうか。今のところあと50年石油があるという説があるそうですが、今のペースで使い続けていてはそもそも地球どころか人間のほうが持たないでしょう。

べつに人間のために地球があるわけではないし、今生きている生き物がほとんど人間のせいで生きられなくなったとしても、それも自然淘汰の1つでしょうし、それはたんに人間とはそういう生き物でした、終わり、というそれだけにしか過ぎやしません。人類滅亡、というから恐ろしいだけであって、子供を作らない生き方を進めること自体がその民族の滅亡を意味しているだけであり、少数民族が生き残っていればそれはまた自然淘汰にかなった道があるわけであり、まったく自然の成り行きのとおりの所業に他なりません。生き残らなかった遺伝子は弱い遺伝子として残らないというそれだけのことです。これもまた、個々人として選択は可能でしょう。何も問題ではありません。人類とて生き物ですし、ただ今回の問題としては、その生き物の割には生態系の流れに沿わない、いわばルール違反を行っているということであり、現在過酷な競争社会において叫ばれるような、市場からの退場、という流れにも似た形ですが、地球からの退場、というものも人類に突きつけられているのではないでしょうか。

植物、土 

2007年03月03日(土) 12時31分
近頃、公園で休憩することが多くなりました。
アスファルトだと足に反動が返ってくるところが、土だと衝撃を吸収してくれます。会社の帰りなので、さすがに革靴を履いているのに土の上を歩くものだからかなり汚れてしまいますが、それだけの価値はあります。アスファルト、コンクリートの上を歩いていては得られないほどリラックスしますし、なんせ歩いていて楽なんですね。この歳になってやっとこさ土のありがたみが分かる次第で、時間がかかったなぁと我ながら何も知らなかったと反省しきりです。

下手すると、畑や田んぼのあぜ道も革靴で歩いたりして、もう子供みたいなものですが、靴はどろどろになるし、スーツのすそにも土が付く勢いですけど、やっぱり土の上は歩いていて楽でとても落ち着きます。

野菜工場など作られる方にも土の効用などご理解が頂戴出来れば有難い限りです。近頃は野菜も温室栽培だから、かなり夜の照明や暖房に重油、電気が使われるようですし、野菜1つ自然の力のみで作れないというのも厄介な話です。まさに「工場」というもので、畑を耕したり、農薬、肥料、流通、販売、調理、いずれにせよ、石油資源がないところでは有り得ないかたちで世の中が進んでいます。これが行き詰まりを見せていますが、元に戻れるのでしょうか?

夜景 

2007年03月03日(土) 12時16分
きれいなんでしょうけど、夜の電力は原子力による地域もあろうかと思われます。
あの夜景の背景には原子炉が稼動しているということばかり見えてくる現状では、とうていきれいだなぁと優雅な面持ちも取れません。単なる電気の無駄遣いです。

ある意味、人間の生存に関わりのない石油の使い方を見るにつけ、これは「石油の打ち水」ではないか?と思わされるときがあります。とにかくざんざん石油を打ち水する。特に理由はない。やったら楽しいから、というのが理由の1つでしょうか。

また、年配の管理職の方々が業務遂行に檄を飛ばす行動についても注意しなければなりません。その根拠が、資本主義経済で今後も社会が続けられるから指示を出している、というのではなく、その方があと5年くらい働いて退職金を貰える状況にするために檄を飛ばしていたとしたらどうかということです。自分が死ぬまでに使う分のお金が手に入ればよいということです。また、自分が死んでからの世界情勢について考慮がなくても特に驚くところではありません。歳のいった経営者がさらに資源を使う業務形態を強力に推し進めているときには、「果たして、その方法で自分が生きていけるのか、死にはしないか」を考慮する必要があります。

勢いだけで決めて、後で取り返しがつかなくならないように、努めて厳重に注意すべきです。

二酸化炭素・・・(謎) 

2007年02月26日(月) 9時12分
以下のサイトなどをご確認下さい。
http://www.geocities.jp/obkdshiroshige/ondanka/ondanka.htm ・・・(1)
http://env01.cool.ne.jp/global_warming/report/kondoh02_4.htm ・・・(2)

現在の大気中における二酸化炭素量と気温の相関についてまとめてある図があるので下にURLを張っておきます。
http://env01.cool.ne.jp/global_warming/report/co2_kion.jpg ・・・(3)
気温自体が過去と現在で増えていないようにグラフから読み取れます。これが気温については偏差の年増分になっているため、気温そのものの値は増えていないように読めるグラフになっています。実際には、世界の気温は年々上がっています。
http://www.data.kishou.go.jp/climate/cpdinfo/temp/land/land_an_wld.html ・・・(4)

また、二酸化炭素が年々増えていることは図から読み取れると同時に、上記気象庁のグラフからも気温が年々増加していることも分かります。

上記より、二酸化炭素と気温の相関としては以下の2つの足し算ではないかと推測しました。
(a)周期的変動分(ヘンリーの法則と仮定します)
(b)線形増加分(いわゆる二酸化炭素による温室効果仮説です)

(a)については、(1)で説明があります。
この説明のうえでも、(b)については(1)にはまだ説明がないように見受けられます。

あと、(1)について、すでに二酸化炭素によって太陽光線をほとんど吸収しきっているのでこれ以上二酸化炭素で気温を上げられないという記述がありますが、
・まだ二酸化炭素に吸収できる余地があること
・さらに二酸化炭素が大気中に相対的に増えたときの影響(これも影響がないと(1)には書いているようですが、すべて太陽光線を二酸化炭素が吸収しきっているとすればの話なので、この限りではないように思われます)
・微小の吸収の増加があっても、たとえ1℃でも気温が上がれば地球上には大きな影響がある事実(フラスコを300℃まで熱するとか言う話でなく)
などが私には皆目見当つかない状態です。識者にはお教え頂ければ幸いです。
まず二酸化炭素自体が300ppmあるところで、微小なる周期的変動にばかり目を向けることに意味があるのか、私にはよく分かりませんでした。

当然ながら、環境をビジネスにしたときに環境負荷が上がっては何の意味もないことも事実です。(1)(2)サイトともに地球を守る行動をお取になられていると確信します。

Vista 

2007年02月25日(日) 22時55分
まだあまり売れていないようですね>Vista。

"Aero"と環境保護との戦いでしょう。

Microsoftは、環境問題よりも前に会社の存続や、開発者に開発させられるだけのモチベーションを持たせるために、消費電力のことなど言ってられようはずもない心理状態となっているのでこのようなOSが作られることになったかと思われる次第です。

Xbox 360、PS3、いずれも消費電力のことは二の次です。こちらのような商品でないと作れないほど、やはり顧客のニーズが高まっているのでしょうか?どうもそのようにも感じられません。売れていないのだから、当然でしょうか。

一般消費者の求める嗜好の変化があったと信じます。
企業にはさらなる研鑽が求められます。
ひいては、誰も望まない商品を必死になって作り上げる開発プロセス、プロジェクト管理の終焉を望まずにはいられません(見ていてかわいそうになってきました。要らない機能を頑張って必死になって作って、それで要らないって言われるんだし・・・)。

何をやっても、どうせ資源を使うんだと思います。それなら効率的に必要なところに資源を選択して集中していく必要があるでしょう。これは頭でやろうとしても無理ですが、それでもやって行かなければならないのです。

矛盾 

2007年02月25日(日) 19時01分
現今の経済活動のやり方があと何年維持できるのでしょうか?

そもそも私もSEなんてやってたりしてますが、地球の気候についてなどこの足りない頭でいろいろ詮索してばかりで、本当にこのまま職を続けていて社会的によいのだろうかと日々悩んでおります。

自分のやった仕事で人の首を絞めていく・・・。これも通常の情報産業ならデフォルトなのでしょうし、何を今更、とお叱りを受けるのもまた当然です。情報産業が隆盛を極めるにあたり、従来の産業から搾取しておりますから・・・。本屋さん、レコード屋さん、印刷屋さん、はんこ屋さん、時計屋さん、何とも言えません。

自分は搾取しているつもりがない、では逃げられません。実際、目の前で印刷システムとか開発してますし、もはや言い逃れが出来ない状態になってきております。はい、私も競争社会に入って、生存競争をしております。

まだ動けるからよいでしょうけど、やっぱり人から倍返しにされるんじゃないか、とか、石油が足りなくなった時代になってから、「あいつらが使いすぎたんだ!」と陰口を叩かれるようになるのは到底耐えられるものでもございません。小心ですが、本心としてやっぱり石を投げられるような生活は避けたいと思う次第です。

「みんなやっているから」という形で就業も惰性で行える。しかもやっていることは従来と変わりない生活スタイルそのもので、大量消費社会に組み込まれたものに過ぎません。自分が悪いんですが。

いろいろ情報の業界から学び取ることができました。私が対人恐怖、PTSD、自閉、自殺念慮の傾向などがあったり、人間がライオンか死刑執行人ぐらいにしか見えなかったところがようやく若干は世間の皆様とお話が取れるようになりました。やはり若い女性とお話が取れるというのは生き甲斐にもなります。

自分にはコンピュータしか分からなかった。決められた世界で言語を使うのですから、結果は閉じた世界の範疇でのみ得られます。このようなことは自然界では有り得ません。予想外の出来事が起きるとすぐパニックに陥る。これが怖かった。数年前でしょうか、情報の業界に進むにあたっても、これだけ地球環境が声高に叫ばれている中、情報の道に進んだのも、自分で分かることだから、というのも失礼千万ながらも理由の1つです。だから、これだけコンピュータがどこにでも置いてある時代になっても、誰にも「パソコンをもっと使え」なんて言った覚えがありません。宣伝もしませんでした。パソコンを使う人を増やすことで、自分が地球を壊す人間を増やしたくなかったのです。つまり、自分がすでに地球を壊しているという自覚があるうえで情報の職に就いているわけです。

なんだ、あなたは馬鹿じゃないか、仰るとおりですが、本当に人間のことが恐ろしくなるとそのような状況もありうるということをここに記すばかりです。捉え方は私には分かりませんが、間違いはお教えください。すいませんでした。

環境負荷を減らす 

2007年02月24日(土) 23時16分
今のところしていること・・・
・自動車・バイクを運転しない
・電車・バスに乗る
・携帯音楽プレーヤを使わない
・Pentium 4を使わない、Intel Core Soloを使う。
・テレビゲームをしない
・ドライヤーを使わない
・レジで袋を貰わない
・空き缶(アルミ缶含む)はゴミ箱に捨てる
・出来るだけ家にゴミを持ち帰って捨てる(外のゴミ箱だと海洋投棄されるかもしれない)
・要らないものを買わない。買うときには今持っているもので代わりになるか必死に探す。
・自分の部屋でエアコンをつけない
・スイッチ付電源タップを使う

うーん、辛いですねぇ。。。

「日本は本当に「環境先進国」なのでしょうか」を見て 

2007年02月24日(土) 22時44分
私が知る限りでは、中国で行われているよりももの凄いことが日本で行われていたと思っています。水俣病しかり、街に立つ煙突から色とりどりの煙が立ち込める、等等、到底、中国のことが悪く言える立場ではないことは明確です。逆に、率先して日本からまず地球が守れるように動きを作っていかなければならないと思います。

ただ、現状ではテレビのニュースを見れば環境のことを唱えた後に新製品のニュースを流したりしてもキャスターとしては違和感なく語っていたりというように、モノを売る流通システムの中からなかなか脱却できない状況があります。そもそも日本から工場がなくなれば、農業すら補助金もなくなるのですから壊滅的な打撃を受けることが必至かと思われる次第です。

二酸化炭素を1つ取っても、産業革命の当時から増えてきているというデータも南極の氷をボーリングして含まれる二酸化炭素を調べることで分かってきているようで、よく言われるような1980年代の水準にまでエネルギー消費を落とすだけでもまだまだ足りないのではないかと危惧されます。

現状の100分の1の電力消費にすれば、水力や風力だけでまかなえるようになろうかと思われますが、要はそういう「ライフスタイルの提案」が出来るかどうかですものね。。。まさか麻の服でほら穴で住めと国が言い出したら暴動になりそうですしね。。。
まあ、お金のない人にとっては受け入れられるかもしれませんが、裕福な方々からまず総すかんを喰らって闇に葬られるかも、と思うとぞっとします。
いずれにせよ、人間生き物ですし、私も生存競争の中にあるとしますと、なかなか大きなことが言えないという現状もあります。特に小国、日本とすると「なかよく」するように見せかけつつも、「殺されないように」配慮する、これがつまり「礼儀」として流通しているところがあり、身動きが取れないのです。大変です。出る杭は打たれる。現体制を変える側にはちょっとずつ脅しを入れながら現状維持させていかないと、ひいては外部からいきなり圧力が加わって殺される恐れもある。そういう「最適化」された世の中。理不尽が通る世の中にあって、まさに地球を守るよりも社会の上流にあられる方々の命を永らえさせる方向に全力を尽くさざるを得ない。大変ですね。
P R
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