ラオスから戻っても最後まで不機嫌だったフエの空を後にして、バスでホイアンへと向かう。フエで出会った旅人が薦めてくれたからだ。なんでも日本との繋がりも深く、昔ながらの町並みが保存されているらしい。その全体が世界遺産だとか。
バスは一路南へ。約三時間半の移動だ。結構な峠を越えて、途中海も見える。ダナンから先は海岸沿いにリゾートもいくつか建っている。一向に雨はやまない。町外れのターミナル(っぽい)にバスは着く。細かい雨のなかを歩きだすのだが、例によってあてはない。
適当に歩いていくとすぐにそれと分かる町並みに踏み込んだ。なるほど、租界の頃を思わせる中国的な建物が軒を寄せ合って連なっている路地。風情はあるが、どこぞのテーマパークみたいだ。歩いている人はほとんどが欧米の観光客。それを当て込んだカフェ、土産屋、洋服屋、屋台さえどことなくおしゃれな感じ。そんな中に埋もれるようにしてあった、昔ながらの大店を改造したいかにも高級そうなホテルで値段を聞いたら75$からだと言われたが、幸か不幸か予約で満室だった。
その旧市街から一旦離れて、目に付いたホテルにチェックインする。20$はちょっと割高だが部屋は明るくて気持ちいいし、wifiも通じる。天気が天気だけに、じめっとした部屋では気が滅入りそうだ。
この町にはおそらく、旅行者相手の店の方が多いのだろう。そういう場所は避けて、地元の人が入っていた食堂でコム・ガーという料理をいただく。この料理名を看板に表記した店がけっこうあったからだ。あるいは、名物なのかもしれない。茹でた鶏肉を千切り、ぶった切って野菜と一緒にご飯の上にのせ、そこにチリソースをかける。モツも一緒に。皮がシコシコしていて非常に美味。
夕方は有名な日本橋を渡る。マジソン川の橋のように屋根がついている。提灯が薄暮の中浮かび上がって幻想的だ。夜になると、テーマパーク的なきれい過ぎる部分が闇に沈んで、裸電球がぽつりぽつりとインクを滲ませたような路地が誘いかけるように妖しい…

翌日は近所の屋台で麺とフランスパンの朝食をとり、ミ・ソンという遺跡を見に行く。プチ・アンコールワットみたいなものだと説明される。生憎の雨模様だが、ガイドの「ロマンティックな天気でラッキーですね」という一言で気持ちが少し明るくなった。そして結果的には、彼の言葉はまんざら大袈裟でもなかったのだ。
ミ・ソンはジャングルのなかにひっそりと佇んでいる。ベトナム戦争でかなり破壊されてしまった。亜熱帯の植物に浸食された感じがとても美しいヒンドゥー遺跡だ。ブラフマンとシバ、クリシュナを祀っている。周囲は雨に煙る緑深い山だ。 赤土の煉瓦を積み上げた塔と神殿はどれも雨と湿気、生い茂る亜熱帯の植物群と時間によって浸食され、崩れかけている。比較的原型を留めているものもあれば、床に落としたアイスクリームみたいなものもある。表面には苔や羊歯が張り付き、蜘蛛の巣の上の雨の雫が美しい。遺跡の周辺にはところどころ窪みがあり、ベトナム戦争中の空爆に因るものだと説明される。草に被われてはいるものの、未だにはっきりとそれと分かる。

雨は止まない。その雨に、遺跡を取り囲んだ深い山が幻想的に煙っている。
その帰り道のこと。
車二台がようやっとすれ違えるくらいの狭い一本道で、車が渋滞している。
身動きがとれない。
バスの運転手が降りていって確認すると、原因はどうやら事故のようだ。
バスとトラックが衝突して通行止めになっているという。事故処理が終わるまで足止めを余儀なくされた。
仕方なくバスから降りて煙草を吸っていると、道沿いの家の家族の誰や彼やが寄ってきて、
雨に濡れないよう軒下に入れと言う。
軒と言ってもかなり広い空間で、ちょうどそこで食事をしていたのだった。
ありがとう、と言って軒を借りると椅子が出てきて、さらにはビールが差し出される。
これにはちょっとびっくりしたが、同じようにドイツからやって来た旅行者も歓待されている。
ふたりで「これはそういうことだね」といった笑みを交わす。
そして乾杯。
また、乾杯。
おばさんと乾杯し、おじさんと乾杯し、おばあさんと乾杯し、またその遠縁のおばさんと乾杯し…
そのうちに豪勢な料理まで運ばれてきた。
幾ばくかの礼金欲しさに頑張っているんだろうな、とは思ったけれど、
とにかくみんな笑顔を絶やさない。
言葉は通じないけれど、何というか、まったくいやらしさを感じさせない歓迎ぶりなのだった。
子供たちも可愛かったし…

それにね、ちょっとしたレストランで食べたものより、おばあちゃんの生春巻きの方がずっと美味しかったよ。
バスは一路南へ。約三時間半の移動だ。結構な峠を越えて、途中海も見える。ダナンから先は海岸沿いにリゾートもいくつか建っている。一向に雨はやまない。町外れのターミナル(っぽい)にバスは着く。細かい雨のなかを歩きだすのだが、例によってあてはない。
適当に歩いていくとすぐにそれと分かる町並みに踏み込んだ。なるほど、租界の頃を思わせる中国的な建物が軒を寄せ合って連なっている路地。風情はあるが、どこぞのテーマパークみたいだ。歩いている人はほとんどが欧米の観光客。それを当て込んだカフェ、土産屋、洋服屋、屋台さえどことなくおしゃれな感じ。そんな中に埋もれるようにしてあった、昔ながらの大店を改造したいかにも高級そうなホテルで値段を聞いたら75$からだと言われたが、幸か不幸か予約で満室だった。
その旧市街から一旦離れて、目に付いたホテルにチェックインする。20$はちょっと割高だが部屋は明るくて気持ちいいし、wifiも通じる。天気が天気だけに、じめっとした部屋では気が滅入りそうだ。
この町にはおそらく、旅行者相手の店の方が多いのだろう。そういう場所は避けて、地元の人が入っていた食堂でコム・ガーという料理をいただく。この料理名を看板に表記した店がけっこうあったからだ。あるいは、名物なのかもしれない。茹でた鶏肉を千切り、ぶった切って野菜と一緒にご飯の上にのせ、そこにチリソースをかける。モツも一緒に。皮がシコシコしていて非常に美味。
夕方は有名な日本橋を渡る。マジソン川の橋のように屋根がついている。提灯が薄暮の中浮かび上がって幻想的だ。夜になると、テーマパーク的なきれい過ぎる部分が闇に沈んで、裸電球がぽつりぽつりとインクを滲ませたような路地が誘いかけるように妖しい…

翌日は近所の屋台で麺とフランスパンの朝食をとり、ミ・ソンという遺跡を見に行く。プチ・アンコールワットみたいなものだと説明される。生憎の雨模様だが、ガイドの「ロマンティックな天気でラッキーですね」という一言で気持ちが少し明るくなった。そして結果的には、彼の言葉はまんざら大袈裟でもなかったのだ。
ミ・ソンはジャングルのなかにひっそりと佇んでいる。ベトナム戦争でかなり破壊されてしまった。亜熱帯の植物に浸食された感じがとても美しいヒンドゥー遺跡だ。ブラフマンとシバ、クリシュナを祀っている。周囲は雨に煙る緑深い山だ。 赤土の煉瓦を積み上げた塔と神殿はどれも雨と湿気、生い茂る亜熱帯の植物群と時間によって浸食され、崩れかけている。比較的原型を留めているものもあれば、床に落としたアイスクリームみたいなものもある。表面には苔や羊歯が張り付き、蜘蛛の巣の上の雨の雫が美しい。遺跡の周辺にはところどころ窪みがあり、ベトナム戦争中の空爆に因るものだと説明される。草に被われてはいるものの、未だにはっきりとそれと分かる。

雨は止まない。その雨に、遺跡を取り囲んだ深い山が幻想的に煙っている。
その帰り道のこと。
車二台がようやっとすれ違えるくらいの狭い一本道で、車が渋滞している。
身動きがとれない。
バスの運転手が降りていって確認すると、原因はどうやら事故のようだ。
バスとトラックが衝突して通行止めになっているという。事故処理が終わるまで足止めを余儀なくされた。
仕方なくバスから降りて煙草を吸っていると、道沿いの家の家族の誰や彼やが寄ってきて、
雨に濡れないよう軒下に入れと言う。
軒と言ってもかなり広い空間で、ちょうどそこで食事をしていたのだった。
ありがとう、と言って軒を借りると椅子が出てきて、さらにはビールが差し出される。
これにはちょっとびっくりしたが、同じようにドイツからやって来た旅行者も歓待されている。
ふたりで「これはそういうことだね」といった笑みを交わす。
そして乾杯。
また、乾杯。
おばさんと乾杯し、おじさんと乾杯し、おばあさんと乾杯し、またその遠縁のおばさんと乾杯し…
そのうちに豪勢な料理まで運ばれてきた。
幾ばくかの礼金欲しさに頑張っているんだろうな、とは思ったけれど、
とにかくみんな笑顔を絶やさない。
言葉は通じないけれど、何というか、まったくいやらしさを感じさせない歓迎ぶりなのだった。
子供たちも可愛かったし…

それにね、ちょっとしたレストランで食べたものより、おばあちゃんの生春巻きの方がずっと美味しかったよ。
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