自殺をしてはいけない理由 

July 30 [Sat], 2011, 0:02
八木 里衣



 電車が遅れる理由のひとつとして人身事故がある。これはホームから人が飛び降り自殺を図ったということだ。日常茶飯事のように起こる人身事故が、自殺が現在のわが国においていかに多いかを物語っている。
 2010年におけるわが国の自殺者は31,690人である。これは同じ年の交通事故死亡者数(4,863人)の6.5倍であり、「交通戦争」と呼ばれた昭和40年代の交通事故死亡者数16,000人と比べても2倍にも相当する。あれほど多いと言われている東日本大震災の死者と行方不明者の合計でさえも20,739人(7月8日の時点、警視庁調べ)となっている。これらの数字を比べることで自殺がいかに多いかが見て取れる。
 みなさんは人身事故に「またか」と慣れてしまってはいないだろうか。恥ずかしいことだが私もそのうちの一人である。しかし、病気や今回の震災などで生きたくても生きられない人が大勢いる。それを考えるともっと自分の命を大切にしてほしいと思わざるを得ない。私は自ら命を絶つことは反対である。
 世の中には自ら命を絶つことに特に反対しない考え(いわゆる賛成派)もいるようである。彼らからすると、自殺することは個人を尊重することであって、結局人間は年をとれば最後は死んでしまうのだから自殺することも選択肢のうちの一つである、という考えを持っている。つまり死は人生の終焉なのであり、自らの命を終りにすることによって何かを変えようという希望を託すことができるという考えである。この考えに私は次のような点から疑問を抱く。
 自殺は自殺をする本人だけの問題ではないということ。人は周囲の人々に支えられて生きているからである。本人にとっては自分自身の問題かもしれないが、周囲の人々にとってはそうではない。自殺で人々を悲しませることはいけない。また、自殺は自分勝手である。自殺したいという苦しみは本人にしか分からないけれども、死んでしまったら残された周りの人は無念で仕方ないだろう。また人間は一人では生きていけないから、支え合って生きている。それなのに、自ら命を絶つことは自分勝手過ぎはしないだろうか。
 マスコミの報道の在り方についても問題を指摘したい。メディアを通して伝えられる自殺問題の報道を見ていると、必ず自殺をした人を可哀そうだというイメージで取り上げている。もちろん、いじめ問題などで、いじめている側に対して私は憤りを感じる。しかし、そうであるからといって、自殺をしても仕方がなかったという論調になるのか。報道ではなぜ自殺をしなくても良かったのではないかという声が出ないのだろうか。命は大切だ、自殺は自分勝手だという主張がなぜ言われないのだろうか。自殺がこれほどの社会問題となっているのだからこそ、自殺についてそれを防ぐ方向での理解を私たちはしていかなければいないのだ。
 私は自殺に追い込まれてしまう社会の問題を考えると同時に、自分を支えてくれている周囲との関係をしっかりと自覚し、友人や家族に相談をすることによって少しでも自殺志願者が減ることを願っている。個人でできることは相談にのることや理解を深めるくらいのことしかできないが、命を絶つ前にこれで後悔しないのか考えてほしい。