Bruce Springsteenの新作「Wrecking Ball」について 

March 31 [Sat], 2012, 6:24
ブルース・スプリングスティーンの新作「Wrecking Ball」がアメリカでリリースされて以来、毎日最低一回は、アルバムを通しで聴いている。
日本盤が出るまでは、非正規な方法で落とした音源を聴いていたので、ノイズが多かったのだが、CD音源はより色んなパーツの音がはっきりと聴こえ、もっと満足して今だに毎日アルバムを通しで聴いている。
歌詞の内容をより理解する事が出来たのは、日本盤の対訳や、解説を読んでからだった。
多くの人がこのアルバムを絶賛しているが、僕もそれらの意見にまったく賛成する。
ツイッターを始めてから、入ってくる情報量が膨大に増えた。
例えると、これまでが水道の蛇口から出てくる位の量だったものが、自分が目にする事が出来るものに限定しても消防車の放水量くらい、見ないようにしてるものもいれると、ダム(爆水?)の量くらいあるのではないか?
だから、それらを遠目で見ながら、自分は自分なりの感じ方でこのアルバムを毎日ただただ聴いている。
それが何かを少しずつ書いてみようと思う。

ファーストシングル「We Take Care of Our Own」の第一印象は、さわやかさだった。
このタイトルから感じるのは、一種の決意表明であり、そこから怒りという言葉を直接的に感じる事はなかった。きっと、ブルースが選んだ言葉の一つ一つには怒りの感情も含まれているのかもしれないが。
PVのブルースの表情からも受けたのも、大体同じ印象だった。
怒りというより、決意表明。
アルバムで続く曲も、歌詞をしっかりと読み込むまでは、怒りというニュアンスはあまり感じられない。
サウンド的にはとてもモダンではあるが、アイリッシュ的なフォーク色の強いサウンド。ただリズムは、テクノロジーを利用していると感じさせる。サンプリングをそこかしこにちりばめて組み込んでいるので、より一層モダンという印象を受けるのだろう。
2曲目、3曲目とも、歌詞の内容に比べて、明るく、さわやかな印象を受けるものばかりだ。
さわやかと言うと、誤解を与えるかもしれないが、前向きな力を感じるということかな?
基本的にはどの曲も、現在起こっている、経済的な苦境がベース、背景になっているが、暗さは全く感じない。
そもそも昔のフォーク、トラッドの楽曲は、苦境に立たされた市井の人々を明るい曲調で歌ったものが多いから、ブルースはモダンテクノロジーなサウンドを取り入れて、昔からある手法で曲を組み立てていったのだろう。
このアルバム全体に言える事だが、リズム系パーツの音の厚みは際立っている。何度重ねて音を録音したか、相当な数じゃないかと思う。ドラムにしても、パーカッションにしても、とても重層な感じで、テクノロジーを取り入れているかもしれないが、フィジカルで、体を動かしたくなるような音だなと思う。
そして、情感をかき立てるようなアレンジを施している。
「Wrecking Ball」のトランペットは、まさにそんな印象だ。郷愁をかき立てる感じで。前回のツアー終盤の時のアレンジと大差はないが、この曲のキーは間違いなくトランペットだ。
「Jack Of All Trades」の管楽器(やはりトランペット?)のソロも同様に素晴らしい。
「Death To My Hometown」のリフも、管楽器やら、弦楽器やらでアイリッシュ風の趣を醸し出しているが、歌詞の内容とは違い、体をつい動かしてしまいたくなるような躍動的な曲だ。
ロックンロールの素晴らしさを表現した名言に、ピート・タウンゼントの言葉がある。
「ロックは、踊りながら、色々と考えさせてくれる音楽なんだ」
正確な言い方は忘れてしまったが、大体そんな意味合いだったと思う。
このアルバムを聴いていて、ピートの言葉をずっと思い出していた。
歌詞を読んでみると、サウンド的に受け取れる印象からは全く違うことに、本当にびっくりしてしまうくらいだ。
「Land Of Hope And Dreams」はこのアレンジはチャレンジだったと思うが、成功していると思う。
イントロの加速感は特に素晴らしく向上した部分だと思う。
「Rocky Ground」〜「We Are Alive」までの流れは、良いですね。
「We Are Alive」はブルースの新境地だと思う。ああいう曲をいまだに作り続けるブルースは本当にすごい。まだまだ限界には達していないんだなと思う。

大雑把なことを書いただけだけど、このアルバムに対する僕の印象はそういう感じです。

次はライブの事も書ければいいなと思っています。

「Wrecking Ball」について 

February 04 [Sat], 2012, 6:47
先日、ブルースの新作アルバム「Wrecking Ball」のプレスリリースと、アルバムからのファーストシングル「We Take Care Of Our Own」のストリーミングが開始されました。
もうだいぶ日が経ちましたが、僕なりに咀嚼する時間が必要で、様々な人の意見などを拝見するなどして、僕自身の意見を書くのに躊躇しているところもありました。
アルバムを通して聴いてみた後で、アルバムについての感想を書こうかなという、「態度は後回し」的な気持ちもありました。
なので、ここでは、あまり多くを語らないことになりそうだけど、現時点で思ったことを書いてみようと思います。

まず、新曲について。
歌詞を読まずに、いや、オフィシャルのビデオが歌詞入りなので、日本語の対訳を読まずに、(こちらで読むことが出来ます。asburyさん、勝手にリンクを貼らせていただきました。ありがとうございます。)聴いたときの印象から書くと、表題の文章の意味と、曲調からなんて前向きな歌なんだろうと思った。
ビデオ内のブルースの様子も何かを決心したような感じだったし、固い意志のようなものを感じとりました。
その後、曲に対する様々な文章を読んでいくと、そんな単純なものでないことは良くわかりましたが、それを経た後でも、僕のファーストインプレッションで感じたことは、今でもさほど変わっていないようです。
ブルースの固い決心のようなものを感じます。

このアルバムについては、昨年の後半以降、様々な憶測が流れていました。
火星に降り立った惑星労働者の話、なんていうのがその中でも最も想像力豊かなものでしたが、とにかく、今作は誰の予測もつかないほど、「次のブルース」が何をするのかを期待させるものだったのでしょう。
そういう意味でアルバムタイトルが、「Wrecking Ball」というのは、とても意外でした。
ジャイアンツスタジアム取り壊しについての曲だったよな確か、くらいにしか思っていなかった、というと書き過ぎだけど、でも、もしかしたら新作に入るかもしてないけど、まさかアルバムのタイトルになることは無いだろうと想像していました。

だけど、今思うとこのタイトル自体にブルースの並々ならぬ決心が感じられるようになってきました。
ブルースは、過去2回のアメリカ大統領選挙で、民主党候補を応援していました。
その中の応援スピーチの中で「経済的公正」という言葉をよく聞きましたが、今のブルース(アメリカという国のと言った方がいいかもしれないが)にとって、一番憤慨していることは、まさに「経済的公正」がない社会になっていることなのでしょう。
オバマという新しい風を吹き込んでくれるに違いない大統領を選んだにも関わらず、今もって旧態依然どころか、さらに悪化していく不公平感(金持ちはより金持ちになり、普通に生活できていた人が貧困に落ちていく)。
もっと言えば、オバマの改革を阻害する様々な要素に対して、ブルースは相当いらだっているのではないかと思えます。
今回のファーストシングルで言っていることは、庶民の困窮生活を逆説的に言い表している側面もあると思うし、アルバムの楽曲のタイトルリストを見ていると、ウォール街への厳しい批判を感じることができるようなものもたくさん並んでいる。
そして、アルバムタイトルである「Wrecking Ball」は、実はそんな「腐った」アメリカ社会を壊して新しい秩序を作るんだという決心の表れなんじゃないかと思うのです。
みんなで鉄球を食らわして、この間違った方向に行ってしまったアメリカ社会を解体して、新しくて、正しい社会を作っていこう、と。
ブルースがこの曲を書いたときは、明らかにジャイアンツスタジアムのことを念頭に入れていただけ(とは言えないかな)だったけど、このひどい現状に対しても大きな意味を持つ曲だったということです。
こういう「普遍性への転向」は、ブルースの曲の持つ素晴らしさの典型じゃないかなと思います。

「Wrecking Ball」、けっこう強烈なタイトルです。

俺は走る 

November 23 [Wed], 2011, 5:08
俺は走る
聞こえるのは、風の音と息づかいだけ
俺は走る
見えるのは、水が流れる川と雲が流れる空だけ
俺は走る
何に向かっているのか、何から逃げているのか
俺は走る
これは苦しいことなのか、気持ちいいことなのか
俺は走る
何かを得ているのか、何かを失っているのか
俺は走る
経験したことが無いことだけど、知っているようにも思える
俺は走る
国の端から端まで
俺は走る
知らない間に速度が上がる
俺は走る
こんな遠くまで来てしまった
俺は走る
どこにもたどり着いていない

なぜ俺は走る
今のところ答えなんてわからない

ただ走る、走る、走る

ここ何日か考えたこと(2) 

March 23 [Wed], 2011, 22:08
恐怖は続く。

余震が続く中、次の日から恐怖の対象になったのは、福島原発の危機だ。
煙が原発の建物から立ち上る姿は不気味そのものだったし、爆発の瞬間の映像を見たときには、誰もが「どうなってしまうんだろう」と感じたに違いない。
1号機から始まり、4号機まで日替わりで危機が訪れ、それらへの対処策を一喜一憂しながらテレビにかじりついて見ていた人も多かったと思う。
「放射能」のことは、その言葉からくる恐怖感は巨大なものだけど、何がどのように我々に悪影響を与えるのか、いまいちわかっていない(即死するレベルというのはよほどだろうけど、ガンになりやすいとか、その程度だろう)。だから、「基準値を超える数値が検出された」と報じられただけで、パニックになる。ようやく色んな単位や数値の意味を理解してきたので、パニックになりにくくなってきたと思われるが、それでも何か新しいニュースがあれば、それへの反応は大きい。
地震や津波からのダメージが大きい中の原発事故の恐怖は、結構精神的に堪える。
原発の危機と併せてやってきたのは、停電の危機だ。
結論としては「計画停電」として、多くの人々が(ほぼ)毎日数時間ずつ停電を経験することになる。
停電を経験してみて感じたことを幾つか書こう。
予め何時頃に停電するとわかっているから、それなりの準備をする。
例えば、我が家であれば電気が止まると、水道も止まってしまう(マンションの上階なのでポンプで水を汲み上げられないから)。
トイレも行けない(水で流せないから)。
だから、それ相当の水をバケツなどにためておく。
携帯電話など充電できるものは、なるべく充電しておく。
食事は停電時間を避ける(やはり水などが使えないから)。
良い意味でも悪い意味でもこういうことの積み重ねが、これまでの日常から我々を大きく離れさせて行くようだ。
街を歩いていると人の数が少なかったり、夜になると暗かったり(停電していなくても)、3月11日までの日常から離れたところに来てしまったんだと強く感じる。

前回、「仕事面で山場を迎えていた」と書いた。山場を迎えていたというのはきれいな言い方で、本当は破綻しかかっていたとも言える。
実を言うと、自身の仕事以外のことでも、僕は心のどこかで「この国は一度クリアにしてやり直した方がいい」と思っていた節がある。
毎朝新聞で政治や経済の記事を読んでいると、この国の末路はすぐそこまで来ていると思われたから。
末路は大げさだとしても、菅さんが退陣することは、遠い未来の出来事でないように思えた。
そう、「日本は3度目の開国をするのだ」と菅さんはTPPに関連して言っていた。
過去2回の開国は、それぞれ明治維新(というか欧米諸国に乗っ取られかかっていた)や第二次大戦の敗戦から復興を指しているわけだけど、開国するならそれ相応の危機を迎えなきゃいけない、なら大きな出来事(その時には何のことを指すのかなんて自分でわかっていない。戦争?地震?テロ?どの程度の認識だったのか、よくわからない)が起こるだろう、なんてことを。
僕のそんな空想が震災を呼んだなんて事はもちろんないけれど、実際に多くの方の命が失われ、多くの家が流され、多くの人が帰る場所さえ無くして苦しい思いをしていることを思うと、俺は本当になんて事を想像していたんだろうと居ても立ってもいられなくなる。
人の親になるということは、色んなところに責任が生じるわけで、僕はその点まだ大人になっていないのだろう。言葉や空想にも責任を持たなければいけない。
この場を借りて、懺悔したい気分だ。

いかん、暗い気持ちになってきた。

地震当日に徒歩帰宅したことを書いた。
それ以来、職場まで自転車で通うことを考えている。というか、何度かそうした。
自宅エリアが、夜の6時からというスケジュールで計画停電を実施することになっていた日、自転車で会社に行った。
帰宅時は既に日も暮れていた。
停電エリアの境はまさに墨で塗りつぶしたように、「ここから暗闇」という感じでとても怖かった。
いや、大の大人なんだから怖いなんて言葉は簡単に使ってはいけないけれど、先にも書いた通り、暗闇は根源的に人に恐怖心を与えるものみたいで、本当に怖い。
その中を自転車に乗り、走って行く。
自分の持つライトの光は弱く、ただ自分の存在を他に少しだけ知らせる程度のもの。
多くの人は腰が引けた感じで歩いたり、自転車に乗ったりしていた。
でも、そんな中で時間を過ごすと、やがて目が慣れてくる。
そして月明かりだけでも、相当明るいんだと感じさせてくれる。

きっとこれが当たり前の夜なんだ」と感じるようにさえなる。

ただ、それがわかっただけで、少し気が楽になった。
なんだか、停電も悪くないなと思った。


ここ何日か考えたこと(1) 

March 22 [Tue], 2011, 6:46
震災後10日経った。
被災地の方々や、被災に遭われた方を持つ家族の方々には未だ落ち着くことなどできないだろうが、僕の心持ちとしては、少しは落ち着いて時間を過ごせるようになった。
余震の数や原発の報道の数も減ってきた(危機は回避されていないが、一時のパニック的な報道もないようだ)。
この間に起こった出来事が何だったのか、振り返ってみたいと思う。

震災当日
金曜日の午後、仕事をしていた訳だが、ちょうどその頃はいろいろな事が山場を迎えていた。週明けに始まることへの準備をしていて(翌週は事情があって一切残業ができないのでこの週に大体のことを終わらせておく必要があった)、色んな方面と調整しながら1分たりとも時間を無駄に出来ないような状況だった。
ある打ち合わせを終わらせ、ちょっとした空白の時間に地震が起こった。
はじめは「少し大きいかな」程度の揺れだったのが、「ずいぶん続くな」に変わり、途中からは周りの女性の悲鳴の声と相まって「普通じゃない」地震だということがわかった。職場は18階建ての割としっかりした作り(のように見える)のビルなのだが、その窓ガラスがミシミシと音を立て、割れる一歩手前かもしれないなどと考えていた。僕の職場は6階にあり、気の利く若手社員が避難経路の確保のため階段への扉をしっかりと開けるなどの対処をしていた。
そのビルの防災担当の判断で全員ビルから避難することになり、しばらくはビル下の空き地で状況を見ていた。
いったん職場に戻り、待機していたとき、誰かがインターネットサイトで映す動画を観ていた(よくいわれたことだが、固定、携帯とも回線は規制されて通じにくくなっていたけど、インターネットはそのようなことがなく後々もとても助けられた)。
ライブ映像で津波が空港を押し流すシーンだった。
僕は他人事のように「まるで映画のシーンだ」なんて思った。
そう、まだまだ他人事だった。
それらの映像はすべてこの世のものとは思えない。

思えば、これまでの人生の中で「この世のものとは思えない」シーンに何度か遭遇(といって良いと思う)した。
・阪神大震災(1995年)
・地下鉄サリン事件(1995年)
・アメリカ同時多発テロ(2001年)
阪神大震災は地震後の夜の火災シーンが衝撃的で昔アニメでみた太平洋戦争時の空襲のシーンでも観てる感覚だったし、サリン事件と同時多発テロは人が起こしたものだったわけで、誰かが起こす種類の事として想像できないものだった。
津波が街を飲み込むシーンは、「そんなことが起こる訳がない」的な映像だったわけで、とてもハリウッド映画以外の日常で起こりうる範囲のことではなかった。
さらに最悪なのは映像の中に人が乗った車が流されてしまうのが垣間みれたことだ。
「これは映画じゃない」と思い起こさせる、真正面からは見ることが難しい映像だった。

実をいうと、今回の津波で大きな被害を受けた街の一つには、僕の妻の両親の実家があり、親族が住んでいた。
父方母方両方の親戚が被害に遭い、父方の親族は行方がわかっていない人が何名かいらっしゃる。
だから、車ごと津波にさらわれるシーンというのは、他人事ではなくなっている。

当日の話に戻そう。
地震が起きて、集団で避難して時間を過ごしている間、僕は「今日は歩いて帰ろう」と決めていた。
いつかは徒歩帰宅をしなければいけないだろうなと思っていて、今日がその日だと感じられたからだ。
周りには、地下鉄が止まっているから、動き始めるまで様子をみよう(=会社にとどまり、泊まることになる)なんて人もいたが、定時前に退社していいという指示が出てすぐ、僕は徒歩で帰るべく会社を出た。
霞ヶ関から日比谷公園脇を通り、大手町、神田を抜けるというコースを歩いていたが、周りには僕と同じように歩いて帰宅する人でいっぱいだった。
人々の顔はどこか緊張した面持ちで(もちろん僕もそうだったろう)、途中で立ち寄ったコンビニでは会社に泊まると決めた人々が酒のつまみになるようなものを買うために長いレジ待ちの列に加わった(既にそんなものしか売ってなかった)。
僕は草餅とおでん(大根とソーセージと巾着餅)を買った。
電車だとドアからドアで50分足らずで着くところを3時間強かかって到着した。
相当の早足で歩き通してその時間だった。
僕はこの1年近く走っている。
何だか、この夜のために走り始めたのかななんて思いながらずっと歩いていた。
家族の安否確認をしようと携帯電話を片手に持ちながら歩いていたが、なかなか電波がつながらず、たまにつながったときに少しずつ情報を得ることが出来た(皆無事だった)。
帰宅して、妻とお互いの無事をたたえ合い、ようやく少し落ち着くことが出来たが、妻と娘はほとんどまともな食事を取っていないようだ。
テレビでニュース番組を見ながら時間を過ごしているとあっという間に時間は過ぎる。
その夜は余震も続いていたので、いつでも避難できるようパジャマにも着替えず、手荷物を枕元において、リビングで眠りについた。
余震が起こるたびに目を覚まし(というか、あの緊急地震速報が出るときの携帯の着信音の怖さといったら、他に無い)、東京でああだったんだから、被災地の方々の恐怖心は相当なものだったんだろうと、今になって思う。
なぜ余震は夜にやってくるのだろう?
なんてことを考えていた。暗闇が人の恐怖の源にあるのだろうか?だから、余計に夜の地震が恐いと思うのだろうか、なんてことを考えていた。

続く・・・
プロフィール
  • ニックネーム:ブルヲ
  • 性別:男性
  • 誕生日:1972年
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