表紙

January 01 [Wed], 2020, 0:00
×colorZoo】 登場人物紹介。
 体のどこかに動物的特徴がある、微ファンタジー物。
 四方を壁に、そして上空には空ではなく海が広がる、法の存在しない「無法都市」が舞台。
 上空に空の代わりに海(というか水)が広がっているのは、この世界では常識です。
 雨の多い星の、ほんの小さな都市での、お話?


彼女式挨拶の結末。(橙)

January 20 [Mon], 2014, 12:30
 元気なのはとてもいいことだ。
 元気しか取り柄の無いアタシが言うんだから、間違いない。元気なのは、いいこと。とてもいいことだと思う。でもさ、うん、元気良過ぎってのも考えものだなって、思うんだよね。
 というか出会い頭に飛び蹴りってのは『元気』で片付けていいのかな。

「なんだー? どしたー? げんきがないぞ?」
「心配してくれてアリガトー。でもその前にどいてくれるかな」

 子ども相手に引き攣った笑顔になったのは許してもらいたい。むしろ笑顔作っただけでも偉いと褒めて。
 でっかい夕焼け色の瞳の幼女と知り合いになったのは最近で、清掃員の一人だと知ったのも最近だ。清掃員の制服であるメイド服がとてもよく似合っている。
 それだけ見ると愛らしい人畜無害の幼女でしかない。
 ただ、この幼女、元気が良過ぎる。あと人の話をほとんど聞いてくれない。しまいにゃ、はたきたくなっても仕方ないと思うわけだ。アタシとしては。

 普段はまるで話を聞いてくれない幼女だけれど、さすがに今日はアタシの言葉を聞きいれてくれた。「おー」とか言いながらやっとアタシの上から下りてくれる。地面との抱擁から解放されるアタシ。
 あぁ、膝が痛い……。顔も痛い……。一番痛いのは背中ですけどね!
 絶対に足跡ついてる。飛び蹴りの跡が間違いなく残ってる。

「とりあえず、なんでお姉ちゃんのこと蹴ったのか教えてほしいなー」
「あいさつだ!」

 へぇ、そっか。あいさつか。あいさつなら仕方ないね。この都市じゃああいさつは飛び蹴りなんだね。いつの間にそんな風に変わったのかなー。初めて知ったよお姉ちゃん。
 店長にそんなことやってみな。地獄行きの片道キップをゲット出来るよ。
 無邪気に明るい笑顔を振りまくメイド姿の幼女に、アタシは更に顔を引き攣らせる。このまま成長したらえらいことになると思うんだ。常識とかいろいろと。

「あのね、あいさつならもっと普通にね。こんにちはーって」
「こんにちは?」
「そう。明るく声をかけるのが、あいさつの基本です。間違っても飛び蹴りじゃありません」
「わかった!」

 元気に明るく笑った幼女の笑顔をアタシは忘れない。
 そっかぁよかったわかってくれたかぁ…!と胸を撫で下ろしたアタシは、次の日には再び地面と熱く抱擁することとなる。
 明るい“こんにちはー!”のあいさつとともに、背中に刻まれる小さな足跡。そして繰り返されるやり取り。

「もっと? ふつうに? なに言ってるんだ、ボクはふつうだぞ!」
「……そうだよね。変なこと言ってごめんね。それがキミの普通なんだよねorz」

 元気なのはとてもいいことだ。
 元気しか取り柄の無いアタシが言うんだから、間違いない。
 それなのに。こっちの元気をすごい勢いで吸い取られてる気分になるのはなんでだろう。

 後日店長から、『アレにゃ言っても無駄だ』という諦めに満ち満ちたお言葉を頂戴した。
 彼女式のとても元気な挨拶は明日以降もずっと続くようです…。











お題配布先:王さまとヤクザのワルツ
「はあ? もっと普通に? 何言ってんだよ、俺は普通だろ」
「……そうだよね。変なこと言ってごめんね。それがきみの普通なんだよね」

昼下がりの殺人予告。(青)

January 20 [Mon], 2014, 12:13
「あ、メイド長、こんにちはー」

 東地区の憩いの場。時折謎の歌姫が現れる公園に、箒を手に佇む女性。
 紺色のメイド服をきっちり着込んだ姿勢の良い女性は、アタシの声に振り返ると、小さく嘆息した。抑揚の乏しい声音で生真面目に言葉を返す。

「メイド長ではないと何度言えばわかるのですか? 私はただの清掃員です」
「って言われてもその格好だし…。学生服だったら委員長に変えてもいいんですが」
「焼却しますよ?」

 さらりと真顔で告げられた台詞に思い切り首を振った。冗談ですすみません。
 清掃員の制服であるメイド服は非常によく似合っているのだが、メイドにとって必須ともされる愛想はどっかに忘れてきてしまったらしい。店長と一緒だ。
 まぁ、接客業じゃない分、店長よりはマシなのだろうけど。

「あ、そうだ。もし良かったら喫茶店に来てくださいよ。店長のコーヒー、めちゃくちゃ美味しいですよ。女の人が来てくれたらアタシも嬉しいし。うち潰れかけてるんで、常連になってくれたら助かります」
「………………気が向いたら考えます」
「考えるんだ!? 来てくれるんじゃないんだ!?」

 うぅ〜ん…これじゃあ来てくれる確率は限りなく低そうだなぁ…。尚且つ常連となると希望すら感じない。
 本屋みたいな変な喫茶店にメイドが!って噂になったらお客が増えるかと思ったんだけどなぁ…。
 そんなアタシの打算を感じ取ったのか、メイド姿の女性は小さく瞳を細めた。薄い眼鏡の奥の瞳が自然と冷たくなる。こういうの、クールビューティーって言うのかな?

「…なんでしょう?」
「清掃員の仕事は、この都市の掃除です」

 唐突にそんなことを言い始めた女性に、アタシははぁ、と間の抜けた返事をする。
 そんな判り切ったこと、今更。

「ゴミを廃棄し、出来る限り清潔に保つことが私達の役目です。殺傷事件などの血痕はもちろんのこと、死体や不必要なデータなどもゴミとして処理します」
「はぁ。…………え?」

 なんか今、聞いちゃいけないこと聞いた気がする。
 喧嘩とか良くない事件とかで荒れた路地なんかをそれぞれの地区の清掃員が掃除してたのは知ってたけど、死体って言った?
 そういえば、この前下水道にあった死体はどうなったんだっけ? いつの間にかきれいになってた。
 不必要なデータって何? 必要のない情報を消すのも清掃員の役目?

「それだけではありません。法の存在しない街の最低限の秩序を保つため、不穏分子を早急に排除するのも我々清掃員です。それは不必要なもの―――ゴミ、ですから」

 淡々と、抑揚の乏しい声音で綴られる言葉。
 この都市で生きたいなら、バカになれ。決して深読みするな。ヤバイことは見るな。忘れろ。かかわるな。そう言ったのは店長だったっけ?
 それじゃあこの場合どうすればいいのかな。踏み込む気も無いのに、無理矢理背中押されてる感じ。

「何故私がこんな話をするか、わかりますか?」
「…いえ」
「貴方様の排除命令が我々清掃員に出ているからです。あの世への手土産になるかと思いまして」

 ざぁ、とアタシとメイド長の間を乾いた風が吹き抜ける。
 瞬きを忘れたアタシは、呆けた表情でアタシよりも少しだけ背の高いメイド長を見上げた。
 自然と、口が動き始める。

「なんでアタシなんかにそんな命令が出てるんですか?」
「………………」
「アタシは特別顔が広いわけでもないし、情報通なわけでもないし、何か企んでるわけでもない。それなのにこの都市全域の清掃を任されてるってくらい組織立ってる人たちが、なんでアタシなんかに?」
「清掃対象となった理由など、末端の私は知りません」
「じゃあ清掃員に命令を出してるのって誰なんですかこの都市は上も下も無いって言うけど本当は王さまみたいな人がいるってことですか街を囲う壁もその人が作ったんですか壁の外はどうなってるんですかここはどこなんですか排除命令を出されるくらいアタシは危ないんですかアタシって誰なんですか?」

 矢継ぎ早にアタシは質問し続けた。息が続く限り延々と、酸素を失って言葉が途切れるまで質問する。
 今まで気になってたけど聞かなかったこと。誰も言わないからアタシも言わなかったこと。
 賢く生きるためにバカになる。矛盾した生き方。
 ここは無法都市。バカになるのが賢い生き方。賢い者ほどバカになる。でも、賢いバカに成りきれないアタシは、正真正銘の馬鹿なのかもしれない。
 確信に触れようとするのは、馬鹿のやること。

「…聞きたいことはそれで全部ですか?」
「いえ。たぶん答えを貰えばまた疑問は出てくると思います。アタシ、たぶん他の人よりも知らないこと多いんで」
「殺される手前だと言うのにやけに冷静ですね」
「いやぁ、心臓はバクバクですよ。でもどうせなら全部聞いちゃおうかなって。好奇心みたいなもんですよ。ところで」

 一度呼吸をする。
 メイド長を見上げて、肩の力を抜いて。

「今の話はどこまでが冗談なんでしょう」

 その時、アタシは始めてメイド長の表情が大きく変化するのを見た。
 冷たくも感じられる無感動な瞳を大きく見張るメイド長を、なんだか可愛いと思ってしまう。
 自然と顔が緩んで、締まりのない笑顔になったアタシに、メイド長は珍しく視線を逸らしてどうして冗談だと思ったのかを小さく尋ねた。
 勘だと答えたアタシに、彼女は何故か嘆息する。

「…どこまでが冗談だと思いますか?」
「殺す相手にわざわざそういうこと言うのはらしくない気がするから…少なくとも最後の方は嘘っぽいかなー」
「実はこの箒は仕込み刀で…」
「うわー、それはなんかホントっぽいなー…。あんまり真顔で言わないでくださいよ怖い」
「怖いと言うわりには会話は続行するのですね。清掃員の仕事の真偽は判らないのにまだ私に関わるのですか?」
「いやだって…」

 チンピラみたいな常連さんとか、陰気で目が怖いピアニストとか、無愛想で横暴な店長とか、借金取りよりも性質の悪そうな青年とか、裏でいろいろやってそうな探偵とか、人食い幽霊ややけにアグレッシブなお嬢様、アタシの周りには、いろんな意味で怖い人しかいないわけで。
 まともな会話が成り立つ分、あのお嬢様よりメイド長の方がよっぽど人道的な気がするのは、アタシの感覚が麻痺しているからなんだろうか。

「大物なのか、それともただのバカなのか。ますます解らなくなりました」

 じゃあなにか。バカなのかなんなのか確かめる為に冗談を言ったのか。
 なんでこんなことをアタシに言ったのか、その理由は気になったけれど、この都市の暗部にこれ以上足を突っ込みたくないので、とりあえず曖昧に笑っておく。

 バカと馬鹿。賢いバカと、ただの馬鹿。さぁ、アタシはどっちに成れてるんだろう。











お題配布先:王さまとヤクザのワルツ
「ところで、今の話はどこまでが冗談?」
「どこまでだと思う?」

喧嘩上等ヒーロー参上。(朱)

January 19 [Sun], 2014, 16:10
「やっば、今日のオレマジかっこよくね?」
「やばいのはキミの頭! どう考えてもやり過ぎだよ!」

 ゴミ箱はひっくり返り、ベンチ代わりに置いてあったらしい木の箱は大破、どこかの店の看板だったらしきものはへし折れて地面に突き刺さり、狭い路地のいたるところにゴミが散乱している。
 それくらいなら案外どこにでもある光景だ。アタシだってここまで焦ったりしない。
 問題は、痛そうな呻き声を上げる男の人たちが、数人倒れているということだ。

 時間を巻き戻して説明しよう。
 アタシはいつものように店長のおつかいをしていた。その途中、ちょっとばかり性質の悪そうな男の人たちにからまれてしまったわけだ。
 まぁ、それくらいなら「あるある」で片付けられるし、適当に言って逃げられたんだけど…。
 お菓子(手づくり)を持っていたアタシは、それなりにお金を持ったお嬢さんだと思われてしまったらしい。
 とたんに好色を露わにした男達は、アタシを取り囲んでジリジリと人気のない路地の方へと追い込んでいった。

 そこにヒーローよろしく参上したのが彼だったのだ。
 喫茶店の常連で、意地悪で短気で、一見すると不良にしか見えないのに、実はカツアゲとか弱い者イジメみたいなことが大嫌いな、知り合いの青年。

『なーるほどなぁ…。一人相手に五人か。しかもテメー、そのナイフどうする気だ? あ?』

 浮かび上がる血管。男の人たちが言い訳する間も、アタシが止める間もなく、青年は五人を沈めてしまった。
 助けてくれたのは感謝してます。とてもとても感謝しています。だけどさ、これはさすがにやり過ぎです。
 顔面殴られてたけど鼻折れてないよね…?とか、思いっきり投げ飛ばされてたけど腕とか折れてないよね…?って、男の人たちの心配をしてしまう。

「オマエはまず言うことあんだろが」
「…ありがとう、助かりま」
「おいいたぞ!」「テメーよくも!」
「げ」

 振り返れば路地の入口にさっきの倍の数の男達がいて、その中の一人がアタシたちの方を指さしていた。
 え?だれ?この人たちの仲間?仲間呼ぶような暇もなく沈められてたような気がしたけど…。ていうかもしかしなくとも大ピンチ…?
 横にいる青年が「あー…」とバツの悪そうな声を上げる。まさか。

「わり。オレ追われてたんだわ」
「うそ」
「マジ。くっそ、さすがにあの数はヤバイな」

 のんびりとそんなこと言ってる場合じゃない。
 もしかしなくとも絶対にアタシも仲間だと思われるに違いない。瞬時にアタシはフードを目深にかぶって顔を隠した。顔を覚えられるのは命取りだ。
 そんなアタシを見て、青年は面白そうに口笛を吹く。

「慣れてきたじゃねぇか」
「イヤでも慣れるよ。それよりどうすんの」

 逃げるしかない。だけど狭い路地の入口は塞がれてるし、確かこの先は行き止まりだ。後ろも前もダメならば、あとは上か下しかない。
 右は数十メートル下を下水が流れてる。でもここは生活圏じゃないから、水位は微妙なところだ。なにより汚い。
 ちらりと上を見上げれば、狭く切り取られた水色が見えた。あそこまで昇れるかな。
 だけど、あそこに足をかけて、と考えながらじりじりと壁に寄ろうとしたら、腰を思いっきり引き寄せられた。そのまま米俵のように担がれる。
 騒ぐ間も無く右手の下水路に一直線。

「落ちっぞ」
「冗談でしょいくらなんでも高過ぎだし汚いやあぁぁぁあぁぁぁぁっっっ!!」

 前言撤回。こんな生活、慣れるわけがない。











お題配布先:王さまとヤクザのワルツ
「やっば、今日の俺まじかっこよくね?」
「やばいのはお前の頭だよ」

ラブの向かう場所。(茶×黄)

January 19 [Sun], 2014, 11:07
 本棚の並べられた、本屋なのか喫茶店なのかよく分からない店内に、現在お客は一名のみ。
 見慣れた風景だから困る。そのうち潰れるんじゃないだろうか。

 そんな、心配になるほど寂れた喫茶店に、どこから聞いてきたのか、『君を彼女にしたとんでも趣味の彼氏がいるって本当かい?』と超失礼な言葉と共にやってきたのは、茶髪の青年だった。
 ライバル宣言からコイビト宣言に至るまでの出来事を短く話すと、茶髪の青年は”なんだ”と笑った。

「そんなことなら俺に頼んでくれれば良かったのに。俺だったら喜んで協力するよ」
「凄まじい見返りを求められそうなので遠慮しときます」
「信用ないなぁ」

 あるわけない。パフェひとつで命がけのミッションなんかやらされればさすがに学習するよ。
 まだフードの青年の方がいい。だいたい、結局バレちゃったんだからあの手はもう使えないし。
 アタシの返答を予想していたのか、たいして残念がることもなく茶髪の青年はミルクを落としたコーヒーを口に含んだ。

 アタシとフードの青年じゃあ店長みたいな美味しいコーヒーは出せないから、代金は半額のハーフコーヒー。
 店長が面倒だとか言ってお店に顔を出さない日が多いから、この店は繁盛しないのだと思う。店長がちゃんとしてればそれなりに繁盛すると思うんだよね。
 店長、コーヒーだけは絶品だもん。
 その証拠に、顔馴染みの常連さんは何人かいるわけだし。

「いっそのこと、本当に誰かと付き合っちゃえばいいんじゃないっすか?」
「そう言うなら、君が彼女の本物のコイビトになってあげたら?」
「またまたー。オニーサンてば冗談キツイっすよ。お譲りします」
「人に押し付けるのはよくないな」
「何その失礼過ぎる会話」

 無遠慮な二人は女性を立てるという言葉を知らないらしい。いや、そもそもアタシを女性扱いしてないのか。
 どっちにしろ失礼極まりないよね。殴ってもいいかな。
 意気投合というわけじゃないけど、ノリが近いのか、二人はそのまま、通りの向こうの売店の売り子さんが可愛いだの、東地区の清掃員がキレイだの、時々公園に現れる歌姫は美少女だの、裏通りには美人の幽霊が出るだの、ろくでもない会話を繰り広げ始めた。

 途中途中、アタシにも思いあたるところがある。某歌姫とか。某幽霊とか。某清掃員とか。
 知り合いとか言ったらうるさそうだから、何も言わなかったけど。ややこしくなっても嫌だ。
 
「ちなみにオニーサン、好きな人は?」
「んー、いる、かな」
「うっそ! いるんですか! うそ!! そんな人間らしい感情持ってたんですか!?」
「君も人のこと言えないくらい失礼だよね。この都市に馴染んだって証拠かな」

 茶髪の青年はひょいと肩を竦めた後、面白そうに笑いながらアタシの顔を覗き込んだ。アタシの変化を探すように、赤いサングラスの奥で瞳が動く。
 でもアタシはアタシの変化なんてどうでもいい。というか、こんな扱いされていたら誰でも慣れると思う。

「好きな人ってだれですか。もしかして時々一緒にいる」
「彼女は仕事上の関係者だよ。特別な感情なんて抱いてないさ」
「じゃあ誰なんですか」

 ずずい、と青年に方へと寄ると、彼は楽しそうに笑みを作った。
 いつもの爽やかな笑みとは違う、ちょっと意地悪な、アクのある笑顔。人を騙す時に作る笑顔じゃなくて、人をからかう時に自然と出てくるような、楽しそうな顔。
 思わず寄せた体を引くと、茶髪の青年は左手の人差指と中指で挟んだ一枚の紙をアタシの目の前にチラつかせた。そうして、その紙を自分の唇へと寄せる。

「諭吉様に決まってるだろ。超愛してる」

 青年の指に挟まれていたのは一万円札。
 うわぁ…、この人どこまでお金好きなの。でも、女性に愛を向けるよりよっぽど納得できてしまった。
 でもそれは茶髪の青年に限った事じゃ無くて、この都市に生きる人たちは、それぞれが少しずつ歪んでる気がする。店長一直線なお嬢様とか、ショタコンのピアニストとか。
 まともな人がいない…、と嘆いたアタシは、ふと気が付いた。青年の右手に収まっているもの。それって。

「アタシのお財布!!」
「おおっと。飛びついてくるなんて大胆だね」
「白々しい! なんでアタシのお財布! あ、もしかしてその一万円札アタシの!? ちょ、返してっ! 返してくださいそれ!!」
「君、意外とお金持ってるんだね。これはどこのレシートかなぁ」
「なに漁ってるんですか!! 返して! 返してってば!!」

 いつの間にかアタシのお財布を掠め取っていた青年は、アタシの手をひらりとかわして行く。かわしながら、人のお財布の中身を物色していく。
 いつ取ったの!? もしかしてアタシが近付いた時!? あの一瞬!? スリが職業の方でしたっけ貴方!?

「おわわわー。白昼堂々いちゃらぶっすか? オレお邪魔?」

 フードの青年は囃したてるだけで助けるつもりはないらしく、アタシと茶髪の青年は、暫しの間どたばたと店内を駆け廻り続けるのだった。
 その後、追いかけっこで疲れたアタシのもとへ、アタシのコイビト宣言を聞きつけた変態ピアニストが、号泣しながらやってきて、事態は更にややこしくなり、アタシは更に疲れ果てるのだった。











お題配布先:王さまとヤクザのワルツ
「あんたの好きな人ってだれよ」
「諭吉様に決まってるだろ。ちょーあいしてる」

黒コゲと白カビのケーキ。(金×銀)

January 18 [Sat], 2014, 14:03
「というわけで、先日はどうもありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ。いつもいつもおつかいご苦労さまデス」

 本棚の並べられた一風変わった喫茶店とは違うけれど、やはり両側の壁が本棚でびっちりと埋められた室内で、深々と頭を下げる。
 それに対して、キャスター付きのわりと良いイスに腰かけていた少女は、軽く頭を下げて返した。
 行儀悪く壁を蹴っ飛ばしてアタシの側まで寄って来ると、少女はにこりと笑って両手を差し出す。

「それで? あれから例のお嬢さまはイカニ?」
「あいかわらずだよ。なんであそこまで目の仇にされなきゃいけないんだろ。アタシと店長って、そんなに怪しく見える?」

 広げた両手の中に、店長に頼まれた届け物の本と、先日逃げ込んだ際に匿ってくれた事へのお礼の品が入った箱を手渡しながら、首を傾げて尋ねてみる。
 すると少女は、アタシと同じようにゆっくりと首を傾げ、本を後ろに控える付き人風の青年に手渡しながらくすりと笑った。

「どうデスかね。彼方もあの店長さんも、怪しくないとは言えないと思いマスけれど」
「言っとくけど”怪しい”って身元とか経歴の話じゃないからね。アタシと店長の関係の話だからね? ていうか、身元とか経歴の話だったら、この都市に怪しくない人物なんて一人もいないと思うんだけど」
「それもそうデスね」

 あっさりと肯定する少女は、言いながらちらりと青年に視線をやった。思わずアタシも視線をやってしまう。
 けれど、この部屋でもっとも怪しい雰囲気を醸し出している付き人風な青年は、二人からの視線をもろともせずににこりと笑顔を振りまいた。
 ……茶髪の青年と同じ匂いがする。あの笑顔に騙されたらものすごい痛い目見そうな気がする。

「まーなんにせよ、店長さんに近付く女性は誰だろうと許せないのでしょうね。あぁそうだ、ボディーガードをお願いしたらどうデス? 彼方、色白のショタコンさんに求婚されたのでしょ?」
「ひょろひょろだから即行でやられちゃいそうな気が……ていうかなんで求婚の話知ってるの!?」
「ふっふっふ、探偵を甘く見ないことデスね」

 ちっちっ、と人差し指を揺らして少女が唇の端っこを上げる。
 路地裏の小さな探偵事務所の社長さんは、都市の噂話と人の弱みを握るのが大好きらしい。
 楽しそうに揺れる尻尾を恨みがましげに見つめると、所詮は他人事である少女は、あははと軽く笑ってからお礼にと渡した箱を開け始めた。ふんふん、というご機嫌な鼻歌。

 それが、箱を開けたとたんにぴたりと止まった。
 不思議そうに付き人風の青年が後ろから箱の中身を覗き込み、同じように動きを止めた。
 あれ? なにその反応。そんなにおかしなもの入れたっけ…?
 数秒の間を置いてから、付き人風の…というかだんだん執事に見えてきた…青年が、嘆息気味に口を開く。

「………失敗作はいりませんよ」
「はい? 失敗作なんて、ひとつもないんですけど!」
「そうは言っても、真っ黒じゃないですか。白カビまで生えて……」
「失礼な! 形はちょっと悪いけど、ブラウニーだから! ケーキだから! あとカビじゃなくて粉砂糖ねそれ!!」

 砂糖をわざわざすり鉢ですり下ろしたっていうのに! カビって!!
 アタシと青年の会話を聞いて、少女はどこか恐る恐るといった様子で欠片を摘んで口に含む。そうして、おぉ、と歓喜とも感嘆ともつかない声を上げた。
 どうやらお気に召してもらえたらしい。頬を薔薇色に染めて、少女は嬉しそうに微笑む。

「イヤハヤ、彼方の持ってくる品はいつ頂いても絶品デスね」
「そうやって『素直』に『手放し』で褒めてくれるのはキミだけだよ」

 素直と手放しを強調して嘆息する。
 うちの男共と来たら、皮肉と嫌味の塊なんだから。どこかしら貶さないと人を褒められない捻くれ者ばかりだ。アタシも含めて。

「それにしても不思議な方デスね。ケーキの作り方なんて、いったいどこで覚えたんデスか?」
「店長のお店、本だけは無駄にあるからね」
「なるほど」

 喫茶店の留守番を任されることも多いんだけど、閑古鳥が鳴くことも珍しくない寂れた喫茶店だ。お客がこなければ、掃除か読書くらいしかないやることがない。
 かといって、なんだか小難しい専門書はとても読む気になれなくて、アタシが手にするのはもっぱら小説か料理本だった。

 ケーキは嗜好品だから高くて滅多に買えない。でもチョコレートとか、砂糖とか、小麦粉とか、嗜好品の原料になるものは意外と安く手に入ったりするから、作り方が分かるなら、自分で作ってしまった方がお得なわけだ。
 形はいろいろと不格好だし、お店に並べられてるような凝ったものは作れないし、味も質も落ちるけどさ。
 そんなことを考えていたら、アタシのお腹の虫が、くぅ、と小さな声を上げた。
 どうやらこの子は飼い主の欲望にひどく忠実なようだ。自重という言葉を知らないらしい。

「ふふ、食べていきマス? と言っても、彼方から頂いたものですが」
「……それじゃあお言葉に甘えて」

 届け物ひとつに何時間かけてやがる、とか、どんだけ油売ってんだアホ娘、とか、店長のお小言が頭を掠めて、チョコレートの甘い誘惑にそんなものは一瞬で吹っ飛ぶのだった。











お題配布先:王さまとヤクザのワルツ
「失敗作はいらない」
「はあ? 失敗作なんて、ひとつもないんですけど!」

唐突コイビト宣言。(紅×黄)

January 17 [Fri], 2014, 13:30
 本棚が並べられた一風変わった喫茶店に、響くアタシの声。

「アタシには恋人がいるんです。だからアタシと店長がどうにかなるなんて絶対にありえません!」

 必死、という表現が一番似合う勢いで、アタシはそう捲し立てる。

「あら、あなたのようなちんちくりんと付き合うような趣味の悪い殿方がいらして? どこのどなたか、教えてくださる?」

 そんなアタシの言葉を、馬鹿にしたように鼻で笑いながら一蹴する赤髪女性。
 どこまでも失礼な人だ。確かに恋人がいるなんて嘘だけど…! 唯一言い寄って来た相手はショタコンの変態だけど…!
 でもあの人の名前だけは出したくない…ていうか出したら負けな気がするし、巡り巡って本人の耳に入ったらそれこそとんでもないことになりそう。
 あーもう! よりによって店長が留守の時に来なくてもいいのに…!!

「どうかしたのかしら? 顔色が悪いようだけど」
「ええと、その…、あ、そう、この人!この人です!!」

 へ?と突然腕を取られたフードの青年(タダ働き中)が振り返る。
 アタシが木製ハンマーに狙われて大ピンチだっていうのに、まったく助ける気なしでお皿を拭いていた青年は、ね!という力強いアタシの声に緩やかな声を返した。

「えーあー、そうっすね。オレ、欲しいもんがあr」
「そういえばもうすぐ誕生日だったよねプレゼント楽しみにしてて!」
「チョー愛しちゃってます。ゾッコンらぶ。オレたち、テンチョーさんが引くくらいラブラブっすから」

 買 収 成 功 。
 これでコート買うためにコツコツ貯めてたお金は全部ぱぁだろうけど、背に腹は代えられない。
 アタシの言葉に瞬時に背筋を伸ばして前に出た青年の後ろに隠れながら、アタシはこくこくと必死に頷いた。なんかいろいろ恥ずかしいけど、木製ハンマーが頭に振り下ろされる未来にだけは辿り着きたくないのだ。

 ていうかいい加減もうアタシをライバル視するのは止めてほしい。どうして上がりたくもない土俵に無理矢理上げられなくちゃならないんだ。
 女の人の嫉妬は怖いって言うけど、この人のは怖いを通り越して恐ろしい。
 怖いなんてもんじゃない。本気で命の危機を感じる。

「こ、これで分かったでしょう。アタシが店長と恋仲に発展するなんて絶対に有り得ません。お引き取り下さい」

 相変わらず青年の背中に隠れながら、アタシは顔だけ出してそう言った。
 だけど、女性はアタシの顔とフードの青年を、それはそれは訝しげな表情で交互に見比べている。
 いや、言いたい事は分かるよ? 半信半疑ってか、すごく苦しい嘘だってことくらいアタシにも分かってる。でもどうか信じて!お願い!!とアタシは心の中で祈るしかない。
 3度アタシと青年の顔を視線で往復した後、女性は艶やかな唇を開いた。キレイに整えられた眉を顰めながら、尊大に腕を組んで問う。

「…そもそも、どんな間違いが起こって、あなたたちは恋人になったのかしら?」
「間違いって失礼な! ラブラブだって言ってるじゃないですか! 道でばったり、出会った瞬間に一目惚れですよ! あるでしょなんかそういう展開」
「嘘くさいわね」

 嘘ですから。

 という言葉をキレイに飲みこんで、アタシはそうですかね、と首を傾げてみせる。
 そうして、青年の背中をぱしぱしと叩いて助けを求めた。へるぷみー。一度引き受けたなら最後まで頑張ってもらわなきゃ困るのだ。
 その想いが伝わったのかどうかは分からないが、青年は唐突に両手を広げてにっこりと笑った。そうして。

「オレたちは、そもそも出会ったことが間違いだったんすよ!」
「………………あれ!? それ違くない!? 出会わなきゃ良かったってことだよね!?」

 その後どうなったかは、皆さんのご想像にお任せします…。
 とりあえず、もう暫く、平穏な日々は望めそうにない。











お題配布先:王さまとヤクザのワルツ
「どんな間違いがおこって、あんたたちは恋人になったわけ?」
「僕らは、そもそも出会ったことが間違いだったんだよね」

支払いは出世払いで。(紺×黄)

January 16 [Thu], 2014, 16:16
 突然ですが、アタシの働く一風変わった喫茶店は繁盛しているとは言い難い寂れた喫茶店です。
 それなりに常連と言える人たちはいるけれど、悲しいことに、いつまでたってもアタシのお給料は上がらない。
 住み込みで働かせてもらってるから、文句は言えないのだけれど、雀の涙のような賃金で、アタシはこき使われているわけだ。

 そんな店内に、これまた面倒な常連がひとり。
 常連っていうか、これはもう食い逃げ犯って言ってもいいのかもしれない。食い逃げっていうか、飲み逃げかな。

「今日という今日は払ってもらうぞ」
「アハハハハー、テンチョーさんてば今日も超絶にイケメンっすね」
「黙れ犯罪者」

 ふざけたフードをすっぽりと被ったふざけた調子の青年が、店長の鋭い視線をものともせずにこれまたふざけた台詞を吐く。
 慈悲の欠片も無い冷たい声に、ひえーとやっぱりふざけた調子で首を竦めるフードの青年に、アタシはひやひやとしていた。

 床に正座させられているというのにまったく反省の色が見えないところはすごいと思う。店長のあの鋭い視線にさらされても自分のペースをまったく崩さない姿は尊敬に値するよ。
 でも正直、これ以上店長の機嫌を損ねるのは止めてほしい。
 あとでヤツ当たりされるのアタシなんだからね!!

「この前ひとの家の窓ガラスを割ったばっかでよく顔を出せたものだと思ったが……コーヒー飲んだ挙句に金がないってのはどういう了見だ。あ?」
「いやぁ…そんな昔の話を持ち出されても……」

 苛立ちたっぷり&トゲだらけの店長の声に、ゆるーく返すフードの青年。
 けれど、アタシはその時、店長の堪忍袋の緒が切れる音が聞こえたような気がした。いや、実際に店内にその音は鳴り響いた。

 店長が手に持っていたグラスに入る、ヒビ。

 …さーて。アタシはそろそろ買い出しに行こうかな。
 戻って来る頃までに店長の機嫌が直………ってるわけがないから、なんか店長の機嫌が直りそうなものを買ってこよう。じゃないと、今夜のアタシのご飯はなしってことになりかねない。

「…ほう。お前にとっては三日前はそんなに昔なのか、そうか」
「アハハハハ、ハハ……。あー…出世払いじゃ、……ダメ、っすか?」

 フードの青年のそんな台詞を背中に聞きながら、アタシはそろりとその場を後にした。
 この喫茶店、いや、この都市に、そんな甘い制度があるわけがない。
 ありゃ暫くタダ働きだね。壊した窓の分もきっちり働かせるに違いない。ま、アタシは仕事が減る分、いいかもしれないけど。

 なんていうアタシの考えは、とことん甘かった。
 いつも通りにドSな店長は、店員がひとり増えても、いつも通りにアタシを馬車馬のようにこき使うのだった。











お題配布先:王さまとヤクザのワルツ
「昔の話を持ち出されても……」
「お前にとっては三日前はそんなに昔なのか、そうか」

人為的忘却術。(紅)

January 16 [Thu], 2014, 14:17
 本棚の並べられた一風変わった喫茶店で働く、無力でいたいけな店員A。
 その喫茶店の店長に想いを寄せる、無敵で報われない某ご令嬢。

 目立つことこの上ない全身真っ赤な令嬢様は、何故かその手に少々大振りな木製のハンマーを持っている。狙いはもちろん、店員Aの「頭」である。
 そう、つまりはアタシの。

「落ち着いてください。落ち着いて話し合えばきっと分かり合えます!」
「あたくしは弁明なんてものは聞きたくありませんの。この泥棒猫!!」

 ハンカチでも噛みそうなほど悔しげな表情で、見るからにお金を持っていそうな女性はアタシを指差す。
 けれど、泥棒猫というのは完全なる言いがかりだ。アタシは断じて店長と恋仲になった覚えはない。向こうもこっちもノーセンキューだ。
 確かに店長にはいろいろとお世話になっている部分もあるし、感謝はしているけれど、アタシにだって、それにきっと店長にだって、好みというものがある。

「だから! アタシは店長とはなんでもないって何度言ったら…!!」
「だったら、今すぐ、即刻、あの店から消えなさい」

 逆らわれるなんて微塵も思っていない、高圧的で傲慢な命令。
 それは、命令することに慣れた、上に立つ者だけに許された態度と、そして声だった。
 利口者ならここで頷くのだろうか。そしてあの店から消えるのだろうか。あそこは、今のアタシの居場所なのに?
 ……正直、アタシはなんでアンタにそこまで言われなきゃなんないんだって、腹が立ってきています。そんな権利、アンタにはない。

「……そもそも、どうしてアタシがそこまで目くじら立てられなきゃいけないんですか。今後、店長との仲が発展する事は絶対に、百億歩譲っても絶対に有り得ないって言うのに」
「……あなた、彼に惹かれないなんて女として終わっていてよ? 可哀相に
どうしろってんだ

 恋仲に発展することを疑われて、それを否定したら今度は可哀相と来た。惚れろってか。
 けれどアタシが店長に惚れたらこの女性は確実にあの木製ハンマーをアタシの頭に振り下ろすだろう。
 確実に。そりゃあもうなんの手加減も無しに。

「あの店からいなくなるつもりはありませんの?」
「だから、アタシと店長は」
「あなたはあたくしが聞いている質問にだけ答えればよろしいの。無駄なお喋りは不要よ」

 たっぷりと紅いルージュを塗った形の良い唇が、弓なりに釣り上がる。
 絶対的な女王のような風格、そして威圧感。生まれた時から備わっている権力という力が、彼女の存在感をどこまでも肥大化させる。
 この都市で、彼女を敵に回すのは非常に危険だ。
 それはわかってる。さすがにわかってる。
 大人しく言うことを聞いて、あの店から出て行けば、アタシは平穏な生活を取り戻せる。新たに職を探すのは大変かもしれないけど、命あっての物種だ。
 知り合いも増えたから、もうどうにかやっていけると思う。あそこに固執する必要なんてない。

 だけど、それでも……アタシは


「ありません」


 迷うことも、臆することもなく、女性の赤い瞳を真っ直ぐ見据えて言い放つ。
 あぁ、言っちゃった。これでもう、あとには引けない。ぐ、と拳を握り締めると、アタシはごくりと唾を飲み込んだ。やばいなーと思いつつも、言葉を撤回しようとは微塵も思わない。後悔もない。
 アタシの答えに、真っ赤な女性は”そう…”と言って笑みを消した。そして憐れむような表情に塗り替えられる。
 まるで、そうまるで、踏みつぶされる小さなアリを見つめるような。可哀相にと憐みながら、それでいてとても楽しそうな。
 そうして、ハンマーを握る手に力が込められる。

「記憶喪失って、知っていて?」
「え、あ、はい、知って、ますけど……」
「これで殴れば、記憶もなくなってくれるかしら?」
「…そうですね。記憶じゃなくて命がなくなる危険があるので、もう一度考え直してください」
「あら、だからあたくし言ったでしょう? 記憶”も”って」

 ……………………うわぁ。
 命が無くなったら記憶どころじゃない、と思いながらアタシはじりじりと後ずさって行く。
 ここから近い友人のところに逃げ込んだら、匿ってくれるだろうか。無情にも追いだされそうな気もするけれど、そこくらいしか当てが無い。
 背中を向けるのはすごく怖いけれど(背中から撃たれそうで)、でもこの際仕方がない。全速力で逃げるしかない。

 アタシはまだ、あの喫茶店を捨てられないのだ。











お題配布先:王さまとヤクザのワルツ
「これで殴れば記憶なくなってくれるかなー?」
「…そうだな。記憶じゃなくて命がなくなる危険があるから、もう一度考え直そうな」

変態的理想の女性像。(紺×朱×緑)

January 15 [Wed], 2014, 13:30
 本棚の並べられた一風変わった喫茶店に、今日も懲りずに変態珍客現る。
 けれど今日は常連の少年はここには来てなくて(代わりに短気な青年なら来ているけれど)、嬉々とした様子だった男に少年が今日は来ていないことを伝えてからというもの、なんだかその熱い視線がアタシにそそがれているような気がする。
 睨まれてる? アタシもしかして睨まれてるの?

「てんちょ〜〜……」
「情けない声だすな。おら、働け従業員」
「鬼!!」

 男が注文したブラックコーヒーを”持って行け”と手渡してきた店長に捨て台詞を残して、アタシは恐る恐る、なるべく目を合わせないようにしながら男のもとへと向かった。
 助けを求めて青年の方へも視線を送ったけど、にやにやとした意地の悪い笑みを向けてくるだけだった。
 薄情者!!

「お、またせいたしました……」
「………………(じーーーっ)」
「……そ、それじゃあアタシはこれで」

 すごい見られてる。痛いくらい見つめられてる。居心地悪いっていうかむしろもう怖いよ! アタシなんか怒らせるようなことしたっけ!?
 そう思いながらも訊ねることも出来ずに、不自然なくらいの素早さでアタシはその場から立ち去ろうとした。
 けれど、その瞬間―――唐突に右腕を取られ、アタシは踏み出した足を止めた。
 声も無く振り返ると同時に、ゆらりと立ち上がった男がアタシに迫る。
 そして。

「結婚してください」
「「「………………………………」」」

 店内に満ちる三人分の沈黙。
 凍ったとか固まったとかじゃない。時間が止まった気がした。今、この人なんて言いました?

「………………あの、ごめんなさい。よく聞こえなかったのでもう一度お願いします」
結婚してください
「聞き間違いじゃなかった!!」

 なにこれどういう展開!? 新手のドッキリ!?
 状況が飲み込めずにカウンターを振り返ったアタシは、普段は仏頂面を崩さない店長が驚いて固まっているという非常に珍しいものを目撃した。
 ついでににやにや笑顔だった青年も銜えていた煙草を落として呆けている。
 この反応はドッキリじゃない。え、事実? 現実?

 確かにアタシは彼氏が欲しいお年頃で、甘い展開だって期待したい。だけど、それは周りの男共がもっと”まとも”だったらの話だ。お前もまともじゃないだろというツッコミは受け付けない。
 ていうかなに? なんで? いったいどうしてそうなった…!!
 頭の中はとにかく大混乱中で、でもとりあえずいつの間にか握られてる両手を離してもらいたい。
 ついでに近過ぎる顔も離れて…! 近い! 顔近い!!

「すすすみません、アタシ、ロリコンはちょっと、興味の対象外っていうか……」
「? 私はロリコンではありませんよ? 言うなればショタコンです」
なお悪いわ!!

 ショタコンってことは少年趣味ってことでしょ?
 低年齢&同性愛者にプロポーズされるってどういうことですか…!
 もしかして男の人と間違えられてる? それはそれで失礼だけど、間違いを正せば可笑しなプロポーズも取り消してもらえるんじゃないだろうか。
 なんて、甘いことを考えて、恐る恐る訂正を試みるアタシ。なにが悲しくてこんなこと言わなくちゃならないんだろう。

「あの一応、アタシ、これでも女ですけど…!」
「わかっています。だからこうして結婚を申し込んでいるのですから。私は確かに少年という生き物をこよなく愛していますが、恋人にしたいわけではありません。添い遂げたいのはもちろん女性です。そうっ、貴女のような! あぁっ、どうして今まで気付かなかったのでしょう…! 貴女こそ私の理想の女性!!」

 自分の世界入っちゃった…!!
 じりじりとアタシを壁際に追い詰めながら、男はテンションを上げていく。大きく見開かれた瞳がアタシを捕えて、キラキラ……というかギラギラと、爬虫類のように輝いている。
 こ わ い ! ! !

「おいおい冗談だろ。そんな女のどこがいいんだよ」
「ムカッ……いや、そうそう! いったい全体どうしてアタシなんかが! 全然かわいくないし、胸だって小さい方だし、逆ハーレム的な男女比なのに全然モテないし、女をなんだと思ってるってくらいに女捨ててますよアタシ!」
「……お前、自分で言ってて悲しくないか」

 ようやく事態を把握した青年が嘆息交じりに言った言葉に一瞬カチンと来たけれど、アタシは思い直してその声に乗ることにした。店長の呆れたツッコミが聞こえたような気がするけどこの際無視!
 なんとかしてこの変態さんの意識をアタシ以外に向けないと、今後、アタシに平和な日常が戻ってくることはない気がする。というかアタシの未来が危うい。
 自分を貶めてでもとりあえずこの場から逃げ去りたい。いやホント切実に。

「とんでもない! 貴女はご自分の芸術性がわかっていない!」
「げ、げいじゅつせい?」
「そうです!!」

 小さな瞳を大きくさせて、男は高いテンションのまま拳を握ると、そのまま意気揚々と”アタシの芸術性について”語り始めた。
 ものすごく変態的で、正直誰にも理解されないと思う、理想の女性像。

「見てください、この胸の無さを! 寄せて上げての必死の努力も空しくなるほどのAカップ! いえ、素ならAAと見ました! フリルのついたエプロンを着ても萌えない驚くほどの色気の無さ!」

 ぐさ。

「化粧っ気の無さやお洒落への疎さも上乗せして、貴女からは”女性らしさ”というものをまったく感じません!」

 ぐさぐさ。

「媚びない態度、まるで少年のような雰囲気! けれど少年とも男とも違う女という個体……! 矛盾と調和……これこそ私の追い求めたもの!」
「…っ、ぶっはぁ!! マジウケる!! なんっだそりゃ…!! 凹凸の無さと色気の無さが芸術ってか! そりゃ確かにコイツ以上の芸術は無いわ!!」

 ぐさぐさぐさー。

 男はうっとりとした様子でアタシを見つめながら、本当に、幸せそうに、恍惚と、芸術性を語る。
 そして、言葉を失ったアタシの耳に響く、青年の笑い声。というか大爆笑。カウンターを片手で叩きながらお腹を抱えて笑っている。そーですか、そんなに可笑しいですか。

 いやうん、わかってるよ。自分でもよーくわかってる。女っ気がないとか、色気が足りないとか、女らしくないとか、自分でも重々承知しております。
 でもね。でもさ。人にそれを指摘されて、大爆笑されるとかね。
 分かってても言われたくないこととか。分かってても笑われたくないこととか。そういうものが人にはあって、ここまで言われてここまで笑われたら、誰だってぶちんと来ちゃうと思うわけですよ。

「良かったじゃねぇか嫁の貰い手が出来て! あーマジ腹いてぇ…ッ」
「………………………あー、店のもんは壊すなよ」
「はー涙出てきた…、あん? なんだよ店長、変な顔しt「いたっ、いたたたたっ! 痛いです、あの、いた、髪っ、髪はひっぱらないで…ッ」

 男の悲鳴に、ピタリと青年の声が止まる。
 そろぉり……と顔を引き攣らせながら振り返った青年の真後ろで、アタシはにこりと微笑んだ。

覚悟しろよバカ男ども











お題配布先:王さまとヤクザのワルツ
「悪い。俺、ロリコンはちょっと、興味の対象外っていうか……」
「俺はロリコンじゃねーよ? ショタコンだから」
P R
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