民主主義とは本来、一人一人の意見を尊重しよう、というものです。つまり、多数決とは民主主義の原則からは最もかけ離れたものであり、民主主義の脆弱性を補うために使われている、ただのシステムです。つまり、システム自体には正当性までは継承されないということになります。しかし、その辺りがごっちゃになってしまって、数が多ければ良いみたいな錯覚があるのも事実なワケで。その辺を履き違えている人が上にいると、どうしようもないんですよね……。
何か固めの愚痴で始まりましたが、要は今さらBPOのサイトを見に行ったワケです。一応、意見を投函したものとして、見届ける必要があるでしょうし。ああ、文字数制限が無駄に厳しくて、苦しんだっけなぁ……。書き終えてから、1時間以上かけて字数削減したもんなぁ……。
結論から言うと、アニメのテーマをしっかり受け止めているものが集まっても、『アニメ』という単語に対して過剰反応する連中を集めたら、圧倒的に数では劣るんではないかと。それが、BPOの視聴者からの意見を見に行って、私が思ったことです。
実は、私も『ひぐらし』アニメ版打ち切りの被害にあった者です。放送中止当初は非常に憤慨し、特に『ムーブ!』に対して、積極果敢に意見を投函したものです。上記の通り、BPOにも投函したのですが。
しかし結局マスコミは、一部の者に受け入れられなくとも、一切問題ない。それを超える支持が、よそから得られれば良いワケだから。この辺り、政治家の考え方に酷似していると思います。つまり、多きをとって少なきを切り捨てる。……ようやく話がつながりました。これって要は、多数決なワケです。
多数決とは、一見効率の良い素晴らしいシステムに見えますが、少数意見をスッパリと切り捨て、有無を言わせない。そんな倫理にもとる、残虐非道なシステムです。妥協点が探せる分、司法取引とか和解の方がよっぽど人間らしい、美しい解決法だと思います。
では、一体どうしたら良いのか? ……結論として、どうしようもないです。選挙やら何やら、多数決という概念はあまりにも人の概念として定着しすぎており、仮にその根を引き抜けば全てが崩壊するでしょう。国を動かす政治家が多数決によって支えられており、政治家の悪事を報道するマスコミまでも多数決で動いている。『数の暴力』などと揶揄される多数決。これはあまりにも強力なウィルスであり、恐らく駆除することは不可能です。
では最善に近づくにはどうすれば良いのか。これは、これから良く考えていく必要があると思われます。BPO上に乗っている意見も、アニメを否定するものが多い。数がルールの世界で、数で負けている場合にどうやって勝つのか。
自分の今の考えでは、一人が何人分もの働きをすれば良い。今回打ち切りに至ったりということが起こったのはひとえに、数を維持できなかったことにあります。放送する局と、放送しない局があった。仮に、全ての局で中止になっていれば、違う未来が見えたことでしょう。そう考えると、今回の騒動の一番の敵は、本当の意味での公平な判断の出来る、良識ある人達だったのかもしれません……。
最後に。BPOに載ってた意見で一つ気になったのでツッコミ。間違いなく、『スクールデイズ』に関しての意見なんだけど、こんな記述が。「異常な性交渉を助長し」……っ!? えっ、あれ見て、「あぁ、俺もいろんな女と○○○してぇなぁ」とか思うやついんのっ!? 最終的には……なんだよっ!? そこまでする価値ねぇだろー。あれ見てそんな感想抱くやつ、いつ死んでも良い、刹那論者だけですぜ……。