エスカレータにおける考察

2007年07月28日(土) 19時51分
先週は上野の国立科学館へ「インカ マヤ アステカ展」を
観に行ってきたちょっとインテリ?な休日を過ごした[K]です。
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その話をしないところが[K]の良さだと思っています。
(自分だけ)

インカ マヤ アステカ展を見た後、
常設展で「地球館」に行きました。
その階を登るエスカレータの一部は透明になっていて
内部構造が見れます。

私たちが見ない、乗っているところが運ばれているところを
図で書くと大体こんな感じです。



これにより、エスカレータについて考察します。
エスカレータは階段状で、
建物によってその傾斜が変化することが考えられます。

ということは、
それに対応するつくりになっているってことになります。





これで階段の段差になっている部分が
丸まっているのもなんとなく理解できそうです。

無殺生

2007年07月01日(日) 15時34分
布団を干したら、すそが地面についていただけでなく、
エアコンの排水で濡れていた[K]です。
こんにちわ。
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先日、蚊を叩き殺した際に、殺生はいけないと言われた。
考えてみると、蚊ぐらいだったら痒みだけですむため、
生かしてもいい気がする。

たとえばそれが、自分を死に至らしめるものであったら、
先手必勝で殺すことはしていいのだろうか?

そもそも何を殺して良くて、何を殺して駄目なのだろう。


毎日生きるためには少なくとも何かを殺さなければならない。
では食べ物は必要な分だけ殺して良いとしよう。

例えば、癌細胞が体の中にあると、いずれは死ぬ。
よって多くは手術で取り除かれるが、
癌細胞から考えてみれば、殺されているようなものだ。

では人間が死なないためのものは殺さないようにするのか。
しかし、洗濯で、皿洗いで、私たちは洗剤を下水に流す。
するとそこの中に生きていた微生物たちは死んでしまう。
分かっているのに使うことは罪だろうか。

例えば、絶滅品種は保護して、
大量に発生した品種は生態系維持のために殺す。
これは自然の摂理に反していないか。
環境に適応できないものは滅亡するのである。


考えているとだんだん、
何が生きていても、何が死んでいっても仕方ない気がする。

さて、どうなのだろうか。

甘酒茶屋in箱根

2007年07月01日(日) 0時23分
何とか箱根の山を乗り切ったところから景色を眺めると、
芦ノ湖が良く見えた。

感動で胸をいっぱいにし、
山の上に会った店の鳥丼で腹をいっぱいにする。
満足である。

箱根駅伝の石碑を写真に収め、
箱根関所資料館を見学し、
 (入館料250円、珍しく入館料を払って見学す)
まっすぐ聳え立つ杉並木を自転車を押しながら歩き、
箱根神社を参拝する。

あんまりにもついた喜びが大きかったためか、
昼の大半をここで過ごしてしまう。

いよいよ時間がなくなり、芦ノ湖辺りを後にし、
坂を下り始める。

その途中に箱根の旧道があり、
無謀にもその獣道を自転車で降りようとする。
せめてマウンテンバイクが必要であると思った。

そんな奇特なことをしていると、
甘酒茶屋の人に声をかけられて、
どくだみ茶を一杯頂く。

ついでに茶屋らしく、餅を頂くことにする。
江戸の人、旅の人ぽくなってきただろうか?

ここには箱根の道を歩いて上がってきた人が書く名簿がある。
遥々名古屋から自転車で来たと言うことで、
特別に私も書かせてもらった。