さとけい 

May 13 [Wed], 2009, 21:34
 下らない問い掛けをしようか。

「例えば、さ。例えば、明日急に僕がいなくなったら、圭一はどうする?」
 不意に投げ掛けられた問に、圭一は机に向けていた視線を正面に座する悟史へと移す。見てみれば、やたらと真剣そうな顔。
「……いきなりだな。何だ? どっか旅行にでも行くのか?」
 少しだけ、苦い笑みを浮かべて茶化す様に問い返す。質問に質問で答えるのは圭一の得意とする所だ。そうやって相手の真意を探ろうとする。ただ今回は、答えに困ったから、というのが大きいのだが。
「むぅ……そうじゃないけど……」
 困った様にそれだけ零す悟史。そうではないのだけれど、という言葉は普通は後に何かが続く。圭一から返ってきたものは不本意であるが、聞き返すほどの事でもない。全くこれは、下らない問い掛けなのだから。
 だが、すっきりしないのは悟史だけではない。圭一だって同じなのだ。悟史がそんなことを訊く意味が分からない。出掛ける予定があるわけでもないのに、何故、と。――もしかしたら、なんて一抹の不安にまでかられてしまう。
 けれどそんな感情悟られるわけにはいかない。何時だって、自分は悟史より優位にいなければいけないのだ。クールであれ、前原圭一。
「そうだなぁ、困るな。まぁ困るのは俺じゃなくて悟史だけどな」
「……?」
 その言葉の意味が理解出来ずに、悟史はきょとんとしてしまう。
 そんな悟史に、圭一はふぅ、と呆れた様に一つだけ溜め息をつくと、持っていたペンを置いてゆっくりと姿勢を正した。
 怪訝そうな顔に、悟史の体が強ばる。もしかしたら、何かまずい反応を返したのだろうかと。
「お前なぁ……今、何の為に俺達がこんなとこでこんなことしてると思ってんだ?」
 言いながらじっと見つめられて、悟史は一つのことを思い出す。――そういえば、と。
「あ……えっと……」
「ここの名前は」
 しどろもどろと答える悟史に、圭一がぴしゃりと聞き返す。
 呆れている様な、怒っている様な、両方にも取れる声だった。
「……図書館です……」
「今俺達がしてるのは」
「勉強……」
「誰の為に」
「……僕の為に……圭一が教えてくれてます……」
 悟史がそこまで言った瞬間に、圭一は一際大きな溜め息を洩らした。わざとらしいまでに大きく、はぁ、と。
「テストは明後日だぞ? なのに何でこー……いなくなるとか言ってんだ? あれか? テストサボるとかそういうことか? 詩音じゃねぇんだからやめろよ。……もう勉強飽きたとかか?」
 まくしたてる様に次々と質問していく圭一。悟史がテストをサボるなんてことは、有り得ない事だと思いながらも、先程の不安を打ち消す為に問う。サボるだけなら――どうかとは思うが――まだいいのだ。怖いのは、もしかすると、ということ。
「むぅ……ごめん……」
 体を小さくしながら、悟史はぽつりと謝罪の言葉を洩らした。対して、謝罪された側はその言葉に目を丸くする。嘘だろ、と。
「……サボるつもりだったのか?」
「ちち違うよ! 第一、サボるなら圭一に勉強見てもらったりしないよ!」
 神妙な面持ちで確認してくる圭一に、悟史は慌てて両の手を振りながら否定する。そんな勘違いをされてはたまらないとばかりに。
 だが面目が立たないのに変わりはなく、悟史は再び視線を机に落とした。
 そんな様子を見て、まぁ、だよな。なんて一人ごちながら圭一は先ほど机に置いたペンを取る。
「じゃあ、何に対するごめんなんだ?」
 すっと、ペン先を悟史に向けながら再度問う。まるで尋問だなと、自分でも何処かで思いながら。
「飽きたってわけじゃないんだけど、せっかく圭一が教えてくれてるのに、別のこと考えてて――かなぁ?」
 もじもじと、ばつが悪そうに身を捩りながら答える悟史。視線は机とにらめっこしたままだ。だから気付かなかった。今、圭一がどれだけ呆れ返った顔をしているのかに。
 しばしの静寂ののちに圭一は、はぁぁ……と、先よりも更に大きな溜め息を吐き出した。いや溜め息と言うよりは、「一般的に、それを《飽きる》って言うんだぞ」という、声にならない声を出したという方が正しいかもしれない。


「あーもうやめやめっ! 駄目だこんなんじゃ勉強なんて何の意味もない!」
 そう声高に叫びながら圭一は席を立った。もしここが鹿骨市の図書館でなかったら、今頃は他の人間に睨まれているに違いないだろう。
 突然の行動に目をぱちくりとさせる悟史を尻目に、手早く勉強道具を鞄にしまい込む。悟史の分まで詰め終えると彼の腕をぐっと掴み、一気に外まで抜けた。
「ちょ……っ、けーいちっ! 圭一!」
 何が起きているのか頭が回らないのか何度も圭一の名前を呼ぶ悟史。そんなにも彼を怒らせるようなことをしてしまっただろうか、と不安になりながら自分の腕を掴んでいる手を振りほどく。
「痛いって! 急にどうしたのさ……僕、そんなに気に障る様なことした、かな」
 言葉を口にすればするほど、声が小さくなっていく。まるで親に怒られた子供だ。
「した」
 きっぱりと言い切る圭一。
 心当たりが見つからないにせよ、したと言われたからには何かしたのだろう。それ以上何も言わない圭一に、少し怯みながら何をしたのか思案する。
「……ごめん。僕にはちょっと、思いつかない……かも」
 ――しばらく考えた。考えられる限りの可能性を考えた。でも、それでも、圭一の機嫌をここまで損ねる様なものは思い当たらなかった。

エンエド 

February 21 [Sat], 2009, 1:22
「お前なんか大嫌いだ……っ」
 うん、知ってる。
 きみがボクを嫌ってることなんて知ってたよ。
 もっと、もっと、もっと嫌ってくれれば――いいんだ。
「嫌いだ……だいっきらいだっ……」
 ボクはきみが好きだから。
 きみはボクを嫌ってくれればいい。憎んでくれればいい。恨んでくれればいい。
 そうしてボクのことを忘れてくれれば、それでいい。
「お前なんか……お前なんか……」
「――もう、わかったから」
 それ以上泣かないで。
 きみが泣くと苦しいから。きみが笑う顔が好きだから。
 最期に見るのが泣き顔なんて、嫌だよ。
「ごめんねぇ。こんな風に泣かせるつもりなんてなかったんだけどねぇ」
「……るさい……っ泣いてなんか……」
 そうだね。泣くはず、ないよね。
 ボクらは敵同士で。それでどうして、泣かなくちゃいけないんだろうね。
 おかしいね。おかしいよね。
「泣き止んで……笑いなよ。ボクはホムンクルスで、きみの敵なんだから、さ。喜んで――然るべきだよ」
 ボクはあくまでただの、きみの前に立った敵のうちの一人だから。邪魔者を排除出来たことを喜んでくれたらいい。
 そうしてそのまま忘れて。
 ただの、ただの――障害の一つにすぎない存在なんて、忘れてしまって。
「お前さいていだ……っ。だいきらいだ……お前なんか、おまえなんか……」
 そうだよ。ボクは最低だから、きみが泣く価値もないから。
 笑ってよ。
 泣かないで。悲しまないで。ねぇ、笑って。
 ボクなんかの為に、これからに影を落とさないで。
「お前なんか大嫌いだ……」
 そうして嫌ってしまって。
 もうボクとのことなんて忘れてしまって。
 思い出して苦しまないように、悲しまないように。
 ボクはもう、どうにも出来ないから。
「っ……バカやろ……」
 そう、ボクは大馬鹿者なんだ。
 きみがこんなに泣いてるのに。
「まるで――雨が降ってるみたい、だねぇ」
 なのに、ボクは幸せで仕方ないんだ。
 きみがこんなに泣いてくれることが、嬉しくてたまらない。
 砂漠に雨が降ったみたい。嬉しくて嬉しくて、幸せで。
 泣かせておいて、傷つけておいて、こんな風に思うボクは最低だね。
 笑って、幸せになって欲しいのにこんな風に思うボクは大馬鹿だね。
 でもね、きっとボクは――

「……っ! ……ぃ!」
 声が、聞こえない。目が霞む。
 きっとこれが、“消える”ってことなんだろうね。
 もっと傍にいたかったな。叶うことならずっといたかったよ。
 でもそれが過ぎた願いだって、知ってたから。知ってるから。
 だから、望んだりしない。
 望んだところで叶わないってことも、知ってるから。
「……ろぉ! し……ょっ」
 もう泣かないでって、言ったのになぁ。
 やっぱり最期に笑顔、見たかった、かな。
 きみが悲しんでくれるのは嬉しいけど、やっぱり笑ってて欲しいんだ。
 ボクはずいぶん身勝手だね。
 こうなってしまったことを、後悔しないで。
 悲しんで、これからに影を残すくらいなら、ボクなんて忘れてしまって。

「――死ぬなっ! 俺に笑って欲しいなら死ぬなよばか!」

 全然聞こえなくなったのに聞こえた声。おかしいね。
 でも酷いなぁ。最期の、最後までバカ呼ばわりだよ。
 酷いなぁ。そんなこと言われたら、逝きたくなくなるじゃない。泣いちゃうじゃないか。
 ――ほんとはボクだってきみといたい。いたいよ。
 生きていたい。でも、それが叶うことなんて、もうないんだ。

 ボクはね、幸せだったよ。
 だってきみと笑い合えた。睦んで、敵同士だけど、想いが叶った。
 だって、きみが泣いてくれてる。最期の最後まで、傍にいてくれる。
 大好きな人に見守られて消えることが出来るなんて、幸せでしかないから。
 ごめんね。大好きだよ。
 ごめんね。……本当に、ごめん。大好きだったよ。

 きっと――きっとボクは、世界一幸せ者だから。
 最期のお願いだよ。
 ねぇ、笑って。
P R
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