2005年2月11日から

このブログは、一学生が日々思ったことを書き綴る場所です。
ゲームから社会問題、ネタまみれの日常生活まで、話題が発散しています。
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別ブログへ  /  2007年01月07日(日)
去年の3月3日以来放置していて、10ヶ月と4日ぶりに書く文章が、消える文章というのも何ですが、見ている人なんていないから別に構わないでしょう。
別のブログへ引っ越します。
 →心にハリ

理由は、
制限字数が2000字だったこと。(今は5000字に増えたようですね)
拡張性に乏しいこと。

私にブログを書くことを薦めてくれた人には大いに感謝しています。
今もって見てくれているかどうか分からないけれど、どうも有り難うございました。
 
投稿時刻22:35   /  その他    /  この記事のURL
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南方に行ってきます  /  2006年03月03日(金)
3月3日から沖縄・台湾に行ってきます。


仙台に帰るのは3月22日になります。
ということで、ここに何か書き込んでくれても返事が出来ないと思いますので悪しからず。




中学校の卒業文集の「10年後の自分」で
同級生のN氏は友達のI氏と一緒に台湾に高飛びをする、
という10年後を描きました。
それ以来私にとっては
「台湾=高飛び=奄美諸島・南西諸島を転々とし、台湾入り」
というイメージを持っていたのです。
その思いは、仙台−台北間に直行便が出来ても
揺らぐことはありませんでした。


また、様々なメディアで台湾は非常に親日国家であると知り、
勝手に台湾に対して親近感を抱いており、
近いうちに旅行に行きたいと思っていました。
それに、来年10月には新幹線も走るので、その前に行きたいと思っていました。


漠然とした旅程のイメージは持っていたものの、
直前まで行動を起こさない性格のため、
非常に慌しい出発となりました。
チケットの手配をしたのが2月28日の話で、
親には心配され呆れられています。
出発当日になっても、まだアタフタしています。
台湾の宿はまだ取っていません。
旅行は楽しみではありますが、同時に大変不安で、
準備の煩雑さ、
乗り物にそんなに長い間乗っていることを考えると
次第に鬱になってきて
いっそのこと旅行をキャンセルしてしまおうか、
なんて気になってしまいます。


このような自分に対して情けなくなると共に

こんなに悩んで旅行の計画を立てるくらいならば、
いっそのことツアーに参加する方がどれほど楽か、
という気持ちになります。
考えずに次の道を示してくれる、という魅力に
人は逆らい難いでしょう。


旅行に出るにはまず経済的余裕が必要ですし、
長旅を行うには時間的余裕が必要です。
今後、こんなに悩んで旅行計画を立てる余裕も
無いだろうし、やる気も起こらないでしょう。


折角の旅行の前なのに、こんなに鬱状態になって
他の人から怒られそうですが、

旅行前に鬱になるのはいつものことです。

それでは日本列島の広さを知りに出掛けてきます。  
投稿時刻02:55   /  旅行    /  この記事のURL
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一番○○バトン fromくまぼう  /  2006年02月24日(金)
小中学校の同級生だったくまぼう氏からバトンをもらいました。
どうも有り難う。
ついでに、トラックバック。

● 1番幸福なことは?

小学生の時→寝ること、お風呂に入ること、お茶を飲むこと
大学生の時→上の3つ
      +旅行
       ……から帰って、ホッとしながら旅のことを回想すること


● 1番いてほしい人は?

友人たちかなぁ


● 1番後悔したことは?

後悔したことは数え切れないほどあるから1番なんて言えないけれど、
優柔不断なために決心できなかったことを後悔することが非常に多い。


● 1番嫌いな人は?

人の痛みを分からない、無神経な人。
1度嫌いになってしまうとその人の細かい言動まで気に障ってしまう自分の性格に困っています。


● 1番憧れている人は?

とある同級生。(♂)
豪快でいて、気配りも欠かさない。


● 1番嫌いな数字は?

数字は平等に愛しています。
Σ、ω、∫、θも好きですが、行列は嫌いです。


● 1番叶えたいことは?

躁な気分で旅に出ること
(大抵旅行に出発する時は鬱になる)


● 1番痛かったことは?

 夜中3時まで起きていて、空腹だが、何か食べる気にもなれない
→そうだ、「空気」でも食べよう
→胃に空気を大量に入れる
→ゲップが出るが我慢して抑える
→胃の空気が腸へ
→!?猛烈な痛み

誰でもできる(と思う)ので是非お試しあれ。
もともと食べ過ぎると腹痛を起こす体質だけど
(多分、学校のトイレの利用回数はNo1)
なんであんなに痛かったんだろう  
投稿時刻01:03   /  その他    /  この記事のURL
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そういえば  /  2006年02月15日(水)
いつのまにか、開業から1年経っていましたね。
このブログ。
いつから始めたのか覚えていないのですが、上に
「2005年2月11日から○○」
と書いているので、多分2月11日から始めたのでしょう。

このブログを始めたばかりの頃に
「Internet Zone::Movable TypeでBlog生活」の始めるは易しく、続けるは難し
「ブログの平均寿命は約1ヶ月」
と教えていただき、とりあえずそれは越えようと思っていましたが、いつの間にか「長く続いた方」になってしまいました。  
投稿時刻11:31   /  その他    /  この記事のURL
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ササニシキ資料館閉館@  /  2006年02月13日(月)
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ササニシキ資料館という古川にある施設が閉館するそうです。
今まで1度も行った事が無いので、閉館前に1度行きたいものです。

考えてみれば、私が小学生の頃は宮城の米といえばササニシキで、毎日のようにササニシキを食べていた気がします。片親が秋田出身なのでアキタコマチもよく食べていましたが。少なくとも、全国的に有名なコシヒカリを食べた記憶は殆ど無く、小学生ながら
「ササニシキは宮城が誇るおいしいお米」
という意識を持っていたように思われます。

ササニシキ一辺倒だった宮城の米作りが変わったのは1993年。
史上稀に見る大冷害で、宮城県の作況指数は38(例年の38%しか米が採れない)と記憶しています。 この例外を機に、冷害に弱いササニシキは急速に消え、代わりに冷害に強いヒトメボレが現れました。

私はお米の味に詳しくないのですが、農家の人に言わせると、ヒトメボレは冷害に強いから栽培しているけれど、 味はやはりササニシキの方が美味しいとのこと。今度お店に出ていたら買いたいものです。

さて、以下に載せるのはササニシキ資料館の閉館を各紙がどのように報道しているかです。 最早どの新聞社も記事をウェブ上に掲載していないので、それぞれ全文を引用(と言えるかどうか不安だが)することにします。

この中で気になったのは、ササニシキ資料館の赤字額。
河北新報と朝日新聞は1000万円、毎日新聞は250万円と書いています。 どちらが正しいのでしょうね。 仮に1000万円すれば、昨年は1人の入場者にかかった費用が2万円です。 きっとこの金額は浦安の遊園地にも負けないと思います。

この施設は3月に閉館してしまうわけですが、展示品は郷土資料館や小学校に寄付するなどして、米作りの歴史の貴重な証拠を残して欲しいものです。

ササニシキ資料館3月閉館 合併や財政難で古川市(河北新報 2006年01月26日)

 JR古川駅前にある「古川市ササニシキ資料館」が、3月30日で閉館する。全国的にも貴重なコメの資料館として知られ、開館した年の1984年度には年間約3万7000人が訪れたが、2004年度は553人にまで激減した。「ササニシキ」を生んだ古川市の名が合併で消えるのと同時に、「米どころのシンボル」も22年の歴史に幕を下ろす。

 資料館は「ふるさとプラザ」3階に開館した。約400平方メートルの館内には、土間やいろりを備えたかやぶき屋根の農家を再現。古農具やわら細工などの史料128点を展示している。
 パネルでは、稲作の歴史やコメの植物学的な特徴などを解説。コメを多面的に学べる施設として、遠足の小中学生や観光客でにぎわった。

 しかし、大人210円の入館料では諸経費を賄えず、開館当初から年間平均で1000万円の赤字を計上。財政難の市にとっては重荷となっていた。  資金難から、展示内容は開館以来一度も更新されなかった。中心的な展示物だった稲作の苦労を祖父が孫に語り聞かせるロボットは数年前、修理不能のまま撤去。映像資料も、農薬の空中散布を先端農法として紹介するなど「時代にそぐわなくなった」(市生涯学習課)。

 同市は「このまま維持しても費用がかさむだけ」として、合併と大崎市誕生を機に閉館することを決定。2月定例会に関連条例の廃止を提案する。
 往時は同市で95%の作付けのシェアを誇ったササニシキも、ひとめぼれに押されて04年度は12%にまで落ち込んだ。佐々木謙次市長は「資料館がなくなっても、ササニシキを大切にしていくことに変わりはない。貴重な史料は大崎市で活用を検討することで道が開けるはずだ」と話した。
 同館は月曜休館。02年4月からは入館無料となっている。

 
投稿時刻23:59   /  生活    /  この記事のURL
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ササニシキ資料館閉館A  /  2006年02月13日(月)
古川、ササニシキ資料館に幕(朝日新聞 2006年01月27日)

 古川市がJR古川駅前に設けてきたササニシキ資料館が3月末で閉鎖される見通しとなった。設備の老朽化や入館者の激減から、3月末の合併を前に市が整理する方針を固め、2月5日からの定例市議会に設置条例廃止案を提案する。かつてはコシヒカリと並ぶ人気を誇ったササニシキだが、作付けの低迷に加え、「看板」までが消えることになりそうだ。

 資料館は、古川市がササニシキ発祥の地であることをアピールし、米作りの歴史を伝えるため、1984年に総事業費1億2800万円を投じて設置した。

 駅前ビルの3階約400平方メートルにかやぶき農家を再現、古い農具約100点やスライド映像、ロボットなどの展示で、かつては年間3万6千人の入館者を集めた。

 しかし、開館以来、展示のリニューアルもないため、ロボットが壊れるなど設備は老朽化し修理不能の状態。ササニシキの低迷と呼吸を合わせるように入館者も激減し、一昨年には年間入館者約500人にまで落ち込んだ。一方で年間の維持管理には約1000万円もかかるため、廃止を決めたという。

 佐々木謙次市長は「ササニシキのふるさとの看板を下ろすわけではない。これからも産地を守ることに変わりはない」と強調している。

ササニシキ資料館:3月30日で閉館(毎日新聞 2006年1月27日)

県古川農業試験場が開発した銘柄米・ササニシキの古里をアピールする古川市の「ササニシキ資料館」が、見学者の減少のため合併前日の3月30日で閉館する。佐々木謙次市長は「残念だが役割を終えた」と判断した。

 資料館は84年、JR古川駅前の市施設「ふるさとプラザ」3階に開館。いろりを中心に農具を配し農家のたたずまいを再現し、43年前に誕生したササニシキの来歴を紹介していた。

 初年度の見学者は3万人以上あり「古川の誇り」だったが、施設や展示に新味がなくなった。2年前には入場料を無料にしたものの、見学者は年間500人前後まで減少。維持費が年間約250万円かかり、大崎市発足を前に存廃を検討していた。佐々木市長は「農具などはきちんと保存する。新市で活用を図ってほしい」と話す。【小原博人】

 
投稿時刻23:55   /  生活    /  この記事のURL
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OSCE顛末期  /  2006年02月12日(日)
ヤプログには書き切れる量じゃないので、
ウェブサイトの方に載せることにしました。
OSCE顛末期  
投稿時刻23:45   /  学校    /  この記事のURL
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春合宿  /  2006年02月11日(土)
先日、鐵研の部室に行き、議事録を見たところ、
春合宿は3月20日頃、紀州あたりで行われるそうです。
うーん、臺灣に行くとなると、20日はちょっと厳しい。
24、25日くらいだったら間に合いそうですが、
合宿のメインは1、2年生なので仕方ないですね。
多分、素直に仙臺に帰ると思います。

そういえば、台湾では自国のことを「臺灣」と書くのかと思っていたら、
「台灣」が一般的みたいです。
去年の夏に北海道で台湾から来た大学院生と筆談したのですが、

なんて嘘字(正確には上はではなく)を書いたら、理解してもらえず
「随分と古い字を知っているんですね。」
というようなことを言われてしまいました。  
投稿時刻14:38   /  生活    /  この記事のURL
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秋篠宮妃紀子さまがご懐妊  /  2006年02月07日(火)
秋篠宮妃紀子さまがご懐妊 宮内庁が発表へ

まずはおめでとうございます。

現在の皇室典範改正の動きに関して、色々と思う所があったり無かったりするのですが、皇室関連の話は書くのが難しいですね。
でも、このニュースはなんとも凄いタイミングだな、ってのは言えます。

話は若干ズレますが、皇族でいらっしゃる「眞子さま」をGoogle検索すると、真っ先に出てくるのが、宮内庁のWebサイトでも、ニュースサイトでもなく 秋篠宮眞子様御画像保管庫 に行き着いてしまいます。

皇室ですら「萌え」の対象にしてしまう日本人って凄いですね。  
投稿時刻17:18   /  社会    /  この記事のURL
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湯たんぽ  /  2006年02月07日(火)
先日、立春を迎えたばかりなのに、寒くて仕方ありません。
「春」というのが
  sinθ{270°<θ<360°}
  月で言えば新月(0日)から上弦の月(7日)にかけて

だと思えば別におかしくないけれど、
(つまり「最も寒い日」から「気温が中間の日」まで)

一般に春といったら「気温が中間の日前後」
  sinθ{-45°<θ<45°}
  月で言えば、三日月から10日目くらい

というイメージがあるから「立春」という言葉が奇妙に感じられてしまうのでしょうね。
立春を理解するためには「春」を「暖かい季節」ではなく「暖かくなっていく過程」と認識を改める必要があります。立春よりも寒い日は、もう来ないのですから。


さて、あまりに寒いので、5日間ほど「湯たんぽ」を使用しています。
我が家の湯たんぽの歴史は15年ほどになります。これまで寝具の暖房は電気毛布でした。しかし湾岸戦争が始まったことで、両親が石油の重要性を再認識したらしく、「省エネのために」子供たちに湯たんぽを与えたのです。湯たんぽは古典的な寝具暖房で、如何にも現代的な電気毛布に比べて省エネというイメージがあります。

参照:湯たんぽの勧め(四畳半の住人)


ところが「省エネのために」という金科玉条によって使われてきた湯たんぽですが、調べてみるととんでもないことに気付きました。 私の湯たんぽは3l入りです。今の水温を10℃と仮定し、それを70℃まで上げたとしましょう。必要な熱量Qは

Q=(比熱)×(重量)×(温度上昇)
 =4.2[g・℃/J]×3000[g]×(70−10)[℃]
 =756[KJ]
 =210[Wh]
 

となります。

一方、現在押し入れに眠っている電気毛布の消費電力を見たところ、75Wと書かれていました。これは何の消費電力か知りませんが、最大出力と仮定します。出力を最大にして2時間もスイッチを入れていれば十分に暖かくなるので、

Q=(消費電力)×(時間)
 =75[W]×2[h]
 =150[Wh]


どうも物理から長らく離れていたために、この計算自体が怪しいのですが、高校の時もこの計算をして湯たんぽの方がエネルギーを使うという結論を出していたので、大勢は変わらないようです。

私がそのことを言い、湯たんぽではなく電気毛布を使用したとき、母は
「随分と薄情なものだね」
というようなことを言っていましたが、エコノミスト/エコロジストたるもの、情に左右されずに適切な判断を下す必要があります。

ところが最近、私は湯たんぽの方を積極的に使っています。それは
「2時間」
というのがキーワードです。私は寝入る時刻が一定でなく、入眠の2時間前を予測するのが非常に困難です。そのため電気毛布よりも、10分くらいで用意のできる湯たんぽの方が好都合なのです。

そもそも寝具暖房自体、生活空間と寝室が別々で寝室が寒かった時代にこそ大きな需要がありました。勉強部屋と寝室が同じ部屋になってからは使う機会が少なくなりつつあります。  
投稿時刻01:58   /  生活    /  この記事のURL
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