日本出発 

2007年08月04日(土) 7時13分
8月4日(土)

今日はヨーロッパに向けて日本を出発する。日本では私単独だ。彼はついてこない。

元々、海外旅行くらいしてみたかった。本来なら彼と行くのが一番楽しいはず。

しかし、ワーキングホリデイに行っている友達が、自分の国に来て来てと誘うから、最初はその国に興味はなかったけど、こんな機会もないし、と思って行くことを決めた矢先に、ディルがヨーロッパで立て続けにライブをやると情報をつかみ、彼女はそちらに行きたいから夏はカナダにいないと言う。
私も、一応深くは考えたものの、ヨーロッパの方がむしろ行きたかったし、ディルは海外でどういうノリなのかが知りたくて、行くことを決めた。

5月頃から海外サイトからチケット購入し、航空券を手配し、色々やった。

直前まで仕事で忙しかったけど、昨日1日で準備した。パスポートが見つからないトラブルもあったけど、無事見つかり、洋服も自分の納得がいくラインナップで揃えることができた。

昨日の日が落ちてからは不安が高まったけれど、深夜3時頃に何とか整い、彼は私が朝寝過ごさないように頑張って一人起きていてくれた。
そして翌朝6時には最寄り駅(リムジンバス発着所)まで見送ってくれた。

あまりこんなことを感じたくはないけど、バスの中から彼を見たら後悔してきた。同居をして、幸福だった時になぜ、こんなリスクを一人でしょいこんだのだろうかと。
でも、決めたことは撤回できないし、初心のままを貫き通すだけなんだけど。

甲府旅行 3日目 

2007年08月01日(水) 19時22分
7月9日(月)

 起きて、荷物をまとめて、チェックアウトをした。
私は3日間とも同じ服だ。
彼は汗かきなので毎日違う服を着ていた。

 さて、荷物をコインロッカーに預けてから、駅ビルの中に入っているアートコーヒーで朝食を食べた。
私は明らかにモーニングセットを取った。彼はきのこ雑炊をとった。

 暇なおじさんくらいしかいない。夏休みでもない時期の平日の遅い時間だから。

 結構満足な朝食が食べれて、風林火山博に向かった。
商店街の一角。1階はみやげ物で、B1階が博覧会だ。

 山本勘助や、武田晴信を題材に、いろんな研究の成果が展示してあった。
昨日のより内容が濃くて、勉強になった。

 これを見てから、甲府・信州を巡るのもよかったのではないかと思うくらいだった。

 じーっくり見てから建物を出た。

 それから甲府駅に戻り、歩いて武田神社に向かった。
 が、10分も歩いたら、暑かったし遠かったので、根負けしてバスに乗ることにした。
甲府駅からただ単に一直線だったから、もったいない気はしたのだが・・・

 で、武田神社の前で、かぶとをかぶせてくれて、写真を撮る人がいたので、彼にかぶってもらった。
ひ弱さが目立つ結果となったかもしれない。

 境内に入ってから、茶屋で休んだ。
煎茶と信玄餅を食べた。私たち以外誰もその茶屋で休んでいなくて快適だった。
神社自体、ほとんど人がいなかった。

 そして、宝物館みたいなところに入り、歴史的なものを見た。
私としては、歴史的事実―誰と誰が戦って、どちらが負けたとか―のみではなく、その時代にこういった文化が存在した背景などを知りたい気がした。
ここに展示してあるものは、その結果のみを断片的に見せてくれるのみだった。

 それから、裏の庭のほうに移ったら、水琴窟みたいなのがあり、その隣に鴨が静かに何羽も座っていた。こんなに近くでカモを見れたことがないので、うれしかった。

 また、躑躅ヶ崎館の城壁でも見ようと、裏に回ったのだったが、そこからお堀に出ると白鳥が寄ってきた。白鳥があひるを引き連れて、すぃーと寄ってきたので、二人はえさをやりたくてたまらなくなった。

 近くの売店でポップコーンを買い、与えた。
すごい勢いで食べた。
 たぶんいいフォアグラができるだろう。いっぱい食べてくれた。特にアヒルが。

 おおきい袋だったが、一袋―鯉にもあげていたが―あげてから、お土産を買って、甲府駅にバスで戻った。
 それから、特急列車に乗って甲府に戻った。

信州・甲府旅行 2日目 

2007年08月01日(水) 18時46分
7月8日

 朝はそこそこ早く起きて、身支度を整え、電話で朝食に呼ばれた。
 
 ホテルの前庭で朝食が食べられる。私はこれをたのしみにしていた。

 庭に、丸いテーブルにクロスが敷かれ、ジュース、牛乳、パン2種、ジャム3種にバター、パイナップル、コーヒーが出た。

 きれいな空気と、静かな木々の中で食べる朝食は贅沢な時間だった。
 
 食後に、ホテルの横から裏に回ってみた。
昨日、貸し切り風呂で見た小川を追っていくと、裏にもレンガ造りの、イギリス調のホテルがあった。
興味を引かれ、ホテルの名前を覚えておくことにした。

 それから部屋に戻り、軽く荷物をまとめてから、タクシーを呼んでもらい、白馬駅についた。
ちょっとゆとりを持っていったから、時間が余った。

 お土産を見て、それでもあまったから、ちょっと離れたコンビニ?に行って、お茶と雑貨を買った。

 それから、電車で白馬を去り、松本へ向かった。

 白馬から30分間はおとぎの国のようなきれいな森だったのだが、徐々に昔見た片田舎の光景が現れ民家が増えてきて、市街地に変わってきた。気温はさほどでもなかったが、夏の景色だった。
 天候に恵まれ、晴れていた。

 右手に見えた湖、何湖なんだろう?開発されていなくて、とても雰囲気がよかった。

 松本はお土産を見てトイレに入っただけで、すぐに乗り換えた。
 諏訪湖へ出発。
 
 電車内は東京都は多少異なる雰囲気の人々が乗っていた。
彼らにとって、私たちもまたちょっと異なる雰囲気を感じていたように思う。

 上諏訪で降り、なんとなく湖に向かった。お昼時だったので、お食事処も探していた。
諏訪はとっても暑い地域だった。たぶん盆地だからだろう。
蕎麦が名物だと思うので、蕎麦屋に入ることにした。

 湖に近づくと、どうやら遊覧船の発車する時間にちょうどよさそうなことがわかったので、食事は後回しにして先に遊覧船に乗った。
 ソフトとビールは地物だったので、買った。
 
 スワンの形をした恥ずかしい船に乗り込む。
 
 岸辺では小汚いおじさんが、羊といっしょにのんびりしていた。
この雰囲気も日本ではないみたいだった。
 
 諏訪湖の周りは、ぎりぎりまで建物が建っていて、風光明媚ではなかった。
たぶんNHKドラマの諏訪湖は、別の湖なのだろう。

 音声アナウンスで、大体この地方の説明は聞けた。

 満足し、時間もないので、目に付いた老舗っぽい蕎麦屋に入り、蕎麦を食べることにした。
彼は鴨南蛮、私は天ぷらそばだった。
 結構高くついたが、こぎれいで、いろんな著名人の色紙が額に入って壁に飾ってあった。

 諏訪を出て、小淵沢に向かった。
小淵沢は、寒いところだった。
しかしリゾナーレがあるせいか、都会からの客と思しき人々が目に付いた。

 小淵沢からはバスが待っていられなかったので、タクシーで風林火山館まで行った。
 結構取られた。どんどん田舎に入っていった。観光地でもないせいか、開発されていなかった。

信州旅行 1日目 

2007年08月01日(水) 18時13分
7月7日

 彼が、6月頃、「夏休みどこかに行こう」と言い出した。
私は夏休みにヨーロッパへ旅行を控えているので、他は自主的に行こうという気にはならなかったのだけど、彼にとって夏休みの思い出が何もないと不憫だし、私も「彼と」どこかに行きたかったので、行きたいところを提案した。

 白馬の、とあるホテルが、フレンチで自慢で、なおかつキレイなスイートルームにも宿泊できるとのことなので、前々から行ってみたかったので、そこを挙げてみた。

 また、今年の元旦ごろから見ている「風林火山」のゆかりの地も信州・甲府に点在していることから、彼が山梨にも行きたがった。

 よって、白馬→小淵沢→甲府のコースが出来上がった。

 私が信州の予定を、彼が甲府の予定を考えることになった。

 私は、湖とか、高原とかに行ってみたかったので、栂池高原と青木湖を予定していた。
でも、彼が諏訪湖を入れていたので青木湖は割愛した。

 私は、東京→長野→栂池高原→ホテルを1日目の旅程とした。

 彼は、白馬→(松本)→諏訪湖→小淵沢(風林火山館)→甲府(風林火山博)を2日目の旅程とした。

 旅行1日目の朝は、東京駅に現地集合した。
 そして、クレジットの通信障害にいらいらしながらも、長野行きの新幹線チケットを購入。
 彼が買ってきた弁当を、すぐさま車内で食べた。

 長野についてからは何も食べず、すぐさまバスに乗った。
でも、少しの時間があったのでお土産店に入り、好物の栗羊羹を買った。

 バスは、結構長い時間乗った。寂れた市街地から、どんどん山のほうにワープしていくようだった。
渓流が横に見られることが多かった。

 そして、栂池高原に到着。多少ひんやりしていた。でも寒いほどではなかった。
 ゴンドラに乗って、終着点まで行った。緑深い山を、急な勾配で登っていくのだが、景色は圧巻だった。
 頂上に着いたら、ちょっと歩けば、さらに上に上れるゴンドラがあった。
 こちらは、あまり乗客がいなかった。

 頂上についてから、売店がちらほらあったので、野イチゴソフトクリームを食べた。
それから、高原(湿原)を歩いた。
板の道があり、両側に高原植物が見られた。
植生が、私たちが普段、すんでいるレベルの植物とは一切違う感じだったので、日本ではないかのような感じがした。
 虫がたくさんいて、頭に集まってきて、結構悩まされたのだけど、全体的にとても清涼感と清潔感がある風景だった。
 
 みずばしょうとか、名前のわからない白い大きな花、小川、残雪。
どれもこれも、ここに来ないと見ることのできない光景だった。

 残念ながら、私の計画ミスで、すべてのコースを時間内にめぐることができなかったので、川の手前側で引き返すことにした。ぜひぜひ、また来てすべてのコースを回りたいと思った。

Dir en grey パシフィコ横浜 プレミアムライブ 

2007年04月22日(日) 23時52分
4月21日(土)

 「Marrow of the Bone」の購入者だけが申し込めるプレミアムライブのチケットを彼が当ててしまった。二次受付だったけど。
 最初、普通のライブが1日増えただけだろうくらいにしか思っていなかった。
だけど、近隣でやるのにいけないのはくやしかったから、彼に1次受付に間に合わなかったのを少しなじった。そうしたら、私が知らない時に二次受付で申し込んでくれていたのだ。

 最近、あまり携帯サイトを見ていないので、マネージャーの井上が何を告知しているのか知らなかったが、ライブ会場に行ってみると「今回は特別なことをやるって井上が言ってたよ。」「井上の言葉ってよく当たるからなぁ。」という会話をしている子たちがいた。
 「そりゃ井上はマネージャだから当たるも当たらないもないだろ。」と突っ込みをいれたかったが、とりあえず何か特別なことをやるかもしれないことに期待はした。

 で、開演。
「艶かしき安息、躊躇いに微笑み」が始まった。ピアノ伴奏で!
幕は全部開いていなくて、京君だけが立って歌っているのは見えたけど照明が暗すぎて不鮮明だった。
 バンドが伴奏で歌うのよりかは丁寧だったと思う。からといって、普段と歌い方を変えている感じもあまりなかった。
 2曲目に、「THE PLEDGE」をギターの伴奏で。
 多分、幕が開いたからだろうけど、ギターが見えた。あれはポジションからしてDieだったのかな?
「アコースティックライブなんじゃないのか」と彼が言った。
 3曲目に「ザクロ」をバンドで。
 まさかこんな古い曲がもう演奏されるとは思っていなかったので、会場からどよめきが起こった。どよめきと言えば、「MARROW OF THE BONE」の幕張ライブの時にピアノ「ain't afraid to die」をやった時もみんなどよめいていたなぁ。
 途中インストゥルメンタルの箇所でドラムとギターの調和がおかしく感じたが、京のソロの調子が出てきたのか、京の歌が格別にうまく感じた。
 4曲目は「I'llJEALOUS」!!!これもピアノ伴奏バージョンだった。
 生で聞いてみたかったのでとっても聴けてうれしかった。
出だしで、「彼の姿が変形していく」のところを「変わり果ててく」と置き換えて歌っていた。
ただなんとなく「今」の気分じゃないんだな。京君も、私もきっと。
 てか、ピアノ伴奏がちょっとダサいんだよな。誰かに練り直してもらったほうがいいな。
 
 さて、この4曲で特別バージョンは終わりで、ここから本当のライブに入ったけど、何だかんだ言っても、最近できた曲の方がいい。クオリティが高い。
 弦楽四重奏とオーケストラの違いがある。

 さて、この新アルバムから京が曲の間にソロで叫んだりするのが入るようになったのだけど、このライブでは、以下の順で使われた。
 Obscure(変形バージョン)→そのVoice→Dead Tree(変形バージョン)
 Obscureはたびたび歌詞とかが変形されると思うけど、今回のはちょっと違っていた。新しいバージョンみたいだ。
 で、Voiceから、Dead treeの前奏への流れが上手くできており、前奏と調和していた。
 Dead Treeも今回変形されており、歌詞も、メロディーも違っていた。

 変形させるのもいいけど、やっぱりオリジナルの方が優れていると私は思う。

 で、アンコールは1回のみ。5曲くらいやったかな。
 最近、ずっとアンコールは1回だけだね。>みんな

 とりあえず、貴重な機会に出くわせてよかった。
チケットをGETしてくれた彼にも感謝している。

気がかり2 

2006年12月09日(土) 18時34分
11月23日(祝)

 実は、今回の妊娠は、私の中の、どこかが望んでいたものだった。
この期に、私の今までの繰り返しが、少し変わるといいなと思っていた。

 本当は、変えないほうがいいのは、確かだった。
変えるとしても、もうちょっとだけ時期を待つこともできたはずだった。

 もう3年も一緒にいる彼を一生のパートナーとして定着させたかった。
 30代になっても今の私と似たような生活を続けている先輩らを見るにつけ、自分もそうなりたくはないと思っていた。
 加えて今の仕事も嫌いなので、一度出産して休暇をもらってから、別の部署になって出直したかった。それができなくても、自分に与えられた仕事以外の仕事を押し付けられない境遇になりたかった。
 そして、彼と二人で資産形成を着実にしていきたかった。
 私の今の職場の規則等からして、私の考えは普通に押し通せる状況だった。

 今回の妊娠の行為に及んだとき、私は確実に不妊期を選んだわけではなかったが、危険日を選んだわけでもなかった。ダメなら、ダメで、前述の通り、人生が変わるきっかけになるといいくらいに思っていた。思えばそう思ったのは今回だけでもなく、もう少し前からそんなことを思っていたように思う。
 もし、親がダメな様子だったら、勝手に勘当してもらって、勝手に結婚して勝手に出産がしたかった。
 そうなればいいと思っていた。
 ただし、漠然とそう思っていただけで、きちんとした現実的なシナリオは書いていなかった。
 当然彼の意向もまったく聞いていなかった。

 だけど、以前から、「妊娠したらどうする?」の話に、彼は「両親に結婚をゆるしてもらうよう言いに行くよ。」と言ってくれていたので、安心はしていたし、今回も、逃げる様子や悩む様子は見せなかったのがとってもうれしかった。

 自分の思ったとおりの筋書きになるかと思っていた。

 むしろ、検査薬で妊娠が分かった結果、万全な体調管理をしてまともな子供を産もうと思ったし、最初だけだけど、余裕を持って出勤していた。冷えにも注意した。
 分かった瞬間、つわりが始まったけど、つわりとも上手く付き合っていこうと思った。
体に有害な食品はとらないように気をつけた。
自分が妊娠したことを、ひそかに楽しんでいた。

 お金は苦しくなるかもしれないが、利子の安いところから借金できるし、3年くらいすれば財政が立て直せて、余裕な生活ができると思った。

 彼は、私のために本屋に一緒に行ってくれて、親への挨拶の仕方などのマニュアル本を探してくれた。しかしそれがなかったので、初めてママになる人の本を買ってくれた。

 私の地元の新しい高級ホテルに日本料理店があったので、そこに2日に予約を入れてみたが個室がふさがっていたので、翌週が大安ということで、翌週に予約を入れた。

 そして今週末には彼のスーツを買ってこればいい。

 これで、準備はできたと思った。


 
 

気がかり 

2006年12月09日(土) 18時18分
11月21日(火)・22日(水)

 女友達と映画を見ることになっていた。
でも、気がかりなことがあった。
 先日も言っていたが、本当は17日辺りに来ていないといけない生理が来ていなかったのだ。

 映画が終わってから、まだ来ていないのを確認して、重い気分になっていた。
仕事もさほど重労働ではないし、たらふく栄養のあるものを食べているので、あまり体調都合で遅れているのだとは考えにくかった。

 家に帰って、彼に報告しようと思い、その直前にトイレに行ったとき、多少出血していたので、その直後の電話で「生理が来たよ!でも明日以降ちゃんとした量が出なかったら、明日不安だからうちに来て。一緒に検査薬で見よう。」という話になった。

 しかし、翌日、生理は来なかった。前日のは着床出血の疑いが強くなった。

 仕事が終わってから、彼が私の最寄り駅まで駆けつけてくれた。
そして、ドラッグストアで検査薬を買い、家に帰って試してみたら、私がやり方を失敗して、正しく検査できなかった。
 なので、焼肉屋で夕食をとって時間をつぶし、再度検査をしてみた。

 ・・・1分くらいで陽性が出た。
彼は、3日くらい前から、私は妊娠だと思っていて、私の親への挨拶とか式のこととか色々考えていたのだったが、陽性がでたらやはり二人とも深刻に動揺してきた。

 とりあえず、ベッドに横たわって考えた。
子供は産む方向とし、早速にも私の両親には挨拶をしようと考えた。来週末には、両親と私の地元で会って、挨拶だけして、そこで好感触でも、好感触でなくても、2週間後くらいには妊娠したことを言ってしまおうと。反対されても強行しようということになった。

 彼がそこまで決めてくれたのは頼もしかった。
正直、今まで決めるのは私の方で、彼の方はなかなか決めてくれないことが多かったからだ。

 でも、本当に上手く行くのか心配だったが、上手く行きそうな気がした。
彼さえ折れなければ。彼だけが頼りになった。


 
 

京都旅行二日目 

2006年12月09日(土) 17時52分
11月20日(月)

 朝起きてから、京都駅から各方面行きのバスに乗り、紅葉の場所に行くことにした。

 実は前日から詳しく下調べしたわけではなかった。

 朝は昨日行きそびれたラーメン屋に行く予定だったのだが、準備に時間がかかり、行っていると遅れてしまうので、行かなかった、が、京都駅でコインロッカーを探しているときに、伊勢丹でラーメン展をやているらしいので、そこにいくことにした。
 全国でも有名なラーメン店が7件くらいは出ていて、私たちは京都で有名な宝○というラーメン店を選び入店することにした。開店までちょっと待たされたが・・・

 で、本当においしいラーメンを食べれて、さらにプリンまで食べた。

 それから、銀閣方面のバス停に並んだ。
おばあさんに囲まれた。本当にご老人の観光客ばっかりだ。

 私たちにとってはじめての銀閣だった。
 銀閣の入り口のバス停で降りた。
 そして、地図を見ながらそっちの方向に向かっていった。
 
 意外とお土産屋さんの通りが長く、やっと入り口についた感じだった。
そして、入場料を払い、代わりにお札をもらい、前日の雨のため、地面がぬかるみになっている中歩いた。
 きれいなお庭だった。趣味のよさは伝わる。
 白人が多く観に来ていた。

 まだ紅葉はたいしたことがなく、一部の木が真っ赤になっていたり、黄色になっていたりした。
 しかし全体が紅葉でなくても、一部だけがきれいな紅葉でもきれいだったので満足だった。

 帰りにお土産やさんの道で、串刺しにした濡れおかきと、4段ソフトクリーム(ほうじ茶、さつまいも、バニラ、抹茶)を食べた。ぎをん小森にこれから行こうと思っていたのに・・・

 それから、タクシーを拾って南禅寺まで行った。
南禅寺は人でいっぱいだった。たくさんの寺の複合体らしく、紅葉が集結しているからだろう。
寺のデザインもシックな感じで、よかった。紅葉は、銀閣よりも見られたかも。
 ただし、平地に木が生えていたので、あまりおもしろみはなかった。

 ここでも写真をとって、次は平安神宮まで歩くことにした。

 しかし、ちょっと道を間違えちゃったりして、ある喫茶店で休憩した。

 そして、平安神宮まで近いことを確認し、すぐに着けた。
平安神宮は、先ほどのシックなお寺と比べると派手だった。
でも確かに平安って感じかも。

 それから、またタクシーを拾って、祇園の巽橋まで。
巽橋から、ちょっと町並みを見て回って、ぎをん小森のにぎわっているのを横目で見て(もう甘味はたべられなかった)、中心まで歩いていった。

 私が町屋式のバーに、食後に行きたいと行ったので、場所を確認しようと思ったのだけど、彼が八坂神社の辺で腹痛を訴え、八坂神社でトイレを探すことに。

 調子が治ったら、そのバーを見つけることができた。「Higashiyama」ってバーだった。

 私は、先斗町か、祇園で夕食が食べたいと思った。
が、あまり時間がなく、お土産を選ぶのにも迷っていたので、川の向こう(先斗町)には行かなかった。

 とはいえ、祇園は敷居が高そうだなぁと思った。
とりあえずお土産は適当に辻利でお茶を選んだ。

 そして、花見小路へ。
一力亭を曲がり、歌舞練場の前辺りの店で、私が「ここら辺で入ろうかぁ。」と言った。
懐石料亭だった。が、普通のレストランに近い雰囲気は感じた(そこの界隈では)。
なぜなら、メニューが店の前に出ていたからだ。

 そしておかみらしき人に予約なしでいいかどうか聞いてみたら、席を案内してくれたので、カウンタに入った。
 店の突き当たりは、屋外になっているらしく小さいながらも形のいいもみじが植わっていた。

 二人とも違う懐石メニューを注文し、色々と京都らしい一品一品を食べれた。


 それから、店を出たら、Higashiyamaに寄れる時間ではなかったので、そのまま駅に向かうことにした。

 駅についてからは、荷物を取り出し、彼のお土産を買った。
そして、予定通りに新幹線に乗り、私は新横浜、彼は東京で降りた。


 
 

Dir京都ライブ 

2006年12月09日(土) 17時23分
12月18日(土)

今回のDirのライブは、2Daysになっていたのだったけど、1日目はいいチケットが取れなかったし、彼が夜勤だったので、SONICMANIA大阪の時みたいにグダーっとされるのがいやだったので、いっそのこと2日目しか行かないことにした。

この時期はそろそろ紅葉が見ごろだと思ったので、ライブの翌日は月曜だけど、二人とも有給をとって紅葉を見ることにした。

チケットが届いてからホテルを予約したので、ほとんどのホテルはふさがっていて(多分紅葉需要のため)、京都駅前のA○Aホテルしか取れなかった
こんな面白みのないホテルをこんな遠方で取るのは初めてだと思う。
でも今はホテルにそこまでお金をかけたい気にもなっていなかったし、これでお金の節約になっていいなくらいに思っていた。

そして、京都の前日から彼の家に行き、一緒に東京駅から出発することにした。
前日から、気になっていることがあった。
生理が来るはずだったのだ。ライブの日程中は、絶対生理なので、辛いだろうなぁと思っていたのに、運良く!?来ていない。

なので、彼に言ってみたら、心配しだした。
でも、遅れることもあるから、経過観察することになった。

12月19日(日)

東京駅で弁当を買って、新幹線に乗り込んだらすぐに食べた。
東京駅で、京都の地図や観光ガイドを2冊買い、新幹線の中で読んでチェックした。
紅葉名所と、料亭が私のターゲットだった。

京都駅に着いたら、天気予報どおり雨だった。
京都タワーの近くのマックでいったん休憩し、ホテルに向かった。
このところ、結構寒くなっていたので、二人ともコートだった。

ホテルは割と近くにあった。
部屋に入ってみたら、「ゲッ!狭い!!」。
まぁ、安いし仕方ないかといった感じ。
風呂と洗面台はさほど狭さを感じなかった。

部屋でちょっとくつろぎ、私は今日の夕食を食べるところと、明日の紅葉名所、昼食を食べるところ、それから、行きたいところに夕食をとるところを一生懸命ピックアップした。

彼も、今日のライブを終わってからはちょっと街に出る位ならいいよと言ってくれたので、四条河原町に行くことにした。
彼はすし屋さんに行きたかった様子で、ガイドに乗っているすし屋をメモった。

それから、夜になり時間が来たので、ライブの準備をした。
ライブ会場まで、地下鉄に乗らなくてはならなかったが、さほどの距離ではなかった。
丸太町で降り、京都御所を右手に見て進んでいった。

やはり、いつも見るファンとかもいた。
特に今回は整理番号が早かったので、常連を見つけることができた。
2003年のなんばは、薄着で外で待たされて寒かったが、今回も薄着で外だった割には風も気にならず、キツい思いをすることはなかった。

いい場所を陣取り、1時間以上は立って待っていた。

今回のライブは新曲が結構混じっていた。
でもみんなは別の会場ですでに聞いているのかかなりのっていた。
ただ、聞きなれた曲でも主旋律と歌詞が異なるアレンジをした曲に関してはみんな静かに聴いていた。

最後には本当に全員汗べたになり、私は汗をかかないんだけど、他人の汗で黒いドレスがぐしゃぐしゃになってしまった。髪もべたべたに濡れていた。
彼は水を浴びたみたいになっていた。京くんのシャワーを浴びたからだと本人は言っているのだけど、自分の汗が原因だと思う。

で、とりあえず3Fに保管してある荷物を持ってきて1Fで着替えて、地下鉄に乗って四条まで行った。
地図を片手にそのすし屋さんまで行くことができた。

古い感じのすし屋さんで、好きなものを注文した。
安いネタと高いネタがきっちり分かれている店だった・・・
ガイドには2000円で十分食べられると書いてあったのだが、結局はチョイ高の会計となった。
食事を終えたらほとんどの店が閉まっていたので、ホテルに帰ることにした。
彼は、ホテルの近くのラーメン店で食べたかったようだが、満腹だったので、拒否した。
翌日の朝、食べることにした。

その晩はAMPMでお茶と、簡単な軽食を買って帰り、寝た。

私の部屋 

2006年11月12日(日) 22時24分
11月12日(日)

 この土日は地元から友人らが来ていた。
私の部屋に泊まるということで、昨日は朝起きて一生懸命掃除をしていた。
モップみたいなやつでベッドの下まで掃除した(すみからすみまでこれでホコリ取りができることが判明。)

 今朝、友達らが、私の部屋を出て行くときに、散らかさずに出て行ってくれて、今晩一人、自分が帰ってきたときに、自分の部屋を改めて見てみた。

 大変きれいだった。
そして、生活に必要なものはほぼ満足なレベルに達していると思う。
そして、空間にゆとりがある。

 今日から寒くなった。
昨日までは、エアコンを入れなくても特に気にせずに居られる室温だったので、ここ2ヶ月くらいはエアコンを入れていなかった。
 今日、エアコンを入れてみたら、すぐに温度が上がり、とっても暖かく充実した気分になった。

 当面、この部屋が大好きで居られそうだ。
この部屋をもっと快適で、好きになるように今後も工夫してみようと思う。

 この冬はもうバージョンアップしないけどね。
来年の冬にはカーテンを変えてみよう。
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