ユキちゃん! 

November 06 [Sun], 2005, 15:36
昨日は中途半端に終わってごめんなさい。
借りてきたDVDがどうしても気になりました…

最初に言っていた「出来事」に進展があったのでそれについて今すぐにでも書きたいのですが、とりあえず今までのことを全て書いてしまいます。

それでは昨日の続きから

***

ユキちゃんはバレエをしていて、とても体が柔軟だった。エビのように体を反らせたり、開脚している姿に私はとても興味を持った。

ユキちゃんの部屋に行く度、私はユキちゃんに新しい事を教えてもらった。自分の部屋に帰ると、それをまた私が弟に教えていた。ベッドの上で一緒に習得しようと頑張っていた。

今、以前ほどの事はできないが、他の人よりある程度私の体が柔軟なのはそのお陰だろう。

ユキちゃんはヤマハ音楽教室にも通っていた。

いつしか私も通い出した。

これは私の希望ではなく、母親の要望だったような気がする。それから幼稚園を卒園するまで、私はピアノを楽しんだ。ただ、その頃から宿題が大嫌いだった。冊子にグレーで薄く印刷された音符をなぞる作業がとてつもなくつまらなかった。

それでも丁寧になぞられたユキちゃんの音符を見ていると、自分のはみ出しまくった音符がとても恥ずかしく感じた。やろうと思えば出来るのに、これじゃあ私が 出来ない子 みたいじゃないか、と。そんな事を考えた幼い私は、それから毎日時間をかけて見栄えが美しいワーク作りをした。先生に褒められると嬉しかった。

カズキはユキちゃんが好きだった。いつもユキちゃん、ユキちゃんと名前を呼んで、一緒にいようとしていた。私はユキちゃんに嫉妬もしていた。

一度だけ、ユキちゃんを困らせたいと思ったことがあった。

私はユキちゃんの大切にしていたセーラームーンの人形を隠した。

しばらくして、自分が何故そんなことをしたのかと、とても驚いた。すぐに返しに行った。近くの噴水公園に誘った。それから水遊びをして、びしょびしょになって寒くなって手を繋いで帰った。



元気かなぁユキちゃん

ユキちゃん 

November 05 [Sat], 2005, 23:24
幼稚園時代の話は沢山あるけど、今日は同じアパートに住んでいた「ユキちゃん」について書こう。

当時私たちは、2階建て各階2部屋ずつという小さなアパートに住んでいた。クサチ家は1階の正面から向かって左側の部屋、ユキちゃんは2階の右側に住んでいた。

ユキちゃんは私より1歳下で、気が強く、しっかりした子だった。

私たち兄弟が外に遊びに出るとユキちゃんも必ず付いて来た。そんなユキちゃんを私は妹のように感じていた。弟とはまた違った可愛さがユキちゃんにはあった。



え…?続きは!?

トマト 

November 04 [Fri], 2005, 23:59
私が一番最初に喋った言葉は“あとと”だったらしい。どうやらトマトのことを指していたようだ。



私が二歳の時に弟が産まれた。カズキという。カズキは他の子よりも少し頭が大きく、母のお腹からなかなか出てこなかったそうだ。仕方なく帝王切開。

「お姉さんになったんだよ」と言われた私は幼いなりに嬉しかったらしく、とにかく何でも世話をしようとした。

んー………この辺の記憶もほぼ無いに等しいなぁ。私の頭の片隅にあるこの記憶は、多分もう一人の弟ケイスケが産まれたあたり(私が四歳の時)ぐらいのものだろう。

ちなみに私とカズキが帝王切開だったので、それじゃぁケイスケも…ということで3人とも普通分娩ではなかった。

だから幼い私は、母のお腹についた縫い痕を見て、どのお母さんも出産したら痕がつくものだと思っていた。

そこで私は思い付いた。

「そうだ!友達に私のお腹の縫い痕の事を訊かれたら、『私は出産したんだよ』って言おう!」と

………意味がわからない笑
しかし当時の私はそれがとてつもなくナイスな考えだと本気で思っていた。

一回だけ幼稚園の友達に言った事があるが、彼女は当然全くわけがわからないと言う顔をしていた。その反応が悲しかった私は、以後その一文を口にすることはなかった。



クサチってば変な子!

引っ越し 

November 03 [Thu], 2005, 20:55
術後の経過は良好、ただやはりすぐに退院というわけにもいかず、母の手に一度も抱かれることのないまま、私は数ヶ月の期間を保育器の中で過ごすことになる。

と、まぁここまでは昔祖母に聞いた話。所々多少事実と異なる箇所もあるかも知れないけど、あらかたこんな感じだろう。

その後父の仕事の都合で兵庫に引っ越すことになる。この辺りから何となく覚えている事もあるから、ここから私が感じたままを書こう。



クサチはどんな人生を送ってきたのかしら…♪

生まれ 

November 02 [Wed], 2005, 0:35
生まれは1989年、鳥取。
父Sと母Nの間に生まれた長女だ。多分その時二人は、小さなアパートに住んでいた。母は心臓の弱い人だった。それが原因なのか知らないが、私は未熟児としてこの世界に生まれてきた。

詳しくは聞かされていないが、母の胎内にいる時に私のヘソの横に穴が開いていたらしい。そこから腸だか何だかが体外に出ていて、極めて危険な状態だったそうだ。

検査で異常に気付いた医師は即手術に取り掛かった。確かに私の腹部には縦に20cm程縫った痕がある。

小さい頃は人と明らかに違うヘソの形がコンプレックスで、幼稚園や学校で宿泊行事がある際にお風呂に入るのが嫌だった。

出生時に私と同じような状態になった子が助かる確率が500人に1人だか5千人に1人だか5万人に1人だか…んーまぁ何かすごいらしい。しかも助かったとしても99%何らかの後遺症が残ると。

奇跡的にも私の場合は、後遺症も無く元気過ぎるほど元気な子どもに育っていったわけだが、当時医師からそう告げられた両親は本当にどうしようもなくなっただろう、もう祈るしか出来る事がない。

彼らは私に「美祈」と名付けた。




俺を産んでくれてありがとう母さん…

もう11月か… 

November 01 [Tue], 2005, 23:43
この前私の人生の中でもトップに入るレベルの出来事があった。
その事について書きたかったんだけど、それにはまず私の事を書いておかなければならないな って思ったから、思い出せるだけ書いていくつもり。

クサチ♀の16年間。




何があったんだよクサチぃぃぃ!
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