かわいく涙を流してすがりつくなんて私には出来なかった、出来なかった。
(無駄なプライドだけは、死ななかったのよ)
その日はどことなく空気が湿っていて少し気持ちが悪かった。
雲がどこまでも立ち込めていて、なんとなく嫌な気持ちがした。
せっかく作ってきたクッキーも、早く渡さないと湿気ってしまいそうだった。
でも、渡すタイミングが分からない。
二人で並んでお昼を食べても会話があまりはずまない。
あなたは私の会話とは別のことを、遠いところで、考えているように見えた。
「ねぇ、何考えてるの?
さっきからボーっとしちゃって、さ」
「いや、あの、うん、えーっと
うん……あの、とっても言い辛いんだけど、」
あなたはお弁当のお箸をパチパチさせながら少しずつ話し始めた。
新しくすきな人ができたこと、
別れて欲しい、っていうこと、
私のことはきらいじゃないけど、すきじゃないっていうこと。
すきじゃない、っていうこと。
「ん、いいよ。
私もそろそろ新しい人と付き合ってみたかったの。
そしたらダブルデート、しようね」
私は軽く微笑んだ。
そして、カバンの中に準備していたクッキーを
きゅ、とにぎりしめた。
ドラマとは違うのは、ここで雨が降ってこなかったこと。
雨の中でびしょびしょにぬれたら、
少しは私も悲劇のヒロインになれたかもしれない。
でも、空は曇るだけで、ただ曇るだけで。
彼は何度も謝っていた。
そして私を家まで送る。
律儀。優しい。とても、良い人。
もしも私が涙を流してすがりついたら、きっとあなたは突き放せない。
でも、かわいく涙を流してあなたにすがりつくなんて私には出来ない、出来ないのだ。
急いで二階にかけあがり、窓からあなたを見る。
もう、振り向いて手をふってくれることはない。
私のためだけのあの優しくって可愛い笑顔は、
気付いたらどこかへ消えてしまった。
私だけのことを愛してくれて、何度も小さなキスをくれた、
そんなあなたは、もう私の前にはいない。
死んでしまったのだ。
あなたがこの世界のどこか、
例えば新しい好きな人の隣にいるとしたって、
そこで幸せに生きていたとしたって、
私にはあなたは死んだとしか認識できないのです。
だって、だって、 。
(不器用さも、死ねなかったんだね)
お葬式をしよう。
嫌味でも嫌がらせでもない。
私は私の大事な人を亡くしたんだからお葬式をするべきだ。
失ったのは恋心じゃない。
小さな箱、それが棺おけ。
思い出の品を全部詰め込む。
海辺で取った写真とか、おそろいのネックレス。
あなたへのクッキーを作る時だけに使うハートの抜き型。
きっと、まだ思い出にはなりきっていない、けれど。
大丈夫、できるだけ明るい気持ちでお葬式をします。
泣いたりしないよ、いまさら。
お葬式の途中で生き返る人って、時々いるから。
あなたの好きだった黄色い大きいひまわり。
あなたの好きだった甘ったるいクッキー。
たっぷりあったら生き返る、かな。
(ひまわりの花言葉、戻ってきたら教えてあげるよ
みみもとで優しくささやいてあげる、よ)
私の目はあなただけを見つめる。
見つめる よ ごめんなさい。