エレカシと振り返る。 

2014年01月21日(火) 13時12分


先週、ずっと忘れていた“エレファントカシマシ”のことを思い出したのです。

それはフェイスブック友人からの投稿からだったわけですが、

なんというか一瞬にして、エレカシを聴き、ライブへ行き、
当てもないのにキラキラフラフラとしていた頃の気持ち、
この気持ちがフワッと戻ってきて、今の私を、ひっそり静かに勇気づけてくれたのです。



26年前の当時、宮本くんが赤羽出身で同じ年、
そのことが、池袋出身で、さらに、親戚のある赤羽によく行っていた私に、
かなりの親しみとなっていました。



今のエレカシのことは全くわからないのだけれど、

“宮本さんがまた散歩してるのをみかけました”とか
「ロッキンオン」での他アーティストインタビューにもかかれていたりしていて、

我が道を行く変わった存在として扱われていたような感じと、
その頃の宮本くんの「唯我独尊」+永井荷風的な「風体」、
そしてあの強烈でいて色っぽい歌う姿、と、“ワビサビ”と思えた歌詞が、


何よりも新鮮でカッコよかったのでした。



そしてその頃の私の友達は、

みんな演劇やバンドをやっていて、作家希望の女性もいたりして、

みんなでエレカシのライブへ行き、ライブで “宮本〜ぉっ”と叫び、

“珍奇男”に痺れて、あーでもないこーでもないと、過ごしておりました。



そんなことをしながら、アルバム・奴隷天国が発売されて、その後の武道館ライブへ行ったとき、

なんとなく自分の中に「勝手」な「違和感」があって、
それから少しずつ、エレカシから離れ、その後は、ずっと、エレカシを、忘れていたのでした。



そして、当時の友達たちも、
演劇やバンドから少しずつ離れ、結婚したり、離婚したり、有名になり成功したり、と、
みんなそれぞれの時間をすすんでいったわけです。


そうして、私も今こうして、その頃の友達たちとは全く会うことなく、今、ここにこうしているのです。



そんなことで、約26年振りにエレカシのCDを引っ張り出して、聴く。


エレファントカシマシ、
エレファントカシマシU、
浮世の夢、
生活、
エレファントカシマシ5、
奴隷天国。









金でもないかと”

ああ このまま まさかこのまま
しわをふやして 髪の毛もぬけて
ああ あのころ そうさあのころ
もっと もっと 夢とやらを頭にえがいて





って、23歳でこんな詩を書いているすごさ、このことを、今、ここから思ってしまう。

そして、同時に当時の私は何を思って聴いていたのだろう、とも、思う。


明確な目標もないのにキラキラとして毎日ワクワクしていて、
理由もなく自信までもあったりしたわけで。


その後、私も私なりの時間をすごし、
今また、ここでこうして、「エレカシ」を、聴いている。


そして今のこの私は、何を、感じて、静かに勇気づけられているのだろう、と思う。




って、実ははっきりとしたこが全くわからなかったわけで、
だから、こうして自分の気持ちを書いてみているわけですが、


そしてようやくなんとなくわかってきたのは、

たぶん、その頃の過去の時間と自分を許し、楽しみ振り返ることができる、今の自分に、

やっとホッとすることができているのだと思う、訳です。




そんなことで、、私は今も、(奴隷天国までですが) エレカシを聴いております。

プレスコーヒーを飲みながらエレカシ拝聴、で、嗚呼、シミイリマス。








私的うつ病からの復活 

2014年01月18日(土) 18時00分
実は3年前の2月、突然、身体が動かなくなった。

というか、気持ちが前へ進まなくなった。

その頃務めていたコールセンターのパートを、インフルエンザ、といって休み、
毎日、コタツに入ったままどこへも行かず、そこで食べたり飲んだり、見てもいないテレビをつけたまま、

何よりも強く、“もう嫌だ、これ以上我慢できない”と思った。

といっても何に我慢できないのかなんて、全く分からなく、ただただ、もう、自分に関わるすべてが嫌だった。

それから仕事をやめて、自営の仕事をボチボチ手伝いつつ、気ままに過ごす。

そんな間もいろんな気持ちや感情が交錯したりいろんなことが起こったりと、

その後あることを切っ掛けに市大病院のカウンセリングをはじめ、

もうそろそろ大丈夫でしょう、とカウンセラーから許可をされたのは約1年後だった。

それからも外からのいろんな刺激でいろんな気持ちへと動きつつ、

今まで放棄したり否定したり無視したり毛嫌いしていた事柄たくさんを、
受け入れ認めながら、けれどサラサラと流せるような気持ちへと、やっとここまで辿りついたのです。


家を片付け、料理洗濯をし、音楽をきき歌を口ずさむ、
そして、嫌いだった人をただ苦手な人なのだから私には関係ないとサラッと思い、
1人の時間をとても楽しいと思うようになった。


自分の過去をすべて否定し、その時の周囲からも否定されていると思っていた3年前。

あんなに元気に疑うことなく自分の道を進んでいた20代の頃の自分を思い出し、
いつも今の自分と比べてもいた。


それまで自分が良いと思っていたすべての価値が、
結婚、そして、両親の死から遺産相続問題、実妹との不仲、と、
何を信じて生きていけばいいのかわからなかったのだ。

そんなことで、3年前の2月、重度のうつ病と診断されたのだった。


がっ、やっとそれから解放され復活したのだと、ものすごく強く感じている。

ここから少しずつ、そのことを思い出しつつ、書いていくことにします。




得策 

2013年10月22日(火) 21時58分


最近、よく母のことを思う。

若いころから派手好きで、そして単刀直入、単純な人だった。
三味線をやったり、英会話を習ったり、そして、一番入れ込んだのは40歳からの社交ダンス。

もともと美人ですごく脚がながかったので、キレイだった。
発表会は大騒ぎで、写真撮影で大変だった。

そして、社交ダンスでの人間関係もいろいろで、娘ながら、あきれることが多々。

それでも、父が癌になり、自宅療養、そして父が亡くなってからは、
すっかり自宅の人になってしまった。

そして、1人でビールを飲みながら、片っ端から友人や親戚、知人に電話をしていた。
わけのわからない愚痴をこぼしつつ、最後にはからなずその人にお取り寄せグルメを送る。

あれ、美味しいから送るわよ、と自分の存在を示すように毎日やっていたのだと思う。


どうしてそんなことをするのか、当時の私にはわからなかった、
けれど、47歳になった今、自分の中にも同じものがあるように感じることがある。

若いころ毎日行っていたスポーツクラブにもあきてしまって、
1人夜自宅で過ごしていると、フェイスブックやブログ等々、ずっとずっとやり続けてしまう。

自分の書いたブログの評価とかいろいろ、気になって、そこに自分の存在価値があるかのように、
他とのつながりを求めてしまったりする。

ビールこそ飲まないけれど、甘いモノを食べたり、ちょこちょこ食べたりと、
以前より5`太っても、運動という方に気持ちがすっかりむかなくなった。

そして、ときどき無性に動きたくなったり、誰かと無性に話をしたくなったりするのだが、
そういうときこそ、じっと、1人で居るのが得策なのだと、最近、実感する。

何かをしたいと思うその気持ちは、本当に何かの不安からくる一時的なもので、
ただその時の気持ちを紛らわせたいだけなのだから。

そして、その不安、それは誰もがどこかで感じるのと同じような、
これから老後のこと、お金のこと、人間関係、夫のこと、自分のことと、
生きているからには仕方のないことなのだろう。

そしてそして今日も、なんだかそんな感じの夜なので、こうして1人、気を紛らわせているのです。

今日から再会です。 

2013年05月09日(木) 7時53分

ふうっ、少し、ぼーっとしよう。 

2012年04月30日(月) 6時33分

やらなければ。 

2012年03月24日(土) 17時07分

そうして中華街で美味しいお食事をいただいたのでした。 

2012年02月25日(土) 10時48分

私の「幸せ」の簡単なこと? 

2012年02月18日(土) 19時59分

私のためにつきあってあげること。 

2012年02月02日(木) 11時16分

「センユウ」のこと。 

2012年02月01日(水) 10時04分

20代も終わりの頃、勉強したい、と、
突然そんなことを思って、社会人入試で入った女子大。

なぜか女子大で、というか女子大しか受からなかったわけで、(苦笑)




やった、勉強できる〜、
という生まれて初めてのうれしい気持ちとは逆に、

やたら小奇麗なキャンパスや信じられないくらい面白くない文化祭に、
堅苦しさを感じ、飽き飽きしていたころ、

そんな頃、私と同じ社会人入試で、
そして同じ学年の彼女と知り合いになりました。






それからたまに話をしたりお茶をしたり、
その後、私は大学院を中退して、
彼女はきちんと大学院修士を終了して、


それから数年後に再開し、
それからずっとたまにしか会わないけれど
私にとっては本当になんでも話せる
大切なかけがえのない友人なわけで、

そんな彼女と私は、
なんだか「戦友」というにはあまりにも平和すぎるのだけど、
それでも「妻」を、「母」を、 「嫁」を、
そしてなによりもいろんな感情で「女」を生きてきた、
私にとっては「センユウ」なわけで、





そんな彼女の「幸せ」を、心安らぐ「幸せ」を
本当に本当に切に切に願っているのでした。






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