大好きなミュージシャンがブログで書いていた。
昔、田口ランディさんネットにコラムを載せるとき、
自分はおごったことを書いていないか
自己満足に浸ってないか
公平性を欠いてないかなど
何度も何度もよーくチェックしてから
エンタを押すのだと言っていたそうです。
それでもときどき、ものすごい抗議めいた、きつい内容のメールが
来るときがあって、そんなときはもう「タダで読んでるくせに
そこまで言うアンタもアンタだ」と思うことにしているらしいというはなし。
ブログ書くことも表現ですから、相手があって成り立っているわけですが
こんな開き直りも大事だな〜って思います。
この開き直りって書くことだけじゃなくて、生きていくことに対してもそうかも。
じゃなきゃ、前に進めない!
昔、田口ランディさんネットにコラムを載せるとき、
自分はおごったことを書いていないか
自己満足に浸ってないか
公平性を欠いてないかなど
何度も何度もよーくチェックしてから
エンタを押すのだと言っていたそうです。
それでもときどき、ものすごい抗議めいた、きつい内容のメールが
来るときがあって、そんなときはもう「タダで読んでるくせに
そこまで言うアンタもアンタだ」と思うことにしているらしいというはなし。
ブログ書くことも表現ですから、相手があって成り立っているわけですが
こんな開き直りも大事だな〜って思います。
この開き直りって書くことだけじゃなくて、生きていくことに対してもそうかも。
じゃなきゃ、前に進めない!
同じ職場に、かつての私のような女性がいる。
器の小さい上司がいて、彼女を憂さ晴らしのターゲットにしているのだ。
理不尽な内容で言葉を荒げられても彼女は、
「仕事だし、職場だし、公共の場で怒るのは嫌」なんだそうだ。
気持ちはすごく分かる。私もそうだったから。
例えば、彼女と同じことを他の人が数秒後に言ったら、その上司は「僕もそう思ってたんだよ」という。
他の人が「彼女が言ったのも、私と同じ内容ですよ」とやり返すと
「同じ話に聞こえない、彼女の話は最初から理解する気が起きない」などと言っている。
私の目の前の打ち合わせコーナーで繰り広げられた一幕。
私でさえ席を立って講義してやろうかとおもったのに、彼女は”屈辱的ではあるけれど・・・”と、
震えながら耐えている。
でも、その耐え方は正しくないのだと、今の私は知っている。
私もそうだった。自分さえ我慢すれば、今が過ぎれば、
自分がいけないのかも・・と、どんどん悪い方向へ転がり落ちていく。
自分を守るのは自分だけだ。
公共の場だろうが、戦わなくっちゃ!と、今は思う。
それでもどうしても苦しいときは、それを受け入れ、姿勢を低くして嵐が過ぎるのを待つ。
そして人間の持つ不思議な力「無意識の暗示力」をかける。
私はあの上司ともうまくいく。明るく話せる。みたいに。
過ぎたことに”学び”を見出すなんて後ろ向きだ。
責任転嫁ですらある。
人生の行く先はすべて自分が決めているんだから。
無意識の暗示力で気持ちを切り替え、前に前に進もうと思う。
器の小さい上司がいて、彼女を憂さ晴らしのターゲットにしているのだ。
理不尽な内容で言葉を荒げられても彼女は、
「仕事だし、職場だし、公共の場で怒るのは嫌」なんだそうだ。
気持ちはすごく分かる。私もそうだったから。
例えば、彼女と同じことを他の人が数秒後に言ったら、その上司は「僕もそう思ってたんだよ」という。
他の人が「彼女が言ったのも、私と同じ内容ですよ」とやり返すと
「同じ話に聞こえない、彼女の話は最初から理解する気が起きない」などと言っている。
私の目の前の打ち合わせコーナーで繰り広げられた一幕。
私でさえ席を立って講義してやろうかとおもったのに、彼女は”屈辱的ではあるけれど・・・”と、
震えながら耐えている。
でも、その耐え方は正しくないのだと、今の私は知っている。
私もそうだった。自分さえ我慢すれば、今が過ぎれば、
自分がいけないのかも・・と、どんどん悪い方向へ転がり落ちていく。
自分を守るのは自分だけだ。
公共の場だろうが、戦わなくっちゃ!と、今は思う。
それでもどうしても苦しいときは、それを受け入れ、姿勢を低くして嵐が過ぎるのを待つ。
そして人間の持つ不思議な力「無意識の暗示力」をかける。
私はあの上司ともうまくいく。明るく話せる。みたいに。
過ぎたことに”学び”を見出すなんて後ろ向きだ。
責任転嫁ですらある。
人生の行く先はすべて自分が決めているんだから。
無意識の暗示力で気持ちを切り替え、前に前に進もうと思う。
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- URL:http://yaplog.jp/imura/archive/234
で、再度ログインしたら、ただ今混み合っていますと。。


