地下鉄サリン事件から14年 

March 21 [Sat], 2009, 0:05
昨日は、地下鉄サリン事件から14年目の日だった。
冷静になって、なにをしていかなければならないかと考えた。
私自身が自虐的になっていてもしょうがない。
なすべきことを淡々と進めていくことだと思った。
すこし冷静になった。

受け入れることによって心が広がると思った。
罪というもの自体を
いやがっていたら精神疾患になりそうだ。
つまり、善人でいたいと思っていたら、
自分が悪人であると本当には思えない。
私は善人ではないのだ。

なんとか心を柔軟にして、
自分の罪を冷静に受け止めたい。
反省というのは、
つぐないを淡々と行うことだろう。

事件被害者の方のことは一日も忘れたことがない。
でもそれで自分を責めていた。
善人のはずの私が結果的にこんな罪を犯していたなんて
…と思うと、気が狂いそうだった。
でもそれは、結局自分に集中していたんだ。
ほんとうには、罪だと思っていなかったかもしれない。

でもあきらめよう。
もう、善人であることをあきらめよう。
そして、償いを進めることに集中しよう。
その方が賠償が進む。
その方が被害者の人の役に立てる。

自分を愛することは人を愛することと同じ 

March 18 [Wed], 2009, 1:09
自分を愛せたら
人に慈愛を持てるのだと思う。
心が豊かでないときは
慈愛を持てないと思う。

自分では慈愛だと思っていても、
実は、慈愛もどきだったりする。

認められるためとか
寂しいからとか
人に優しくするという行為の背景に
自分の苦しみがあるのが、普通の人というものだろう。
それでも、自分が苦しくても人のために何かをしようとするのは
素晴らしいと思う。
でも、人はそれでも、満たされることはない。

無我であって人のために尽くすとしたら
自分をそのまま愛している、
つまり色眼鏡をかけないで見て認めているからだと思う。
それは自己偏愛ではなくて
自我意識が薄いから
あるがままの自分を受容していて
満たされているからそれが回りに及ぶのだろう。。

いまのままの自分に満足していないとしたら、
それは、ないものねだりの
貪りだろう。

だから、能力がなくても、
隣の誰かよりも頭が悪くても
病気であっても、
人はだれも必要があって生きている。
愛されていていいのだ。
というか、愛されているとかいないとか
考えるのが、自我意識で貪りなのであって
そのままでしかないのに
いろいろ考えるのは労力のムダなだけで
疲れるから
煩悩っていうんじゃないかな。。


夜勤を探すことにした 

March 17 [Tue], 2009, 4:13
まだ起きてる。。
うとうとしてて目が覚めて
お風呂に入ったらこんな時間。
規則正しい生活をしたいな。
といっても、
夜勤のシゴトをしようかなと思ってる。
23時から5時までとか。。
自由な日に働ける仕事探すのは難しいね。
しかも昼間はまたランダムにアポイントとかが入るから。
予定が立てづらい。

なんとか、できることをやっていこう。。
考えてるだけじゃ、なにも動かない。
明日は来客予定。
そしてあさってはアポイント予定。
シゴトは、同じ場所で続ける場合
やっぱり夜しかできないかなあ、と思う。。
派遣で毎回違う場所っていうのはストレスが大きいんだよね。。
道に迷ったりするから、かなり早めに行かなきゃなんないし。。

同じ場所で短期で、、それを連続で入れるのが理想・・。
なんとかして見つけるぞ〜
今月給料もらえなかったらヒサンだもん。。
なんとかしなきゃ。。

忙しい。。けどうつ。 

March 16 [Mon], 2009, 22:35
よく考えたら、というか、
わかってたけど、今は忙しいんだ。。
いつも忙しい。。
バイトを探しているけど、うまく都合が合わない。
だって、月に一週間は東京へ行くから
連続のバイトはできない。。
だから短期しかできないのだけど、
でも派遣では仕事の予約がなかなかできない。
よくわからなくてついていけない。
ぐずぐずしていると
早い者勝ちで仕事がなくなる。。
要領が悪いからなかなか仕事できない。。。
派遣の単発のシゴトは、やっぱりきつい、と思ってる。
数年前はできていたのにな、
やっぱり40歳のころと46歳とでは体力が違うなと感じる。。

食べていけないくらいになったら
もっと必死で仕事探すのかなあ。。
ていうか、そうなれば東京へは行かないだろうなあ。。
飛行機代かかるから。
東京へ行かないのであれば
連続一週間お休みを取ることもないから、
そしたら時給700円で無理のないしごとがあるんだけどな、、。

今月も赤字か、、、、
うーんそういうわけにはいかないよ。

米も精米に行けなくて食べれないまま
麺類ばっかし食べている。
近くでは10キロ精米するのに480円かかる。
自転車で隣町へ行けば100円だから
そっちへ行こうと思いつつ
ずっと行けないでいる。。

そんなふうにぐずぐずして
レトルトばっかり食べていると
冷蔵庫の野菜が古くなってだめになる。。
結局お金がかかっている。。

布施、寄付集めに走り回るにも
交通費が要る。。
私一人なら貧乏でもいいが
みんなの生活がかかっている。。。
それだけじゃなく賠償が払えない。
それは生きていく意味だから。

賠償金が払えないなんて言えない…。
私がもっとアタマがよくてうつじゃなかったらなあ。。

うつも、年金がもらえるほどひどくはないから
ただの怠惰じゃないの〜と、自分でも思ったりする。
でもアタマが痛くてものが考えられなくなると
やっぱり自分に対して信頼がなくて
シゴトできるのかなあと心配になる。

考えようとしてもなかなか
なんていうか
白くなるというか、、
絶望感と恐怖に襲われて血の気が引いたりして
寝込んでしまう。
なにもかも忘れたくなる。
そうなると
起き上がるのは大変なこととなる。

用事が入っている日があれば、
何日かかけてコンディションを整えようとしてる。
心次第で治るのさって思うけど
病院に行きたくなる…。
どんどんひどくなったらどうしようと思ったり、、
こういうの病苦だよなあ。。
もうプライドなんて言ってられないから。
数を数えられなくなった時点でボーダーだなと思う。
そうなったら休むしかない。

忙しいっていうのは、つまりお金がないから、
とにかく稼がなければならないからだ。
それでも運営して行かなきゃいけないから。
なんとか責任感で保っている。
このアタマの混乱、泣き叫びたいモノをなんとかしたい。

忙しい。。
忙しいのになにもできない。
いや、なにもしていない、、、。
焦る。。。
脅迫感におそわれる。
ちょっと休んで瞑想してみよう。。





ビルマの竪琴 

March 16 [Mon], 2009, 0:36
子供のころ、ビルマの竪琴の映画を見て感動した。
それで、出家僧になりたいなと心のどこかで思っていた。

感動したことっていうのは、鎮魂の想いと、音楽で心を繋ぐことだった。
もともとピアノをやっていて作曲が好きだったし
無念の死をとげた人々の鎮魂をすることは、
私にとって、なぜかとても意味があることに思えたのだ。。。

それが、今こんなことになっている。
テロというのは、戦争とも違い、被害者意識から来るものだ。
恨み、復讐、、、
オウムはなにに復讐したかったのか・・・

それは、その時代の社会というものだった。
社会という妄想だった。
オウム脳が作り出した被害妄想だった。。

一体何が敵だと思っていたのか、、
その頃オウムでは、敵はアメリカだと教えられていた。
そして、アメリカのフリーメーソンが日本の国家や警察を取り込んで
一般民衆を支配しようとしていると教えられていたのだ。
人口を減らすために戦争を起こして沢山の人が殺されると言われていた。
そうならないために、麻原が、真理の法刀をふりかざすと言われていたのだ。
そして、新しい真理の世界を作るのだと。
その前には多くの犠牲が必要なのだという歌もあった。

そういうことは、一般には報道されていなかったかもしれない。
でも、そういう危機感を煽られ、93〜95年あたりはオウム内では有事だった。
浮浪者を集めて兵隊にするため訓練したりもしていた。
私は音楽係で、兵隊を鼓舞する歌を作っていた。。

妄想に取り付かれて苦しみ、鎮魂されなければならないのは自分の方だろう。
やはり、成仏しなければならないんだな。。。。
なんか納得した。。

被害者の方は、ほんとうに、その妄想の犠牲になってしまったんだな。。。
私になにが鎮魂ができるのだろうか。。。
なにができるんだろう。。
やはり
この世の楽しみを捨てて
出家したい。





麻原という人は 

March 15 [Sun], 2009, 23:44
麻原さんという人は、
今はかわいそうだなと思う。
子供の頃からかわいそうだったみたいだ。。

どう考えても、統合失調症のひどいのだと思う。

というのは、もう80年代からそうだったんじゃないかな。
声が聞こえたり、自分は特別な使命を持っていると言っていた。
っていうか、そう信じ込んでいた。
それを聞いて、かっこいいと思った人が信者になったんだと思う。
私もその一人だ。
私自身も、使命を持っていると思っていたし、
変な夢をたくさん見ていたから、世界が滅亡すると思っていた。

でも、心理学的に言ったら、
世界が滅亡する夢を見るっていうのは、
自分の精神的な危機だったりするらしい。

たしかに、私は中3の時ノイローゼになってから
すごいSF大スペクタクル映画のような
ストーリー展開もぶっ飛んだ、
人類滅亡の危機みたいな超リアルな夢を見続けてたから
麻原の言うことは私の思っていたことと同じだと思ってしまった。

だれもわかってくれなかったことを
麻原さんだけはわかってくれると思った。

でもそれって、、統合失調っていうよりも、
放送禁止用語でいってしまうけれども、キ○ガイの世界だったと思う。
私自身中3以来ビョーキだなあとずっと思っていたけど
25歳になってオウムを知って、それが肯定されたから
「あれっ!私ってビョーキじゃなかったんだ、あれはホントのコトだったんだー」って
思っちゃったんだ。
「タイヘンだー!アニメじゃなかったんだ、世界は滅亡するんだー、みんな救わなきゃー!」って
ホンキで思っていたもんね。。

こういう人って、オウムにも珍しいくらいビョーキの類だと思う。
だから、今私は表面ではフツーにふるまっているけど、
内面では激しい治療が起こっている。

妄想を信じ込んでいたから、麻原はあれだけ強気だったと思う。
自分を慈悲にあふれた救世主だと信じているから、
反省という世界に反転することは難しいだろう。。。

麻原をここまでビョーキにしたのは何なのだろう、、
先天的なものもあるとは思うけれど
この世の病的なるモノ、、麻原的なものって
そこここに潜んでいるように見える、、、。

麻原を死刑にしても
麻原的なもの、オウム的なるモノ、、、この亡霊は消えないだろうなあ
おそろしい、、、、かなしい、、、。
でも歴史的にも昔からあったものなんだよなあ。。
人間の業として。。。

この病理はいまだ心理学の分野でも解明されていないだろうなあ
多分、、、。
だれか研究してほしいよ。
私も研究する。。
自分のこととして。。。




被害者の人はどう思っているかなあ 

March 15 [Sun], 2009, 23:17
被害者の人は、私にどうしてほしいと思っているかなあ。。
いつもそれを考えてる。
でも罪の意識におびえているだけじゃダメ。。。

たくさんたくさん働いて、賠償金を渡せたら
そうして生活が少しでも楽になってくれたらいいなと思うけど、、
でも、きっとそれだけじゃ足りないよ、、、
私たちがほんとうに変わんなきゃ、
安心できないよきっと。。

早くにオウムをやめた人たちは
罪の意識を持っているかな、、?
幹部だった人も、ほとんどの人はやめたけど
事件のことは記憶から消しているかな、、。
賠償もしなくて、どこかで罪におびえているかもしれないな。。

私がやめたのは2年前だけど、
賠償は続ける約束をした。
安部管財人さんと直接お会いしたけど、
私たちが「やってない」と知らんふりしている間にも
一円でも多く被害者の人に賠償金を渡そうと
オウムの資産を売ったり、つまり尻拭いしてくれて
すごい努力をしてくれていた。。。

頭が上がらない。。。。

あああ、なんてことをしたんだろうなあ

後悔、、でもその時はわからなかった。。。
未熟だったんだ、、
ほんとうにわからなかった。
精神的には欠陥があったというか、、

今は、いまできること、それをしなきゃ。。
でも自分を責めすぎるのも良くないとは思うけど。。

そのまんまになる。。
いまのままになる。。
ありのままになる。。

自分が精神が安定すること
それが、健全になるっていうことじゃないかな。。

健全な人にならなきゃ、安心してもらえないよね、、。
それにはやっぱり、コツコツと働くことかな、、。

それと、
ほんとうの仏教を広めるっていうことも、
責任としてやらなきゃってすごく思う。

それは理解してもらいづらいかなと思うけど、、
だって、オウムは日本の仏教界に打撃を与えたから、、
それも申し訳なかったから
仏教界の
いろんな権威の人に指導を受けたりしたい。。。
そうして正しい仏教を広めることで日本を健全にしたいって
それも責任かなと思う。。。

以前に被害者の方と個人的に連絡を取ったことがあったけど
やっぱり私に会うのがこわいって言われた。。
しかたないな。。。
被害者のひとといっしょに、つらかったねって
涙を流せる日がいつか来たら、と思うけど
こっちは加害者だから、、、。

許してほしい。。というのがほんとうの気持ち。
泣きたくても泣けないし、泣いても泣ききれない。
許してもらえなくてもしかたがない。
それは業というもの。。
普通の人になれないこの業を受け止めて生きていくこと。。
それを苦だと思わず生きていくこと。。。
それが健全なのかな、、。










だいぶよくなってきた 

March 15 [Sun], 2009, 22:57
オウムにいたせいだけじゃないけど
うつ傾向っていうのは
やっぱつらいよね
でも
人と話してると治ってくるね。

ひとりでいると
内側に突っ込んで来るし
私の場合
まだ寂しさを克服していないから
どんどん寂しい世界に入っていく。。

自分を愛すること
大事だよね
自分の感情を認めてあげること
自分を許してあげること、、
そうできないとと
人のことも許せていないんだなと思うよ。。。



温泉行ってきた 

March 15 [Sun], 2009, 2:21
近くの温泉へ行ってきました。
顔がむくんで頭が痛くて
どーしようもなかったから
無理やり汗をかいたら治るかなと思って。

家を出るまでにすごく時間かかった。
12時ごろさあ行こうと思ったけど
なかなか身体が動かなくて、出たのは2時半すぎだった。
アタマがボーッとしてて
ヘンな顔をしたまま電車に乗った。

行ったら常連の人がいっぱいいたみたいで
知り合いらしい人たちがあちこちで話していた。

そういう会話の中
私は一人サウナの中で横になって聞いてた。
日常の主婦の生活…。
フツウの幸せな生活…。

地域の仲間っていうのもいいなと思ったけど
私はそういう世界にはもう入っていけないんだなあと思った。
健全な生き方って、どんなのかわからないけど
私って特殊な環境に生きて来たんだなって
今さらながらに思う。。。
もうフツウの人になれないんだなって、なんだか寂しく思う。。
でも、もともとフツウじゃなかったもんな…。
妄想の中に生きていたから…。
やっぱビョーキだったんだな。。。

これから何をすべきなのかな。。
特殊な経験をしたっていうのは、なにか人のためになるかな…。。
とか考えつつ…

なかなか頭痛が治らなかったけど
サウナに2回入って汗流して
2時間くらいしたところで
ちょっとマシになって来た。

7時すぎに来客予定だったから
帰りに買い物してそれまでに帰った。
今日は寒いからみんなお風呂に来るねえって
主婦の人が言っていたけど、
たしかに寒かった。
買い物してたらすごい疲れて来た。

でも、こんどいつバイトできるだろう、、
今月も頑張らなきゃって
やっと考えられるようになった。
ここ一週間くらい、気力なかったから。
やっぱこういうの、うつっていうんだと思う、、。
でもなんとか生きてくことはできると思った。





オウムっぽさだけをなくしたら 

March 15 [Sun], 2009, 1:58
自分らしくなれるかどうか、かなあ
オウムっぽさから抜け出すっていうのは…
ギャップが大きすぎたんじゃないかな
アニメの善人になろうとしてたのかなあ
妄想だったことは確かだけど…
でももともとがヘンタイだとしたら
オウムを抜けてもヘンタイなんだろうなあ
意味がわからないけど・・
ようするに
煩悩というものを全部なくしてはいないから
おかしな部分はおかしいままで
オウムっぽさだけをなくして行ったら
どうなるのかなと
考えていたのだけど…
だから全くの人格者になれなくても
いいんじゃないかなとか
思ったのだけど…
よくわからないから今日はこのへんでやめとく。





P R
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