最後の夜ご飯。

February 12 [Sun], 2012, 17:56


昨夜との違いを思い知る。





いただきます。

山口県の木村さんへ。

February 12 [Sun], 2012, 15:53

17日は山口県です。



木村さん。


待っていてください。



もういろいろ考えていますから。



退院したら連絡をメールなり、電話なりします。


その日は日帰りになります。



翌日は愛媛の今治です。



よろしくお願いします!

パースは難しかったが、ジェイムズになった途端に軽くなった。

February 12 [Sun], 2012, 15:36


パースは鶴見氏の解釈を読むのでさえ疲れた。難解すぎる。しかし、なんとか意味を拾いながら読み進めた。


一転、ジェイムズ。パースと比較され、むしろ時代の潮流に乗った人物だったが、なんだか軽い。



どこか可愛らしさがあるのは、パース以上に弱く人間的だからか。


いや、パースは社会的成員からの思索を出発にした体系だったが、ジェイムズは完全主観的な体系である。


社会との繋がりを起点に自身の思索を重ねたパースこそ人間的(社会的か)であり、個人的主観的な経験から逃れられなかったジェイムズは人間的というより動物的と言った方がいいか。


当時の哲学がダーウィンの進化論を取り込みながらも、人間を探したところが面白い。


19世紀後半はまさしく、人間が社会的成熟を目指した時期であり、たくさんの思想が生まれた。


同時に、激烈な植民地政策と帝国主義でもあったから、理性や経験、思索や思想の出発点を模索した。



実は、いまもそんな事態で時代なのだけども。

抽象的わーいくん。

February 12 [Sun], 2012, 11:07


これからはこれで行く。



抽象的わーいくん。

朝ごはんに思う。

February 12 [Sun], 2012, 9:00


病院の食事に色が少ないのは、「早く治して退院したい」という気持ちになってもらうためなのかも知れない、などと思う。



術後は、重湯から始まり粥になり、白米になる過程にさえ喜びを覚えた。それは食べるこちら側の事情である。



色彩が少なく、おかずも少ない食事には希望を感じない。


いくらかの種類を食べられることは、単純に、喜びであると思う。


私のお店でも、カップルで来店したのに単品で食事を済ませたいという人もいる。その人たちの生活志向にまで云々はないが、やはり、いろいろ種類がある方が楽しいとおせっかいに思ったりする。



修行中なら仕方ないが。




入院して常食に復帰できたとたん、あれこれ欲しくなる。


しかしこの「欲しい」という気持ちが堪らなく好きである。ストレスは間違いなく必要で、もう少し言えば、ストレスを改善する行為は希望と言える。


ただしこれは、精神的に強くなくてはならないが。




病院の食事は、この上を目指す動機付けになる。この食事を脱したい。だから早く完治して退院せねばならない。


という奮起させる内容である。


希望を重ねられない食事を人間は脱したいと熱望する。それは生活水準を向上したい気持ちにも影響を与える。


もし病院が至れり尽くせりならば、退院をしたいとは思わなくなる。




朝ごはんにそんなことを思った。
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しかし、あまりうまくいかないなー。
ただ、大切な事が「自身による生き方」であることは、わかった。
主体性を大切に、思う事をつらつらと公開しています。