コメントをありがとうございます。

March 25 [Sun], 2012, 2:07
みっちゃんさん、いつもコメントをありがとうございます。コメントがあることで、励まされます。

みっちゃんさんが「似ていない」という印象を受けられたことを「思い直してください」と、私は弁解したりそれを説得したりしようとは思いません。むしろ、声を聞かせてもらってよかったです。ただ少し、補足しますね。

街宣車の方に直接、進言しなかったのは確かに私が勝手に不憫であると思ったからです。彼ら、彼女たちが実はそんな柔でなく、気骨溢れるのならば進言しても良かったかもしれませんね。しかしそうだとしても、私はやはり進言を差し控えると思いますが。私は街宣車の人に気付いてもらいたかった訳ではなかったので。



原発を受け入れた地域に住む人々が抱える賛否の詳細を私は知りません。ですから、私のコメントは印象に過ぎません。印象に過ぎないのですが、原発を受け入れた地域の人々が一枚岩でないことはなんとなく分かります。賛成も反対もあったと思いますよ。受け入れた地域の人には「電力会社の人間と結婚するのが一番安泰だ」と考えた人も少なくありませんし。

私が言う「その人による」ということはまさしく、その個人を示しています、個々に事情も熱心さも異なるでしょうから。同じ活動をしていても同じ気持ちとは限りませんので。

ただ文脈から読んでいただければ何となく分かるように、私は原発に賛成した人を限定的に取り上げました。その中には、原発の危険性など知らずに賛成した人もいるだろうと言ったのですね。原発の危険性よりも、「地域がとにかく潤う」という言葉だけで賛成した人の悲哀を言いました。

このことが「街宣車」と重なったのですね。みっちゃんさんが言うように、街宣車を走らせている人々が熱心で進んで運転し、自分たちの行為はまったくの主体性に基づくものであるならば「公職選挙法に抵触してるよ」との指摘にも耳を傾けたでしょうか。


私はどうしても、そうは思わないですよ。


街宣車を走らせていた人たちは「ノリ」でした。それはいま、街宣車が街を走っていないことからも明らかです。あの時だけですよ。選挙が差し迫った、あの時だけ。少なくとも、場当たり的なムードでお祭りみたいになるのが選挙です。私は彼らが、神輿を担ぐ日程とルールを無視していると指摘したに過ぎません。それはなぜなら「うるさかった」からです。

なにか強い意志を持ってわざわざルールを守らず、神輿を担がされている(これはやはり、担がされたのです。今、街宣車が相変わらず走っているなら話は違いますが)ことと、事情も知らず盛り上がって原発誘致に賛成してしまった気持ちは、私からすれば「似ている」のです。


その神輿がルール違反かどうかを、担いでいる人に問わずに担がせたところに私は文句を言いました。これは、原発を誘致させた国や政府に文句を言うのと「似ている」と言っているのです。

その上で、その賛同の背景は一枚岩(みっちゃんさんは一枚岩だと言われますが)ではないと私は思うので、個々人を見る必要があると言ったのですね。


何か同じ方向を見ているからと、理念や思想まで同じではないのです。


私は原発反対ですが、もう少し言い換えれば、「原発はなくなったらいいのにな」という感じです。だから運動に発展できないのです。それでも、反対ということは言いたいと思います、


「そんな軽い気持ちで「原発反対」と言わないで欲しい。真剣に運動している人に失礼だ。」

という声も聞こえそうですが、私は失礼なんてまったく思いません。真剣にしている人が「正しい」のであれば、原発賛成を真剣にしている人も「正しい」のです。


私は何かを「正しい」と言いたいのではないのですね。

私は単に「嫌いだ」「不愉快だ」「不満である」「腹立たしい」という自分に由来する感情を表明しているに過ぎません。


正しいことなんて、自分がそう思うことで理解されているに過ぎないのです。


そのたくさんの共有できそうな「こうあってほしい」こそが、社会の意思になればいいなと思っています。

ここでも、私は期待こそすれど、強制的な何かが作用することを嫌います。



>通りすがりさん、コメントをありがとうございます。

確かに、ご指摘の通り富の一極集中は好ましくありませんね、私も同感です。

私は富裕層に「富の再分配」を迫る方法が、法律や強制的になることに違和感を感じてしまいます。実際にそうなっている訳ではありませんが、その話しが議論されることにも違和感があるのですね。

その違和感は、「頑張った成果を引き剥がされるような気分」になったからでした。

富の再分配を迫るとき、私はルールからではなくて、彼らを対象にした商売で彼らの資産を獲得したいなと思いました。方法はまったく思いつきませんが、強制力ではなくて「何とか、ビジネスで」と思いました。

通りすがりさんはこの辺りのこともよく理解されて見えるので、蛇足かと思いましたが、コメントが嬉しかったので私もコメントさせてもらいました。



いやぁ、いいなぁ。


こういうの。


私は反対意見もたくさん聞きたいのです。

貴重なご意見ですし、感服いたします。

May 15 [Thu], 2008, 2:36
同業者さん、本当に貴重なコメントとご意見を寄せていただきありがとうございます。誠意のあるご返答と、理性的かつ、明快な内容に感服いたしました。私もまた、返答をさせていただきます。

業者さんとのやり取りについてですが、「売り言葉に買い言葉」であるかどうかはおそらく、当事者である業者さんがここに登場しないので水掛け論になると思われます。それをわかった上で申し上げます。

お店を一人でしている性質上、時として、不在時に注文の荷物が届きます。その際は通常、そのまま置いていっていただいています。この日はあいにくの天気で、雨でした。業者さんは配慮をされて、発泡スチロールに商品を入れて置いてくださいました。そのことに関して感謝しかありません。 

今回問題にしたのは、以前にも同じことがあったからでした(詳細を「怒鳴ってしまった」に書かなかったのは、このブログそのものが口語体が中心でわかりやすくしていることと、phsからでは長文が難しいからです)。大きな発泡は困るのだと、業者さんには以前から伝えてありました。あいにくの雨で、そうしてくださったのですが「忙しくて引き取りに行けないから、処分してくれていいです」とあっさり言われてしまい、こちらの意図がうまく伝わらなかったのが始まりです。

担当者の方から電話をもらったとき、「大変面倒くさいな」という口調でした。それでも、事情を話して引取りを丁寧にお願いしました。加えて、この日は近くの薬局に買い物に出ていただけなのですぐに戻ることもできたので「こういう場合は、電話を下さると私もどうするのか他の指示ができます」と伝えました。「あーあ、電話ねー」という返答と、ひどく面倒であるというニュアンスの次に「じゃぁ、これからあれですね。雨でもそのまま置いて行ったらいいんですね」と吐き捨てるように言葉が続きました。私はそれこそ、たいした問題ではないと考えていたのに、そうではなくなりました。「どういう意味で言ったのですか?」とゆっくりと聞き返すと、口ごもったので怒鳴ったのです。「どういう意味で言ったか今から私が説明します」と私が続けました。

この場合、同業者さんが指摘されるように

>>「怒鳴るという行為はもし、業者さんの親切心から生じた行為であった場合、おっしゃられるようなフェアな関係ではなく、店側が優位性を持った高圧的な態度ではないかということです」

かもしれません。私はそれを否定できません。私側に優位性があった、というのはそうかもしれません。ただし問題にしたいのは、優位、劣位ではなく「礼を欠いてはいないか」ということに他なりません。親切心で商品を納品したことについては感謝していますが、「忙しいから」とまったく話に乗らない姿勢に私も感情的になりました。そこに私が取引先の優位性を持っていたかどうかではなく、礼を欠いた事柄にこそ怒りを覚えたのだとおもいます。

>>「当事者でなくても不満や批判を与えられる空間は、サービス業を営む者として提供しないほうこそプロフェッショナルだと思えるのですが」

不満や批判を与えられる空間を提供してしまったかもしれない投稿内容については、深く考えたいと思います。お店も含めて、ご利用くださる方に余分な緊張感を与えるような内容も投稿してきた経緯が私にはあります。無意識的にではなく、意図的にしたのだとおもいます。お食事に来ていただいて、楽しむための空間を提供しなくてはならないのに緊張感を与えてしまうのは本当に力不足です。

しかしながら、イルピアットは私一人で展開しており、加えてカウンター7席。お店の広さも5.5畳(2,5坪)という狭さによって、ご利用いただく方たちとの密度は極めて高くなります。その空間において、何かしら守るべきルールを作る必要があります。私自身も、お客様によって言う事柄や対応を極端に変えることはできません。私自身が揺らげば、お店の空気はひっくり返ってしまいます。ルールは明記することはありませんが、感じていただくほかないと思います。しかしそれは、他者に対する配慮と礼があれば改めてどうこうする必要のないものです。ごくごく、一般的なことです。

ただしブログに関して、私は不満や批判を与えてしまい続けるかもしれません。それは先にも申し上げたように、私の主体性がそのように在るのであって、干渉を受けるものではないことによります。ご意見は本当に、いただきたいです。ブログは性質上、「私の本音が聞ける」という部分で開いて見える方が多いと思います。そういう場所に、自身の声や出来事を置かないことのほうが違和感が出てしまうかもしれません。ただ、これからは書き方にもっと注意を払います。

>>「お客様に対しては原価や諸経費だけを頂戴するならフェアな関係を保ってますが、利益の分を頂くかぎりフェアな関係というよりは客優位という関係であると認識されたほうが良いと思います。サービス業として大事なのは お客様に喜んで頂くこと に尽きると思います。そのための美味しい料理であり、心地よい空間であり、店主の個性だと感じます」

利益分を頂戴するからお客様が優位である、ということは、自分の生活手段としての労働対価をもらうのだから与えるほうは優位である、ということにもなるのでしょうか。雇用主は、働き手よりも優位にあるということと似ていますか?私は違う意見です。

利益分は私の労働に対する対価です。私はそれこそ、手を抜かずに頑張って働いているつもりです。真剣に自分が打ち込んでいる労働に対しての報酬は当然です。それを支払うから優位があるのではなく、それを内容にかかわらず保障し支払うことにのみ優位は存在すると考えています。飲食業界は残念ながら、労働力に対する価値を構築できていません。社会的な保障(健康保険や年金、雇用保険など)や賃金に対しても、雇う側がとても優位性を持ってしまっています。それが今の飲食業界を腐らせている。

そうした感覚は断ち切れずに、お客さま優位の環境を作りやすくしているように思います。「利益を与えてくれるから、大切にしなさい」ということは十分理解しますが、それは「優位にしなさい」ということではないはずです。先にも述べましたが、それこそ「礼節」が重要でしょうか。お客様とはフェアです。しかし、礼をもって接しています。敬語を用い、丁寧にお話しするのはそのためです。そうすることは優位性によるのではなくて、礼節だと私は考えています。優位・劣位という主従関係に似た感覚が、よい関係を築き続けられると私は考えていません。主従関係であっても、礼ありきです。


>>信念や生き方に曖昧な部分は不必要ですが、こと接客にあっては曖昧な部分も時には必要だと思います。理詰めでは中々相手を理解に導くことは難しい。京都の町は言葉も人間も裏腹で曖昧な部分が多々あります。(私もですが)それを決して良くは思いませんが、よく考えると自分も相手も傷付けることが少なく、長い目で見て自分と異なる相手とが疎通できるためにも、曖昧さも大事な接客技術のひとつだと思います。

曖昧さが大切なキーであると私も考えています。はっきりとした事柄は、一見わかりやすいですが隙間のない感じもあります。それではきつくて、窮屈になります。無理もありません。同業者さんのおっしゃるとおりです。

>>お会いして色々と私も教えて頂きたいこともありますが、どうも考え方や商売に対して考えが異なるように思えます。正直会ってお話ししたいとも思いませんし、このブログも見ることもないと思います。ただお互いお客様に喜びを提供できる立場の者として頑張りましょうよ。

そうですか・・・。わたしは同業者さんのような方が好きです。こんなにもきちんとお話できるのに、一度お会いしてお話などがしたかったです。わたしも同業者さんのような方を尊敬しています。私は今回の、このやり取りから多くを学んでします。本当にありがとうございます。自分で「お山の大将じゃない」と言いながらも、私はそうなり始めていたのだと痛感いたしました。的確なご意見と、アドバイスを胸に私も負けずに頑張ります。よりよいお店作りを目指して、手を抜くことはありませんよね。

同業者さんのコメントは私のとって、ここ最近で最大のエールでした。ありがとうございました。

がっかり、について。

March 31 [Sat], 2007, 15:54
昨晩帰宅後に一人でドライブへ出かけました。床で寝ている嫁さんにがっかりした、という事が動機になりました。詳細は投稿していませんでしたが、テレビから何から電源が入りっぱなしの状況に急いで帰った気持ちが乱されたのは事実です。

ただこんなこと、普通に生活していればよくある事です。

他愛もない事です。逆に私がそうである事も多々あります。「床で寝てしまう」ことに気分が悪くなる時も、そうでない時もあるのです。一人でドライブに出かけたきっかけは、期待通りにならなかったからでしょう。嫁さんにどうして居てほしい、と要請する事はほとんどありません。細かな事を言い始めれば切りがないからです。この日は床で寝ていたとしても、テレビやお風呂などについてきちんと管理していて欲しかったんだと思います。そういう意味では、複合的、情緒的、偶発的と言えるでしょう。それらは、疲れて帰った私にとって「がっかり」だったのです。

また、別の日で同じような状況であってもドライブに行くとは限りません。加えて言えば、こうした気持ちになりドライブへ出かけた事は初めての事でした。一人で夜の街を走りながら、気持ちがザラザラしているのが分かりました。嫁さんはもちろん、家においたままです。一人になってザラザラした気持ちを消化する方が健全な場合が間違いなくあります。あの状況で家に居れば、口論は避けられないでしょう。嫁さんも、それを察知したのだと思います。ひとり、ドライブへ出かけて良かったと思います。

ドライブしながら想像した「桜の下での散歩」は、飽くまでも想像です。妄想、と言った方がシックリしますか。一人でドライブしているとき、加えてその動機が上記の通であるとき、自分が心地よい気分で居られる妄想を描く事は本当に気持ちがいい。マンガの世界にでも居るかのような感覚です(マンガについては3月19日付け「ビバ!マンガ」を読んでください)。桜の下を散歩する妄想を描いたとき、私はもの静かで穏やかな場面を描きました。夜桜でどんちゃん騒ぎでもなく、昼から桜の下でバーベキューでもないのです。ザラついて、イガイガした気持ちには穏やかな心地が特効薬です。

私は自分を取り立てて愛妻家とは思った事がありません。客観的にそう言われることや、嫁さんにしている事柄に羨望を覚えられる方も見えたりします。私からすれば、全ては当たり前の事。嫁さんの位置づけは絶対ですし、不変といえます。同時に生活を重ねれば、一人になって気分転換したり友人と食事やお茶へ出かけたりしたくなる事も事実です。その場合、性別は問いません。私が求める輝きと興味、主体性がそこにあればそれが欲しくなる。奇異な感覚でしょうか。わたしはこの事は普遍だと思っています。

社会的な倫理や規範に抵触するか、しているのかが重要ではありません。私にとって重要なのは自分が主体的に選択しているか否かです。私の人間性に欠落があれば、その選択自体にも欠落は見られるはずです。私が完璧であると言っているのではありません。私はただの人間です。感情を基本的行動ベースにして行動する、皆さんと同じ人間です。感情は常に変化する。気持ちは常に正当性と向き合い葛藤し、困惑する。自分にとって何が最良なのか模索する。その中では関わりを持った他者を傷つけてしまう事もある。しかしそれらも、全ては解決できるはずなのです。ドライブ中に描いた妄想ぐらいあっさりと乗り越える現実が私にはある。それは生活の中にこそ、在る。

生活には喜びも、悲しみも、期待も、達成感も、責任感も、関係性もそして、がっかりさえもある。がっかりくらい、します。そうした時、問われるのはどう対処するのかではないでしょうか。今回は家でもめるくらいなら、気分転換に外へ出かけようと選択したまでです。投稿内容が感情的であった事は認めますが、それもまたいいじゃないですか。投稿内容は私の本音ですから。

今回のようなコメントは嬉しかったです。どんどん言って欲しいです。対話しているような気持ちになりました。どなたかは不明ですが、コメントされた方のような人が私は大好きです。

バジリコ・ガッツくん、とは。

December 07 [Thu], 2006, 2:15
バジリコ・ガッツくんの秘密に目を付けた所が素晴らしいですな。

ガッツくんは判るとおり、かわいい顔のそれがそうです。

ただ、「バジリコ」はガッツくんを表すものではなく、単なる仕込の内容でした。しかも、線が引いてあることから、この仕込みは完了していることを表しています。

バジリコペースト製作、完了。 という意味です。

がっつくんは私を支えてくれました。「どう思う?」なんて目でやり取りしました。野口さん、ありがとう。

ちなみに、トリッパ。

October 21 [Sat], 2006, 1:57
トリッパですが、フィレンツェでは臭みを抜いたものをサラダなどにも
用いているようです。

何でも来い、という感じでしょうか。もともと、食感が楽しめるものですし
うなずけますね。

しかし、臭みをきちんと抜いていなっからとても食べられませんが。

イルピアットでは煮込みで用いています。
2012年03月
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
最新コメント
さゆり
» サングリア、自画自賛。 (2012年05月18日)
rainmans DS & iPad
» ザク豆腐。 (2012年04月28日)
優良ドライバー
» あまりにも天気がいい。 (2012年04月27日)
あたろー
» くたびるたー。 (2012年04月22日)
うら
» 素晴らしい二次会でした! (2012年04月16日)
みっちゃん
» 今日は盛りだくさんな1日だった。 (2012年04月15日)
ナカヤマ
» 合格祈願セット。 (2012年04月13日)
noppo
» 人生いろいろ。 (2012年04月12日)
うら
» ソーセージ作りにも慣れました。 (2012年04月06日)
プロフィール
  • ニックネーム:ミズタニ・ヨシオ
  • 性別:男性
  • 誕生日:2月19日
読者になる
時間を有効に使う方法を、日々、考えています。
しかし、あまりうまくいかないなー。
ただ、大切な事が「自身による生き方」であることは、わかった。
主体性を大切に、思う事をつらつらと公開しています。