父の四十九日でした。 

August 22 [Mon], 2016, 21:46


今日は豊橋で父の四十九日でした。本当の四十九日は25日ですが、母の仕事の都合で今日の法要となりました。

住職に来て頂き、簡単な四十九日をして頂きました。



驚くほど豊橋の家は片付いていました。猫によって破られていた襖も綺麗になっていました。




京都からかの子を連れて行きました。



母と私とかの子の3人だけの四十九日。


先日、母が購入したという小さな仏壇に住職が読経してくださいました。


お経というのは不思議なもので、耳にすると背筋がピンとなり何だか厳粛な空気が生まれます。同時に、この低く続く読経のリズムと音程が気持ちを静かに落ち着かせもします。


私は無宗教ですが、読経の響きは心地よいことを知っています。






母と昼食を取りましたが、滞在時間わずか150分程度の帰省でした。


帰り道、刈谷のハイウェイオアシスに立ち寄り、観覧車とアイスクリームを楽しみました。


伊勢湾岸自動車道の横風に怯えながら、渋滞もあって、へとへとになりました。



それでも。


父の四十九日に行けてよかったです。


母も喜んでいました。


きっと、父も喜んでくれていることと思います。



「またじいじとばあばに会いに来ようね。」



かの子が帰りのクルマの中で私に向けた言葉です。



そうだな。


また行こうね。



今度は少しいい線香を買って行こう。








イルピアット。 

August 21 [Sun], 2016, 2:08



イルピアットはこんな夜。




とても、とても、楽しい。





大学の友人たち。 

August 20 [Sat], 2016, 2:46
大学時代の友人たちはいまの自分の所属に関わらず私と付き合ってくれる存在だ。


私がイタリア料理店をしていようが、会社を作っていようが、料理を引退しようが、きっと関係なく付き合ってくれるものと思う。




私には大学時代を共に過ごした学友たちがいてくれる。


金曜の夜、じんやとゆきがイルピアットに来てくれた。イルピアットをしていて良かったと思うひとつに、学友らが来てくれることがある。木曜にはこまが来てくれていた。


イルピアットがあることで、何かのきっかけになることは本当に嬉しい。私も彼らに会えることは嬉しい。


金曜の夜、そんなことを改めて強く思った。


きっと。


彼らは私が料理を作らなくなっても、私をトニーと呼んでくれる。



料理とイルピアットを通して繋がれた多くの人たちには日々、感謝しています。私が京都でやっていけるのも、皆さんがあるからです。


その上で。


私から料理を取ってしまえば何も残らない人たちも事実、あるわけです。



そんな暗い気持ちを抱えてみても。


学友たちは違うと思っていたい。



私が彼らからどんなに励ましを受け取っていることか。



私から料理を取ってしまってもそこにいてくれる安心感は、私の料理を支えてくれています。


彼らとの関係は所属ではなく歴史だから。


大切な経験だから。



だから。


大学に行って良かったなと、つくづく思うものです。



全ての学友たちに感謝する夜。



トニーを見ていて欲しい。



ワシもキミらを見ているから。



一緒に未来を見ようじゃないか。



ありがとう。


読経のお布施について。 

August 18 [Thu], 2016, 14:00
「葬儀などで僧侶に払うお布施の金額を明確にする動きが広がっている。仏教界は「宗教のビジネス化」と反発するが、薄れつつある社会との関係の再構築も迫られている。(NIKKEI STYLE)」


先月にあった父の葬儀でも僧侶にお渡しする「お布施」の金額は非常にナーバスな問題でした。日頃から熱心に信心していない宗教への支払いとしては理解に苦しむ仕組みです。僧侶の読経は葬儀には欠かせない物となっていますが、私は読経無しでの葬儀をどうすれば執り行えるのかを考える時代になってきたと思っています。


上記の記事中に

【「なんでも商売にしてもうけるのは安易な世俗主義だ。節度がなさ過ぎる」。全日本仏教会(全日仏)理事長を務める浄土真宗・本願寺派の石上智康総長は、こう憤る。】

とありました。

記事の指摘の中には、金額を明確化すれば100万円頂けるところが20万円で済まされてしまうことや、金額を明確化すれば課税対象になることを嫌う事なども指摘されています。読経本来の意味と価値を広める活動を怠ってきた背景があるにせよ、金額を明確化するなら課税対象とすべきだと思います。これはマクドナルドのスマイル0円とは意味が違います。「お布施はお気持ちで」と通すなら、お布施の金額の大小は問題にしてはならないとも思います。お布施の金額で揉めるなら、読経そのものの不要論がもっと欲しいです。


私は偉い住職さんが祇園のクラブで飲んでいる姿も知っているし、高級外国車を複数台保有してゴルフに興じている事も知っています。それもライフスタイルですから、個々人が自由にすればいいと思います。彼らが金銭の底を意識せずに遊興に身を投じれる豊かさを私は世俗主義であると言いたい。であるならば、世俗主義的な住職や僧侶であるのだから、お布施の明確化程度の節度は許容もできる案件かと思います。


世俗主義的な日常を送っているのは人々も同じです。ですが、葬儀になった途端に神妙になり理解もできない金額をお布施としてお渡しする仕組みが慣習化されています。もっと世俗主義的でいいじゃないですか。宗教の役割をしっかりと体現できていて、その姿にすがって信仰し気持ちや心が慰められるならお布施の価値も意味も理解の入り口に立てるかも知れません。そこまでしても私にとっては単なる入り口でしかありません。


葬儀屋に支払う葬儀代金にはお布施は含まれていません。戒名の内容もお布施の金額で分かれます。葬儀屋には無宗教の葬儀を執り行えるプランを是非とも考えて頂きたいです。言い換えれば、そうした葬儀プランはこれから先の時代には自明なものとなってゆくはずです。誰が一番に始めるかです。宗教の信仰に関わらず葬儀ができる自由度を見送る側に与えて欲しいし、自分が見送られる側になった時にもその自由度が保障されていたいです。


では、読経の代わりにどうすればいいのか。仏教的な祭壇の代わりにどうすれば葬儀の儀礼を守れるのか。私は読経の代わりに参列者の皆さんからの手紙の朗読を頂きたいです。これもできる人だけで構いません。亡くなった故人に対する最後のメッセージです。参列者の皆さんの前で手紙を朗読して頂きます。亡くなった故人の関係や人柄もよく分かっていいじゃないですか。その朗読から思い出される出来事や年月が必ずある。読経よりも私はそうした気持ちを聴きたい。読経よりもずっとずっと価値があるように思います。


故人に向けた最後のメッセージはユーモアもあり、悲しみもあり、悔しさもあり、怒りもあり、多くの感情を伴うはずです。その感情の渦こそが、亡くなった人の人間性を最後に表象します。読んだ手紙は棺に入れて一緒に燃やします。参列者の手紙と花で埋め尽くされた棺なんて、とても素敵じゃないですか。私が死んだなら、皆さんの言葉に囲まれて旅立ちたいです。お経ではなくて、皆さんの言葉に包まれて安らかさを手に入れたいです。昔と違い今は言葉をきちんと手に入れています。お経に頼る必要はどこにもありません。


祭壇には慣れ親しんできた形式美というか、儀礼的な権威があります。ですから大きく崩すことには時間が必要です。ですが、徐々にでも変わって行けばいいと思います。葬儀屋がセレモニーとしてきちんとデザインを起こして利用者へアプローチする必要があります。もう一度言いますが、無宗教の葬儀はこの先の時代に自明なものとなります。亡骸を火葬するまでのプロセスをもっと宗教によらずに執り行えるようにしてもらいたいと願うばかりです。


こうした私のような考え方に対して、仏教会や宗教界がどう考えるかです。お布施の問題を世俗主義的であるかどうかに終始しますか?明確化して葬儀代金に読経料金として含まれ、金額に応じて宗派の行き来を容認してしまいますか?宗教の価値と意味の啓発活動をしっかりと行って、地位の高い住職や僧侶の日常的な世俗主義も改善し本来の目的を体現しますか?無宗教への理解も進めて、葬儀の形式には柔軟に対応と順応を見せますか?死人に口無しです。葬儀は残った人々が見送り、悲しみ、慰められ、お別れを伝え、感謝を表明し、納得するための儀式であるはずです。


私個人としては今の葬儀システムに大きな疑問を持つものです。他の方法と手段を知らないから儀礼的に許容してきていますが、相対化されれば葬儀は必ず変わります。遺族が葬儀代金で借金をするなんて故人が喜ぶはずもないでしょう。葬儀代金のせいで生活が苦しくなるなんて、前代未聞のはずなのです。生き残った人間は力強く未来を作るためにも、葬儀の負担は少ない方がいい。その上で、盛大にしたい人はすればいい。選べない現状は窮屈でしかありません。


と、考えた記事でした。






チタチタ。 

August 18 [Thu], 2016, 11:51


仕入の途中でチタチタ。


むつみさんとSMAPの話。



自由ってボリュームで言えば、何者でもないミズタニの方がSMAPメンバーよりも自由だなって。


きっと。


メンバーはコンビニにさえ買い物に行けない。


店内を歩き回って陳列棚を見たりして、結局、何も買わないとかできない。


欲しい物が何なのかを探すことさえ、そんな些細な自由さえも重くのし掛かる。



そんな話をした。


仕込みしようっと。



月がキレイだ。 

August 17 [Wed], 2016, 22:07



今夜は月がキレイだ。



泳ぎたくなる。




盆休み明け。 

August 17 [Wed], 2016, 9:25

昨夜、帰宅すると玄関の灯りが付いていた。




嫁さんとかの子が三原から戻ったのだ。


先週の10日から帰省していた家族が帰ったことを伝える灯り。


この一週間は暗い玄関を開けていた。


明るく灯った玄関を開けるだけでこんなにもホッとするものか。





キッチンには三原の名産である「ウラベ水産 タコ唐揚げ」がお土産に置いてあった。


早速、箸をつけた。


「美味しいな。」





三原で存分に楽しんできたであろう2人の寝顔を見て、「おかえり」とつぶやいた。



日常も帰ってきた。








今日の終わりに。 

August 16 [Tue], 2016, 0:43
大きなケータリングも昨日終わり、今日は夕方まで仕込み。


とは言え、なにも嫌じゃなくてすごく充実した時間を味わって快楽に浸った二日間。

言い換えれば、この一週間。


そんな今日の終わりに。





ジョニーウォーカー ブルーレーベル。


とうとう開封しました。


すごく美味しい。



よく働いて、いい酒飲めたら幸せです。



明日からも頑張る。



昨日は大阪でケータリングでした。 

August 15 [Mon], 2016, 15:32
昨日は大阪のシャングリラにて結婚パーティーのケータリングでした。




忙しくて写真をあまり撮れませんでした。



素晴らしいライヴの目白押し!!!!



いいバイブスをもらいながら、とても一体感のあるパーティーでした。



このパーティーは終わらないんじゃないかというくらいの盛り上がりが続きました。





サポートしてくれたすしぼんと帰り道に寿司を食べました。



心地好い疲れです。

やり切った感がありました。


ゆういくん!!!

ご結婚おめでとうございます!!!!

一日中ベース弾きっぱなしでした。

スゲー格好良かったです。







すごい雨だ! 

August 15 [Mon], 2016, 13:40
今日は朝からイルピアットで仕込みです。



この時間、13:40頃はすごい雨だ!



仕入れの足止め喰らうとは。

出来ることしよう。


やれやれ。

買い出しに行けなーい。




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