体罰の是非を考える時 

January 14 [Mon], 2013, 11:35
先日、大阪の市立高校の生徒が自殺してしまいました。
その原因として挙げられているのが、
部活の顧問による体罰だとされて話題になっています。


その顧問は、バスケットボールの世界では、比較的有名な先生らしく、
その手腕を買われて、その市立高校のバスケット部の顧問になったようです。
その結果、その高校は何度もインターハイに出場する程の
強豪校になったようです。


そしてその生徒はその部活の主将で、
練習試合にミスをしたことで体罰を受けたことが
自殺の直接の原因とされているようです。

体罰は日常的に行われており、他にも体罰を受けている生徒はたくさんおり、
その生徒に対してのみ行われていた訳ではないが、
主将という立場となどを理由に、言葉でもプレッシャーを与え続け
このような結果になってしまったようです。




そこでひとつ話題の中心になるのが、体罰の是非です。

日本では体罰は絶対にいけないものとされています。
それは、暴力は絶対的に行けないものだからという理由からです。

それは間違いのないことだと思います。
暴力は絶対に有ってはいけないもので、暴力では何も解決できません。

しかし、我々が若い頃には、多少の体罰があったのも事実で、
多少の体罰を容認する声は、少なからずあるのも事実です。


そこで一つ考えなければならないのは、「体罰とは一体何か?」ということです。

生徒が悪いことをして、それに報いるために与えられるものとしたらどうでしょう?
退学や停学、自宅謹慎と並ぶ罰で、
『ケツバット3回』といったものです。

悪いことをしたら怒られるのは当然で、
その度合いによっては、この位の事があっても仕方がないのかもしれません。
退学や停学など、確かに肉体的に辛いことはありませんが、
精神的には苦痛を与えるものかもしれません。
言うなれば精神的暴力と言えるのかもしれません。


ところで今回の場合は、自殺した生徒は悪いことはしていません。
練習試合でミスがあったとも言われていますが、ミスは悪い事ではありません。
なぜなら、意識を持ってした行為ではないからです。
とすれば、今回の場合は体罰とは言えないのかもしれません。

『いじめ』の時にも問題になりましたが、
『体罰』という言葉でひとくくりにする事はできないのかもしれません。
そこを考えずして、体罰を議論することは無理がありそうです。

いずれにしても、このような痛ましい出来事が起こる度に
怒りを覚えてしまい、血圧が上昇気味になってしまいます。
高血圧は自分の命に関わることで、
まして頭痛を伴うようになると非常に危険だと言われています。

高血圧と頭痛に対して詳しくはこちら⇒高血圧が原因の頭痛はこんな危険も!

できればこんな痛ましい事件が起こらないような世の中になることを望んでいます。






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