月日、めぐり、くるり
2008.12.31 [Wed] 00:00

振り返ってみたらいろいろあった2008年も今日で終わり。
明日からまた仕切り直しだ。

来年、みんなが笑顔でいられますように…

(ギン+フサ、今年最後の夢のコラボ。カリカリを恋人食べ)


【今年の年越しそば】
・とろろそば(隣からいただいた自然薯)
・がめ煮
・大トロお刺身


2009年〜につづく
 

至高のぬくもり
2008.12.29 [Mon] 00:00

朝、いつもなら足元で丸まっているはずのフサが、あまりの寒さからか、明け方に毛布のなかにもぐりこんできた。


…あぁぁ、シヤワセ。。


夜は父の腹の上で毛づくろい。


ギンはおかあさんっ子で私たちにはこんなことしてくれんので、父も私も大喜び。
 

甲羅ごしにキラリ
2008.12.28 [Sun] 00:00

カド氏ニイサンのご実家からのお歳暮の一環(=カニ)の恩恵に与った。
両親が、私が帰ってから一緒に食べようととっておいてくれたのだ。

(猫用椅子からカニを狙うフサ)

(カニの汁がとんでたらしい。残り香に酔いしれる)

あーおいしかった!
 

聖夜の祈り
2008.12.23 [Tue] 00:00

今日は姉の家でクリスマスパーチー。

 (カド氏ニイサンによるチーズフォンデュパフォーマンスもあり)

料理(皿も)を持ち寄り、姉の家で盛りつけ。
チキンの丸焼きやケーキなどのメインは姉担当。
私はツマミ専門で。

【今日のごちそう】
上段…私作
 ・マッシュルームのアンチョビ詰め(クリームチーズとオリーブの串はカド氏兄作)
 ・鴨スモークとドライいちじく
 ・トマトベースのブルスケッタ+いくらとアボカドとクリームチーズトッピング
 ・定番ポテトサラダ
下段…姉作
 ・まぐろのカルパッチョ
 ・たことオリーブのグリーンサラダ
 ・鶏の丸焼き
 ・かぶとベーコンのスープ

食後のケーキまでたいらげたあと、恒例のプレゼント交換。くじでそれぞれが持ち寄ったプレゼントを割り当てる。


私にはカド氏ニイサンセレクトの高圧スチーム掃除機。
カド氏ニイサンには姉セレクトのメタボもわかる聴診器。
姉にはいいちこセレクトの戦国武将入浴剤セット(ケロヨンの洗面器を抱き合わせ)。
それぞれの嗜好が如実に表れるこのプレゼント交換は、何をもらうかよりもお互いがどんなものをチョイスしたかが目玉だったりして(ウケ狙いに走るきらいあり)。

さすがに躁氏にはみんな本気のチョイス。誕生日からひと月とちょっとでまたしてもプレゼントぜめ。
両家の祖父母からのあふれんばかりの贈り物に加え、カド氏ニイサンからはホワイトタイガーのぬいぐるみ、姉からはスタイセット+セーター、私からもリアル象さんのぬいぐるみと、プレゼント集中攻撃。ひとりっこ万歳!

そんなこんなでイブのイブを満喫しましたとさ。

 

人込みにうんざり
2008.11.22 [Sat] 00:00

今年最後の登山会。
相模湖側から高尾山めがけてアタック開始。

途中、相模湖とセットで富士山が見える。いい感じ。


1時間半ほどで、標高670mの城山に到着。お昼にする。
山頂の城山茶屋で名物のなめこ汁をいただく。おいしかった。


さらに1時間半くらい歩いて、モミジ台で休憩。紅葉を楽しみにしていたのだが、ちょっと遅すぎたようで、ピークは過ぎていた感じ。

そろそろ登山客も多くなり、山のあいさつどころではなくなる。
高尾の山頂に着くころには、立錐の余地もないほどの混雑ぶり。薬王院まで下るともはやバーゲンセール会場なみの盛況ぶり。
10名近いパーティがそれぞれを見失わないように下山するだけで骨が折れた。

帰りはともかく、行きは結構登りがいがあってしんどかった。
 

伸びざかり
2008.11.08 [Sat] 00:00


今日は躁氏の2回目の誕生日。
月並みだけど、時間のたつのは早いなあ。。

このプレゼントの山!
カド氏家のジジババからの洋服を身にまとい、うちのジジババオバからのリュックとレインブーツを身につけたまま、カド氏ニイサンからの木製パズルに興じる躁氏。
幸せもんじゃのう。。



【今日の誕生日メニュー】
・鶏のもも焼き
・トマトのガスパチョ
・カンパッチョ(カンパチのカルパッチョ)
・くまさんパスタのマカロニサラダ
・かぼちゃサラダ(サラダ2点はいいちこおばちゃん作)
 

豊後森ごもり その3
2008.11.02 [Sun] 02:00

…やまなみハイウェイでくじゅう〜阿蘇に向かう。
朝日台レストハウスで休憩。今日は曇りだったので、寝観音(阿蘇五岳)はお隠れあそばされていた。

(両陛下気分で撮影が楽しめるオススメのスポット)

九重"夢"大吊橋ができてからさらに大渋滞の阿蘇くじゅう。
渋滞嫌いの父は、絶対寄らん!と家長の強権を発動して頑張っていたのだが、今日は吊り橋方面へと曲がる道が珍しく混んでいなかったので、近くまで行ってもらった。
ただ、さすがに駐車場は長蛇の列。父の雲行きもあやしくなり、駐車場脇の展望台から遠く眺めるにとどめた。


歩行者専用橋としては日本一高く長いらしい。
そんなに高いのかなあ。実際に渡ってみらんとわからんわからん。


牧ノ戸峠で紅葉を眺める。風が強く、ちょっと寒かった。
ここには、久住山、九重山などに続く登山道もある。
なんかあっちゃ学校行事でくじゅうに登らされてきたが、景色もいいし火山らしさも楽しめる。いつかまたゆっくり登ってみたいなあ。

今日はこのあと小国まで行って小国牛を食べよう+廃線を見よう(※)、という計画だったけれど、時間が少し遅くなってしまったので、そのまま黒川温泉に向かう。

(※)旧国鉄宮原線廃線跡。道の駅小国ゆうステーション(肥後小国駅跡)から北里駅跡まで、約4キロにわたって散策できるように整備済。


黒川温泉近くのお店「やまたけ」で、田楽と自然薯づくし。「づくし」というよりイモぜめですっかりお腹いっぱいに。

黒川荘に寄ると、行楽シーズンの連休なので、待合室で30分待たされた。
でも、ひろびろ露天風呂で、硫黄泉のやーらかいお湯でゆっくり疲れを落として帰ることができた。
最高ですじゃ。。
 

豊後森ごもり その2
2008.11.02 [Sun] 01:00

…こういうふるまい(ダメと言われているところに立ち入る、崩れそうな崖に近づくなど)が大嫌いな父の反応にびくつきながら、申し訳程度に張り渡しているロープをまたいで、機関庫に接近。
ひらけていて明るく、ヘンな人(や、かつてのヒト)がいる気配や危険な香りがしないので、今回はお咎めなしだった。
でも割れたガラスがいつスパッと落ちてくるかもしれんので、一応、建物内に踏み入らないように自主規制を敷いてみる。


見事に湾曲した機関庫。
古代神殿を妄想させる柱で区切られたそれぞれの内部には、蒸気機関車から出る煙が建物内に充満しないように、排気ダクトが設けられている。


さきほど後ろから見たミニSL「童話号1983」。よく見るとタイヤがついている。パチSLのようだ。
わざわざこれだけがぽつんと残されているのは、何かわけがあるのだろうか。


豊後森操車場の魅力は、扇形の機関庫だけでなく、このターンテーブル(転車台)に担うところが大きいだろう。
これに乗って、トーマス(=機関車)が方向転換をしていたのかと想像して、ちょっと興奮気味。


別アングルから。
どうも転車台と操作室は一緒に回るしくみのよう。


マニア撮り。
ぼんやりと「鐵道省 川崎車輛株式會社製作 昭和九年」の文字が見える。

そういえば、鹿児島本線福間駅のホームの跨線橋には「明治四十四年 鐵道院」と刻印された大変珍しい柱があり(※)、私も何度も見に行ったものだが(一応、快速と普通電車の乗り換えという理由をつけてはいた)、いつか撮ろう撮ろうと思いながら今に至っていた。
今回、これを見て思い出し、改めて調べてみたら、なんと去年から駅舎建て替え工事が始まってしまったらしく、もうあるかどうかも分からない。。ショック…

(※)「鉄道院」という名称だった期間は明治41〜大正9なので実にレア。向かい側の柱は「浦賀舩渠株式會社製造」と書かれていた。1990年に開催された「とびうめ国体」(スローガンは「ときめき 出会い みなぎる力」。懐かしい…)で配られた福岡観光ガイドブックでその存在を初めて知った。なんてマニアックな情報を載せた本だったろう。

 
操作室に接近。野ざらしでサビサビだが、腐食はそんなにひどくない。


中を拝見。
運転台は木の椅子。
直接制御器?と、異常に長いブレーキレバーなど、仕組みをつぶさに見てとれた。

公園として整備されてしまったら、サビどめ塗装とかされちゃうかもしれないので、今のうち見ることができてよかった。
ノーモア福間駅。


一番上の行には「CONTROLLER」、一番下には「MEIDENSHA(明電舎?)」とあった。


横から見たら、クリスマスに出回る、お菓子の入ったブーツみたいな形をしている。
この操作室自体が、転車台を引っ張って機関車を動かしていたのだろう。

夢中になってカメラを手に這いずりまわっていたら、いつのまにかコスプレ族も消えていた。
そろそろ普通のドライブにもどらんば。


つづく
 

豊後森ごもり その1
2008.11.02 [Sun] 00:00

連休を利用して、昨日福岡入り。

今日は黒川温泉に行くと称して父を誘導し、豊後森操車場に行ってみた。

豊後森操車場(豊後森機関庫)は、久大本線豊後森駅のそばにある鉄道遺産だ。
昭和9年、久大線全線開通とともに完成し、昭和45年、ディーゼル化に伴い廃墟と化す。
ずっとほったらかされていたのを、最近玖珠町が敷地ごとJRからお買い上げ。ライトアップや保存活動などの動きがみられるようになった。

大分自動車道を玖珠ICで降りて国道387号線を南下。すぐに、扇形の建物が見えてくる。


幸い秋だったので、田んぼを突っ切って近づく。
乾いた田んぼを踏みしだく感触が足の裏に懐かしい。


父が表に車を回している間に、母とふたりで外壁観察。


蒸気機関車12台分を収容できる大規模な施設で、鉄道交通の要所だったことがうかがえる。
そのためか、太平洋戦争中には米軍の機銃掃射を受けたそうだ。壁面にはその時の弾痕が今でも見てとれる。


こんな山の中でどうして狙われたのか…とも思うが、少し先に陸軍の大刀洗飛行場があったので、もしかしたらその道筋にあたっていたのかもしれない。


きちんと保存しているということもあるが、立地的にも安全に見学ができる。
これはとてもありがたい。


車庫内に、イベント用のミニSL「童話号」が置いてあるのが見える。

玖珠町は「童話の里」として有名な町。
「日本のアンデルセン」と呼ばれた童話作家、久留島武彦の出身地でもあり、玖珠町のシンボル、伐株山(きりかぶやま)は、かつてこの地にあった大樟を切り倒した後の切株であるという伝説(※)もあることから、町おこしとして毎年5/5に「童話祭り」を行っているのだ。

(※)現存する5つの風土記の1つ「豊後国風土記」に記されている。玖珠(=クス)という地名もここからきているらしい。その大樟を切り倒したあと、「ここまではくるめえ(久留米)」と思ってたのに余裕で届いた…という地名ダジャレな民話もある。


閑話休題。
窓越しに魅惑のターンテーブルが見える。。早よ表行こ。


ぐるっと回って行くと、赤い電車がちょうど通過した。11分の1の奇跡!(普通電車のダイヤは1時間に1本もない)


先客に、中年夫婦と、コスプレ族+カメラ小僧という、相容れない2組のグループがいる。
廃墟でなぜコスプレを…と、そのスジの動静に疎い私にはその理由は分からないが、とにかく廃墟のもの古りた色調から浮いた、ピンクや黄色の髪をした人物が映り込まないよう気をつけながら、私も撮影を開始する。


踏切脇には、機関庫の仕組みや往時の様子などを説明した立て看板もあった。
いずれは鉄道記念公園として整備されるようだ。


つづく
 

不意に山鳴り
2008.10.18 [Sat] 00:00

1年ぶりに登山会に参加。
今回は丹沢山系だそうだ。

朝9時過ぎ、秦野駅からバスに揺られて蓑毛に到着。
1時間ほどで679mの浅間山に到達。
途中、NTT中継塔にさしかかった時、怪しげな音色が鳴り響く。

…仕事の電話だった。。
さすがFOMA。反応がよい。よすぎてこんな時は困る。

「あ、モシモシ…今山なんすけど。。」

…メールにしてもらった。

せっかく登った貯金を使い果たしてしまうくらいくだってからさらに登りという効率の悪い道を経て556mの高取山頂上に到達。


お昼休憩を取ってからさらに念仏山を経て善波峠へ。
ここは見本のような切通し。御夜灯や軒並み首の取れた石仏群もあり、時代劇に使えそうな、いわゆる「峠」の雰囲気が残っていた。

夕方、ようやく鶴巻温泉に到着。弘法の里湯という公営の日帰り温泉施設で疲れをいやした。

(今回も富士山は望めず…)